S級探索者は推しを怒らせる
周囲に展開されている無数の属性球、それらを一気に消し、囲まれていた詩織とフィンの前へと姿を現す。
「クロウさん…!」
「クロウ!?なんでここに?」
「そっちのリスナーに救援頼まれてな」
そう言いつつ襲撃犯である少女を見据える。その間に一緒に来ていたみらい達が詩織達の元へとたどり着いた。
「詩織さん!大丈夫ですか?」
「みらいさん、それにシェルフちゃんも…」
「やっほー。今のところ大丈夫そうだね」
「攻撃事態は受けてなさそうね」
「一撃でももらったらやばかったがな」
今のところ大きな怪我がないことを確認して少女と対峙しているクロウへと視線を向ける。
「リスナーさんに救援を頼まれたって言ってましたが…」
『ごめん、勝手なことして。やっちゃいけないことだとはわかっていたけど、あれだけのたくさんの属性を同時に扱うやつ、まともじゃないと思って…』
クロウへと救援を頼んだリスナーが詩織の配信のコメ欄で謝ってきた。
「だ、そうだよ。みらいちゃん」
そのコメントを呼んだシェルフがみらいへと話を振る。
「そうだね…私としては、配信内で何度もやられると困るけど…。それでも、今回は状況が状況だからよしとします。一応シェルフちゃんから話は聞いていたしね」
『そうなの?』
「うん。クロウさんがあの襲撃犯の子を気にしていることをね」
そう言って再度少女の方へと視線を向ける。少女は展開してある属性球を消されたからか、不満げな表情を浮かべていた。
「むぅ…」
子供らしく頬を膨らませ腕を振るうと少女の背後に多種多様な属性球が展開された。
「ほう、さっきもそうだったが同時にこれだけの数の…しかも複数の属性を展開するか。なかなか有望だな…」
そう言いながら親指と中指をくっつけた状態で手を伸ばす。
「故に惜しいな。出会いが違ったらいろいろと教えたくなるほどだ」
パチンと指を鳴らすと展開されていた属性球がすべて一瞬で消えた。
「むぅー…!!」
その状況に少女はものすごく不満げと言ったように頬を膨らませていた。
『カワイイ』
『やってることはかわいくないけどな…』
『というか、同時展開する少女もすごいけど、それをまとめて消し去るクロウさんもやばくね?』
『何をいまさら』
『あ、そうっすね』
相も変わらず常識はずれな実力を持つクロウに対して、リスナー達もだいぶ慣れてきたようで、そこまで大きな騒ぎにはなっていない。
「邪魔しないで!」
目を吊り上げ、踏みしめた右足の裏から風をブーストのように噴出させてすさまじい勢いでクロウへと迫っていく。そして迫る間に右手に炎を纏わせ、左手に鉄甲を生成する。
「ん!」
炎を纏った拳をクロウへと放つが、それをたやすく片手で受け止める。その瞬間に炎が吹きあがり、クロウを焼き尽くそうとするがそれを即座に防いでおり、行き場を失った炎が立ち上る。その直後に左手の方で殴り掛かってくるのでそれも受け止める。しかし、今度はその受け止めた左手から徐々にクロウの手の方へと鉄が広がっていき、少女の手とつながってしまう。
「む」
「捕まえ…た!」
言葉と共に左足を振り上げてクロウの顎を狙って蹴りを放つ。その足にはバチリッと雷が迸っていた。
「よっと」
後ろに一歩下がることでその蹴りをギリギリのところで回避する。
「逃がさない!」
しかし、少女は鉄で覆っている左手を引き寄せ、クロウとの距離を詰めて蹴り上げた足をそのまま振り下ろして踵落としを繰り出してきた。
その一撃がクロウの頭部へと直撃するとドゴォン!と特大の雷が迸ってクロウを飲み込んだ。
「クロウさん!?」
まともに直撃を受けた様子を見てみらいが悲鳴に近い声を上げる。そして放った少女は踵が当たると共にクロウを捕まえていた鉄を解除して距離を置いていた。
『おい、大丈夫かこれ!?』
『いま、まともに受けたよな!!』
『クロウさん!!』
雷が落ちた影響で土煙が巻き起こり、クロウの姿を隠す。しかし、直後すさまじい風が迸ってその土煙を吹き飛ばした。そして中から…。
「いやー…久々にまともに食らったな」
クロウが肩を回しながら全くの無傷の状態で姿を現した。
『無傷ですよこの人』
『いや、待て!クロウさんはローブを着ている!つまり内部でダメージがあるのかもしれない!』
『あの、ローブ自体にもダメージないし、ご本人もマッサージ受けた程度の反応なんですが…』
『もう、この人心配するだけ無駄な気がしてきた…』
そんなコメントをよそに声を上げたみらいはほっと安心したように息を吐いていた。
「さて、まだやるか?」
挑発的な問いかけに少女はまた頬を膨らませて四肢にそれぞれ別々の属性を宿してクロウへと襲い掛かった。
「んー…」
そんな戦闘の様子を見てシェルフが考え込むように唸っている。
「どうしたんだい?」
その様子に気が付いたマーサが問いかけてきた。
「んー?なんか、マスターらしくないなぁって」
「クロウさんらしくない?」
「うん。なんか手加減してるっていうか…率先して攻撃したがってないというか…」
そう言われて改めて見てみると、確かにシェルフの言う通りだった。
今も襲撃犯である少女の攻撃を避けたり受け流したり捌いてはいるが、自分から攻撃はしていない。まるで力の差を見せつけて戦うことを諦めさせようとしているようだ。
「確かに…攻撃してないね…」
「どうしたんだろ…」
「…自分と同じで、ダンジョンで育ったであろう子だからね…。子供を攻撃することもそうだけど、自分と同じ境遇の子を攻撃するのをためらっているんだろうさ」
物憂げな瞳でマーサは少女とクロウを見つめる。
「…ねえ、詩織さん。あの子の目的、何かわかる?」
「目的…」
「そう言えばパパを探しているって言ってたぞ」
「パパ…お父さんを?」
「ふぅん…」
父親を捜している少女。そしてシェルフはクロウが今回の一件に何か作為的な物があると感じていると聞いている。
そんな考えの元、もしかしたらという可能性が一つ頭に浮かんだ。
「マスター!」
それを試しに実行してみるためにいまだにおちょくるように少女の攻撃を捌いているクロウへと声をかける。
「なんだー」
「仮面外してー!」
「なんでー」
「いいからー!」
碌な説明もなしに指示されなんだと思いつつもとりあえず一旦後方へと下がって距離を取ってから仮面に手をかけ、取り外す。
「これでいいか?」
「うん、しばらくそのままで」
「なんでだ」
「いいからそのままで!」
せめて軽い説明くらいはしろよ。とぶつぶつ文句を言いつつ、渋々ながらも仮面を空間収納へと入れておく。そして改めて少女のほうを見ると少女は驚いたような表情を浮かべていた。
「…パ…」
「パ?」
「パパーーーーー!!!」
「おぐほぉ!?」
突然の敵意のない頭突きがクロウのみぞおちへと突き刺さる。
今までの攻撃は敵意や殺意があったがゆえにクロウも避けることはできたのだが、今回の頭突きというかタックルに関しては一切そういった物がない、純粋な好意による物。そして属性の扱いに長けている少女の直線速度はすさまじく、クロウですら反応しきれない時もある。そんな速度による敵意が一切ないタックルはクロウでも対応できずに受けてしまった。
『クロウさんが吹っ飛んだぁ!?』
『というか、待ってパパってどういうこと?』
『え、あの子の父親、クロウさんなの?』
『まさか…クロウさんに隠し子!?』
「隠し子…?」
コメントの一つにみらいが反応し、その目つきが鋭くなる。
『あ』
『アカン』
『落ち着いてみらいちゃん!ただの冗談だから!!』
『そうそう!クロウさんに隠し子なんていないって!!』
みらいの雰囲気が変わったのを察してリスナーたちが必死でなだめる。
「でも、あの子、クロウさんの事パパって呼んでるよね?」
『それは…』
『き…きっと何かの間違いだよ!』
「…とりあえずクロウさんに聞いてくるね」
『\(^o^)/』
『クロウさん…成仏してクレメンス…』
ゆっくりとクロウの元へと歩いていくみらいをリスナーだけでなく、そこにいる詩織やシェルフ達、誰も止める事も出来ずに見送る事しかできなかった。
「………それで、どういうことなんだ?」
とりあえず空気を変えようとフィンガシェルフに問いかける。
「あ、うん。マスターが言ってたんだけど、今回の件、なんか作為的な物を感じるんだって」
「作為的な物?」
「うん、詳しいことはマスターじゃないとわからないんだけど…詩織さん、今までで今回みたいな子供が襲撃してくる事件とか聞いたことはある?」
「…ないですね。探索者が同業者を襲うとかはたまに聞きますが…誰かわからない人…しかも子供が襲撃者なんてことはなかったよ」
「そっか。今まで起こったことが起こった。しかも、その犯人であるあの子はマスターと同じでダンジョンで育った子。そしてその子に関しても襲撃しても死者は出していない。まるで、あの子の事を知らせたいがために」
「その知らせる先がクロウってことか?」
フィンの言葉にシェルフは頷く。
「マスターは探索者ギルドの中では結構上の立場じゃん?だからそう言った報告はほぼ必ず入る。だからそれを狙って何者かがあの子と接触させるために今回の一件を仕組んだんじゃないかなって」
「何者かって誰の事?」
「探究者」
リルの問いかけに答えたのはマーサだった。
「クロウに対して何かしようと企むのはあいつくらいだろうね」
その言葉にシェルフが頷く。
「つまりこうなることを探究者が狙っていたと?」
「もし、そうならあの子はなんなんだ?」
「正確なところはわからないけど…探究者によってマスターを父親だと思わされている子って言うのが有力かなぁ」
「でも、一体何のためにそんな回りくどいことを?」
「さあ…?さすがにそこまではわからないかなぁ…」
現状を推測はできても、その先にあるであろう目的までは推測できない。どうしたものかと考えているところ…。
「あの…ところで…」
詩織がおずおずと手を上げる。
「どうしたの?」
「あれ、放っておいていいんですか?」
そう言って示した先には…。
「それで、どうしてこの子がクロウさんをパパって呼んでいるの?」
「いや、だからね?それに関しては俺もわからないんだよ?たぶん探究者あたりが何かしてるんだろうけどなんで俺の事を父親とさせているのかわからないんだって」
「本当に?実は隠し子だったってことはない?」
「いや、あり得ないって。その頃俺母さん達探すのにただダンジョン巡りまくってた時期だからね?」
「ダンジョンたくさん行ってたってことはその間に何かあって相手ができたかもしれないよね?」
「いや、無いからね?その間でまともに関わってた相手なんてほとんどいないんだから」
言いようがない雰囲気を纏ってクロウへと詰めるみらいと、その正面で自分をパパと呼ぶ少女に抱き着かれ、正座させられた状態で問答を強いられているクロウ。その光景があった。
「………」
『ご覧ください、世にも珍しいS級探索者を説教しているD級探索者の図です』
『珍しすぎるやろ』
『どれだけ強くても推しには勝てないからなぁ…』
『特にクロウさんは顕著よね…』
「あれ、どうすればいいの?」
『ほっとけばそのうち落ち着くんじゃない?』
『そうそう。時間も経てば頭にのぼった血も冷めるさ』
『以前からああいうのはあったからねー。ある程度のファンに対しては』
『そうそう。まあ、一つの名物よ。最近だとクロウさんからの支援がデカすぎてその分気持ちもでかくなってそうだけど』
『当の本人であるクロウさんはそこらへん気づいてないもんだからねー』
「あー…マスターそう言うの鈍いからね…」
「でも、良いんですか?その…他のファンの皆さんはクロウさんだけ特別扱いされる感じで…」
『まあ、あの人それだけの事やってるし』
『初期からいて誰よりもしっかり応援してる人だからね。あの人ならまあ、って言う気分にはなるのよ』
『みらいちゃん関連で困ったときはいつもクロウさんに頼ってたからね。今更こういうのがあっても古参ほど文句は言わんのよ』
『新参者だとしても普段のあの人の支援見てると、まあ仕方ないかってなるからね』
「そういうものなんだね」
『まあ、うちらは結構特殊だと思うよ』
『そうそう。クロウさん以上の強烈なファンがいないから平和なだけで』
『たまに強火なファンがあらわれてもそれ以上に強火なクロウさんがいるからすぐにほどほどになるからね』
「へー…」
『だからよくあることだから放っておけばそのうち落ち着くから、それまで休憩しておいたらいいんじゃない?』
「そう言うことならそうしてよっか」
とりあえず一段落ついたとみて、詩織達は一度休憩をはさむことにした。
いまだに修羅場になっているクロウとみらいを置いといて。




