S級探索者の推し達は澱みへと赴く
「澱みの調査って何をするの?」
オーガ達を討伐し、シェルフの提案通りに澱みの調査をするためにクロウから渡された電子板を見ながら目的地へと進んでいた。その途中でみらいが問いかける。
「調査といってもそこまで特殊なことはしないよ。とりあえずその場に行って澱みの魔力の周波とか目視からの情報収集をするんだ」
『魔力の周波?』
『それに目視からの情報収集って澱みって目に見える物なの?』
「それは澱みの種類というか物によって違うけど、大抵の場合は靄とか泥みたいな感じになっているんだ」
「へー」
『澱みの調査ってそれ用のアイテム必要だけど用意はしてる?』
「あ、私が持ってます。こういうことも有るからと常備しているので」
『さすがしおりん』
『そう言えば何度か見かけた澱みの調査してたね』
「うん。だから今回はそれを教えながらやろうかなと思って」
『それはなにより( ˘ω˘ )じゃあ俺は引っ込んでおきますね』
「だめ」
『あ、はい(´・ω・`)』
『即答で草』
『い つ も の』
『言うほど最近見てないがな』
『俺の出番が多すぎなんじゃあ…(´・ω・`)』
「厄介事が多いからねー」
シェルフが笑みを浮かべながら六華の頭を撫でる。撫でられた六華はきょとんとした表情を浮かべてシェルフを見上げていた。
「っと、そろそろだよ」
うっそうと生い茂っている草木を抜けると突如視界がひらける。そこだけ草木が育たず、土がむき出しになっておりその中心にどす黒い泥が溜まっていた。
「あれが澱み?」
『すげぇ、周りの景色が森の中なのにここだけ何にも育ってねぇ』
『これも澱みの影響?』
『そ( ˘ω˘ )基本的にダンジョン内の動植物は成長に魔力や魔素が必要なんだけど、澱みの部分は魔素や魔力の流れの異常だからその周囲にも影響を与えるんだ』
『ほえー』
「それじゃあこれから澱み調査のやり方をお教えしますね」
そう言って詩織がアイテムボックスからいくつかの道具を取り出す。
「澱みの魔素は人体にも悪影響を与えます。といっても少量で影響が出るというほどではないのでそれ用のマスクと手袋を装着します」
そう言って道具の中にあるマスクと手袋をそれぞれ着ける。
『あのマスクと手袋ってなんでもいいの?』
『基本的に魔素に対して遮断効果のある物なら何でもいいよ。それがないとつけてても意味ないけど』
「そうですね。そこまで高級な物は必要ないですけど、澱み調査用の使い捨て手袋やマスクがギルドの方でも販売していますのでそれを使えば大丈夫です」
「使い捨てのほうがいいんですか?」
「できればという感じですね。澱みに触れると手袋やマスクに付着します。それは基本的に時間が経てば魔素となって空気中に霧散しますが、それでも万が一がありますから」
そう答えつつ器具を展開していく。いくつかの穴が開いている機械とそれに挿入されている試験管を見てそれぞれきちんと動作するか、確認していく。
「これが澱みの調査機?」
「うん。この試験管に複数の澱みを入れてこの機械にセットして調査してもらうの」
「複数?」
「うん。とりあえず手順見せていくね」
そう言って四本ほど試験管を手にして詩織は澱みとなっている泥の方へと歩いていく。そして澱みの周囲を歩きながら一定間隔で四回、試験管の中へと澱みの一部を採取してきた。
「これであとは機械にセットして検査してもらいます」
そう言って機械へと試験管をさしてボタンを押す。わずかな駆動音と共に機械が動き出して澱みの成分を検査し始めた。
「一定距離離れてから採取してたけど、その場で四本分採取しちゃいけなかったの?」
「ええ。澱みは一つに見えますがあれは長い時間抱えてたまった魔素や魔力の吹き溜まりです。その魔素や魔力は地層のように折り重なっていまして、噴き出している部分もそれぞれで変質しているんですよ。なので一定距離を取って採取することで全体的な状態を確認するんです」
『ほえー』
『ついでに補足しておくとサイズが大きければ大きいほど採取数は増える。あのくらいなら詩織さんがやったように四か所で十分だけど、あれより一回り大きい場合は六ケ所採取とかしないといけないからね』
「へー」
「マスターも同じようにやるの?」
『俺は見ればある程度はわかるし…』
『お前だけ定期』
『もうこの人の規格外は参考にしちゃいけんのよ』
『解せぬ(´・ω・`)』
『まあ、でも今はだいぶ澱みに関してのデータがそろっているみたいだから、その採取したデータから何が起こるか予測できたりもするみたいだけどね。さすがにそこまでは俺もできんけど( ˘ω˘ )』
『そんなことできるの?』
「そうですね。この機械はギルドの方と通信していますので、そちらに保管されているデータと照合してそこからどうなるかの確率を産出する感じですね」
ちょうどそれを示すようにピコン!と通知音が機械から聞こえてくる。
「あ、結果が出たようですね。どれどれ…」
機械の画面を見て表示されている文字を読み始める。そんな詩織の表情が徐々に険しくなっていく。
「詩織さん?」
「どれどれ~?」
その表情を見てみらいは首を傾げ、シェルフは面白そうといった表情で詩織の後ろから画面をのぞきこむ。
「なるほどねぇ…」
「これ…どうしましょうか」
『なになに?』
『なんかやばそう?』
「とりあえず見てもらえばいいのでは?」
「そうだね…」
そう言って配信を移しているドローンカメラを動かして機械の画面を映す。
『どれどれ…?』
『ほうほう、こんな画面なのか』
『なんか昔のゲーム機みたいだな』
「試験管差し込む場所と画面だけだもんね」
『んで、肝心の結果は…?』
画面に映る文字がしっかりと配信にも映り、読めるようになる。そこに書かれていたのは…。
イレギュラー発生確率:78%
宝箱出現確率:15%
ポータル出現確率:6%
消失確率:1%
『…これは…』
『イレギュラー出現案件?』
『こういう場合どう対処するんですかね?』
「澱みに関して解消法がまだ見つかってないんですよね。なのでこういう場合は即座に申請し、出現したイレギュラーを討伐する。という対処をするのですが…」
どうしましょうか。という意味を込めて配信ドローンを見る。その問いかけの先はクロウだ。
『まあ、相手次第じゃない?何も問題なければここで出てくるイレギュラーはB級…強くてもA級下位だ。群れで来たらさすがにやばいだろうけど、澱みから出てくるイレギュラーは単体。問題なく倒せるでしょ( ˘ω˘ )』
「大丈夫かな?」
『万が一が起きたら俺が動くからご安心を( ˘ω˘ )』
「…うん」
『この安心感よ』
『まあ、何が起こってもクロウさんがいるならどうにかなるか…』
『ちなみにイレギュラーが発生するタイミングっていつなの?』
『知らん!(`・ω・´)』
『えぇ…』
「いえ、実は澱みが変質する時間というのはわかっていなくて、調査直後…もしくは調査中に変質するときもあれば、調査後一週間たっても変質していなかったなんて話もあるんです」
『まじか。それまで待つの?』
「さすがにいつ起きるかわからない物を待つのは効率悪いよ?」
「そうなんですよね…」
どうしたものかと考え込んだ時。
「あれ、変えればいいの?」
六華が詩織へと問いかける。
「え?そうですね。それができればここもそれなりに探索しましたし、イレギュラー討伐を一区切りとして探索を切り上げるつもりですが…」
「ん」
詩織の言葉に頷いた六華が手を前に出すとそこに小さな黒い魔力球が出現する。
『え?なにするの?』
『…とりあえず戦闘準備しといて』
困惑するリスナー達と何となくその先が予測できているクロウ。そしてクロウのコメントを読んでみらい達も戦闘の準備をした。
「えーい」
軽い言葉でその黒い魔力球を澱みへと投げ込む。音もなく澱みへと飛んでいった魔力球はそのまま静かに澱みに飲み込まれていく。そしてわずかな間をおいて突如ゴポポという音と共に澱みが激しく波打ち始めた。
「澱みの活性化!?」
『魔力で刺激を与えて澱みの活性化を促進させたのか。よくやるなぁ』
『感心してる場合!?』
「くるよ!」
シェルフの言葉の通り、波打つ澱みがどんどん噴き出すように背が高くなっていく。その高さは五mほどにまでなると人のような形を作り出す。
即座にみらいと六華は後方へと下がり、シェルフ、詩織は前衛となって各々武器を構える。リルとフィンは左右に分かれていつでもシェルフ達の援護をできるようにしており、エメルもみらいと六華の傍にいた。
『でけぇ…』
泥のような澱みがどんどん固まっていき、その姿が構築されていく。五mもの巨体に筋肉によって膨張した四肢。そして頭部にある単眼。巨人のようなその姿の魔物の名は…。
「サイクロプス…」
B級上位の魔物、サイクロプス。
その巨大な体と発達した筋肉から繰り出される一撃は並みの探索者ではひとたまりもない。そしてその耐久力もその姿に見合った物で生半可な攻撃は頑強な外皮によってはじかれ、そのスタミナは尽きることを知らないとも言われている。
「グオオオオオオオオオオ!!!」
すさまじい雄たけびと共に振り下ろされた拳。その拳は前衛にいたシェルフと詩織をまとめて殴るように振るわれた。
咄嗟に左右に跳んでその拳を回避し、しっかり距離を取るが拳が直撃した地面が轟音と共に爆ぜるように砕け、その破片が周囲へと飛び散る。
「っとと」
「相変わらずすごい一撃ですね…!」
着地の時に飛んできた破片をはじきつつたたらを踏むシェルフ、そしてその一撃の重さに険しい表情を浮かべる詩織。
『おいおい、大丈夫なのかこれ?』
『クロウさん案件?』
『いや、これくらいなら問題ないだろ( ˘ω˘ )』
強力な一撃に対してリスナーたちがうろたえるが、クロウは落ち着いて眺めている。それもそのはず、まだ強敵との戦闘経験に乏しいみらいはともかく、他の面々に関してはサイクロプスの一撃を見ても狼狽える様子はなかったからだ。
そしてみらいに関しても周囲が落ち着いているからか、最初の一撃による驚きもすぐに収まり、即座に銃口をサイクロプスへと向けていた。
『クロウさん、あの魔物は?』
『B級上位の魔物のサイクロプスだね。オーガやトロールのように身体能力が高く、その巨体に見合った耐久力と力を持っている。その表皮に関しても生半可な武器じゃ傷一つつけれないし、半端な魔法でもダメージを与えられないほどの防御力を持っているよ』
『弱点は?』
『一応頭にある目に関しては防御力はそこまでないからそこが弱点ではあるけど、目を潰すと大暴れしてかえって手が付けられなくなったりもするから、止めとして叩かないと危険かな』
『オーガやトロールとかと同じなら火属性が効くの?』
『いや、サイクロプスは火耐性ももってるからそこまで効果はない。代わりに内部にもダメージを与える雷属性を扱えればそれが有効属性としてはなるかね』
『ほえー』
『ちなみにクロウさんはどう攻略する?』
『防御力以上の攻撃で消し飛ばす(‘w’)』
『ダメだこの脳筋…』
リスナー同士でそんな話をしている間もサイクロプスとの戦いは進んでいく。
サイクロプスから放たれる拳は巨体に見合ったパワーを持っており、空気を切り裂くような轟音と共に詩織とシェルフへと迫っていく。一撃でもまともに食らえばどちらも無事では済まないだろう。しかし二人は危なげない動きでその攻撃を的確に回避していく。
腕が伸び切り、引くまでのわずかの隙を見逃さずに武器を振るってそれぞれで斬りかかるが…。
「かったいなぁ!」
「サイクロプスはその強靭な皮膚も脅威の一つですからね」
二人の攻撃はサイクロプスの皮膚をわずかに斬るだけでまともにダメージを与えられていない。しかも、その傷自体もサイクロプスの持ち前の自己回復能力によって少ししたらふさがってしまう。手数がメインであるシェルフとは相性が悪かった。
「詩織さん私火力として役に立たなそうー。どうにかできる?」
「できなくもないですが、隙が無いんですよね」
詩織にはサイクロプスに大ダメージを与える攻撃はもちえていた。しかし、それをやるにはわずかだが溜めが必要である。そしてその攻撃を放つにしても相手の動きを予測し、その一撃を狂いなく叩き込まねばならない。フィンとのコンビの時はそれができたが、今はシェルフとリルがいる。その場合はターゲットが分散し、相手の動きを読み切れずに当て損ねてしまうかもしれない。中途半端な一撃は相手を逆上させるだけ、それはさらなる危険につながってしまう。それゆえになかなかその一撃を繰り出すことができずにいた。
それを悟ったシェルフがちらりとみらいのほうを見る。シェルフと視線が合ったみらいが頷き、六華の方へと顔を向ける。
「クロウさん、雷属性はサイクロプスに効くんだよね?」
『ん?そうだね』
「追加効果とかあったりする?」
『追加効果?』
『ふむ。サイクロプスの耐性とかから考慮すると、高威力の雷魔法ならばわずかの時間だが相手を痺れさせて動きを止めることができるな』
属性にはそれぞれに見合った追加効果がある。火ならば火傷、水ならば窒息。氷ならば凍傷といった物だ。そして雷には感電効果があり、それは筋肉への影響を与えてわずかな時間でも相手の動きを止めることができる。当然相手によって耐性が違い、それぞれが望むような効果が出るとは限らないが、サイクロプスに関しては雷属性の耐性はない。
「そっか、それなら…六華ちゃん、強い雷の魔法使える?」
「ん」
みらいの問いかけに六華は頷く。
「じゃあタイミングはこっちで作るから、その後はお願いね」
そう言ってみらいは魔銃へとそれぞれ違うカートリッジを差し込む。
その様子を見たクロウは少し離れた場所で笑みを浮かべてみらい達の様子を眺めていた。




