S級探索者はL級案件に挑む
クロウのL級案件参戦が決まってから三日後。件のダンジョンを探索する日がやってきた。
その間に特にダンジョンに対して変化はなく、安定した様子だった。
「それで?私達は普通に探索してていいのよね?」
「ああ。配信関連は向こうでやる」
そんな会話をしながら海上をクロウ、ジェニー、ロイの三人は移動していく。
ジェニーはブーツにつけられているジェットで、ロイはサーフボードに乗って、クロウは普通に空中に浮いてダンジョンへと向かっていた。
転移でも問題ないのだが、調査隊によるとダンジョン周囲五kmほどを船を襲撃した海蛇が縄張りにしているようなので、そいつを倒すのも目標の一つとなっている。
『マスター、どう?そろそろ着きそう?』
「おう、もうちょいで縄張りに入るぞ」
『りょーかい、こっちも枠初めて今みらいちゃんが挨拶してるよ。もう少ししたら今回の枠の事を話してワイプ繋ぐからドローンの準備よろしくねー』
「あいよ」
縄張りから少し離れた位置で待機し、空間収納からドローンを取り出して配信準備を始める。こちらがドローンを起動すればギルドのほうにつながり、そちらで配信画面の方へと繋いでもらえる。
『よし、こっちはOK。それじゃあつなげるよー』
「あいよー」
シェルフの言葉の後にドローンと配信が繋がったようでコメント欄が表示された。
『お、いたいた』
『やっほー、見えてるー?』
「おう、見えてるぞ」
『クロウさん、聞こえますか?』
「ああ。みらいちゃんの声も聞こえているよ」
コメント欄も問題なく見えるし、ギルドの方で実況しているみらいとシェルフの声も聞こえている。
『それじゃあマスター、状況の説明を』
「あいよ。これからL級案件のダンジョンへとL級探索者であるジェニーとロイと共に向かう」
『なんでクロウさんが行くの?』
「まあいろいろと大人の事情ってやつだな。細かいところは言えんから察してくれ」
コメントの言葉にため息交じりに答える。その返答にいろいろな憶測がコメント欄で流れるがそれらに触れることはなく説明を続けていく。
「それで、今いる場所は件のダンジョンからおよそ六kmほど離れた場所だ。どうも船を襲撃した海蛇がダンジョンを中心に周囲五kmを縄張りにしているようでな。まずはその海蛇の討伐を目標としている」
『じゃああの船の人達はその縄張りに入っちゃったってこと?』
「おそらくな。まあ、本来ならそんなのわからんから仕方ないがな」
「もうお話は終わったかしら?さっさとダンジョンに行きたいんだけど」
「ああ、そうだな」
ジェニーが焦れた様子で声をかけてきたのでクロウも頷き進み始める。
『さて。まずクロウさん達がなぜダンジョンに直接行かずに六km離れた場所にいるかと言いますと…』
『さっき話に上がった海蛇の問題だね。このままダンジョンを攻略したとしても外に出た魔物に関しては消えたりしないから、先に討伐しておかないと被害が出かねないからまずはそちらを討伐するのが目的なんだって』
移動している間にみらいとシェルフが今からやることを説明していた。
「くるぞ」
ロイの言葉にクロウとジェニーが頷く。ロイとジェニーが武器を手に取ったと同時に海面の一部が盛り上がっていく。
ザバァンと大きな音を立てて海蛇が姿を現した。
『デッッッカ!!』
『というかナッガ!?』
『蛇というよりか龍みたいだな』
「種族としてはシーサーペントだから海蛇なんだがな」
「出ている部分がおよそ五m。サイズとしてはその四倍くらいだから二十m級か。結構上位だな」
「誰が行くの?」
「最初は俺が行くよ。そのためについてきたようなもんだからな」
そう言ってクロウが一歩先に進む。海蛇はこちらを警戒するようにじっと見つめている。
『お、クロウさんが動くか』
『まあ、クロウさんなら問題ないだろうけど…すぐに終わりそうで逆に取れ高的に問題ありそう』
『それはある』
「ひでぇなおい」
リスナー達の言葉に仮面の下で思わず苦笑を浮かべてしまう。
海蛇へと近づいていくクロウに対して、警戒していた海蛇は口を開け戦闘態勢へと入った。
海蛇の口に魔力で生成された水が凝縮されていくが、それを見つつもクロウは悠然と歩いていく。
十全にチャージできたのか、海蛇が溜めていた水から細いレーザーが放ったれ、超高速でクロウへと迫るが…。
「ほい」
軽い言葉と共に腕を振るうとバチィン!という音と共にレーザーがはじかれて直角に曲がった。
『わぁお』
『さすがクロウさんだね…』
軽い様子でレーザーをはじくクロウにシェルフとみらいは呆れ交じりに称賛していた。
「よいしょっと」
そのまま横に振るった腕を戻すように振るうと風の刃が生み出され、そのまま先ほどのレーザーよりも早い速度で海蛇へと放たれた。
レーザーをはじかれ、それとほぼ同時にそのレーザーよりも高速な風の刃が放たれ、反応ができずにそのまま風の刃が通過した。
「?」
特に違和感を感じなかった海蛇がきょとんとしたような表情を浮かべている。
『なんかかわいい』
『キョトン顔してる』
そんな感想がちらほらとコメント欄に流れる。しかし、その直後ずるりと海蛇の首というか胴体がずれ始め…。
ドボォン!
派手な水しぶきと共に上下に真っ二つにされた海蛇の顔が海面へと落ちた。直後に姿が消失して素材と魔石が海面に浮かんだ。
「ほい、討伐完了っと」
「さすがね」
「腕が鈍ってないようでなによりだ」
「そりゃ、きちんと探索は進めているからな」
『クロウさん、あの魔物ってどれくらいのランクなんですか?』
「そうだな…大体B級上位ってところか?」
「そうね。通常種ならC級上位かB級下位だけど、あのサイズなら上位種でしょうし、それくらいになるわね」
みらいの問いかけにクロウとジェニーが答えた。
「さっきのシーサーペントもだが、魚類の魔物というのは見た目の違いがあまりなくてな。サイズや能力によってランクが定まっている。だから似た見た目でも全く違うランクの魔物ってのもいたりするから気を付けるように」
『は、はい!』
きつめのロイの言葉にみらいは体を強張らせつつも返事を返した。
「さて、他にダンジョンから出てきたであろう魔物は…いなさそうだな」
「そうね。そう言った気配は感じられないし、大丈夫じゃないかしら」
「んじゃささっと潜ってクリアするかぁ」
そう言って手のひらの上に魔法陣を作り出すとそれを握りつぶす。するとクロウ達三人に薄い膜のようなものが覆われた。
「あら、ありがとうね」
「ふむ。この感じからして呼吸に水中移動の補助といったところか。相変わらず便利だなお前の魔術は」
「まあなー。手段増やすために覚えた物だからな。んじゃさっさと行くぞ」
その言葉と共に三人は配信用ドローンと共に海中へと入っていった。
『おー…すげぇな、水中でも配信できるのか』
『クロウさんに渡したドローンは水陸両用の万能ドローンらしいですので』
『深海にあるダンジョンでも問題なく行けるらしいからすごい技術だよねー』
今回の配信ドローンはギルド特製の物であり、どんな環境でも問題なく配信できるようにしてある特別仕様だ。どれだけ深い海の底だろうが、標高高い空の上であろうが何の問題もラグもなく配信できるように魔改造されているものだ。まあ、それをレンタルするにしても結構な値段がするのだが、今回はL級案件の配信である事とクロウの参加がL級探索者の要望である事から特別に貸し与えられた。
「にしてもやっぱ暗いな」
「水中は光が入ってきにくいものね」
「明り意味あるかなぁ…」
そうぼやきながらぎゅっと手を握り開くと強めの明りの光球が生み出された。
『うおっまぶし!?』
『でも、クロウさん達の姿が見えただけで他はなんも変化ないね』
『たまに魚の影がちらって見える程度だなー』
「やっぱ意味ないかー」
できる限り遠くまで照らせるように強めの光球を作り出したが、それでも底がまだ遠いからかあまり意味を成してくれておらず、周囲は相も変わらず闇に包まれていた。
「ダンジョンのある場所ってどこらへんなんだっけ」
「深度4000mほどだな」
『それってどれくらい深いん?』
「基本的に海の深さは3000~6000mほどらしくて、一番深いマリアナ海溝で一万越えらしいぞ」
『それじゃあ並みってところなのかな』
『そもそもそこって生身で行ける場所なん?』
『無理やろ。潜水服でも600~700mが限界らしいし』
『その五倍下のところに生身で行こうとしている人たちがいるんですが』
『ちゃんと魔術で潜水対策しているから…』
『それ無かったらどうしてたんだろ…』
『考えるのはやめておこう』
どんどん沈んでいく三人を見ながらコメント欄が賑やかになっている。
「ん?」
そんな中でクロウが遠目に何かを見つけた。
『マスター、どうしたの?』
「ああ、いや。海底についたみたいだ」
光球をカメラの画角の中に入らないように調整しつつ降りていると、わずかに海底が見えたようでゆっくりと降り立つ。
『ほえー、ここが海底か』
『たまに動画で見ることはあるけど本当に静かなんだな』
『それに案外平らやね』
よくダイバー動画などではサンゴや岩等が転がっているのだが、ここら辺にはそう言った物はない。しかし、海底に着地したとたんに何かがふわりと舞い上がった。
「これが降り積もっているから平らに見えるんだろうな」
『なにそれ』
「マリンスノーが積もった物ね。浅いところから降ってきた細かい物が積もったのよ」
『マリンスノーなんてのがあるんだ』
『ちなみに調べるといろいろと混ざり合った物というか、降ってきている様がまるで雪のようだからって意味合いなだけなんだけどね』
『言葉の綺麗さのわりに降ってきてるのはアレなんよなぁ…』
マリンスノーがなにによって発生しているか知っている人はその綺麗な光景と現実にわずかに苦い思いをしているようだ。
「さて、それよりダンジョンはどこにあるんだ?」
「もう少し先にそれらしいものがある」
「じゃあちゃっちゃと行きましょ」
海底でも水中ということを感じさせない動きで三人は進んでいく。その移動速度は海上の時とほぼ変わらず、移動の際に降り積もっているマリンスノーが舞い上がっていく。
そして少し進むと件のダンジョンの入り口らしきものが見えてきた。
そこは通常の洞窟のような入り口ではなく、海底にぽっかりと開いた穴のような場所だった。
「ここ?」
「ああ。階層としてはおよそ30。ランクとしてはBだが全部が水中にあると予測されている感じだな」
『よく聞くけどそれって誰が調べてるの?』
「ああ、それ用の測定物があるんだよ。魔力のソナー的なのと魔力量で大まかな階層とランクが定められてる。その後調査して明確なランクとかを決める感じだね」
『ほえーそんなのあるんだ』
「基本的にそこらへんの事はWSMとかの公式ホームページに書かれているから気が向いたら調べるのもありだと思うわよ」
『せやねー、この間の講義でもそうだったし、いろいろと気になることはあったかも』
『また機会があったらマスターの講義もやりたいね』
『そうだね。その時はお願いできる?』
「あまり頻繁にやる気はないがそれでも良ければね」
シェルフとみらいの言葉にそう答えつつ、改めて気を引き締めるために軽く体を伸ばす。
「さて、じゃあ行きますか」
クロウのその言葉にジェニーとロイが頷き、三人はダンジョンの中へと飛び込んだ。




