S級探索者達はS級ダンジョンへと挑む
「それじゃあさっそく進んでいこうか」
S級ダンジョンへと入り、配信を始めた後に枠主でもあるみらいが進行する。
『S級ダンジョンだし、今回も探究者案件だから仕方ないけど、S級五人そろうのすげぇよな』
『N級騒乱の時もだったし、今回もそれだけやばい案件ってことなのかな』
『そんな中に放り込まれるみらいちゃん達…』
『大体クロウさんのせい』
「なんでや」
警戒しつつコメントを見ているクロウがツッコミを入れた。
「まあ、マスターがいなければみらいちゃんが来ることはないからねー」
「俺だってそもそもこんな危ないところに連れていくのは不服なんだが?」
「あはは…」
クロウの言葉にみらいが困ったような笑みを浮かべていた。
「ま、今回は六華ちゃんに関することも有るからね」
「ここがもともと住んでいた場所なの?」
流華が六華へと問いかけると、六華は静かに頷いた。
「空気が同じだからたぶんそう」
「そか。んじゃあさっそく目的地に行きたいが…その前に事前情報を」
『事前情報?』
『なんか伝えておかんといけないことなん?』
「ああ。みらいちゃん達にはすでに伝えてあるし、ギルマスからも目的地に行く前に配信内で言うことを許可されている」
「これから向かう場所とそこにいるであろうN級魔物についてだねー」
『またN級魔物いるの?』
「ああ。どうもそれ関連らしくてな。探究者がまたちょっかいかけてきているみたいだからな」
『探究者ってなんかちらっと出てきたよくわからん奴か』
『クロウさんの一撃まともに受けて無事…ではなかったけどけろっとしてたやつだよね』
『あいつまたなんか動いてるのか』
「そ。だから私達も一緒に来てるんだよね」
「それで、今回のダンジョンだけど、事前に伝えておかないといけないことがあるのよ」
『不穏な事?』
「聞いていい気分ではないことではありますね」
雷亜の困ったような言葉にコメント欄も不穏な気配を感じてざわつき始めた。
「んじゃとりあえず軽い説明を。俺達が行く場所にいるN級魔物はパペットマスター『ピノッキオ』。ドールマスターという人形に魔力が宿ることで魔物化した種だな」
『人形に魔力が宿ったってゴーレムとどう違うの?』
「近い性質を持った魔物ではあるかな。ただ、力や頑強さが主なゴーレムとは違って、魔法攻撃や状態異常の割合が強いのがドールマスターだよ」
『うへぇ…面倒そう』
『デバフ系は面倒だからなぁ』
遥の補足に対してコメント欄でもげんなりしているようだ。探索者でなくても、ゲームなどでRPG系をやっている人からするとデバフをかけてくる魔物は面倒なイメージなのだろう。
「んで、ピノッキオに関してはそのデバフ関連に加えもう一つ特殊能力がある。それは周囲の魔物…生物を操る能力だ」
『操る?』
『それより、生物って言いなおしたってことは…』
『もしかして人間も操れるってこと?』
「おそらくだがな。まあ、ほぼ確定でできると考えていいだろう」
『そうなの?』
「ああ。これから行く場所、ピノッキオがいる場所にはとある施設がある」
『とある施設?』
「通称『人間牧場』。細かいことはわからんが、おそらく、俺と同じようにかつてダンジョン遺棄事件の際に生き残った子達が飼われている場所だ」
クロウの言葉に絶句したようにコメントが止まる。
「おそらくだが六華はそこで産まれた子だ。どんな状況化はわからんがな」
「その牧場はおそらくクロウと同じように魔素適性が高い人たちが集まっていると思う。そしてピノッキオに操られている…もしくは育てられている段階で従うように教育…洗脳されているか。どっちかはわからないけど、敵対してくるのは間違いないね」
『そんなところにみらいちゃん達連れて行って大丈夫なの?』
『それに人を操れるならクロウさん達も危ないんじゃ…』
「それに関しては一応対処してある。どんな特殊能力であろうと元をたどれば魔力なのは間違いない。そして洗脳系というのは相手の魔力に自分の魔力を干渉させ、それによって思考能力を奪って従わせるものだから、それを防ぐ機能もその腕輪につけた」
「あ、これそんな機能も付けてあるんだ」
「……渡すときに説明したはずだが?」
「転移の話しか聞いてなかったや」
ごまかすように笑うシェルフに対して呆れたようにため息を吐く。
「まあ、その防ぐ機能も必ずしも成功するとは言い切れない。万が一にも失敗し、みらいちゃん達が操られるようなことになれば俺が何とかする」
「俺達はー?」
「お前らなら自力でどうにかできるだろ」
傑の呑気な問いにため息交じりに応える。
みらい、シェルフ、詩織、エメルに関してはまだ実力不足ということも有り、ピノッキオの能力に対する魔力抵抗とでもいうべき力が不足している。それを補うために腕輪に仕掛けをしたが、それでも足りない可能性はゼロではない。だから気をつけてはいるが、他のS級探索者やフェンリルとしてN級ほどではないにしてもS級魔物に該当するフィンとリルに関してはあの腕輪があれば問題ないはずだ。
「さて、現時点で判明していることも、それに対する対処も可能な限りはした。伝えることは伝えたし、そろそろ転移するつもりだが…問題ないか?」
そう言いつつクロウは空間収納から一組の指ぬきグローブを取り出して装着すると、その甲の部分についている溝にビー玉サイズの水晶をはめていく。
「大丈夫だけど、なにそれ」
「これ?秘密兵器♪」
問いかけてくる流華にクロウは上機嫌にそう返した。
「む?」
転移周波数を調整した腕輪を使って全員で転移し、問題なくピノッキオがいるであろうフロアへと移動ができた。
しかし、到着直後に傑を除くS級探索者が違和感を感じる。
まるで張り詰めた糸が切れたかのような感覚、わずかの逡巡の後にそれがピノッキオの特殊能力である傀儡の魔力であると考え、即座にみらい達の様子を見る。
「大丈夫そうか?」
「え?うん、特に何もないけど…」
「たぶん軽度の傀儡だろうね。この程度で操れるのなら出るまでもないってところだろうさ」
「そのとーりー」
遥の言葉に答えるように陽気な声が聞こえてきた。
「ここに迷い込んでくる子達がたまにいるからねー。そのまま操って鍛えられたらいい手駒になるんだ♪」
カタカタと木がぶつかり合う音と共に舞い降りてきたのは、子供と同サイズ程度の木の人形。水色の短パンに赤いシャツ、そして緑の三角帽子をかぶったその人形はケラケラと笑いながらきりもみするように回転しながら降りてきた。
「あれがピノッキオ…?」
『木の人形だな』
『童話のピノキオに本当にそっくりだな』
踊るように回っているピノッキオが突如ピタリと動きを止めてクロウ達をじっと見据える。
「ふむふむ…君が探究者が言ってた観察対象かな?思いの外余分の人も多いみたいだし…」
カンッ!と木同士がぶつかり合う硬い音と共にピノッキオが手を叩くとクロウと六華を除き全員の姿がその場から消えた。
「他の人にはちょっと席を外してもらおうか♪」
その言葉が終わるよりも先にクロウが地を蹴り、ピノッキオへと蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。
「いたた…いきなりはひどいんじゃないかな?」
「彼女たちをどこへやった」
「さあ、どこだろうねー。適当に転移させたから僕もわからないや」
「この…!」
追撃として拳を振るうが、その一撃をひらりと身軽な動きでピノッキオは回避する。
「危ない危ない。起こるのはわかるけど、今の君の相手は僕じゃないんだよねぇ」
「はぁ?」
どういうことだと聞こうとした瞬間、後方から魔力が吹きあがり魔法が放たれる気配がした。
即座に回避し、振り返るとそこにいたのは…。
「………」
目からハイライトが消え、魔力を放出し続ける六華の姿があった。
「六華…仕込まれてたものが発動したか」
「おや、気づいてたんだね」
「当たり前だろ」
六華に仕込まれているいくつかの魔法。そのうちのいくつかは予測がついており、そのうちの一つがおそらくもともとの主であったであろうピノッキオの指示に従うための『傀儡化』。一応外部からの傀儡に関しては腕輪で防ぎはしたが、内部から発動する物に関しては効果がないので、発動してから対処するつもりだった。
そして問題なのは現在おそらく同時に発動しているであろう魔力解放状態。クロウが自らの意思で発動させているのとは違い、六華は内部の仕込みによって強制的に発動している物。おそらくセーフティも何もなく、放出しきったら死ぬ可能性もある。つまり早急にピノッキオの傀儡を解除し、魔力放出も抑えないといけない。みらい達がどこかに飛ばされた状態で。
「…手が足りねぇな…」
これに関しては予測をしてはいたが、それでもこうも簡単に敵の術中にはまるとは思っていなかった。いささか慢心が過ぎたかもしれない。そう反省しつつスマホを取り出す。
幸いにもダンジョン内はきちんと連絡が取れるように電波が通っているし、みらい達の方へと配信用のドローンが飛ばされていたので向こうの様子を確認することはできた。
『みらいちゃん、そっち大丈夫そう?』
「クロウさん!こっちにはマーサさんとエメルもいますし、傑さんと流華さんがいるのでたぶん大丈夫だと思います!」
『んー…脳筋に戦闘狂だからいささか心配ではあるが…まあ、どうにかなるだろう。母さんすまんがよろしく頼む』
「任せておきな」
『クロウさん辛辣で草』
『そっちはどうなん?』
『こっちはちと厄介で時間がかかる。転移も使えないから迎えに行くのに時間かかるかも』
「わかった。私達は私達で何とか合流できるようにするから、クロウさんはそっちに集中して!」
『あいあいさー( ˘ω˘ )』
配信越しとはいえみらいの無事を確認してホッと一息を吐く。配信の画面にシェルフと詩織、フィンとリル、遥と雷亜の姿が見えなかったのでおそらく別のところに飛ばされたのだろう。マーサとエメルにみらいの事を任せ、向かいくる敵に関しては傑と流華が何とかするだろうと見越しておく。
そして遥達に関してはおそらく情報を共有するためにもそのうち配信するだろう。とりあえずみらいの配信に関しては繋いだ状態で情報を確認しつつ六華を見据える。
「さぁて、みらいちゃん達探しに行きたいし、ちゃっちゃとやる事済ませますかね」
その言葉と共にクロウが身に着けている手袋の甲に設置されている水晶がきらりと輝いた。




