第3話 仕組まれた不協和音
オルウェル伯爵家の嫡男であるジェニングと出会ったのは13歳の時。
お母様と出席したお茶会の席だった。
黒翡翠のような美しい黒髪に黒曜石の瞳。
同い年だけれど、その落ち着いた風貌に心惹かれた。
そして出会った時から私達は打ち解けたわ。
その後成長するにつれ、互いを意識するようになっていき、このまま結婚するのだろうと自身の未来予想図を描いていた。
15歳で婚約し、学院卒業後、18歳で結婚。
しかしその後、3年経っても子宝に恵まれなかった。
私の母もなかなか子供を授かる事ができなかったけれど、4年目に私が生まれたわ。だから私も希望を持っていた。
通常なら、3年子供が出来なければ離婚事由になるけれど、ジェニングは全く気にしていない様子だった。出会って8年。私達には確かな絆と愛情があったから。
周りからも『おしどり夫婦』なんて揶揄われる事もあったわ。
けど結婚4年目を迎えたある日、新しく入って来た侍女ロージーの存在によって、確かな絆も愛情も壊れていった ――――――
淡いピンク色の髪色に宝石のような金色の瞳。
染み一つないきめ細かな白い肌に、ふっくらとした唇が妖艶に映る。
ロージーの容姿にそう感じたのは私だけではなかったようだ。
夫であるジェニングも……
だが、それに気づくのはもう少し後。
最初はたわいもない事だった。
ロージーが私のティーカップを落として割ってしまったのだ。
彼女は委縮しながら、何度も謝罪の言葉を口にする。
私は怯えるように謝る彼女に戸惑った。
「これから気を付けてくれればいいから」とその場は終わった。
ところがその夜、ジェニングから苦言を呈される。
「カップ一つ壊したくらいで、泣くほど怒る事はないんじゃないか?」
「え? 私は泣くほど怒るような事はしていないわ。軽く注意をしたくらいよ」
カップの話ですぐにロージーの事だと分かったが、泣くほど叱責した覚えはない。
「……そうか、ならいいが…」
私の話に納得していない様子のジェニング。
彼の苛立ちが伝わった。
この時の彼の言動に多少の違和感を感じたが、ロージーがジェニングにどのような説明をしたのかが気になった。
「彼女は何と言ってたの?」
「いや…廻廊で泣いている彼女を見かけて事情を尋ねたら、君のお気に入りのティーカップを割ってしまったと…」
「それで私に叱責されたと言っていたの?」
「…そうでは…なかったが…」
歯切れの悪い彼の言葉。
何だかもやもやするが、侍女の事で私達が言い合うのもおかしな話だ。
粗相をして注意をされれば、言われた方はひどく怒られたように捉えるのかもしれない。たとえ、言った側にそのつもりはなくても。
それに彼女は入ったばかりの新人。
慣れない環境でいろいろ戸惑う事があるのだろう。
私はそれ以上、ジェニングに追及する事はしなかった。
しかし彼は、その後も私のロージーへの態度を窘めるように言われる事が増えて行った。
けど私は、指摘されるほどひどい対応をした覚えはない。
そもそも、当主が特定の侍女に対して気に掛ける事は如何なものなのか。
私は彼の言動に懐疑的だった。
そして徐々に生じて来た私達の心のすれ違いに、決定的な溝を作る出来事が起きた。
「いくら腹が立ったとはいえ鞭打ちをするなど、どうかしている!」
いきなり部屋に入ってきて、突然怒鳴り始めたジェニングに私は固まった。
「鞭打ちですって!?」
「ロージーの左腕に無数の鞭の跡があったんだ!」
「そ、そんな事するわけがないわ! いつ私が……!!」
心当たりのない事で責められて、困惑するばかりだ。
「………君がそんな人とは思わなかったよ」
吐き捨てるように言うと、扉へ向かうジェニング。
「ジェ、ジェニング…まっ…!」
バタン!!
訳が分からなかった ―――――…
ロージーが私から鞭打ちされたと、ジェニングに言ったの!?
なぜそんな事を……!
すぐにロージーを呼ぶように侍女長に伝えたが、彼女は突然辞めたという。
そしてその日を境に、ジェニングの外出する日が増えて行った。
これで二人の関係を疑わない妻がいるだろうか……
それからジェニングとは、必要最低限の会話をするだけになった。
それでも、跡継ぎを儲けるという役割を果たさなければならない。
義務的に閨を共にする夜は、屈辱的だった。
だって、彼はきっとその手でロージーを抱いているのだから……
そんなある日、ロージーから書簡が届く。
そして彼女の家に赴き………私は殺された。
「今世でもロージーはきっと私を殺そうとするわ。もうすでに彼女はジェニングの愛人になっているの」
「……そうだな」
「私、ロージーをこのままにさせたくない!」
「……それで俺は何をすればいいんだ?」
今世では、絶対にロージーの思い通りにはさせない。
私は義兄様と今後の計画を立て始めた。
◇
そしてあの日が来た。
前世と同じようにロージーから書簡が届く。
“フィオーリ・オルウェル伯爵夫人
旦那様の事で、ぜひともお話したい事がございます。
ロージー・ヨークス”
「……一言一句、前世と変わらないのね」
回帰しても同じ事を繰り返すロージーに、私は呆れていた。