白銀騎士、皇帝とはじめての邂逅。
「旦那様!この騒ぎは一体…!」
「お前!旦那様呼びはやめろと言ってんだろうが!
いや…今はそれどころじゃねぇ。
城が攻め落とされかけている………だが…。」
普段やっている漫才のようなやり取りから一変して困惑の表情を見せた皇帝は語尾を濁し、顎を摘むようにして考える仕草を見せた。
アイリスの問いに対し、皇帝自身がアイリスに返す「答え」を知らないのだ。
「正体不明の何者かによって突然、城が襲撃されました。
国籍不明の多くの兵士が城内になだれ込んで来て、今は我が国の兵士が応戦しております。
今、言えるのはそれだけです。」
スティングは皇帝に代わり、冷静な表情に冷静な口調でアイリスとヤハールに答えたが、その額には拭いきれてない汗や血の痕があった。
二人を落ち着かせ、冷静な判断が出来るようにと逸る気持ちを抑え、スティングは平常を装う。
そんなスティングの姿を見た皇帝は一度だけ大きく頷き、アイリスの両肩に手を置いた。
「正直に言うが…この城はもう落ちる。
俺たちは城を捨てるつもりだが、生き残った奴らを回収しなきゃなんねぇから脱出はまだ先になる。
お前たち二人は先に安全な場所に行ってろ。
アイリス…お前は俺の大事な娘みたいなもんだ。
だから危ない目に遭わせたくねぇ。」
「妻です。」
アイリスの肩に置かれた皇帝の手がピクッと動いた。
まっすぐ皇帝を見つめるアイリスの目を見つめ返し、皇帝が言葉を続ける。
「…大事な娘のお前には早く安全な場所に…」
「妻です。」
話を遮るように「娘」では無く、あくまで「妻」だと言い張るアイリスに、皇帝がブチッと切れた。
「お前!こんな時まで反抗的な態度を見せんじゃねぇ!
この跳ねっ返りが!」
「こんな時って、どんな時ですか!?
まさかこれが最期の別れとか言わないですわよね!」
キレた皇帝に、アイリスもキレ気味になって詰め寄る。
皇帝は、詰め寄るアイリスに勝てた試しが無い。
思わず反射的に一歩後退ってしまう。
「…それは…」
「陛下…もう…時間がありません。」
隠し通路の入り口を塞ぐように立つスティングの背後に迫りくる足音が響いてきた。
皇帝はスティングに「ああ」と頷き、指輪を渡そうとアイリスの手を取った。
「なんかよく分からんが、うちに代々伝わる国宝級の指輪だ。
『守護と希望の指輪』なんて取ってつけたような胡散臭いシロモノだが、今はほぼ失われた魔法の力が込められているらしいから、まぁ何かの役に立つだろ。」
アイリスは取られた手の平を下に向け、指輪は手の平に置くのではなく、指に嵌めろと促す。
皇帝は口の端を片側だけヒクつかせ「あぁ!?」と文句を言いたげな顔をしたが、背を丸めてアイリスの細い指に、そっと指輪を嵌めた。
そして身体を起こすと、ブスッと不機嫌そうにアイリスを見下ろす。
「ふふっ…悔しかったら、私に『さすがは常勝皇帝、お父様って凄いですわ!』と言わせるくらい、父親らしい姿を見せて下さいな、旦那様。」
「チッ…とんでもねぇ娘だ。」
アイリスは軽く飛び、上背のある皇帝の首に両腕を巻きつけるように抱き着くと、自身の唇を皇帝の唇に押し付けるようにして一瞬だけ触れさせた。
「ッッ!?」
一瞬の口付けを終え、床に足を着けたアイリスは腰に手を当て、したり顔で皇帝に告げる。
「妻です!つ、ま!」
「てめぇ……ええい埒が明かん!とっとと奥へ行け!
次に会う時は『お父様ステキ!』と言わせてやる!
いいか、アイリス!その指輪失くすんじゃねぇぞ!
国宝だし家宝だからな!必ず返せ!」
皇帝は「来るな」と言うようにアイリス達の方に手の平を向け、それから追い払うようにシッシッと手を振り、通路の先に向かえとアイリスたちに伝えた。
皇帝とスティングはアイリスたちに背を向け通路を塞ぐように立ち、剣を構えたのちに二人同時に一度だけ振り返って笑顔を見せた。
「生きろよ。」
・
・
「ああ旦那様ッ!愛する旦那様!…お会いしたいっ…
お別れしたあの後…どうなさったのかしら…。」
「旦那様呼びをするなと、毎日あれだけ陛下に言われてたのに懲りないですよね、姫様は。」
軽口を叩くヤハールはアイリスの言う「あの後」を無視した。
無事に逃げたのだと思いたいが、悲惨な結末である可能性もある。
だが、それを確かめるすべは無い。
ただ、あの日から5年前となる過去に、今、自分は居る。
この場所、この時間には皇帝は間違いなく存在する。
今からならば5年後に起こる、あの悲劇を起こさないように出来るかも知れない。
ヤハールは窓際に立ち、夜の闇の中にさらに色濃く闇の色を塗る森に目を向けた。
森の中に一瞬、金糸が一本引かれた様な松明が動く色が見えた。
恐らく、ガデュリオン皇帝率いるファルナウス制圧部隊が森に待機しているのであろうが、異変を感じた今、計画は失敗だと判断し、ガデュリオンは早々に撤退するだろう。
「姫様、今回陛下に会えないのは残念ですが、我々は5年後のガデュリオン襲撃に向け陛下たちを守るべく準備を━━…姫様?」
ヤハールが振り返ると、アイリスの私室からアイリスの姿が忽然と消えていた。
長年、アイリスの従者として常に側に居たヤハールには、アイリスの行動や思考が手に取るように分かる。
「うっ…嘘だろ…!まさか陛下に会いにっ…」
・
・
「城からの合図が無い。誰かが出て来る様子も無い。
計画は失敗に終わった様ですね。
自国に対し忠義のカケラも無い奴らが我々を裏切ったとは考えにくい。
ボロを出して捕まったんでしょうか。」
ファルナウス王城に近く辺りを一望出来る森に潜むガデュリオン帝国の兵士達。
その中心にて兵士達に支持を出す皇帝の側近スティングは、ファルナウス王城の外壁部分を夜目の利く目で何度も確認し、報告するようにガデュリオン皇帝に告げた。
「そうか…なら仕方がねぇ、撤退だ。」
「…待たれよ…。
そなたらの協力者らならば、我が捕らえ拘束した。」
撤退の号令を掛けようとしたガデュリオン皇帝の前に、青いマントを羽織り頭から爪先まで白銀の鎧に身を包んだ騎士が暗闇を割いて射し込む光の様にスゥッと現れた。
辺りを警戒していた兵士たちは、その目をかいくぐり、いきなり皇帝の近くに現れた白銀の騎士に「えっ」「いつの間に!?」と驚愕の色を隠せない。
「ほー…いつの間に…お前、中々のやり手だな…。」
ガデュリオン皇帝は特に驚く様子を見せずに、チラリとスティングの方に目を向けた。
スティングは小さく首を横に振り、ファルナウスに潜入させた間諜から、この様な騎士の情報は入ってないと態度で応える。
「で、お前さんは単身で何しにここへ?」
「我は…気をはやらせ先走った行動をしたがために、そなたらの目論見を意図せず妨害した。
その事を詫びたく、ここに参じたのだ。」
皇帝とスティング、周りに居る騎士、兵士たちはキョトンとした顔をして互いの顔を見合った。
恐らくファルナウスに与するだろう、この謎の騎士は、ファルナウス侵略計画を頓挫させた事を詫びているようだが…自国を攻めに来たらしき相手に、防衛成功を詫びる理由が分からなくて何だか気味が悪い。
「協力者?目論見?何の事だか分からんな。
俺たちは遠方への軍事演習で、たまたまここに居るが、お前さんが思っているような「悪い事」は何にもしようとしちゃいねぇぞ。」
とぼけた態度を見せた皇帝に対し、白銀騎士は手の平を見せ、話を遮った。
「みなまで言うな、言わなくとも良い、分かっている。
我は全て分かっているのだ…だからこそ…なのだ。」
白銀騎士は兜の額部分に指先を数本当て、苦悩するかのように首を振った。
顔を覆うヘルムのせいで表情は全く見えないが、芝居がかった大袈裟な言動も含め、存在が胡散臭いとガデュリオン兵士達が怪訝そうな顔をする。
「は?分かっている分かっているって。
お前さんは、何をどこまで分かってんだよ。」
白銀の騎士の考えが理解出来ない皇帝は、自分達の国、自分の身分、この場に居る理由、出来る限りの情報をとぼけてあやふやにして隠そうとした。
そうなると逆に、白銀の騎士がどこまで知っているのかが気になる。
「そなた等がガデュリオン帝国の精鋭部隊である事も、今宵ファルナウス城を侵略、制圧し、王太女のアイリスを拐う計画を立てていた事も知っている。
そして我の前に居る、威風堂々たる佇まいのそなたがガデュリオン帝国の皇帝本人である事も…
我は全て知っているのだ…。」
ガデュリオン皇帝自らが国を離れ、ファルナウスに来ている事など、この場の兵士達以外は誰も知る筈が無い。
ましてやガデュリオン皇帝の顔を知る者など、ファルナウスには誰一人として居る筈が無いのだ。
━━なぜ知っている!?━━
スティングをはじめ、ガデュリオンの兵士全てがこの正体不明の怪しげな白銀の騎士に対し剣に手を掛け臨戦態勢となった。
「ほーぉ…俺が皇帝だと知っているのか。
んで?その全てを知ってる騎士サマが何でワザワザこんな所に?
俺が大国の皇帝だと知ってんなら、投降しろなんてアホな事は言わないよな。」
白銀騎士はゆるゆると首を横に振った。
「偉大なる皇帝に対し、我がそのような愚言をする訳が無いであろう。
我はそなたらに進言しに来たのだ。
2つあった計画のうち、ファルナウス侵略は頓挫しても、アイリス王女略取ならばまだ間に合うと。
ゆえに!ゆえに!アイリス王女を拐うが良いと!
拐うべきなのだ!」
剣に手を掛け身構える兵士達の前で意味不明な熱弁をふるい出した白銀の騎士。
ピリッと緊張に張り詰めた空気が一気に緩んだ。
緩んだと言うか、張り詰めていたハズの空気が何か可笑しい雰囲気に。
その場に漂う緊迫していた空気感が多くの「?」で塗り変えられ、意味不明過ぎて理解が及ばず誰もが身動きを取れない。
皇帝も一瞬、怪しげな空気に飲まれて言葉を失ったが、探るように言葉を紡ぐ。
「ちょっ…と待て、お前ファルナウスの騎士だよな?
姫君を拐え?主を守るべき騎士がなに可笑しい事を言ってやがる。頭冷やせよ。」
何か企みがあるのではないかと白銀騎士の意図を探ろうとし、皇帝が声を掛けつつ騎士の様子をうかがう。
だが白銀騎士は熱のこもった口調でさらに続ける。
「我は至って冷静だ!
そして我は我が幸せを第一に考えている!
ファルナウスの第二王女アイリスは、淫婦の姉と違い可憐で愛らしい少女だぞ!
ひと目見るなり、そなたが妻に迎え入れたくなる事、請け合いだ!」
「ならねぇよ!まだ13かそこらだろ!
姫君を拐う事がお前の幸せってなんだ!
騎士の分際で自国の王女を拐えだの、淫婦呼ばわりだの不敬極まりないわ!
お前、頭わいてんのか!」
「……撤収ー、みんな、帰る準備始めて下さーい」
白銀の騎士と言い争う皇帝の姿を見たスティングは二人を無視する事にして皆に号令をかけた。
皆もゆるゆると動き出し、白銀騎士と言い争そう皇帝を無視して撤収の準備を始めた。
準備が終わるとスティングは皇帝の肩に手を掛け、意識をコチラ側に向ける。
「陛下、撤収準備終わりました。
我々の姿をファルナウスの者に見られたくないので夜が明ける前に国境を越えますよ。
なので不毛な言い争いはもう止めて下さい。
なぜか分かりませんが、痴話喧嘩にしか見えません。」
「チワッ!?チワ!?なぜチワッッ!」
変な返事と共に慌ててスティングの方を振り返る皇帝を見た白銀の騎士は、大きな溜め息をついて思わず呟く。
「ハァ…たまらぬ…
反応ひとつとて、我が伴侶の何と愛らしい事か…」
雰囲気が益々怪しくなった白銀騎士を見たスティングは警戒心と言うよりは気持ち悪いと言う理由で白銀騎士から距離を取り、声を掛けた。
「そこの騎士様、申し訳ありませんが我々は撤収致します。
ファルナウスにて、ガデュリオン帝国が攻めてきたと報告なさるのは勝手ですが、証拠はありません。
大国にあらぬ罪をなすり付けようと吹聴したと非難を浴びるのは小国のそちらだと、お忘れなきよう。」
スティングは皇帝の背をグイグイ押しながら馬の方に向かう。
スティングは馬に跨ったのち、振り返って白銀騎士に声を掛けた。
「騎士様、私もマーガレット王女の事をアバズレだと思ってます。
あなたみたいに気の合う面白い人物、私は嫌いじゃないですよ。」
真顔で白銀騎士にそう言い残し、ガデュリオン帝国の侵略部隊は森の奥へと姿を消した。
ガデュリオン帝国の一行が去ってゆく姿を見ながら白銀騎士は溜め息をつく。
「我も共にガデュリオンに行きたかった…無念だ。
…我が伴侶…僅かであるが若かった…堪らぬな…」
「……変態騎士様……じゃなくて。
姫様、お城に帰りますよ。」
森の奥を見つめ溜め息をつく白銀騎士は、視線を下にすーっとさげた。
高身長の白銀騎士の目の前には、滅茶苦茶不機嫌な顔の全裸の小さなヤハールが立っていた。
「これは何事だ。変態従者。」
「何事だ、じゃないですよ!誰のせいですか!
さっきまで姫様になっていたから、丸一日経たないと姫様には変化出来ないって知ってらっしゃいますよね!
姫様のフリも出来ない、そんな状態で、いつ誰が来るか分からない部屋に置いてけぼりにされて、そうしたらドアの外に人の気配を感じたから慌てて窓から鳥になって逃げて飛んで来たんです!」
まくし立てるように不満を口にするヤハールに、白銀騎士は「そうか」と軽く頷いた。
「丸一日経たないと同じ人物にはなれないのだったな。
ハッハッハ、まぁそういきり立つ事も無かろう。」
「軽っ!見つかったら僕、侵入者として牢に入れられていたかも知れないのに!」
「とりあえず、城に帰ろうではないか。」
白銀騎士は軽い口調でそう言うと、城に通じる抜け道の方に向かって歩き出した。
全裸のヤハールは、慌て始め裸体を隠す為に身に着ける物を探すが見つからず━━
「あー!!!もうッ!無礼とは分かっていますが…!
姫様には毎度毎度、とにかく腹が立つッッ!」
強い口調でそう言った後にヤハールは狼の様な犬の姿に変化し、白銀騎士に付き従うように共に城に向かった。




