7.潜入(スニークイン)
王の謁見室に入ったリンプーは、入り口にいた兵士と同様に全身を甲冑に身を包んだ兵士に案内されて、玉座の前に敷かれた赤いじゅうたんの上でひざまずく。
しばらくすると、面倒くさそうに金髪碧眼のガッチリした体格の中年男が玉座に座った。
男は、顎をしゃくりながら話し始める。
「地獄の山猫軍団のリンプー。
要件を述べよ」
「はい、本日はお願いがあって参りました」
「お願い? 何だ?
申してみよ」
「我々の守備位置を地下50階から、もっと上層階に変更していただきたいのです」
トラ猫のネコ耳少女リンプーが、懇願する。
「ほお、それは何故だ?」
謁見の間の奥の玉座に座った男が、面倒くさそうに聞く。
「我々地獄の山猫軍団は、百匹を超える大所帯です。
水や食料だけでも大量に必要になるのです。
今の場所にとどまるのであれば、何らかの補給手段をお願いします。
それが無理なら、せめて上層階への移動をお願いしたいのです」
「ハハハハ
そんなこと許されるわけが無かろうが。
食料や水なら、その辺のモンスターを狩って調達すればよかろう」
玉座の男は、笑い飛ばす。
「知っての通り地獄の山猫軍団は、私も含めてあんな地下ではなく、明るい場所で生まれ育ったんです。
地下50階は、あまりにも地上から遠すぎる。
せめて時々でいいからお日様の光に当たりたい者たちが、たくさんいるんです。
お願いしますから、地上へのアクセスだけでも何とかなりませんか?」
「何ともならんな。
貴様らは、このダンジョンのラスボスなのだ。
最深部にいなければ意味がない。
そして、地上と地下50階の間を簡単に行き来できるようにしたら、攻略が簡単になってしまうわい」
「ラスボスとおっしゃいますが、我々はあなた方にダンジョンに押し込められているのですよ。
本当のラスボスは、あなた方ではないのですか?」
男は、ほくそ笑む。
「真の強者は、手を汚さないんだよ。
お前らは、たくさんの冒険者たちを釣るための餌なんだ。
黙って最深部で待機して、そこまでたどり着いた運の良い奴らにとどめをさせば良いんだよ」
「そ、そんな……」
その頃みずきは、リンプーが入っていった部屋の周りの壁をジーッと見ながら歩いていた。
閉じられた扉を守る兵士たちは、みずきが扉に近寄ることも許さない様子だった。
それもあって、扉から離れていった。
リンプーが、もう帰ってこれないかも知れないと言っていたのが気になっていた。
扉をあんなにも強そうな兵士たちが守っているのも気になった。
あんな強そうな部下がいるのなら、冒険者に頼らずとも自分たちで迷宮を攻略すればよいではないか。
そして、ラスボスの一味を呼び出すのも意味が分からない。
リンプーが入って行った部屋を囲む、石を積んでできた壁は、とても頑丈そうだ。
だが、ところどころヒビが入ったり、崩れかかっている場所もある。
部屋の入り口の真反対側の壁に、みずきが頑張れば通れそうな穴が開いている。
「もしかして、ここから中に入れちゃったりしてー」
口に出しながら、みずきは穴に潜り込んだ。
本当に中に入れてしまった。
甲冑を着た彫像のようなオブジェの陰に隠れながら、部屋の中を見渡す。
どうやら、謁見室の玉座の後ろに出てしまったようだ。
ひざまずいているリンプーの姿が見えた。
リンプーの後ろには、入り口にいたような甲冑の武者が二人立っている。
その周りにも、たくさんの武者が直立不動で立っている。
スニークスキルのおかげだろうか。
王を真っすぐ見るのは失礼だと思って、皆正視していないせいだろうか。
誰もみずきのことに気づいていない。
「お願いごとをするのなら、何か対価を用意しているのか?」
玉座に座った王が、厳かな声を出す。
(あれが、ダントン王なのかな?)
みずきからは、後ろ姿しか見えていない。
「今回、私は取引をしに来たのではありません。
お願いに参ったのです」
リンプーは、堂々と返した。
「ほお、吾輩に対して、何の対価もなしにお願いを聞き入れさせようというのか?」
「はい」
静寂が辺りを包み込む。
重苦しい空気に、みずきが逃げ出そうかなと考えだした時だった。
王は、すごい勢いで立ち上がると、だだっ広い謁見の間いっぱいに響き渡る大声を出した。
「貴様ーッ、舐めておるのかあーっ!」
みずきは、縮み上がった。
こんな所に忍び込んだことを後悔した。
リンプーは、黙ったまま何も答えない。
「答えんか。
このネコ女を拘束しろ」
王の命令を受けて、リンプーの後ろにいた二人の武者がそれぞれで、リンプーの両腕をガッシリつかんだ。
王は、玉座の段をゆっくりと降りると拘束されたリンプーの前に立った。
「貴様ー、生意気だぞ!」
そう言うと、手に持った杖で殴りつけた。
バキッ
鈍い音が響いた。
リンプーは、一言も発さない。
「何か言ってみろ!
生意気なネコ女!」
バキッ、バキッ、バキッ、バキッ、バキョッ
王の攻撃力は凄まじく高い。
辺りに血しぶきが飛んでいる。
みずきも目を背けた。
だが、リンプーは黙って耐えている。
腫れあがった目に涙がにじんでいる。
王は、手を止めた。
らちが明かないと思ったのだろう。
「貴様らネコ獣人は、獣人形態と四足歩行形態を行き来することができると聞く。
そして、その制御は尻尾で行っているとな。
尻尾を切り落とされたら、もはや変身することは出来ないそうだなあ」
いやらしい笑いを浮かべる。
「あ、アタイは、四足歩行形態に戻れなくたって、どうってことないよ」
リンプーは、強がりを言って見せる。
「そうか。
では、その獣人形態のまま、ひじから先、膝から下を切り落として、四本足でしか歩けないようにしてやろう。
獣人のままだけど、四足歩行形態になるわけだ」
「やってみればいいだろ。
アタイは、ここに死ぬ覚悟をして来ているんだ」
王は、リンプーの覚悟を決めた表情を見て、悔しそうにつぶやく。
「生意気な奴め」
そこで王は、うつむいたリンプーの首にぶら下がるネックレスに気づく。
「何だあ?
柄にもない首輪をつけているじゃないか」
「汚い手でこれに触るんじゃない、クソ野郎!」
リンプーは、突然力強く叫んだ。
「貴様らは、戦いの時に邪魔になるからと、一切の装身具を付けないはずじゃなかったか?」
「魔法の加護があるんだよ」
吐き捨てるように返す。
「いやいや、こんなちっぽけな魔力防護など、貴様の力から見れば無に等しいだろう。
誰かの贈り物なんじゃないか?」
「ハッ、だったら、どうした?」
「その贈った者を探し出して、報いを受けさせてやろうと思ってな。
誰にもらったのか、言ってみろ」
「そんなことを聞いて、言うわけないだろう」
「その者が大切なんだな。
その者の素性を教えたら、貴様の命は助けてやるぞ」
「だから、言うわけない!」
王は再び、杖で殴りつけた。
「我らは、貴様の行けるようなところなら、どこだろうと探しに行くことが出来る。
さあ、その首輪をお前に付けた者の名前を言え!
探し出して、殺してやるぞ」
「い、言えない。
アタイは、あの子を裏切ることは出来ない」
リンプーは、絞り出すように言った。
「それは、私だよ」
みずきが、彫像の陰から飛び出してきた。
次のお話は、9月24日(水)投稿の予定です。




