国が落ちる日に城に残った者たち。
守るために背を向け、アイリスとヤハールを背中で見送った皇帝とスティングは背後の気配が遠ざかるとフッと安堵の笑みをこぼした。
軍事大国であるガデュリオンはこれまで城に攻め入られた過去が無く、念のために存在する脱出経路が何処に繋がるのかは皇帝も知らない。
「無事に国を脱出し、生き延びろよ…二人とも。」
祈るような呟きを漏らした皇帝の隣で、スティングは剣を構え、入り口に向かい一歩前に進み出た。
「では見送った二人に追っ手が掛からないように、この場を死守しましょうか、お父さん。」
同じく大剣を構えた皇帝は不満気な表情になり、前に立つ表情の見えないスティングを背後からジトッと睨んだ。
「…は?…なんで、お前にまで親父呼ばわりされにゃならん。
歳だって10しか変わらねぇだろーが。」
「姫様とヤハールは、私の弟妹みたいなものですから。
姫様の父親なら、私の父親でもあるんじゃないかと。」
この緊迫した場に置いて肝が据わっているのか何なのか、表情は見えないが場に飲まれ自身を見失ったりせずに、軽口を叩いて普段と同じような姿を見せる。
皇帝は、スティングのこういう部分を気に入っている。
共に最期の時を迎える事を許す程に。
「ンなワケあるか!せめて兄貴位にしろよ!」
「姫様は陛下にとっては可愛い娘であり、私にとっては可愛い妹。
だったら陛下は私の父でもいいのではないかと。」
━━いいワケ無いだろうが!━━そんな、お約束の様な返事を待っていたスティングの予想を裏切り、皇帝からの返事は無い。
とりあえず「おい!」的に指摘をするのが通常な皇帝の珍しい態度に、さすがにそれどころではないのかとスティングも無言で皇帝の方を振り返った。
「……なぁスティング。
アイリスはお前にとって、本当に妹なのか?」
振り返ったスティングと目が合った皇帝は真剣な顔で、スティングにそう問い掛けた。
「………」
「お前は本当に、アイツを妹だと思っているのか?」
恐らく、今日が自分たちの最期の日━━
そんな時に、心残りは無いのかと訊ねられたと感じたスティングは『知ってらっしゃったのですね…』の意味を込めて皇帝に返答する。
「コレだから勘のいいジジイは嫌いだよ。」
「てめぇ!皇帝様をジジイ呼ばわりすんじゃねぇ!」
「まさか私に、二人の後を追って「お前も逃げろ」とか「姫を守れ」とか言うつもりでした?
本当に余計なお世話ッすね。」
「悪かったな!気持ちを伝える位させてやりてぇと思ったんだがな!」
脱出経路に続く隠し扉が見つかり開けられた。
狭い通路を塞ぐように立つ皇帝とスティングに斬り掛かって来た兵士は、世界各地に密偵を送り情報収集に長けたガデュリオンでも把握出来ていない紋様の入った甲冑に身を包んだ者達だった。
「それが余計なお世話だって言うんですよ!
むさ苦しいオッサンにベタ惚れした変人に言ってみた所で、笑って聞き流されるオチしか無いでしょう!」
「かも知れねぇが、胸に抱えたままってのもよぉ!」
「…もし今後…姫様と二人きりになれた時に、なんか良いムードになるなんて天変地異並みの展開があったら…
その時は…何か言ってやるのもアリかも知れないですけど。」
「だったら、まずは生き延びねぇとだよな!」
見知らぬ甲冑に身を包んだ謎の敵兵たちと戦う二人の目に、敵兵がなだれ込んで来る隠し扉の向こう側が
見えた。
玉座の間に続くそこは完全に火に包まれており、二人がいる通路にも熱風と煙が流れ込んで来る。
生存者はもう居らず、城は完全に焼け落ちたのだと二人は把握した。
「ええ、生き延びましょう!
姫様達の追っ手になりそうな奴らを全員、倒したら俺たちも出口に向かいますよ!ジジイ!」
「お前、ここから出たら一回ブッとばすわ。」
不敵に微笑み、二人は剣を振るう。
━━だがこれ以降、二人が言葉を交わす事はなかった。
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・
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その日より5年前となるファルナウス━━
若かりし頃の皇帝と泣く泣く別れた白銀騎士のアイリスは、狼に姿を変身させたヤハールを従えてファルナウス城の敷地内部へと続く通路に入った。
そこには、先ほど捕らえた国賊となる近衛騎士たちが縛られた状態で地下道の鉄扉の前に放置されていたのだが…
「いかん…我とした事が、こやつらの事を失念していた。」
私室から皇帝の居る森に向かう際には窓から飛び出したために、この場を通らずにいたアイリスは騎士達の存在を完全に忘れていた。
━━やだ、私この人たちの事すっかり忘れてたわ━━
を白銀騎士の言葉で聞き、狼の姿のヤハールは「え、嘘でしょ?今、通らなかったら数日放置、餓死させていたかもって事!?」と言わんばかりにに白銀騎士を二度見した。
「この者達を裁くには、城の兵士に引き渡すしか無いのだが…我を知らぬ城の兵士達に、我が城の近衛騎士たちを国賊だと告げ引き渡しても信じては貰えまい。
ガデュリオンからの襲撃は無く、こやつらが国を裏切った証拠となるものも無し…
不審者として捕縛されるのは我の方か。」
白銀騎士は少しだけ首を傾け、困ったような体を見せる。
狼のヤハールはジトッとした目で白銀騎士を見上げた。
━━忘れていた位だしな。
さては姫様、コイツらの処分が面倒くさくなったな?━━
「仕方あるまい、此度の事は特別に目を瞑ってやろう。」
白銀騎士は手にした剣の先端で拘束した縄の結び目を切り、騎士達を解放した。
解放された騎士達は白銀騎士からの攻撃を警戒してか、すぐにその場を立ち去りはせず、こちらを向いたままでジリジリと後ずさる様に少しずつ距離をあけていく。
「早々に立ち去れ。
そして、お前達に指示を出した者に伝えるが良い。
この我を欺く事など出来ぬ、そなたの謀り事など我には全てお見通しだとな。」
その言葉を聞くなり騎士達はビクリと背を伸ばしてたじろぎ始め、バタバタと逃げ去る様に地下道から出て行った。
アイリスが5年前に経験したかつてのファルナウス襲撃時には近衛騎士達により開かれた鉄の扉は、今回は開かれなかった。
「城内と城下を繋ぐ唯一の脱出用隠し通路、長年使われた事が無かったからと言って、万が一を思えば開かねば意味が無い。
とは言え、外からの侵入を助長するようでは本末転倒ではあるが。」
白銀騎士はこびり付いた錆を剣先でガリッと削り落とし、重い鉄の扉が開くようにした。
「あー…僕たちが使った、ガデュリオンの脱出用隠し通路もヒドいものでしたからね。
長い通路は海岸に続いていると言うから全力で走って、通路から飛び出したら……断崖絶壁でしたもんね。」
「うむ…恐らく昔は海岸線に降りるまでの階段があったのであろうが…長年使う事が無かったゆえかただの崖となっていたな。」
「穴から飛び出した僕たちが落下して岩場に叩きつけられる所、5年前の姫様のお城のベッドに叩き付けられちゃったワケですが…。」
狼の変化を解いて少年の姿に戻ったヤハールは全裸でそう話しつつ、白銀騎士の顔を見上げてマントの端を摘んだ。
「姫様、これ貸して貰えませんか?」
「変態従者よ、貸したいのは山々なのだが我の装備はどうも、我身から離れると消え去る様なのだ。
我がこの姿のまま装備を全て脱ぎ去る事も出来ぬようで、何処かしら装備を残しておかねばならぬらしい。」
「じゃあ僕、ここから姫様の私室に戻るまで全裸のままなんですか?」
「そのようだな。いや、しばし待て…。」
アイリスは白銀騎士の変化を解いて、元のアイリスの姿に戻った。
変化前の姿に戻ったアイリスはヤハールとは違い衣服を身に着けており、ネグリジェの上に羽織っていたナイトガウンをヤハールに渡した。
「ヤハール、これを。」
「ありがとうございます、僕も姫様みたいに衣服ごと変化できたら良いのに。
そうしたら全裸で城内を歩く事になんか…。」
「全裸より、王女のナイトガウンを裸で羽織る従者の方が悪目立ちするわね。
誰かに見られる前に、素早く部屋に戻るわよ。」
ネグリジェ姿のアイリスと、アイリスのナイトガウンを身に着けたヤハールは暗い城内を素速く移動した。
ガデュリオンでスティング達の教えにより二人が身に着けた『諜報員にはもちろん暗殺者にもなれる』らしい数々のスキルは、本来ならば王女が身に着けるような物では無いが、かなり役に立つ。
暗がりを影の様に移動してアイリスの私室前に辿り着いた二人は、部屋の中に人の気配を感じ顔を見合わせた。
ヤハールがドアノブに手を掛けて静かにドアを開く。
━━ヤハールから、ドアの前に人の気配を感じたから鳥になって慌てて逃げて来たと聞いていたから、まぁそうなんでしょうねとは思っていたけど━━
「アイリス!アイリス!無事だったのね!
良かったわ!」
「まぁ、お姉様…と、カミル王子殿下。」
部屋の扉を開けた途端、アイリスの目には部屋の中に居たマーガレットとカミル王子が目に入った。
マーガレットは外から帰って来たアイリスに駆け寄り、強く抱き締める。
抱き締められたアイリスは、真顔のまま直立する。
「近衛騎士長から怪しい人物が城内に侵入していると聞いて、アイリスの事が心配で…!
部屋に来たらアイリスが居ないのですもの!」
━━さっき解放したばかりの近衛騎士達は、さっそく━━指示を出した者━━に計画の失敗と謎の白銀の騎士の事を報告したようね。
お姉様は私が今どうなったのかを確認に来たのだわ━━
「わたくし、侵入して来た賊らしき者に拐われかけたのですが、中庭の方で見知らぬ騎士様とヤハールに助けられましたの。それで部屋には居なかったのですわ。」
アイリスは今夜は起こらなかった嘘の話に、5年前に経験した事実を織り混ぜ話をしてみた。
マーガレットからすれば今夜アイリスは拐われて城から消える予定であり、それを助けた白銀騎士が正体不明の邪魔者となる。
「まぁ…!そんな恐ろしい目に…!
可哀想なアイリス…!
その騎士様は今、どちらに…?」
城内に王女を拐う賊が侵入と聞いた王女が、恐怖に取り乱す事も無く、アイリスを助けた白銀の騎士の行方の方を気にしている。
計画が頓挫した事で焦りがあるのか、不自然さを隠す余裕も無いようだ。
アイリスはマーガレットに抱き締められたままヘラッと変な笑顔を浮かべてしまった。
「白銀の鎧の騎士様は城壁の向こうへ去りましたわ。
その方の素性も気になるでしょうけれど、まだ城内にわたくしを拐おうとした賊の仲間が居るかも知れません。
近衛騎士の皆に詳しく話を聞き、兵の皆を起こして城内を確認した方が良いのではないでしょうか。」
「駄目よ!そんな騒ぎを起こしたら、みんなが怯えるわ!
アイリスは無事だったのだし、もういいでしょう!」
『いいワケ無いだろ』と言いたい所だが、計画が破綻した今、下手に騒が立てられたくないとの思いからか、マーガレットの必死な様子がうかがえる。
「賊が城内に侵入し、王女殿下を拐おうとしたのは大ごとですよ。
拐われていたのはマーガレット王女殿下だったかも知れません。
ここはやはり近衛騎士様達に話をお聞きした方が。」
そんな様子を面白がってか、ヤハールもさらに煽るようにマーガレットに告げる。
「奴隷上がりの従者ふぜいが、許しも得ずに王族に話し掛けるな!」
カミル王子はマーガレットに話し掛けたヤハールに、眉間と鼻の上に深いしわを刻むほど顔を歪ませ強く言い放った。
「カミル様、そのように険しい顔をなさってはヤハールとアイリスが怖がりますわ。
ヤハール、気を悪くしないでね。」
怖がると言うより、ヤハールもアイリスも冷めた目でカミル王子を見ていた。
本来この時、ファルナウスには居なかったヤハールが『元奴隷のアイリスの従者』という設定でこの場に置かれた時、アイリスは以前は知らなかったカミルの本性を多く見る機会が増えた。
あの頃は優しくステキだと思っていた婚約者は独占欲が強く嫉妬深く、自分が上位にある事を知らしめるために下位の者をないがしろにする。
━━オモチャを取られた子どもみたい。
つっまんねぇ男━━
思わず本音が口から漏れそうになった。
そして、姉に対しても改めて思う。
━━貴賤に関係なく、本能の様に男に愛想を振り撒くのねーお姉様ってば━━
ヤハールも二人に対して同じ事を思ったのだろう。
ニヤリと口元に笑みを浮かべると、聞こえる程度に声をひそめ独りごつるように言葉を発した。
「それにしても白銀の騎士様…とても美しい男性でしたよね。」
それを聞いて目を輝かせたマーガレットの表情と、それを見たカミルの忌々しい表情を見たヤハールは、期待通りだと満足げに「フッ」と鼻で笑った。
━━ヤハール…なんて面倒な事を言うのよ。
お姉様にめちゃくちゃ探されちゃうじゃない、私━━
アイリスは無言でヤハールに抗議の目を向ける。
それに対し、ヤハールも目だけで返事をした。
━━勝手に探させときゃいい。
振り回してやればいいんですよ、こんな愚か者の二人なんか━━
「5年前に姫様の話を聞いた時から、僕はマーガレット王女が計画した『姫様はそうなるハズだった』を許せませんから。」
ヤハールは声を出さずに口だけを動かし、アイリスに告げた。




