S級探索者達は打ち合わせをしていく
「まぁたN級魔物か。最近多いな」
六華たちの探索が終わったその日の夜。ギルドの一室に集められたS級探索者達は、遥から上がった報告書を読んでいた。そして大まかな情報を聞いた傑がぼやく。
「おそらくハデスの一件で出現したN級魔物でしょう。あの時発見し、討伐したN級魔物も多いですが、すべてを討伐できたというわけではないので」
「そこんところどうなの?マーサさんや」
雷亜の推測に対して、流華がクロウと共に来ているマーサへと問いかける。
「どうだろうね。私もそうだけど、ハデスに関わらずに復活したN級魔物も多いからね…。それにその人間牧場に関しては私がクロウを拾う前から話は聞いていたからね…」
「ってことは、ハデス達とは無関係って可能性もあるのか」
「あの探究者だっけ。あいつはどうなの?」
「さあ…?探究者に関してもわからないことの方がほとんどよ。たまにハデスに関わってはいたらしいけど、それでも主に動いていたのはあいつだったからね…」
「今回もその可能性があるってことか」
「そうね。悪いね、力になれなくて」
「大丈夫ですよ。そもそも探究者についてはわからないことが多すぎますからね」
申し訳なさそうに謝るマーサに対してギルマスが穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「それで?今回もみらいちゃん達を連れて行けって言うのか?」
「ええ」
クロウの批判がこもったまなざしに対してもギルマスは変わらず穏やかな笑みを浮かべていた。
「正直、S級ダンジョンにあの子達連れていくのは危険だと思うのだけれど?」
「そうでしょうね。内部のモンスターのレベルとしてはC級とはいえ、常時ランダム転移が発生する。とはいえ、クロウならば対処できるのでは?」
「どうだろうな。その転移がどういった原理で発生しているか調べてからだ」
何らかの魔術による物ならば対処できる。魔素が集まり、それによる自然現象ならば対処はできないが発生のタイミングを予測することはできる。それ以外となると今の段階では推測できないが、どちらにしろ事前調査は必要だ。
「俺達はどうするんだ?」
「今回は人数が多い分クロウの対処が大変になるだろう。だから皆には個別であのダンジョンを対処してほしい。その人間牧場なる物が一つとは限らないしね」
「そもそもその人間牧場ってのは何なんだ?パペットマスターに関しては一応知っているが、そっちの方は聞いたことがないぞ」
クロウの問いかけに対して口を開いたのはマーサだった。
「それを説明するためにはまずパペットマスターであるピノッキオについて話さないといけないのだけど、そっちについての知識は?」
「一応ある」
そう答えて大雑把ながらもパペットマスター:ピノッキオについて話始めた。
パペットマスター:ピノッキオ、通常種はドールマスターという魔物であり、人形が魔力によって動き出した魔物であり、その材質は様々で、木や石のような物から、時にはミスリルといった硬質な物などと多彩である。ゴーレムといささか近い性質を持っているのだが、ゴーレムが力が強く、物理攻撃が主流なのだが、ドールマスターは魔法や踊りや歌などによる状態異常が主な攻撃手段となっている。
そしてそのドールマスターのN級魔物であるパペットマスター:ピノッキオは特殊な木材で作られた人形であり、その強度はミスリルやそれ以上に硬いアダマンタイトにも勝るとも劣らないとも言われている。
そんなピノッキオはただ魔法や状態異常を扱うだけでなく、独自の魔法によって周囲の魔物を自らの配下として操ることができる特殊能力を持っている。その能力によって操ることができる魔物には制限がなく、実力が下ならば同じN級魔物でさえ自らの手駒として操ることができる。そして、それは人にも作用しており、過去にはピノッキオと相対した冒険者パーティーが同士討ちの末に全滅した。などという記述もあるとのこと。
そこまで言ってクロウが気づく。
「もしかして人間牧場って」
「察しの通り、ピノッキオが操るための兵士を育成する場所だよ。クロウと六華でわかっていると思うけど、ダンジョンで育った人間は通常より魔力が高い。それゆえに通常の魔物よりも強くなりやすい。六華がいい例だね。まあ、その代償として魔素中毒で死にやすいんだけど」
「なるほどなぁ」
「どうするんですか?ギルマスさん。仮にそこに行ってピノッキオを倒したとしても、そこにいる人達まで始末するというわけにはいかないでしょう」
「そうだな…」
雷亜の問いかけにギルマスが考え込む。どれくらいの人数がいるかわからないが、ピノッキオの処理と共に始末しようと思えばクロウ達にはそこまで苦にならないだろう。だが、それでも同じ人間の命を奪うとなるといろいろと思うところも出てくるだろう。
他の面々はもちろんだが、クロウも人の命を奪ったことはない。犯罪者を相手にすることは何度かあるが、それでも原則捕縛となっているので殺害することはない。まあ、たまに自ら命を絶とうとする者もいるが、そう言った者達に関しても的確に対処できている。
「………実は最近とある計画を練っていてな」
「計画?」
「クロウ達も噂は聞いたことあるだろう。ダンジョン内にて活動している犯罪者集団の事を」
「あー、確かに話は聞いたことあるな」
ダンジョン内で活動している犯罪者集団。それはだいぶ前から問題になっている事例の一つだ。
ダンジョン内を探索する探索者。それを管理している探索者ギルド。探索者のほぼすべてがそのギルドに所属しているが、それ以外にもモグリと呼ばれる探索者がいる。
恐喝や詐欺、暴行といった行為により探索者資格をはく奪された者。もしくはもともと素行が悪かったり犯罪者だった者が魔力を得て探索できるようになった。などといったことからギルドの管轄外で様々な密輸や強奪、暴行等の犯罪行動を起こしている者達の事だ。
クロウ達S級探索者も時々そう言った犯罪者集団を捕えたりするのだが、それらは基本的に被害が出てきた当たりで探索者に依頼として回される。その探索者達でも対処できなくなったらクロウ達の出番といった感じで大分後手に回ってしまうのだ。
「ああいう輩に関してはどうしても被害が出てからこちらが動くことになる。それ以前の段階で対処しようにも、いかんせん探索者達は基本自由行動だ。依頼を出すということはあれど、ギルド直属の部隊のようなものが無いから、事前の調査のようなことができないんだ」
依頼として出すことはできるが、その依頼を出したことで相手に情報が洩れてバレることがある。犯罪探索者達の中には一般人の協力者がいるらしく、それらが依頼に関して調べて、自らに害が及ぼしそうな依頼があったら事前に引き上げたりなどをしたりする。それをされると依頼を出しても空振りに終わり、結果的に被害拡大になってしまったりもするのだ。
「それで、そう言った犯罪者集団に対処できる組織を作ろうとしてはいるんだが…」
「実力不足ってところか?」
クロウの言葉にギルマスが頷く。
「ある程度実力のある者達…それこそB級やA級探索者となればそれぞれ個別で動いていることがほとんどだからね。自由が基本の探索者で実力があるとはいえ、こちらで組織に属してもらってその自由を奪うわけにはいかないのさ」
今回の詩織のように、時折ギルドから依頼が入ることはあり、それをやってはくれたりはしているが、それはあくまで一時的な物。今回の組織に所属するとなるとほぼ常時犯罪組織の対策に追われてしまう。さすがにそれは受け入れてくれないだろう。
「もし、クロウや六華のように意思の疎通が可能であるならば、それ相応の教育を受けてもらい、彼らには裏で動く対犯罪組織になってもらえるのではないかと考えている」
「可能なのか?」
「それに関してはなんともといったところかな。とりあえずその人たちを捕えてからになるよ。ただ、君達には受け入れ先はきちんと考えてあるとわかってくれればいいから」
「了解。そういうことなら遠慮なくできる」
「それにしても人間を操る能力ね…。これ、あの子達連れていくのまずいんじゃない?」
「そもそもC級探索者とB級探索者をS級ダンジョンに連れていくのがまずいんだよ」
「それはそうだね~」
呆れているクロウに対して苦笑を浮かべる遥。
「ま、そんなわけで一応行く前に一度調査しておく。場合によっては転移を封じることができるかもしれないし、相手の拠点がわかれば御の字だからな」
「そうか。とりあえずS級ダンジョンは通常とは違うダンジョンだ。君達でも何があるかわからないからそれだけは十分に気を付けるように」
「わかった」
「調査はクロウがやるんだろ?」
「そうだね。魔力関連はクロウが頭いくつも抜けてるし」
「調査終了後、転移の対処したら私達も一緒に行く感じかな」
「そのつもりだ。とりあえず数日中に仕上げるつもり」
「りょうかーい、それまで待機してるね」
その後細かな調整を済ませ、クロウは翌日S級ダンジョンへと調査へと向かった。
そして数日後。みらいが配信を始める。
「こんみらいー」
『こんみらい』
『あれ?今日雑談?』
「うん、ちょっとギルドの方から今日の探索は中止するように言われてね」
みらいの自室。今日も探索予定だったが、ギルド…正確にはギルマスから中止の要請が来たので仕方なく雑談配信へと切り替えた。一緒に探索する予定だった詩織とシェルフ、六華も同じ部屋にいる。
『お、しおりんもいる』
「ええ。私も一緒に探索予定でしたが同じ理由で探索中止になりまして」
『なにかあったのかな?』
『こういう時解説するクロウさんは…』
『あれ?そう言えばコメント欄にまだ来てないね』
「ほんとだ。いつもは一言二言くらいは言ってくれるのに…。シェルフちゃん何か知ってる?」
「ん~?特に何も?というか、ここ数日会ってない気がする」
「え、そうなの?」
「うん。まあ、マスターもマスターで何かやることあるから、会わないことはよくある事ではあるけど…」
「パパ、数日前から帰ってきてないよ?」
「あれ?そうなの?」
「うん、ちょっと調査行って来るって言ってから帰ってきてない」
『…クロウさんがみらいちゃんの配信にすぐに来ない…』
『しかも調査に行くと言ってから帰宅もしていない…?』
『これってもしかして…?』
ざわざわとコメント内でも不穏な雰囲気が立ち込めはじめ、みらい達も少しうろたえ始める。
『なにやら不穏な気配を感じた( ˘ω˘ )』
『おるやんけぇ!!』
『え、なになに?(‘w’)』
唐突に当の本人であるクロウがコメント欄に現れ、一瞬で先ほどの不穏な雰囲気が霧散した。
「今、ここ数日クロウさんの姿を見ていないって話しになってもしかしてって思ってたところだったんだ」
『あー…』
みらいの簡単な説明にクロウが納得したようなコメントをする。
「でも、実際どこかに調査に行って数日帰ってきてないみたいだけどどうしたの?何か問題でも?」
『まあ、問題っちゃ問題がなぁ…』
『クロウさんでもてこずるような問題?』
『なんだろう、結構やばい感じかな』
「そうなの?」
『んー…何とも言えない感じかなぁ…』
「変にぼかしても追及が長引くだけだよ。実際何が起こったの」
このままだと埒が明かないと見たか、シェルフが問いかけてくる。
『まあ、端的に言うと…迷子になって帰れなくなっちゃった(゜∀゜)アヒャ』
「………は?」
クロウの言葉に素っ頓狂な声が響いた。




