S級探索者はL級案件を聞かされる
配信翌日
「海で魔物が出現?」
ギルドへと呼ばれたクロウ達S級探索者五人はギルマスからの報告を受けていた。
どうやら早朝に海で魔物があらわれたようで、その件に関しての話し合いをするようだ。秘書官からその件の書類を渡され、目を通す。
「幸いなことに被害はない。まあ、強いて言うのならば漁をするための網が切られ、捕まえた魚がすべて逃げられた上に網を修復しないといけないので物損的な被害はでかいようだが、人員的な被害は今のところ無い」
「ふぅん…」
「まあ、物損的な損害は保険屋の仕事だ。んで、魔物がダンジョンの外に出たということは魔窟暴走が起こったのか?」
「いや、その魔物が出てきたダンジョンに関しては判明したが、魔窟暴走の反応はなかった。おそらく出現した魔物が自由に外に出れるタイプのダンジョンなのだろう」
「ってことはS級ダンジョンか」
「そうなるね」
「じゃあ俺達を呼んだのはそのダンジョンの攻略の為か?」
「あー、そう言うわけではなくてな。ちょっと厄介なことになってて、もしかしたら君達にも動いてもらうかもしれないから事前に情報をね」
「どういうこと?」
「まずこの地図を見てほしい」
そう言って表示した地図は日本の北部の海域の地図だ。
「日本の漁船が襲われたのがここ」
そう言って海域の一部指示棒でを示す。
「そしてその後の調査で判明したダンジョンの場所が…」
言いつつ指示棒を北上させていき…。
「ここだ」
「え、そこって…」
「うっわめんどくせ」
示された場所を見た瞬間、遥とクロウが声を上げた。
それもそのはず。その位置は排他的経済水域、そのギリギリの場所を示していたのだから。
「これ、どうするの?この場所だとお隣さんが黙ってないでしょ」
「ああ、地図上ではともかく、実際に明確な線引きがされていない以上、このダンジョンの権利に関してはひどく曖昧な物になる。一応は我が国のダンジョンということになるが、それでも一部が境界線から出ている可能性もある以上、すべてがそうだとは言い切れない」
「………ってことはL級案件か」
「そうなる。だからすでに探索者ギルドにも通達し、国境付近のダンジョン探索をL級探索者に打診したんだが…」
「何か問題が?」
「どうもその動きに気づいたあちらさんがちょっかいかけてきてな…」
「まじかよ」
「そもそもL級案件になったらどの国にも干渉できないはずでしょ」
そう。階級的にS級より上のL級。S級以下の探索者が各国の探索者ギルドの管轄下にある事に対して、L級は世界機構であるWSM直属の探索者であり、その国では対処できないダンジョン関連の問題に関して関与し、L級案件として対処している。
L級案件は様々な事情や利権が絡みやすいことから、一度L級案件になった際、どの国であっても一切手出しができなくなる。手出しができるのはWSMとその直属の探索者であるL級探索者だけであり、ダンジョン攻略が完了した後であっても、そのダンジョンの資源などはすべてWSMの管轄となる。
今回のように国境付近で利権が絡む場合はもとより、自国に戦力がなく、発生したダンジョンに対処できないといった時であっても、例外なくL級探索者の力を借りた場合はL級案件となり、その国の探索者ギルドの手からは離れるはずだが…。
「あちらの言い分としてはこちらに対処できるほどの実力がないので、こちらが代わりに対処する。ということらしい」
「なんだそりゃ、そんなに難易度高いのか?」
「水中ということを除けばなんの問題もないダンジョンだよ。魔物が外に出てくるという特異性からS級ダンジョンと指定されているけどね」
「じゃあなんでそんな因縁つけてくるのよ」
「おそらくL級探索者の数だろうね。あちらさんはL級になった探索者の数が多いからねぇ…」
「自国の戦力を外に出しているだけなんだがなぁ…」
L級探索者になった以上、WSM所属となり、その国に戻ることはできなくなる。その理由としては他国に関わる際に、重要な機密事項に触れる可能性もあるからだ。それらを流用されないように、L級になった際、自国に対してかなりの制約が課されたりもしている。
「そもそもうちにもクロウや雷亜のように打診は来ているんだよね。断っているけど」
「メリットがあるのはわかるけど、その分大変だからねー」
「推し活できなくなるとか絶対拒否する」
「だよね」
二人の言葉にギルマスは苦笑を浮かべていた。
「ま、とりあえずL級探索者の二名が来たら君達にも対応してもらうと思う。もしかしたら出動もするかもしれないけど…誰が行く?」
「クロウでしょ」
「クロウだな」
「クロウじゃない?」
「クロウさんでしょ」
「俺かい」
「私達でも対処できるけど、水中って面倒なんだよ。喋れないから配信映えしないし」
「私もできますが、雷なので複数人の場合稀に事故るんですよね…」
「ああ、通電性…」
「水中動きにくくてつまらん!」
「私もいつも以上に凍るから面倒なのよ」
「さいですか…」
それぞれS級である以上対処はできる。しかし、それでも水中というのは厄介ではあるし面倒ではあるので各々行きたがらない。その点クロウならばそう言った面倒な部分はすべて魔術などで対処できる。
「まあ、行く必要があるなら行くけど、今回はみらいちゃんたちを巻き込まんでくれよ?」
「わかっているよ。今までは配信によって世界に広がることはあっても、基本は国内だけの問題だったから彼女を引き出せたけど、さすがに今回は彼女たちには荷が重い」
「今までの案件でも彼女たちには荷が重かったと思ったんだが?」
「それでも、与えられた役割はきちんとこなしていただろう?」
批難気味ににらんでくるクロウに対して、ギルマスは不敵な笑みを浮かべていた。
「実際、彼女たちがいたからクロウが無茶できなかったところもあるからねー」
「特にハデスの時なんて、下手したらあなた死んでたでしょ」
「それに関しては否定しないが…」
「ピノッキオに関しても、あの子達がいるから準備万端にしてたしねぇ」
「ほんと、お前あいつらに関しては過保護だよな」
「うるせぇ」
傑の言葉にふてくされたように答えた。
「ま、そもそも今回はL級案件。本来ならこちらは情報提供だけでいいはずなんだ。一応先ほどの話はこうなるかもという感じで頭に置いといてくれればいい。なので基本的には特に何もしなくてもいいが、連絡だけは取れるようにしておいてくれ」
ギルマスの言葉に全員が頷き、その場は解散となった。
その後帰宅したクロウがリビングへと入ると。
「あ、マスターおかえりー」
「お邪魔しています」
「パパ、おかえりー」
シェルフとみらい、六華がお茶をしていた。リビングの端の方ではマーサにエメルがじゃれており、その様子をリルとルディが少し離れた位置で見ていた。
「あ、クロウさん、お疲れ様です」
「お疲れ。ライラも来てたのか」
「はい、みらいさんにお出かけしようってお誘いいただいて…。すいませんシェルフさんに許可を取りましたが台所勝手に使わせてもらっています」
「ああ、そこらへんは別に構わんよ」
そう言ってからクロウはうがい手洗いをしに洗面台へと向かった。
「そう言えばマスター、なんか招集受けたみたいだけど何かあったの?」
「んあ?ああ。早朝に海の方で魔物が出たらしくてな。それ関連」
「そうなの?ダンジョンの外に出てきたってことは魔窟暴走?」
「いや、そうじゃないみたい。どうも普通にダンジョン外に出れる魔物がいただけみたい。そんなわけでそのダンジョンは特異性がありそうってことでS級認定されました」
「なんか結構簡単にS級認定されるね…」
「特異性があるダンジョンはそうなるからね…」
「それじゃあ今度そのダンジョン行くの?」
「わからん。場所が面倒でな、L級案件になったんだよ」
「L級案件?」
「あー…そうだな…どこから説明するべきか」
「いっそのこと今度勉強配信でもする?」
「勉強配信?」
シェルフの言葉にクロウは首を傾げる。
「うん、さっきみらいちゃんと話していたんだけど、ちょっと最近マンネリしてきたよねって」
「安定していると言えばそうなんだけど、クロウさんとの探索がいろいろと派手すぎてね…普段の探索配信がいささか盛り上がりに欠けているんだ」
「まあ、安全マージンには気を付けているからな」
配信だからと無茶をする奴も一定数いるが、そう言うやつらはたいてい長続きしない。
その理由の大半が無茶をしすぎて大けがして探索者引退するか、もしくは死ぬからだ。さすがにそんな探索をさせるつもりもないし、するつもりもないのでそう言った事はしない。
そもそも、そういった配信ができていたのも数年前であり、探索者配信が流行り始めてしばししてから。当時あまりにも被害が出ていたので、探索者ギルドの方で分不相応の探索は禁止されたのだ。
「それで、そろそろ簡単な変化が欲しいなぁって話で何をしようかって相談を今していたわけでして」
「それで勉強配信?」
「そうそう。さっきのL級の事とか、ちらっと話は出てたけど詳しくは知らないじゃん?L級に認定される条件とか、されたらどうなるのかとか」
「あー…確かに調べればわかるが、それでもそうそう調べるような案件じゃないしなぁ」
「でも、クロウさんならいろいろと知っているでしょ?」
「まあ、S級になるにあたっていろいろと必要な知識が増えたからなー」
「それにいろんな魔術とか使えているわけだし、せっかくだから質問コーナーもかねてマスターを先生役として勉強配信するのもありじゃないかな」
「んー……」
提案としては悪くないし、危険な探索をするというわけでも無いのだが、あまり表に出るのを好まないクロウとしては先生役として出るのはあまり望ましくはない。
「そこらへん、遥とか雷亜のほうがいいんじゃないか?俺、あまり表に出たくないし」
「んー、確かにその二人でもいいけど、みらいさんの配信だとマスターのほうが親しみやすいじゃん?」
「主にいじられ系の方でだよねそれ」
「うん」
「ちくせう」
まあ、それでも今まで何度か表に出てきている以上、頼まれたのならばやるのもやぶさかではないだろう。
「ま、みらいちゃんからの頼みでシェルフの提案だ。どこまでできるかわからんが問題ない範囲で引き受けるよ」
「ありがとう、クロウさん!」
「今のうちに質問募集しておく?S級探索者に質問できる機会なんてそうそうないじゃん?」
「そうだね…といってもどんな質問が来るかわからないから下手な質問は省けるようにしておかないと」
そう言ってシェルフとみらいは企画について話始めた。
「あ、こちらどうぞ」
「ありがと」
そんな様子を少し離れた位置にある椅子に座って眺めていると、ライラがお茶菓子と紅茶を持ってきてくれた。
「こっちの生活には慣れた?」
「はい。いろいろと大変なことも有りますが、みらいさんもみらいさんのお母さんも優しく教えてくださってなんとかやっていけてます」
「そか。それは何より」
「あの…それで一つ聞きたいことがあるんですが」
「ん?」
おずおずと気まずそうな様子でライラが尋ねてくる。
「私、子供の頃のことは思い出せるんですが、ある時から全く思い出せない時期があるんです。みらいさんに聞いたらそこらへんはクロウさんが知っているって…」
「あー…」
異世界から連れてくるさい、ライラの負の記憶が闇の属性との親和性が高くなり、ちょっとした反動で暴走しそうになっているからそれぞれを切り離し、封印した。その封印はちょっとしたことでは解除されないので、母親が亡くなり、辺境伯に引き取られてからクロウ達に会うまでの長い期間の記憶がないことにライラも不安に思っているのだろう。
「その記憶は今は思い出せないようにしてある。辛い記憶だからね」
「そう…なんですか…」
「君は思い出せないだろうけど、その心は深く傷ついている。そしてその傷は今は気がついていないだけでまだ残っているんだ。その状態で思い出すと君自身の心が壊れかねない。だから今は封印してある。君が心から幸せになって、その辛い思い出に負けないほど強くなれば、おのずと思い出せるようにしてあるよ」
「………わかりました」
「うん、焦らずゆっくりやっていきな。何かあったらみらいちゃんに頼ればいいし、もし手に負えない状況だったら俺も手を貸すから」
そう答えたクロウにライラは笑みを浮かべてお辞儀をし、その後みらい達の方へとお茶とお茶菓子を持って行った。その様子をクロウは穏やかな笑みを浮かべながら見ていた。




