幕間:S級探索者の推しは助けを求める声を聞く
どうしてこんなことに…
私はただ…穏やかに…静かに…お母さんと暮らしていたかっただけなのに…。
なんで…なんでこうなっちゃったんだろう…。
あの人は『私が生まれたことが罪だ』と言った…。
あの人は『お前は存在してはいけない人間だ』と言った…。
それなら…私の存在が罪だというのなら…。
誰か…
私を…
殺して…
とあるダンジョン。
荒野広がる地平にドォン!と爆音と共に炎が吹きあがり魔物を消し飛ばしていく。
そしてその爆煙を縫うかのように複数の魔弾が飛び交い、うち漏らした魔物を的確に撃ち抜いていく。そしてその炎や魔弾を回避してかけてくる魔物が風と共に流れる剣閃が次々に両断していった。
『おぉー…すげぇ…』
『C級ダンジョンだけどだいぶ安定してるな』
『まあ、このメンツなら問題ないだろうからねぇ』
ピノッキオとの戦いから数週間後。もろもろが落ち着き、みらい達はいつも通りの配信ぺーずに戻っていた。
そして今は六華を加え、みらいとシェルフ、エメルとリルの五人でC級ダンジョンに来ていた。
『でも、まだみらいちゃんもシェルフちゃんもD級じゃん?よく許可出したね』
『姉さんがいるし、六華がいればバランス的にもB級上位でも渡り合えるだろうからねぇ( ˘ω˘ )』
基本的にみらい達が探索するダンジョンは自分たちで決めている。ただ、そのダンジョンといっても自分達と同等のランクのダンジョンに行く際だけであり、たまに腕試しとしてそのランクより上のダンジョンに行く際にシェルフがクロウに許可を求めている。
よほどのことがない限り問題ないと許可を与えるが、今回に関しては六華を連れていく事を条件に織り込ませてもらった。
『それにしてもなんで六華ちゃんが一緒なの?あの子ってまだ探索者免許取れないよね』
『あー…体質的な問題でな。そろそろダンジョンに行かせないといけない時期だったんだよ』
『体質?』
『魔素欠乏症になりやすいんよ、長時間ダンジョン内にいた人が外にいるとな。だからたまにダンジョンに潜ってそれを予防しないといけないんだよ( ˘ω˘ )』
魔素欠乏症。ダンジョンという魔素に満ちた場所で長時間いた後に魔素の薄い場所で過ごしていると発生する症状であり、吸収分以上の魔素を消費してしまうことで発生する症状だ。それを解消するには定期的にダンジョンに潜りつつ外界の魔素の薄い空間にて体を慣らしていく事が必要となる。今回の探索参加もそれが目的だ。
『ま、近いうちにギルマスが六華を専用の学校に入れるって言ってたし、そうなったらたぶん配信にはめったに出なくなるんじゃないかなー』
『ああ、探索者専用の学校か』
『あそこ義務教育もやってくれてるしちょうどいいかもねー』
コメント欄でそんな話をしている間に襲ってきた魔物の群れを倒し終えたみらい達が集まった。
「お疲れー」
「お疲れ様。連携ちゃんと取れたね」
「ん」
各々無傷で戻ってくる。探索者ランクを見れば魔物のほうがランクとしては上だが、実力としてはやはりみらい達の総合力が上回っているようだ。
「どうするー?もうちょい先進む?」
「そうだね…」
シェルフの問いにどうするか考えつつ時間を見る。探索を初めて一時間。まだ切り上げるには早い時間だろう。
「みんなもまだ疲れてないよね?」
みらいの問いかけに全員が頷く。
「それじゃあ先に…」
進もう。そう言いかけたみらいの耳に何か聞こえてくる。
「みらいちゃん?」
『どしたん?』
『何かあった?』
『へい、現地人』
『誰が現地人だ(´・ω・`)』
『答えるってことは自覚あるんじゃねぇか』
『しまった!?』
そんな漫才がコメント欄で繰り広げられている間にもみらいは周囲をきょろきょろと見回していた。
「何か聞こえなかった?」
そう問いかけ、全員で周囲の様子を伺うが、特に何かが聞こえてくる様子はない。
風の音、わずかに生えている草が擦れる音、それ以外の音は何も聞こえてこない。
「何も聞こえないよ?」
『シェルフが聞こえないってことは音自体は鳴ってないのかもな( ˘ω˘ )』
『そうなん?』
「風との親和性が高いからか耳はいいからねー」
シェルフの言葉に気のせいかと思ったその時。
『――――』
「…やっぱり何か聞こえる」
声とも言い切れない何かの音がみらいに届いた。
「ん~…何も聞こえないけど…」
『へいクロウさん』
『もしかしたら音じゃなくて魔力かもねー( ˘ω˘ )』
「魔力?」
『強い思いから放たれた魔法とかがたまにその思いを余波のような感じで音や声として放つことがあるんよ』
『みらいちゃんが聞いたのがそれってこと?』
『たぶんね( ˘ω˘ )』
クロウの推測を裏付けるように、どこからともなく小さな黒い球体がふよふよと空中を漂ってきた。
「もしかしてあれが?」
「ん、確かに強い魔力を感じる」
『何が起きるかわからんから気をつけろよー』
「うん」
クロウの忠告を聞いてその黒い球体を見つめる。球体はどこかに行こうとしているのか、それともただ漂っているだけか、ふよふよと動いているが特に何か変化があるわけではない。しかし、みらいには時折声にならない声が聞こえてきていた。
『ちなみに目視できるレベルでいるみたいだけど、みらいちゃん以外の人は聞こえているの?』
「きこえなーい」
「ん、私も聞こえない」
「私もね」
リスナーの問いかけにシェルフ、六華、リルがそれぞれ答える。エメルも首を横に振っていた。
『どういうことですかクロウさん』
『たぶん親和性の問題だと思うけどねー。この魔力になじみやすいんでしょみらいちゃん( ˘ω˘ )』
「親和性…」
声にならない声はずっと続いている。一体あの魔力は自分に何を求めているのか。あの魔力を持っていた人はどうなったのか。そんな疑問が浮かんだ瞬間。
ズアッ!と空気を切り裂くような音と共に黒い球体から唐突に闇が噴き出した。
「っ!?」
即座に全員が反応し後方へと跳躍し回避しようとするが…。
「速い!?」
それ以上の速度で闇が広がり、みらい達を包み込んだ。
『みらいちゃん!?』
一瞬のうちにみらい達は闇に包み込まれ、そして即座に広がった闇が収縮して最初と同じように小さな球体に戻った。
その直後にクロウとマーサが姿を現すが、それでもその場にみらい達の姿はすでになかった。
「…まじかぁ…」
「呼ばれたのでしょうね。あの魔法の主に」
「だろうなぁ…」
いまだにふよふよと浮いている黒い球体に指先を触れさせる。
「どうだい?」
「………パスは繋がってるね。悪意も感じない。この先がどうなっているかはわからんが少なくとも招いた人物はみらいちゃん達に悪意を持っているって感じじゃなさそうだ」
『それなら早く助けに行かないと!』
「だなー。にしても、こういうトラブル、俺が引き寄せてるのかね?それともみらいちゃん?」
『どっちでもいいから早く行きなさい、役目でしょ』
「あっはい」
リスナーにせかされ、マーサとドローンと共に闇を広げてその中へと入る。
『-----――――ケテーーーー』
その瞬間わずかな声が聞こえた気がした。
追い詰められ、何かに縋るような。そんな声が。
「わわっとと…」
唐突に景色が変わり、転ばないようにたたらを踏んで耐える。
「ここは…?」
隣に立っているシェルフが周囲を見回す。
「ひどいところだね」
反対側に降り立ったリルもその光景に思わずつぶやいてしまう。
周囲はもともと街の中だったのかもしれない。すさまじい量の瓦礫が周囲を埋め尽くしており、ところどころで火事も起きている。
それだけでなく、その瓦礫の中に闇がうごめき、瓦礫を食べるかのように分解している。
「ん!」
エメルを抱えた状態の六華が指をさす。その先には黒い長髪の少女が空中に浮いていた。
その少女は瞳が完全な黒になっており、目からは黒の涙が流れ落ちている。そして背後に闇がうごめき、そこから無数の闇の触手が伸びていた。
「あの子は…」
「たぶん私達を連れてきた子だろうね」
「そしてこの惨状の元凶っと」
おそらく栄えていたであろう街並み、現代ほどではないが、それでも中世の都市レベルには発展していたであろう街が瓦礫の山となっている。その惨状はおそらくあの子が作り出した物だろう。
「貴様ら!何者だ!!」
さて、これからどうしたものかと考え始めようとしたとき、叫ぶような声が聞こえてきた。
振り返ると無数の兵士を引き連れた金髪の少年と茶髪の騎士がみらい達を睨んでいた。
「えーっと私達は…」
はてさて、どう説明しようか。と悩んでいると金髪の少年のところに斥候らしき人物が降り立った。
「殿下、この者達、先ほど地面にある闇より姿を現した者達です」
「なんだと!?ならば、あの魔女の仲間か!」
その言葉と共に背後にいる兵士たちとその隣にいる騎士が敵意を向けてきた。
「ガウッ!!」
それに対抗して即座にリルが魔力を籠めて吠えるとその圧によって全員の姿勢が崩れる。
「追撃!」
それを好機と見たシェルフが即座に強風を飛ばして兵士たちを吹き飛ばす。
「ん!」
そこに六華が複数の属性をメテオのように球体にして叩き込んでいった。
「わぁ…容赦なぁい…」
その様子にみらいが苦笑を浮かべていた。
「敵に容赦はしちゃいけないからね」
「事情が分からないから敵なのかどうかわからないんだけどね…でも…」
みらいは振り返り自分達を呼んだであろう少女を見る。
「たぶんあの子にとっては悪い人なんだろうね」
闇に飲まれてこの世界に来た。その時みらいは確かな声を聞いた。
『ダレカ…タスケテ…』
聞いているみらいが泣きそうになるほど悲痛な声。そんな声で助けを求めてきた子を彼らは『魔女』と呼んだ。どんな意図があるかはわからないが、それでも良くない感情なのはわかった。
「とりあえずあの子と話したいから近くに行こうか」
「そうだね。乗って、みらい」
リルの背にみらいと六華が乗り、エメルが大きくなってシェルフを背中に乗せて駆け出す。
「そう言えばみらいちゃん、声は聞こえた?」
「うん、シェルフちゃんたちは?」
「聞こえたよ。あの悲痛な声がね」
「私も。それでどうするの?」
「…どうしよっか」
助けてあげたい。でも、どうすればいいかはわからない。状況がなにもわかっていないのだ。それも当然ではあるが、とりあえず状況を把握するためにもまずはあの子と接触しないといけない。
「くるよ!」
しかし、そうやすやすとは受け入れてはもらえないようで、無数の触手が襲い掛かってくる。
四方八方から襲い掛かってくる触手を縦横無尽な動きで回避していく。
無数の触手による攻撃の頻度はすさまじいが、リルとエメルにとっては何の問題もないレベルだった。
「にしても手荒い歓迎ね」
「ほんと、何があったんだろうね。ここまで暴れるなんて」
「聞ければいいけど…答えてくれるかな…」
「こういう時にマスターがいたらささっと何とかしてくれるだろうけど…」
「どうせすぐ来るでしょ」
「だろうね」
どれくらいの時間差になるかはわからないが、クロウがあのままみらい達を放置するとは思えない。だから来るまでに少しでも情報を集めておきたいのだが…。
「ねぇ!ねぇ!」
「――――」
「あなたが私達を呼んだのでしょう?声を…あなたの言葉を聞かせて!!」
みらいが呼びかける。しかし、少女は声にならない声を上げるだけで言葉を発しない。
「私の声は聞こえていないのかな…」
「というよりあれたぶん魔力暴走状態なんだと思うよ」
「そうね。どうしたものかしら。私達で対処できる物じゃないのよね…」
「魔力、使い切らせる?」
「たぶん無理じゃないかなぁ…これだけ大暴れしてて尽きてないってことは、あの闇で吸収しているか、無尽蔵なほどの魔力を持っているか…。たぶん前者だと思うけど」
「むぅ…」
シェルフの言葉に六華が不満げに頬を膨らませた。
事情を知りたい、話を聞きたい。しかし、本人は理性を失っているのか会話ができない。会話ができなければ説得もできない。どうしようもできない。そんな時に。
「見っけ」
そんな軽い言葉と共にクロウがみらい達の前に姿を現した。
「クロウさん!」
「マスターおそーい!」
「え、これでも結構急いだんだけどそんなに時間経った?」
「いいえ。でも手詰まりなのよ」
「なるほど。説明!」
「よくわかんない!!」
「わかった!」
『いいのかそれで』
『わからないことが分かったからいいんだろ』
配信用のドローンも到着し、配信が再開される。そして空中で話しているクロウ達に向け、触手が襲い掛かってくるが…。
「よっと」
そのうちの一つをクロウは捕まえた。
「情報が無いなら探らんとねー」
そう言って触れている触手に解析をかける。それによって今の少女の状況だけでなく、なぜこんな事態に陥っているのか、それら過去の情報まで読み取っていく。その情報を読み進めていくうちにどんどんクロウの目が鋭くなり、雰囲気も険しくなっていく。
「クロウさん…?」
「みらいちゃん」
「は、はい」
「あの子、どうしたい?」
「え…?」
「助けに来た。それは何となくわかる。でも、その助け方をどうするか。それが問題となっている」
『どういうこと?』
「今、この触手を通じて解析して彼女の過去を見た。はっきり言ってここまでひどい物を俺は知らない」
「え、そんなに?」
「ああ。だから、死なせて楽にしてあげる。それも一つの救いの方法だ」
『クロウさん!?』
『え、クロウさんがそこまで言うほどなの?』
クロウの言葉にリスナー達も驚き騒がしくなる。
話をしている間も触手が襲い掛かってくるが、それらはすべて防御魔法によって防がれている。
「もし、それが嫌で、生きている状態で救いたいというのなら覚悟をしなきゃいけない」
「覚悟?」
「死を望む人を生かす覚悟。その人の人生を背負う覚悟。その人が立ち直れるまで、寄り添う覚悟。それらを持てるかい?」
「それは…」
クロウの問いかけにみらいは押し黙る。助けを乞われただから助けようとした。ただそれだけであり、それ以上の事はなかった。
「………クロウさん、教えてほしい。彼女に何があったのか」
「あいよ。みらいちゃんの場合聞くより見たほうが早いだろう」
そう言って眉間を人差し指でツンッと突くと、みらいの脳内にクロウが探った記憶が流れ込んでくる。
「あ…う…」
『みらいちゃん!?』
『ちょっと大丈夫なの!?』
「きつくはあるが大丈夫だよ。まがりなりにも十数年の人生の記憶を流し込まれた訳だからね。問題ない程度にしてるから数分はかかるけど」
「マスター、大雑把でいいから何があったか教えてくれない?」
「聞いて楽しい話はないが…まあ、いいか」
正直他の人の過去を話すのははばかれるが、それでもこの状況で何も言わないというのもそれはそれで問題ありだろう。
「もともと彼女は庶子だったんだ」
「庶子?」
『正妻以外の人から産まれた子やね。愛人だったり側室だったり、時代や血を繋ぐためにそう言うのが昔もよくあったらしい』
六華の質問にリスナーが答え、それに続くようにクロウが話し続ける。
「もともと彼女の母親は辺境伯のメイドだったらしい。そこを酔った辺境伯が手を出してできた子が彼女だ。子ができたことに腹を立てた正妻が母親を追い出し、その後二人で暮らしていたんだ」
『あぁ…』
『まあ、わからんでもないな』
「そしてその後は貧乏ながらも穏やかに暮らしていたんだが、ある日流行り病によって母親が亡くなってしまう。そのまま孤児になりそうだった所を、辺境伯が自分の血をひいているからと引き取ったんだ」
『追い出したのに引き取ったのか』
『父親としての自覚はあったのかね?』
「いや、まったくない。なんせ引き取ったら引き取ったでそのまま放置してたからな」
『は?』
「引き取られた彼女は辺境伯家で奴隷のようにこき使われた。正妻からのいじめだけでなく、その子供達、そして使用人からも迫害され、父親はそれを知りつつ放置していた。本当に血だけを求めていたんだろうな」
『なにそれひでぇ…』
「そして貴族として、まともな教育すら受けさせてもらえない状態で貴族学校へと放り込まれた。正妻の子には彼女の姉と兄になる人物がいたんだが、その二人は自らを被害者のようにふるまい、学校内部で彼女を悪者にした」
『うっへぇ…』
「そんな中、彼女の味方になる男が一人いたんだが…」
『だが?』
「そいつ、兄の差し金で最後の最後で裏切りやがった」
『え』
「彼女に優しい言葉をかけ、内側に入り込み、信用を得た。その後彼女には冤罪をかけられた。様々ないじめだけでなく、校舎内での窃盗、テスト用紙など流用。全く身に覚えのない冤罪をな。そこでそいつが助けてくれるかと思ったが、そいつは裏切り、彼女がやった。自分は止めようとしたが止められなかった。とかぬかしたんだよ」
『ひどすぎね?』
「その結果彼女は退学、辺境伯の元へと送り返されたが、そこで辺境伯に役立たずと言われ、絶望しきった彼女は魔力が暴走。そして今に至るって感じだ」
説明を終えたところでみらいも落ち着いたようでリルの背に顔を埋めて泣いていた。
「こんなの…こんなのって…」
「これを知ったうえで聞く。彼女をどう助ける?」
「………生かして助ける…」
顔を上げ、泣きはらした目でしっかりとクロウを見据える。
「こんなのひどすぎる。こんな絶望の中で死んでいい子じゃない。もっと幸せにならないといけない」
「それをできるか?」
「やる」
言い切ったみらいに対してクロウは笑みを浮かべた。
「OK、それだけ覚悟決まっているのならば俺はそれに従うだけだ」
そう言って指を鳴らすと無数の魔法陣が彼女を包み込むように展開された。
「じゃ、さっそく助けますかね」
そう言って魔法陣を発動させる。辺境伯邸を飲み込んだ際にそこにいた人々も闇に飲みこまれた。それらをすべて排出させる。こんなものは余計だから邪魔なだけだ。
そして彼女の絶望とつながった闇魔法に関しても暴走しやすい状態になっているので封印しておく。これは時期が来れば少しずつ封印が緩み、闇魔法を発動できるようにしておく。
そして彼女の過去に関しても封印しておく。といっても生活はできる程度、知識に関しても残しておいて彼女にとってつらい出来事のみを封じておく。これに関しては本人が乗り越えられそうな状態になったら少しずつ解除されていくように設定しておく。
『なんかちょくちょく出てきてるけどあれなに?』
「あれ?辺境伯家の人間や使用人だったり街の住人だったり。邪魔だからどかした」
『殺さなかったんだ』
「闇の中に飲み込んだだけだからね。たぶん彼女の人生追体験されて発狂したかもしれ無んけど、まあそれは自業自得だ」
正直この世界の人間全員が悪いと思わないが、彼女の人生を知った以上胸糞悪いやつしかいないという判断になってしまったので捨て置くことにした。
暴走している魔法も徐々に落ち着いていき、彼女の目も流れている黒い涙もどんどん元に戻っていく。
そして魔法陣が消えるとフッと力が抜けるように少女が落下し始めた。
「危ない!?」
叫ぶみらいの横を駆け抜け、マーサが少女を受け止める。
「やれやれ、詰めが甘いわよ?」
「わかってやってたから問題ないだろ」
「全くもう」
呆れたようにため息を吐くマーサ。
「それじゃあ、そろそろ帰るか。この子を休ませなきゃいけないしな」
「うん」
魔法陣を開いて転移しようとしたとき。
「待て!!」
「んあ?」
怒鳴るように声をかけられ、その方向を見ると二人の少年がいた。
「あ、さっき殿下とか言われてた子だ」
シェルフがそう言い、その少年を見てみらいの目が鋭くなる。
「その魔女をどこに連れていくつもりだ」
「どこだろうとどうでもいいだろう。テメェらには関係ない」
「なんだ…」
騎士の少年が一歩踏み出そうとしたとき、ドォン!と銃声と共に魔弾が少年の足元へと叩き込まれる。
「え」
「みらいちゃん…?」
その目に怒りを宿したみらいが銃口を二人の少年に向けていた。
『…ガチギレみらいちゃん?』
『こんな姿…今まで一度も見たことないんだが…』
「…気持ちはわかるが落ち着いて」
そう言ってクロウが静かに魔銃を下ろさせる。
「彼女は俺達が引き取る。今後一切貴様らには会わせないし、手を出させるつもりもない」
「なんだと!?そんな決定権が貴様に…」
「黙れ無能」
「なっ!?」
殿下と呼ばれた少年がクロウの言葉に驚き言葉を失う。
「嘘を嘘だと見抜けず。鵜呑みにし、ろくに調べずに糾弾する。王族としてそんな判断しかできない奴無能と言わずなんという」
「…!」
更なる侮辱の言葉に殿下が顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけてくる。
「フン。態度だけは立派だな。まあいい、そんなに知りたきゃ教えてやるよ」
そう言って魔法陣を展開し握りつぶすと、その手から光の粒が噴き出し、広がっていく。その一つが殿下と騎士に触れた瞬間、ビクンッ!と体を跳ねさせてからばたりと倒れこんだ。
『何事!?』
「この光の粒に触れたら彼女の人生を追体験できるようにしたんだよ」
『え』
「さて、目が覚め、謝るべき相手がおらず、自らの罪に気づいたこいつらがどうなるだろうね」
「うわぁ…」
「マスター性格悪くない?」
「それだけのことをしたんだから別にいいだろ。んじゃさっさと帰るぞ」
転移魔法陣を生み出し、ダンジョンへと転移した。
「ん……」
目が覚めると知らない天井が広がっていた。
「あれ…私…何を…?」
何かがあった気がする…とても嫌なことが…。でも何も思い出せない…。ここは一体…?
「目が覚めたか」
唐突にかけられた声に驚きそちらを見る。壁に背を預け、腕を組んでいる青年が特に何の感情も浮かんでいない表情でこちらを見ていた。
「気分はどうだ?」
「えっと…特には…」
「問題ないならよかった」
「あの…ここは…?それにあなたは…?」
「俺はクロウ。ここは探索者ギルドの医務室だ。いろいろとあってな、あんたのいた世界とは別の世界だ」
「別の世界…え…?」
「ま、突然そんなこと言われても理解できないだろう。そこらへんはおいおい知っていけばいい」
そう言うと控えめに扉がノックされる。
「どうぞー」
「失礼しまーす…クロウさん、どう?」
「みらいちゃんか。目を覚ましたぞ」
そう言って雑にこちらを指さしてきた。
「あ、ほんとだ。どう?体の調子は。気持ち悪かったりしてない?」
「え、あ、その…」
「はいはい、気持ちはわかるが落ち着いて。戸惑ってるだろ」
「あ、そうだね。ごめんね」
「いえ、そんな…気にかけてくれてありがとうございます」
そうやってお礼を言うとみらいと呼ばれた女性は泣きそうな表情で頭を撫でてくれた。
「さて、とりあえず今後についてだが、これから先、あんたはこの世界で生きていく事になる。で、その際の保護者というか、後継人か?まあ、そんな感じな物にみらいちゃんがなった」
「え」
「よろしくね」
「いろいろとわからないことはあるだろうし、混乱しているだろうが、彼女に聞いてくれ。んじゃ俺はいろいろとやることあるから。何かあったらみらいちゃんに聞いてくれ」
そう言ってクロウはひらひらと手を振って部屋を出ていった。
戸惑っている少女の手を優しく握り、みらいが少女をじっくり見る。
「私、桜乃みらい。これから一緒に住むことになるからよろしくね」
「えっと…いいんですか?」
「うん。私がそう決めたから。あなたには幸せになってもらいたいって。笑って過ごしてほしいって」
その言葉を聞いて少女の胸が温かくなり、ポロリと涙がこぼれ始めた。
「え、あれ。なんで…?ごめんなさい…泣きたいわけじゃ…」
必死に涙を拭って止めようとしているけど、それでも涙は止まることはなく、とめどなくあふれている。そんな少女をみらいはやさしく抱きしめた。
「大丈夫。大丈夫だよ。もう我慢しなくていい。つらいことはつらいと言っていいんだからね」
優しく頭を撫でながら抱きしめると、まるで今まで泣けなかった分を取り返すかのように少女は泣き出した。
「………」
その様子を部屋の外で伺っていたクロウはその顔にわずかな笑みを浮かべてから部屋から離れた。
「そう言えばあなたの名前を教えてもらっても?」
彼女の過去を見たみらいとクロウは名前を知っている。それでも彼女から直接聞きたがった。
「ライラ…私の名前はライラです。これからよろしくお願いします。みらいさん」
一話にまとめようとしたらめっちゃ長くなってしまった…。
はい、幕間という名の単発消費枠でございます。
もともとちょっと内部の闇を吐露した作品書こうかなと思ったんですが、ハピエン史上主義の自分からは考えられないレベルであの子がひどい目に遭ってしまい、『ああ、この子救うの無理や』ってなってしまったので救助を外部委託しました()
殿下と呼ばれた少年は正義感からライラを断罪した王子です。尚情報収集はまともにせず、日ごろから流れている噂に加え、周囲の言葉を鵜呑みにしてライラが犯人だと決めつけて断罪しました。だからクロウに無能言われるんや。
ライラは今後みらいの家に住んで家政婦の仕事をしつつ現代生活に慣れていきます。そのうちいい出会いがあるといいなぁとか思いながらそこらへんはどうなるかは私にもわかりません。
次回はライラ含めたキャラ紹介とクロウ達の新武器紹介。その後次の章となります。
章としては一応残り三章を目安にしています。長さはともかく折り返し地点となりましたので続きの方もよろしければ読んでいただけると幸いです。
それではまた次のお話でお会いしましょう。




