S級探索者達は分断される
「分断されちゃったねー」
あっさりした様子で遥が周囲を見回す。転移が頻発する特殊なS級ダンジョンへと来ていた遥達。そこで目的地である人間牧場がある場所へと転移したが、そこでN級魔物であるパペットマスターのピノッキオに別の場所へと転移させられていた。
遥と共にいるのは雷亜とシェルフ、詩織、フィン、リルだけだ。
「みらいさんいないねぇ」
「彼のところに残っているのか、それともまた別のところに飛ばされたか」
「あの子も配信してるんだし確認してみたら?」
遥の言葉で思い出したようにシェルフがスマホを取り出して配信画面へと行く。
映された配信画面にはみらいと傑、流華、マーサ、エメルの五人が映っており、コメント欄にクロウもいた。
「みらいさん、別のところに飛ばされているみたいだね」
「クロウは?」
「マスターも別のところっぽい。むしろマスターと六華が残されている感じかな」
「でしょうね、おそらく目的はあの二人でしょうし」
「大丈夫かなぁ…一応この腕輪のおかげでいつでも戻ることはできるとは思うけど…」
「得策ではないですね。おそらくそう言った部分制限しているでしょうし、それにクロウが言っていましたが転移魔法などを使うと転移周波数が乱れて転移先が変化するそうですし」
「だねー。今回ピノッキオが使った転移がどういうカラクリかはわからないけど、もし転移魔法なら移動したとたんに今度はバラバラに飛ばされそうだよ」
「クロウさんならば大丈夫なのでは?何かあってもあの人ならばどうにかできると思いますし…」
心配そうにしているシェルフに対して詩織が首を傾げていた。彼の実力をよく知るシェルフが心配するというのも不思議な話なのだ。
「いや、みらいちゃんがいないと暴走しかねないし、みらいちゃんに危害加えられたらこのダンジョンごと破壊しかねないし…」
「あ、そっち…」
自分が思う心配と全く別方向の心配をしていることに思わず苦笑を浮かべてしまった。
「私としてはクロウの暴走もだけど、傑と流華の暴走も怖いかなぁ。もう一つの目的忘れてないよね、あの二人」
「…傑はともかく流華は…たぶん大丈夫かと…」
遥と雷亜もどことなく煮え切らないような表情を浮かべていた。
「もう一つの目的とは?」
話を聞いていないのか、詩織が首を傾げていた。
「このダンジョンに来る前に人間牧場の事は話したよね」
「あ、はい。クロウさんのように昔あった遺棄事件の被害者たちがいるかもしれないということですよね」
みらい達には配信の前にピノッキオと人間牧場についてはおおむねの概要は話しておいた。
しかし、それに関する対処までは話していない。
「ギルマスからの指示でね、人間牧場にいるであろう人達を捕獲…というか、保護?するように指示されているんだ」
「そうなんですか?」
「うん、その人たちがどんな生活を送っているかわからないけど、かといって把握した人を放置するわけにもいかないからね。だから最低限の保護観察は必要という判断になったんだ」
地上に出て人と生活するのが基本となるが、ダンジョンに数十年暮らしていた故にそれを拒む人もいるだろう。そう言う人にはそのままダンジョンで暮らしてもらうことになるかもしれないが、それでもトラブルに発展する可能性もある以上、ある程度連絡を取れるようにしておきたいというのがギルマスの考えだ。
「そのために一度全員確保、その後それぞれの話を聞いて今後の話を詰めていく感じにするって話なんだけど…」
「本来はピノッキオの洗脳などがあった場合に備えてクロウが対処する予定だったんだけどね」
「さすがに初手分断は考えてなかったなぁ」
さてどうしたものか、と考え始めた遥と雷亜、そんな中、一切会話に加わらなかったリルとフィンがピクリと何かに反応した。
「どうしましたか?」
「結構な数の何かが迫ってくるよ」
「この感じ…六華と同じ感じかも」
「ってことは件の人達かな」
雷亜の言葉に答えるように無数の属性弾が突如遥達へと襲い掛かってきた。しかしそれを即座にすべて遥が弓で撃ち落としていく。無数の属性弾が爆ぜ、様々な属性空中に広がる。それを突破するように複数の影が追撃で襲い掛かってくるが、雷亜の体にパチリと雷が迸ると姿が消え、襲い掛かってきた影がほぼ同時に叩き落された。
「やれやれ、いきなりですね」
「詩織さん、ちょっと配信のほうお願いできる?私達は対処に回るから」
「あ、わかりました」
遥に言われ、詩織は即座に配信準備を進める。その間にも責められており、その対処を遥と雷亜の二人でこなしていた。
「リルとフィンは詩織さんとシェルフちゃんをお願いね」
「そちらに回すことはないとは思いますが、なにがあるかわかりませんので」
「わかった」
「こっちは任せて」
S級探索者二人であれば並大抵の奴らならば二人を抜けて後方にいるシェルフ達を攻撃することはできないだろうが、それでも数が多ければ漏れが出てしまう。それらの対処を任せ、周囲を警戒しながら迫ってくる敵を雷亜が叩き落していき、展開されていく属性弾を遥が撃ち落としていく。そんな中で配信の準備が終わった詩織がドローンを飛ばして配信を始めた。
『はじまた』
『しおりん大丈夫?分断されたみたいだから心配だったんだけど…』
「うん、大丈夫。今ちょっと襲撃を受けてはいるけど…」
そう言ってドローンが遥達を映す。
『わぁお』
『すごく…派手です…』
『なんか空中で属性弾が爆発してるんだけど…』
『あれ、遥さんが全部撃ち落としているの…?』
『複数の敵が展開している属性弾を一人で対処ってすげぇな…』
『派手だから遥さんばかり目に行くけど、雷亜さんもあの属性の影から飛び出してくる敵を漏れなく一撃で撃退しているからすげぇんだよなぁ…』
『出現見てから撃退余裕でした^^』
『それを広範囲でできるのすげぇ…』
『ええい!S級探索者は化け物か!』
『化け物しかなれねぇんだよ』
あまりの光景にリスナー達も呆気に取られていた。
「そう言えば他のところどうなってるかわかる?」
『みらいさんのところもすでに戦いが始まってて向こうにいる二人が大暴れしてるね』
『クロウさんのところは配信してないからわかんない』
「マスターは配信してないからねぇ。そっちの情報をもらうためにみらいさんと一緒に配信させてたんだけど分断されたんじゃねぇ…」
『クロウさんがあの場所にいるなら、腕輪で元の場所に行けないの?』
「そのことはさっき遥さん達とも話したけど、私達が飛ばされた転移が転移周波数を使ったものか、それとも転移魔法を使ったものかわからなくてね…」
「転移魔法だった場合、転移周波数が乱れてマスターですら迷子になる状態だから、下手な事すると全員バラバラに分断されてどうしようもなくなりかねないんだよね」
『あー、そう言えば前のみらいちゃんの枠でそんなこと言ってたね』
『クロウさんでも対処しきれないなら確かに下手に動けないなぁ…』
「まあ、こっちもこっちでやることあるみたいだから、向こうはマスターに任せるとして、とりあえずみらいちゃん関連で暴走しないかだけ心配してようか」
『それに関してはどうあがいても…』
『今はマーサさんが守っているけど傷一つでもつけばあの人がどう暴れるか…』
『いや、さすがに探索者になったんだから傷一つで暴れることはないはず…だよね?』
『………そう言えば今までの探索でみらいちゃん傷ついたことないよね…?』
『…やめろ、本当にどうなるかわからなくて怖くなる』
「あはは…まあ、そこは大丈夫だと信じましょう」
おびえ始めているリスナー達に対して詩織は苦笑を浮かべていた。
そして同じころ、話題に上がったみらい達の方はというと…。
『すごく…大惨事です…』
『あの、あれ大丈夫なんでしょうか…?』
「どうだろうね…」
思わず敬語になってしまったリスナー達に対して、みらいも困惑気味な声で答えた。
「まったく…」
マーサも呆れた様子で眼前に広がっている戦闘風景を眺めている。その光景とは…。
「おらおらおらぁ!!この程度かよおい!!!」
「アハハハハハハ!さあ、どんどん来なさい!!」
拳や足で地面事襲い掛かってくる敵を吹き飛ばしている傑と展開されている属性弾を適度に氷柱で撃ち落としつつ、時折その属性弾事相手を凍り付かせながら同じく敵を薙ぎ払っていく流華の姿があった。
「あんたたち!きちんとギルマスからの指示を守りなさいよ!」
「おうよ!」
「わかってるわよ!」
「本当かねぇ…」
返事は威勢がいいが、いかんせん手加減しているとは思えないほどの大惨事が広がっている。
『さすがクロウさんの母親、おかん属性がつよい』
『たぶん実力では向こうの方が上なんだろうけど、なんというか逆らえない雰囲気というのがあるよね』
『わかる。怒らせた時のおかん的な威圧感を感じる』
「あんたたちね…」
好き勝手言ってくるコメントに対しても呆れのような視線を向けると、みらいは困ったような笑みを浮かべていた。
「それにしても、ずいぶんな数がいるね」
「そうですね…どこにこんなにいるんでしょう…?」
『それだけ規模が大きいってことかね』
『どれくらいの人がここにいるのかわからんのよね。クロウさんと同じ時期に捨てられた子達だとしたらその人たちも20~30くらいの年齢ってことよね』
『そのうえ、おそらく産まれたであろう子供は六華ちゃんと同じくらいの年齢だとすると…』
『下手したら一つの村の住人単位の人がここにいるってことか?』
「そうかもねぇ…」
「それにしても、数が多い気がするけどねぇ。クロウのほうともう一組のほう、そっちに回したとしたらこの数、その程度じゃ収まらないんじゃないかい?」
『あー、確かに』
『少し前に詩織さんが配信始めてそっちの様子見てるけど、向こうもこっちと同じくらい敵が来てるね』
「ってことはもしかしてクロウさんの方にも?」
『だとしたらさすがに多すぎる気がするけど…』
『逆にそれだけの人員が集められるほど子供が捨てられていたってことに?』
『それかここがS級に認定される前に来てた探索者を捕まえてたとか?』
『んーどう考えてもよくわからなさそうだなぁ…』
『むしろクロウさんのほうには向かわせずにこっちと詩織さんのほうに戦力割いたと考えたほうがしっくりくる』
「ああ、確かに。でもそうなるとそれはそれでまずいかもしれないね…」
「そうなんですか?」
「ああ。相手の後ろに探究者がいるというのなら、知っているはずだよ。クロウの実力を。そのうえでクロウのほうに戦力を割かないということは…」
『それをしなくても対処できるようになっていると…』
『それって確かにまずいんじゃ…?』
マーサの言葉にリスナー達もにわかに騒がしくなる。
「大丈夫だよ」
しかし、そんななかみらいの凛とした声が響く。
「クロウさんが今回のためにいろいろと準備してたみたいだからね。だから大丈夫。どんな罠があったってクロウさんはそれを壊して自分の目的を達成するよ」
『解除してじゃなくて壊してなんだ』
「そのほうがクロウさんらしいからね」
『解せぬ(´・ω・`)』
『ご本人様はそっちに集中してもろて』
ひょこっと現れた当人に対してみらいは笑みを浮かべながら、いまだに大暴れしている傑と流華の方へと顔を向けた。
そして同じころクロウはというと。
「…これどうすっかねぇ…」
ちょこっとみらいの配信でコメントを残しはしたが、それでも若干手詰まり気味になりつつある。
みらいの言う通り様々な手段を用意していた。それは表立っての装備だけでなく、あらゆる可能性を考慮しての魔法陣も作り出した。そしてそれは六華に対する対処法としても問題なく発動するし、対処法として効果を発している。
現に解放された六華の魔力は循環させることで現状を維持させ、魔力が尽きて死ぬなんてことはないようにしてある。しかし、ピノッキオからの傀儡の術は彼女の奥深くから発動している物でなかなか解除できずにいた。それゆえに現状もすさまじい勢いでクロウへと攻撃してきている。クロウは特に気にもせずすべてを捌いてはいるのだが。
では何が手詰まりか。それは六華の現状の打開策がなかなか見いだせないこと。傀儡を解くには時間がかかりすぎるし、その時間を稼ぐにはピノッキオが邪魔だ。何度か解除しようと動いたが、そのたびにピノッキオが邪魔をしてきた。そして先にピノッキオを倒そうとしたら、六華に仕込まれている魔法陣の一つが発動し、ピノッキオとつながった。これによってピノッキオが死んだ場合、六華ももろともに死ぬこととなってしまった。ちなみにその逆はないようで六華が死んでもピノッキオが死ぬことはない。
ピノッキオを拘束して時間を稼ごうにもそれをしようとすると六華が邪魔をしてくる。倒すことは問題ないが、それでもピノッキオはN級魔物。倒さずに長時間動きを拘束するなんてことはできない。いささか手が足りない状態だ。
「………一か八かの賭けは好きじゃないんだがなぁ…」
そう呟いてから指をパチンと鳴らすと、襲い掛かってきた様々な魔法がすべて消滅した。
「やるしかないか」
その言葉と共に空間収納から魔力を籠めた魔力玉を取り出し砕く。魔力玉から放出された魔力がクロウの両腕へとまとわりつき、限定的な魔力解放状態になった。
そしてその魔力に呼応するかのように籠手に着けられている七つの水晶玉も輝きだした。




