2.変化
ここからが本編。
今日も目覚めの良い朝を迎え、いつも通りの姿をした時計を見る。未だに高校生の時みたいに体力が回復したかのように体が軽い。そんな体を起こし伸びていると、枕の横に現金五万円。お札が全部旧札だな。とか思っていた数秒後、一気に驚きの感情を覚えた。この五万円なんだっけ。昨日アルコールでも入れたか。いや、酒は飲んでないし、ここ数年は現金をあまり持ち歩かない生活をしているから可笑しい。取り敢えずそのまま枕元に置いておくのも難だし、財布に入れるか。今日のお茶漬けは何となくいつもより美味しかった。
相も変わらずバイト先では虚無な時間を過ごしたが、この五万円は自分が元々持っていたものではないと判明した今、夕飯は久し振りの旨い焼肉でも食べようと思う。薄暗い夕空を見ているだけで、こんなに腹が減るのは高校生の時以来だ。さあ、どこに食べに行こうか。僕は学生気分で食べ放題の焼肉の店に入った。せっかくならと思い普段より一つ上のコースを頼んだ。テーブル席に一人で90分。テーブルをいっぱいにしながら鱈腹食べてやろうと意気込んだ。序盤からハイペースに食べる。白米なんていらない。タン、カルビ、ホルモン、そしていつものコースでは注文できないお高い肉も。とにかく肉という肉を口に運び始めた。
店を出たのは50分後くらいだった。僕の安い舌に慣れない高い肉の油は合わないらしい。大人しくタン塩ばかり頼んどけばよかった、と思ったのは食べ始めてから10分後くらいだろうか。一番満足した状態だったのは席に案内されていた時だったな、と思っていると家に着いた。一旦トイレに駆け込んだ。小学生の時にトイレを馬鹿にする風潮があったせいで、公衆のトイレはできるだけ使いたくない。大人にもなって恥ずかしいのはわかっているが、簡単なことができない。覚悟を決めればサッと終わらせられるので、駅などで待ち時間が長いとイライラする。はぁ。
五万円。自由に使える五万円が手に入ったとわかった時には日常に色がつくと思ったが、もういつもの日常が帰ってきた。やるせなさでいっぱいであった。が安心感もあったのが妙に悔しかった。取り敢えず残りの四万五千円は暫く手を着けないでおくとしよう。そう決めて寝ようとした。血糖値が急激に上昇していた為か気絶するように眠った。
朝は少し早めに起きた。少し気分の悪い目覚めだった。経験はないがこれが二日酔いの朝の気分なのだろう。それでも枕元に何かないだろうかと探したが何もなかった。バイトに行った。
朝はいつも通りの目覚めだった。枕元には二万円があった。
朝はちょっと調子が悪かった。枕元には何もなかった。
朝はいつも通りの目覚めだった。枕元には三万円があった。見ないふりをした。
朝は久し振りの随分すっきりした目覚めだった。枕元には何もなかった。
朝は今までにないくらい快調だった。枕元には何もなかった。
あれ。いつものペースなら置いてあるはずじゃないのか。何ならこのままバイトを辞められないかと安易な考えを少々していたところでこの様では困る。今日は休みなので焦らず布団回りを探した。寝息とかで落ちてしまった筈だ。しかし、何もない。一度冷静になって枕を引っ剥がすと
小手紙が一つ。
”ありがとうございます。
貴方は、国民睡眠増進計画No.306号として試用期間一週間を終了しました。
合計受取額十万円。内使用額5,480円。
残額は全額謝料としてお受け取り下さい。
市役所横設置 特設市民会館より継続手続きが可能です。*11~20時
詳細は会館職員にて申し付けください。
榊財団”
なんだこれ。こんなものに参加した記憶など一切ない。しかし十万円を受け取れたことは確からしい。市役所横ということは行政が関わっているのだろうか。とにかくこんな年まで生きてきて、一週間で十万円など手にしたことがない。幸い最近はじっとしていられる質ではないので、この特設会場…に足を運ぶとしよう。行政が関わっているなら、昼の時間にしかやっていないだろう。
これからも同じように金が手に入るなんて、美味しい話があるだろうか。ただし、この暇を持て余した俺には詐欺師の話を聞くだけでも、良い一日だったと思える自信がある。少し浮ついた気分を抑えようとして、いつものようにダラダラしていたらいつの間にか夜の七時になっていた。少し眠ってしまったらしい。慌てて小手紙を読み返すと20時の表記が見えた。そういえば説明書を端から端まで読む性ではなかったことを思い出し、高揚した気分も少し落ち着いた。まだ今から出れば間に合うので、受け取った現金を財布に詰め込んで外に出た。膨らんだ財布がポケットに入っている感触だけで飯が食えそうだった。
市役所には十八分で到着した。普通特設会場を設置するなら、案内くらい出されているものだろうと思い込んでいたが、全くなかった。
結局市役所の周りを半周程したところで会場を見つけた。特設とは思えないほどご立派な建物だったが、年季を感じた。昔からあっただろうか。そんなことはこの際どうでもいい。中に入ろう。