3.地下迷宮での出会い
オークは、立っている岩の裏側に回り込むが、何もない。
みずきは、足音を聞いてオークの反対側に位置するように動いていた。
そこでオークは立ち止まっている。
そして、おもむろにジャンプするとパッと岩の反対側に回り込んだ。
みずきは、見つかってしまった。
その瞬間、彼女は咄嗟に後ろに飛びのいた。
小刻みに1メートルずつ3回。
合計3メートル飛びのいていた。
これは、彼女がゲーム内で覚えたプレイヤースキルだ。
ステルス系職能は、パワータイプの敵に接近しすぎるのは危険だ。
近づかれたら、隠れおおせるわけが無い。
頭より先に体が反応していた。
だが、身体能力が追い付いていない。
着地した場所で、派手にすっ転んだ。
尻もちをついていた。
ズドーーン
危ないところだった。
オークは、大きな斧を振り下ろしていた。
さっきまでみずきのいた地面に斧が突き刺さっている。
逃げていなければ、間違いなく死んでいた。
小刻みに跳んだことも功を奏したようだ。
さっき膝を擦りむいた時の痛みを思い出して、みずきは背筋が寒くなった。
「あんなの食らってたら、どれほどの苦痛を感じながら死んだか分らない」
とにかく立ち上がる。
オークも地面に刺さった斧を抜こうと力を込めている。
わずかだが、時間があった。
その時耳元で、飼い猫のリュウとニーナの声が聞こえた気がした。
彼女は、ゲーム内でも猫族のモンスターをテイムして(手なずけて)、リュウとニーナと名付けていた。
試しに呼び出してみる。
「召喚リュウ、ニーナ」
何の反応もなさそうだったが、霧の中に4つの目が光っている気がする。
ただ、呼び出されたのが、飼い猫のリュウとニーナなのか、モンスターのリュウとニーナなのかは分からない。
もし飼い猫なら、モンスター相手に戦えるわけが無い。
オークの方は、またみずきが後ろに飛びのくことを警戒してか、その場で斧を振り上げている。
一気に距離を詰めて、間髪入れず斧を振り下ろすつもりなんだろう。
逃げれば追いかけて、逃げた先で斧を振り下ろす。
だが、オークの想定以上に逃げられれば、助かるかも知れない。
そう考えて、彼女はオークの足元を注視する。
少しでもジャンプかダッシュしてくる兆候が見えたら、またバックステップで逃げる準備をした。
念のために、召喚したモンスターたちに命令を出す。
「リュウ、ニーナ、敵を足止めして!」
みずきが足元を注視していたせいだろう。
霧の中から音もたてずに飛び出してきたクロヒョウと白虎は、みずきの指示通り動いたかのように、オークの右足首と左足首に嚙みついた。
後ろからいきなり大型の獣に両足首を攻撃され、しかも、二匹は噛みつくと同時に体を後方に引いた。
そのため、オークはズデーンと前のめりに倒れた。
完全に攻撃態勢に入っていて、意識を前にいるみずきに集中していたので、顔面を地面に打ち付けた。
その衝撃で、持っていた斧を手放した。
二匹の大型の獣に足を極められている。
動けないようだ。
ここだと思ったみずきは、ダッシュして転がっている斧を蹴とばして、オークの背中に馬乗りになった。
とどめを刺さなくては、と忍者刀を鞘から抜く。
だが、どこにとどめを刺せばいいのだろう?
背中から心臓などの急所を狙う?
首の頸動脈を狙う?
そもそもオークの体の構造は人間と同じなのだろうか?
そして、こんなに現実感のある人型のモンスターへの刃物での攻撃には躊躇した。
(忍者刀が刺さったら、凄い血が出るのかな?
血で汚れちゃったら嫌だな。
でも、それ以前に、この忍者刀でオークの皮膚を貫けるんだろうか?)
戸惑っていると、声がする。
「た、助けてくれ!
殺さないでくれ!」
みずきの下にいるオークだ。
「日本語が喋れるの?」
「日本語?
よく分からんが、魔法で話している」
「それは良いとして、解放した途端に襲い掛かってくるんじゃないの?」
「そんなことはしない。約束する」
「逆らわない証拠に、テイムされるとか?」
「テイム? 受け入れる。
だから許してくれ」
「うーん」
みずきは、考え込む。
リュウとニーナの時は、ゲームの中で森の中を冒険していると突然じゃれついてきたのだ。
その時、『テイムしますか?』と表示されて、『はい』と答えるとテイム成功していた。
でも、今は何も表示されない。
今この場で、このオークをテイムする方法が分からない。
「アハハハハ」
突然、若い女性の笑い声が辺りに響いた。
「だ、誰?」
みずきは、辺りを見渡す。
いつの間にか、みずきの真っ正面に虎縞のネコ耳の少女が立っている。
「そんな奴をテイムする必要なんてないよ」
少女は、虎縞の尻尾をぴょこぴょこさせながら言った。
みずきは、オークが諦めたかのように体から力を抜いたのを感じた。
このネコ耳少女は、オークがとてもかなわないと感じるような存在なのだろうか?
とにかく、聞いてみる。
「どういうこと?」
ネコ耳少女は、微笑みながら答える。
「そんな奴を仲間にする必要は無いってことさ」
「でも、私は弱いから、一人でこんな場所をうろついていたら、あっという間に殺されちゃうよ」
みずきは、自嘲気味につぶやいた。
「そうだね。
アンタは弱そうだね。
それに、この迷宮で見かける人間は、必ず数人で群れているけど、アンタは一人なんだね」
「それは、痛いところを突いてくるね」
「アハハハ、それが痛いところなのかい?」
「とっても痛いよ。私は、現実でもゲーム内でもボッチだから」
みずきは、ちょっと涙が出そうになる。
「ボッチ? それは、何だ?」
「独りボッチってことです。
私は、人と交わるのが得意じゃないし、私が面白い人間じゃないから、誰も関わってこないってこと」
「アンタが面白くない?」
ネコ耳少女は、すごく意外そうだ。
「うん」
みずきは、ハーッとため息をつく。
「面白くないの?
人間が一人でいたら、間違いなく死んでしまうようなところに一人で乗り込んでくるような人が?」
呆気に取られている。
「乗り込んで来たんじゃないよ。
迷い込んじゃったんだよ」
「それで、自分よりも遥かに強そうなオークをやり過ごすんじゃなくて、背後から攻撃したと?」
「それは、何というか、まあ、やらなきゃやられるからというか、何というか……
仕方なく」
「仕方なくの攻撃なのに、チャッカリ用意したクナイのマヒ毒で動きを鈍らせて、召喚獣に足を攻撃させて完全に動きを封じた。
そして、その後に従属することを要求する」
「な、何かすみません。
私は、臆病者だから」
「いや、責めてるんじゃないよ。
どっちかって言うと、私アンタのこと好きになっちゃったかもだよ。
ただね。一つだけ言わせてもらうと、今まで私が知っている全人類の中で、アンタは最高に面白いよ。
自分のレベルを超える地下迷宮を冒険する者は、臆病者じゃないと生き残れないしね。
フフッ」
ネコ耳少女は、吹きだした。
みずきは、ちょっとくすぐったい感じがした。
今は、そんなことよりも聞かなくてはいけないことがある。
「あのー、最初に戻りますけど。
このオークは解放してもいいってことですか?」
「ああ。こいつごときが、アタイたちに何かできるはずないからね」
それを聞いて、みずきはオークから飛び降りた。
多分、このネコ耳少女は、オークよりも強いだろう。
そうじゃ無ければ、この局面で間違いなくダンジョンで場違いなほど弱い者に声をかけてくるはずがない。
オークは両足首を負傷しているので、四つん這いのままヨロヨロと遠ざかっていく。
みずきは、恐るおそる自己紹介する。
「あの、私は猫見みずきと言います。
あなたのお名前は何ですか?」
「アタイは、リンプー。
アンタと敵対する気は無いから、安心しなよ」
リンプーは、みずきに微笑みかけた。
次のお話は、明日投稿の予定です。