B級探索者は襲撃犯と対峙する
みらい達が配信を始める少し前。とあるB級ダンジョンに来ていた詩織とフィンは配信をしていた。
「それじゃあ今日はこのB級ダンジョンの攻略を進めていこうか」
『おー!』
『頑張ってね』
『まあ、しおりんなら楽勝でしょ』
『だとしても無理はしないようにね』
N級騒乱以降、詩織の魔力量は増大していた。その理由を詩織は何となく察しており、それに伴って今までいたB級ダンジョンであろうと以前ほどの緊張感を持たなくなった。
そのうえS級魔物相当であるフェンリルの子供であるフィンが共にいる。
増大した魔力量に加え、強力な仲間ができた。今の詩織はB級ダンジョンでは物足りず、A級ですらたやすく制覇できると考えた。
しかし、詩織はその考え自体が慢心だと切り捨て、変わらずにB級ダンジョンで探索することにした。
その理由は単純明快で、クロウ達S級探索者達の戦いをその目で見たから。
自らの力では傷一つつけることはできないであろう相手に大して、クロウ達はたやすく攻撃を叩き込んで追い詰めていた。
かつてA級探索者と共闘することはあった。そこでも十分に自分は役に立てていた。それゆえにその一つ上のS級であっても少しは役に立てると思っていたのだが、手を出すことすらできないほどだとは思わなかった。それだけの実力差があると見せつけられた詩織は手伝えると思うことすら慢心だと叩きつけられてしまった。それゆえに自らの実力を再確認し、さらなる高みへと向かえるように詩織はB級ダンジョンに潜り続けていた。
「それにしてもクロウが言ってたこと本当かね?」
「まあ嘘ではないと思うけど、実際に起きるかはわからないし、気にしすぎない程度に警戒はしていようか」
『何かあったの?』
二人の会話にリスナーが反応する。
「うん、なんかこのダンジョンで襲撃事件が起こっているから気を付けてってシェルフちゃん経由で連絡が来たんだよね」
『襲撃事件?』
『あー、なんか探索者スレで見たことある』
『そんな事起こってたんだ』
『幸いというか死者が出てないからそこまで騒ぎになってないみたいだけど、一部では注意喚起も出てるみたいだね』
『死者出てないんだ』
『そこまで追い詰めたりはしないらしい。なんか対処できない相手だと即座に引くとか』
『なにそれ、何が目的なの?』
『さあ…?』
『クロウさんが動いているってことはそれだけやばい案件ってことなのかね?』
「どうだろうね。クロウさんに話が言ったらしいけど、まだ動くほどじゃないって言ってたし、ただそういうことがあるからってことで気を付けてねって話みたいだから」
あの一件から詩織もクロウと協力関係を築く形となった。といっても、何かあったら頼るというわけではなく、フィン関係の話や時々相談に乗ってもらってはいるが、それでもあくまで他の人よりかは話をする程度だ。
「っと、それより魔物が来るぞ」
その言葉と共に詩織も魔物の存在に気付く。腰に差してある刀の柄を握り、周囲を警戒しつつ接敵する方向ほ見据えていると、ドシンッ!という音と共に巨体が姿を現した。
『サイクロプスだ!』
身長三メートルほどの一つ目の巨人。その体は筋肉によって隆起しており、見た目に違わずすさまじい膂力による一撃はまともに食らえば大抵の探索者を一撃で屠るほどだ。
向こうもこちらを視認したようで雄たけびを上げ、その手に持つこん棒を振り回す。
臨戦態勢に入った瞬間、詩織も刀の鍔を押し上げ、わずかに鞘から刀を出す。その瞬間、刃に風が纏いだした。
ちらりとフィンのほうを見ると、フィンも頷いたので腰を落として刀を勢いよく抜く。居合の形を取った抜刀。それによって発生した風の刃が飛び、サイクロプスへと迫っていく。その風の刃をこん棒で叩き落そうと振り下ろす。
風の刃とこん棒がぶつかり合い、風の刃が消える。その直後にこん棒が真っ二つに斬られ、上に乗っている部分が地面へと落下した。
それと同時に素早い動きでサイクロプスの後方へと回り込んでおり、横を通り過ぎると共に前足の鋭い爪でサイクロプスの足を切り裂く。
「グオオオォォォォ!!」
苦悶の雄たけびと共に膝を着くサイクロプス。その瞬間にフィンが駆け抜けている方向とは逆側のほうを再度納刀した刀を構えて低い姿勢で駆け出す。そしてサイクロプスの直前で地を蹴って跳躍し、そのまま右肩から腕を切り落とした。
その後静かに着地し、振り返ると共に再度駆け出す。それと同時に反対側にいるフィンも地を蹴って駆け出して挟撃をする。
詩織の刀がサイクロプスの心臓を貫き、フィンの牙が首を噛み切った。
「グオォォォ…」
ドスゥン!と鈍い音と共にサイクロプスが倒れ、そのまま霧散して魔石と素材を残して消えた。
「ふぅ…」
「おつかれー」
戦いを終えたので刀についた血を拭ってから鞘へと納める。
『さすが安定してるね』
『B級程度ならもう問題なさそうだよねー』
『このままA級にも挑戦しちゃったら?上層だけなら大丈夫じゃない?』
「そうかもしれないけど、まだもう少し調子を整えたいからね。せめてもう少し他のB級ダンジョンを攻略できてからかな」
国内に様々なB級ダンジョンがあり、そのいくつかを詩織は攻略完了している。一般的な探索者であっても、複数のB級ダンジョンを安定して攻略できるようになれば、その上のダンジョンであるA級の上層で腕を磨いたりもしている。
詩織は着実性を求めてB級を数多く制覇する事を目標としている。
「じゃ、この調子で進もうか」
「おう!」
フィンと共に詩織はダンジョン奥へと進んでいく。
「今のところ襲撃犯とかいうのはこないな」
階層を進みながら接敵してきた魔物を順調に倒していく。そんな中フィンがつぶやいた。
「そうだね。まあ、来ないなら来ないに越したことはないけど」
今回その事件を調査しているというわけではないので、わざわざ襲撃犯を探すつもりはない。それにいくら死者が出ていないとはいえ、複数のB級ダンジョンに挑めるパーティーが被害を受けている以上、相手の実力も相当な物だと判断できるだろう。必要に迫られた状況でない以上、必要以上にリスクを取るつもりは詩織にはなかった。
『そう言えばその襲撃犯ってどんな見た目なの?』
『スレの内容だと共通しているのは六歳くらいの子供ってことだね』
『え?子供?』
『うん』
『ダンジョンの中に子供なんて入れるのか?』
「普通は無理だね。クロウさんが被害にあったあの一件以降、そう言うのかなり厳しくしたって話だし」
クロウの生い立ちもかつての配信の中で公開された。そこにいた詩織もそのリスナー達も当然知っている。
『あー、あれ結構話題になってたよね』
『まあ、若い世代は知らない話だしな…』
『中年世代ですらうろ覚えの情報だもんな…』
『大体三十年前だもんな…。あれ?じゃあなんで六歳くらいの子供がいるの?』
『見た目六歳実年齢三十歳とか?』
『何その合法ロリ』
「そう言うのじゃないとは思うけどね。まあ、クロウさんが知っているわけだし、私みたいなB級探索者やA級探索者にそのうち調査依頼が入ると思うけどね」
リスナー達と雑談しながら歩いていると、突如フィンが足を止めた。
「どうしたの?」
「…妙な匂いがする」
「妙な匂い?」
『うそ、俺臭い!?』
『そう思うなら風呂入れ』
フィンの言葉に詩織も刀に手をかけて周囲を警戒する。しかし、今のところ何も気配探知に引っかからない。
「どんな匂いかわかる?」
「…魔物と人が混ざったような匂い…って言うのかな?よくわからない」
「魔物と人が混ざった匂い…?」
フィンの言葉に首を傾げた瞬間、ヒュン!と何かが迫ってきた気配がした。咄嗟に納刀状態の刀を振るうとパァン!という破裂音が響き渡る。
『何事!?』
「…誰?」
気配はしない。それでも何かがいる。そんな直感がした。
「ん…あれ、防げるんだ」
そんな言葉が聞こえた先、そこに視線を向けるがそこには何もいない。
「そこか!」
フィンガ魔力を籠めた咆哮を放つと景色が揺らぎ、声の主が姿を現した。
「ん?…見つかった」
そこにいたのは六歳ほどの少女。黒髪ショートヘアーであまり感情が乗っていないような表情の少女はその無機質な目で詩織達を見ていた。
『女の子?』
『もしかしてこの子が?』
『結構かわいい子なんやが』
突然現れた子にリスナー達が沸き立つ。しかし、それも即座に封じ込められた。なぜなら…
「あなたならパパを知ってる?」
その言葉と共に少女の周囲に複数の属性魔法の球体が出現した。
「っ!?」
『なんじゃこりゃ!?』
『複数の属性同時展開!?』
『え、これってできる物なの?』
『クロウさんならできると思うけど…』
『あの人化け物だから論外だろ!!』
『普通はできて二つなんだけどな…』
『見た感じこの子かなりの属性同時展開してませんかねぇ…』
リスナーの言う通り少女の周囲には炎・水・風・雷・氷・光・闇の属性球と金属の円錐のような物が無数に展開されている。
「…これは…確かにB級探索者程度じゃ荷が重いかなぁ…」
困ったような笑みを浮かべながら少女を見据える。
属性の複数展開。少女はたやすくやっているが、かなりの高難易度であり、その属性が増えれば増えるほど難易度はあがっていく。
属性を扱うというのは、自らの内部にある魔力をその属性に『変換』して放出する事。それが一つであれば問題ない。体内からその状態で放出するだけだから。
そして二つであっても難易度はあがるが、不可能ではない。この場合、両手別々で違う文字を同時に書くようなものだ。大変ではあろうが、それでも不可能というほどではない。
しかし、三つ以上の属性となると話は変わってくる。
属性にはそれぞれ相性があり、光と闇のように互いを撃ち消し合う物。水と氷のように片方が取り込みかねない物。そして炎と風のように強化する物。様々な影響を与える属性を同時に一か所の出口から変換して放出しないといけなくなる。
互いの干渉を防ぎつつ、外部への放出をしなければならず、相性がいい物ならばまだしも、相性の悪い物の場合は不発で終わってしまう。S級探索者であるあの五人の中でも三属性以上を同時に展開できるのはクロウだけだ。まあ、他の四人に関しては一つの属性で解決するというごり押しが主なのだが。
それを正面にいる少女はすさまじい量をおこなっている。それだけの実力を有しているということだ。
「!まずい!乗れ!」
少女が動き出すことを察し、即座にフィンがその背に乗せて駆け出す。
先ほどまで詩織達が立っていたところに属性球が迫っていく。
「追ってくる!」
「振り落とされるなよ!!」
それぞれ違う速度で無数の属性球がフィン達へと迫っていく。速度が違うがゆえに発生する隙間へと滑り込むように避けていく。
「くっ…!」
「大丈夫か?」
「ええ、もう大丈夫」
一緒に探索するとなってから何度かフィンの背に乗って移動することはした。それはこういった事態に備えての事だ。故に走り始めは体勢を崩したが、即座に立て直して刀へと手をかける。
両足に力を入れ、またがった状態で抜刀して右手で刀を、左手で鞘を逆手に持つ。
「避けきれない物は私が斬るから」
「わかった!」
体勢を整えたことで対処できるようになった詩織が刀と鞘を振るい魔法球を切り払っていく。
『すげぇ…』
『息ぴったりやんけ』
『初めて見たけど、こんなことできるようになったんだ…』
共闘のように戦う姿はリスナーも見ていた。しかし、縦横無尽に駆け回るフィンの背に乗り、刀を振るう詩織の姿は凛々しく美しい物だった。
「ん」
そんな二人の前に少女が降り立つ。
「グラァ!!」
フィンガ唸りながら突撃し、その鋭い牙で少女へと噛みつこうとする。しかしその攻撃をジャンプでよけ、そのまま背に乗っている詩織へと横なぎの蹴りを放ってくる。
しかし、それを鞘で受け止め、吹き飛ばされないように足に力を籠めて踏ん張って、即座に右手に持つ刀で切り返した。その攻撃を鞘を足場にして逆回転で受け流すように回避し、右手に炎を生み出すと、近距離からフィンと詩織を飲み込むような火炎放射を放ってきた。
「くっ!」
咄嗟に後方へと下がることで距離を取り、その火炎放射を回避する。
「…これいけそう?」
「キツイかもな」
詩織の問いかけにフィンが苦々しく答える。
現時点では対処できない、と言うほどではないがあまりにも手札の数に差がありすぎる。それゆえに必ずどこかで対処できない攻撃を放たれるだろう。それにおそらく相手はまだ本気を出していない。ここは退くのが正解だとは考えるが…。
「逃がさない」
少女が腕を振るうとさらに追加の魔法球が展開される。
「あなた達を倒せばパパが来るかもしれない。だから…おとなしくやられて」
淡々とそう言いつつ少女からすさまじい魔力が迸る。
「さすがにこれは…!」
一度でも被弾したらそのままなし崩しに負けるだろう。かといって先ほどよりも倍以上の魔力球を回避し続けるのは現実的ではない。万事休すかと頭によぎった瞬間。
パチン
指を鳴らす音と共に空中に浮いている魔法球がすべて消滅した。
「っ!?」
突然自分が展開した魔法球が消えたことに驚く少女。そこに…
「どうした兄さん。まだ体鈍ってるのか?」
仮面に黒ローブという不審者スタイルのフィンの弟にして最強の助っ人、クロウがみらい達と共に現れた。




