大国が亡国となる時。
━━それからの私は━━
城内で様々な事を学んだ。
全ては、いつからかドップリとハマってしまった愛しい旦那様と添い遂げるために。
ファルナウスの女王になる事は、そのための布石でしか無い━━
「ガデュリオン帝国には学校という、皆が平等に学ぶための施設があったのよね。
私もヤハールと一緒に通いたかったわ。」
「姫様は暗殺者に生命を狙われてましたからね。
王城の敷地から出すのは危険だとスティング様が言ってました。
周りの人に危険が及ぶと。」
「第一に私の心配をしていない辺り、さすがスティング先生だわ。」
今まで得られなかった知識や技を、貪欲に身に着けていくアイリスを、スティングははじめ「渇いた土が水を吸うように」と表現していたが、やがて「いや、こんなん化け物だろ」とアイリスに対して忌憚ない意見を述べるようになった。
皇帝が「お前は言葉を選ぶって事をしないのか!」と言わしめる程に。
そのスティングがある日、告げた言葉をアイリスは忘れない。
・
「人の枠を超えた力を持つ姫様は…
恐らく、聖女なのでしょう。」
「聖女…わたくしが…?まぁ…」
聖女とは、世の中の幼い少女たちが「なりたい」あるいは「自分がそうであれば」と憧れる存在でもある。
いつ、どのような形で聖女としての力が開花するか分からないため、10代の少女全てが聖女となる可能性を秘めている。
だが実際に正式に聖女だと認定された者は片手の指で数えられるほどしかいない。
聖女と言われ頭に浮かぶのは、厳かな雰囲気の中で祈る慈愛に満ちた美しい女性の姿だ。
本の中に描かれた姿も、神々の彫像の側にある絵画や彫刻も、女神に通ずるような表現のそういった物が多い。
「神の代弁者であり、皆に癒しをもたらすと言われている、あの聖女であるとおっしゃいますの?
このわたくしが?まぁ…」
皇帝の右腕であり、アイリスの教育係でもあるスティングは今やアイリスにとっては先生であり、兄のような存在でもある。
そのスティングに「聖女」と言われた事にアイリスは喜び、舞い上がった。ほんの僅かな間。
「癒し…そして神の代弁者?
姫様の聖女に対する見解とは、そんな感じですか。
私とは違いますね。」
世の中の一般的な聖女の見解とは、そういった物だとアイリスは思っていた。
むしろ、それ以外に聖女をイメージする物、ある?
「私の見解による聖女とは、言うなればグレードの高いカカシです。」
「グレードの高いカカシ。」
スティングの口から出た、聖女を比喩する言葉とは思えないワードをアイリスは無表情で復唱する。
「例え話なのですが、この世界が神の作った畑だとしましょう。
それを食い荒らしに鳥やら獣が来るワケですよ。
で、それを追い払うためにカカシを設置する。
それでも追い払えなかった害獣を駆除するために、次は攻撃能力を特化させたカカシを設置…」
「スティング様、普通のカカシは攻撃をしません。」
スティングの生徒として、一緒に話を聞いていたヤハールが挙手して意見を述べる。
「そこがグレードの差です。」
「スティング先生、攻撃をする時点でそれはカカシではないと思われますわ。
カカシのグレードうんぬんは関係無いかと。」
アイリスも挙手して意見を述べたが、スティングに舌打ちされてしまった。
「チッ…だから例え話だって言ってんだろうが。
神聖視されたいがために偽聖女も多くいるが、聖女なんてモンはそんな仰々しいモンじゃねーって言いたかったんだよ。
普通の人間よりも、やれる事がちょっと多くて器用な人間てだけだ。姫様、あんたもな。」
・
「確かに、あの時スティング様はそう、おっしゃってましたが、今の僕には姫様は本当に聖女たる力を持つ方なんじゃないかと思えてきてますよ。
陛下から受け取った魔法の指輪があったからと言って、ほかの場所に転移するだけならともかく、時を遡るとか実際はあり得ませんから…。」
「相変わらず斜め上を行くスティング先生の見解はひとまず置いといて━━
他人に完全に変身するなんて世界に一人しかいない奇跡みたいな能力の持ち主にそんな事言われても説得力が無いわね。
私は自分を神聖視されるような力を持つ聖女だなんて思ってないわよ。
先生が言う、器用なハイグレードカカシって意味では合ってるかもだけど。
時を遡ったのだって私が変身出来るのだって、ガデュリオン帝国の秘宝のこの指輪のお陰でしょ。」
とは言え時を遡り、かつピンポイントでガデュリオン帝国が侵攻してくる5日前のファルナウスに転移するとは、そこに人ならざる何らかの意図を感じなくも無い。
神の奇跡か悪魔の企みか━━この場からやり直せば、5年後のガデュリオン帝国に助かる道があると指し示されているようだ。
「私たちにとっては、たった6日前の出来事なのに…今いるこの場からは5年先の未来なのね。
ガデュリオンが攻撃を受け、旦那様とスティング先生とお別れしたのは…。」
・
突然の出来事だった。
難攻不落とまで言われた大国ガデュリオンの巨大な城が火の海となったのは。
暗闇に煌々と燃え広がる炎と、そこかしこから上がる阿鼻叫喚の声。
異変を感じてすぐ、アイリスは同室のヤハールと共に剣を握り自室から飛び出したが、飛び出した瞬間に皇帝の野太い腕で掬い上げるように両脇に抱え込まれた。
「だ、旦那様!?ちょっ…!降ろして下さい!
私も戦います!」
皇帝は口をへの字に結び、無言で両脇に2人を抱えたまま全速力で城内を走る。
皇帝に荷物のように抱えられたまま、アイリスは城内の様子を目の当たりにした。
城内には方々に火の手が上がっており、数時間前まで笑っていたあの顔も、この顔も、物言わぬ姿となり城の中に横たわっている。
楽しかった日常が一瞬で覆った、こんな悲惨な光景を目にしながらも、皇帝に抱きかかえられたアイリスは嘆く間も無く大切にしていた人たちの骸の前を通り過ぎた。
目に映ったのは、かつて自分がファルナウスの城でガデュリオン皇帝に拐われた「茶番」だと言われた時とは全く違う、本物の侵略による凄惨な光景だった。
「陛下、こちらです!」
スティングが先導し、皇帝の脇に抱え込まれたままアイリスとヤハールは見知らぬ通路へと連れ込まれた。
そこでやっと皇帝の腕から降ろされた2人は、同時に皇帝に詰め寄った。
「一体何が起きたんです!!」




