S級探索者は全力を叩き込む
魔力解放によって莫大な魔力が放出され、それを自らに纏うことで強固な鎧とする。その鎧はN級キメラの内部にある魔力によって構築されているがゆえに、打ち砕こうにも即座に修復されてしまう。それゆえにその鎧事N級キメラを一撃で葬れるレベルの攻撃が必要となる。
さすがのクロウであってもそれだけの一撃を用意するのにはそれ相応の時間を要する。故にそれが完了するまでの間、傑達がその時間を稼ぐ必要がある。
「とりあえずいつも通り殴ってればいいのか?」
「それでいいと思うわ。私達がやるべきことはクロウが魔法を使うまでの時間稼ぎ。可能ならこっちで倒したいところだけど…!」
傑の言葉に答えている流華へと魔力で作られた拳が迫りくる。それを身軽な動きでギリギリのところでいなして即座に切り返す。しかし、流華の刃は通れど、その切り傷は即座に消えてしまう。
「腕に関しては純粋な魔力で構築されているみたいだから攻撃しても意味ないわね」
「ならこっちはどうだ!!」
迫りくる魔力の腕を回避しつつN級キメラの胴体へと迫る。先ほどまでと違い腕が六本から二本になったがゆえに攻撃頻度は落ちているが、その分威力や密度は数倍に跳ね上がっており、先ほどの流華のようにうまくいなさなければ拳の振るった際の衝撃だけで吹き飛ばされそうな威力だ。しかし、それも傑に関しては無意味だった。迫る拳に対してタイミングを合わせて横から殴りつけてはじき、それによって発生していた衝撃波をものともせずにそのまま突き進んでいく。そして地を蹴り、ジャンプしてN級キメラの胴体の高さまで跳びあがると右拳に力と魔力を籠めていく。身体強化に使われている魔力が右拳に集まっていく。力が籠められ、強く握られた拳は硬く、魔力が集まり肥大化させる。二回りほど大きくなった拳の周囲は高濃度の魔力によって揺らいでいた。
「『クラッシャーインパクト』!!!」
打ち付けられた拳と共にすさまじい衝撃がN級キメラの胴体へと叩き込まれる。そして拳に籠められた魔力も衝撃と共に魔力の鎧を打ち砕き、N級キメラの胴体へと浸透して内部から破壊していく。
「どれだけ外が硬くても内側は脆いだろ」
自信に満ちた笑みを浮かべ、殴りつけたN級キメラを見据える。しかしN級キメラは体をわずかにふらつかせるだけですぐにまた立ち直る。そして即座に手を広げて横なぎに振るってきた。
「お?」
横なぎの平手が直撃し、傑が吹っ飛ばされる。すさまじい速度で吹き飛ばされ、一瞬すら姿を見せる間もなく壁へと叩きつけられた。
「ちょ!?傑!?」
「何やってるんですか。姿はともかく、内部も魔力でできているって言っていたじゃないですか」
吹き飛ばされていった傑に対して雷亜があきれた表情でため息を吐く。結構な勢いで吹き飛ばされていたが傑はかなり頑丈なので無事だろう。
実際に傑は壁に激突した際に降りかかってきた瓦礫たちを吹き飛ばして、遥の元へと戻ってきた。
「いやー、あれなら効くかと思ったんだがな」
「たぶん生命機能自体がないんじゃないかな。混ぜ合わせたダンジョンコアを中心に魔力をあの形に維持している。魔物としての生命とかじゃなくてただダンジョンコアが纏っているだけみたいな感じ」
「よくわからん。まあ、今まで戦った魔物と殴った感触が違うのは確かだがな」
そう言ってから傑は再度N級キメラへと駆け出していく。
その間にも流華と雷亜が素早い動きでN級キメラの攻撃を回避し、翻弄していく。
その動きに焦れたのか、背後にある九本の狐の尻尾が揺れ動く。
「あの動きは…」
その動きにいち早く気づいた遥が弓をつがえ、尻尾の先を撃ち抜く。
「む、止めきれないか」
いくつかの尻尾を撃ち抜き、それによって発生しかけていた狐火を霧散させることはできたが、その直後に新たなる狐火を生み出されている。それをさらに撃ちぬいて霧散させているが、新たに次の狐火が出現するという状態だ。
遥もかなりの連射速度を有しているがゆえに以前のタマモやダンジョンコアを吸収した後であったとしても連射速度で負けることはなかった。それでも今回に関しては遥の連射速度以上の速度で狐火が生成されていく。
「ごめーん、消しきれないから残りはそっちでおねがーい」
「わかりました。まあ、これくらいなら問題ないでしょう」
そう答えつつ雷亜の体からパチリと紫電が迸り迫ってきた狐火を消し飛ばす。
「火力としてはそれほどでもない感じだものね。これくらいなら片手間に消せるわ」
流華に関しても軽く生成した氷の刃によって霧散させつつ返事をしていた。
「よっと…あ、これ俺食えるわ」
そう言って傑は狐火をわしづかみにしてから食べ始めた。
「えぇ…あなたどんどん魔物側になっていませんか…?」
「魔力吸収するには食って取り込むのが楽だったりするんだよ」
ドン引きする雷亜にあっけらかんとした様子で答えながらまた迫ってきた狐火を掴んで口に入れた。
「熱くないの?」
「問題ないぞ」
「えぇ…」
全く気にせず狐火を食べている傑に流華もドン引きしている。
そんな中でN級キメラに新たな動きがあった。口元にちらりと黒い炎がちらつき、それに雷亜がいち早く気づいた。
「流華!ニーズヘッグのブレスが来ます!」
「止め方は?」
「吐かせないくらいでしたね」
「それ、ニーズヘッグにしかできない奴じゃないの!!」
文句を言いつつ氷の壁を作り上げてブレスに備える。ニーズヘッグのようなドラゴンの頭であれば上から口を叩けば口をふさいでブレスを止めることはできるが、今はハデスと同じ顔をしているがゆえにそれができない。まあ、顎下を叩けば同じようなことができるかもしれないが、おそらくそれができるのはそこで狐火を食っている傑だけだろう。
氷の壁が完成すると共にN級キメラが口を開き、そこから黒い炎、獄炎のブレスが放たれる。獄炎はそのまま氷の壁へとぶつかり、壁に沿うように周囲に広がっていく。
「さすがニーズヘッグの獄炎ってところかしら。このままじゃ止めきれないわよ」
「ええ、わかっていますよ」
流華が展開した氷の壁は通常よりも圧縮された物ゆえに溶けにくくはなっているのだが、それでもかなりの速度で溶かされている。どれくらいブレスを吐き続けることができるのかはわからないので何とも言えないが、あまり長時間はもちそうにない。
それゆえに雷亜は自らの体を雷へと変化させ、N級キメラの少し後方の天井近くまで瞬時に移動した。
「ブレス中は動けなくなるのが難点でしょう…ね!」
パチパチと紫電を体から迸らせて一直線にN級キメラの首元へと突進していく。光速とほぼ同等の速度を乗せた槍の一閃が首元へと叩き込まれ、その斬撃が一気に首事獄炎を真っ二つに切り裂いた。
「さて、これでどうかな?」
倒せたとは思っていない。しかし、首を切り落としたがゆえに獄炎のブレスは止めれただろうし、十分な時間稼ぎもできるとは考えていた。現に獄炎に関しては途切れて消滅した。しかし、切り落とした首は中を舞ったと思いきや、N級キメラがその飛んだ首をキャッチし、元の位置へと戻すことで再度つながって元の状態へと戻ってしまった。
「…わかってはいてもそこまで即座に元に戻られると複雑な気持ちだね…」
そう呟き、雷亜は流華と傑の元へと戻る。
「これ、いけますかね?」
「クロウ次第でしょ。少なくとも私達が負ける可能性はないわよ」
「だな。俺達はあいつの準備が終わるまでこいつの相手をしてればいいんだ。それくらいなら問題はない」
「そう言うのはいいけど私としてはもうちょっと動いてくれると嬉しいなー!」
「わかってるわよ」
いまだに生成され続けている狐火を撃ちぬいている遥からの苦言に流華が答えた。
そのころクロウはというと…
「………」
『クロウさん、全く動かないね』
『だね。いつもの魔法陣を構築している感じとまた違う気がする』
『何してるんだろう…』
戦いが始まってから数分が経過しているが全く動く気配がなかった。
神経を集中しているのか、わずかな余波が飛んでくることも有るが、一切それを関与することもなく微動だにせずに目を閉じただ立っていた。
深く静かにゆっくりと。呼吸をしていき自らの魔力の流れを研ぎ澄ませていく。
N級キメラ。五体のN級魔物と五個のダンジョンコアによって作られた魔物。その魔物の内包魔力はすさまじく。真っ向勝負ではクロウでさえ勝ち目はない。
そしてN級キメラの体はダンジョンコアが魔力によって構築している物なので直接的なダメージはそこまで与えることはできない。といっても魔力解放が起きる前のように腕などを切り落として、魔力を吸収すれば再生…というよりかは再構築に時間がかかる程度だ。本来はその再構築が起きる前にダンジョンコアから引きはがして討伐する予定だったが、魔力解放によってそれもできなくなってしまった。
魔力解放による超速再生、そして濃密な魔力を突破するための貫通性能。そしてその後のダンジョンコアからの魔力放出を抑えるための隔離措置。それらを合わせ持つ魔法陣の構築をしなければならず。その魔力は腕に纏った魔力だけでは足りない。かといってクロウも魔力解放をした場合、魔力量は足りるが構築速度や制度に問題ができてしまう。故に腕に纏った魔力を呼び水に、自らの魔力を潤沢に引き出せるように魔力のルートを繋げ、N級キメラに気づかれないように魔法陣を構築していく。それにはかなりの集中力が必要となっていた。そして魔力のルートを繋げ、魔法陣の構築を続けていく。そして集中し始めてちょうど十分が経過した時。
「…構築、完了」
その言葉と共に目を開ける。それに気が付いた瞬間、みらいが魔力弾を上へと放つ。
『みらいちゃん!?』
『いきなりどうしたの!?』
「クロウさんの準備ができたみたいだから合図になるかなって…」
みらいの言葉の通り唐突に放たれた魔力弾に気が付いた流華達が一瞬でクロウの背後へと回り込んできた。
「準備できたんでしょ?合図ありがとね」
「まあ、巻き込まれることはないだろうが、それでもこいつの本気から逃げるのメンドイんだよな」
「ええ。そしてあの状態のクロウさんから合図があることはないのでどうにかしてこちらで把握しないといけないというのが共通認識でしたが…」
「しっかり彼を見てくれている人がいるようでこちらも動きやすくてありがたいよ」
「あ、え、えっと…」
唐突に礼を言われてみらいがうろたえる。そんな姿に笑みを浮かべつつ、流華達はみらい達を守るように立ちふさがる。
「クロウ、いつでもいいよ!」
遥の言葉に答えるように右手がN級キメラへと向けられる。
「多重立体魔法陣、同時展開」
その言葉に呼応するように無数の多重立体魔法陣がN級キメラを取り囲むように展開された。
『はぁ!?』
『え、何が起きた?』
『多重立体魔法陣をクロウさんが使ってるのは知っているけど、ここまで一気に展開できるもんなの?』
「それをやるために魔力解放なしで魔法陣展開する必要があったんだろうねー」
「クロウさんのあの姿、魔力量はともかく、精密性に欠けるようですからね」
「にしてもめっちゃあるなー。中には十個重なっている物もあるぞ」
傑の言葉の通り展開されている魔法陣は五から十と重なっている。それが無数に、一瞬でN級キメラの周囲に展開された。
「『魔術練舞』。さあ、我が舞台の上で踊れ」
その言葉と共にN級キメラが立つ地面に巨大な魔法陣が展開された。そして同時に複数の魔法陣から鎖が伸び、N級キメラの体へと巻き付いていく。
『無数の鎖が…』
『でも、あんな鎖で動き封じれるのか?』
「あれはただの鎖じゃないよ」
「お、しゃべれる余裕出来たのか?」
「まあね。展開さえしちゃえばね。最後に大物残ってはいるけどそれを使うのにもう少し時間かかるし。すでに仕込みは終えてあるからね」
「それじゃあ教えてもらえる?あの鎖は何なのか」
「ああ。あれは相手の魔力を吸収して強度を上げる物だ。そう言う風に魔法陣を構築した。本来普通の魔物に使ってもあまり意味はないがN級キメラのように魔力で直接鎧を作っているあいつには効果は抜群だ。まず相手の動きを封じる。抵抗できないようにする。それが『第一段階』」
『え、まだ続きあるの?』
「ああ。あいつはそう簡単に打ち倒せない…。というか核がダンジョンコアだからな。まずまともなやり方じゃ倒しきれないそしてあの鎖で完全に固定し動きを封じることができたら…」
無数の鎖がまとわりつき、完全にその動きを止める。身じろぎ一つできないレベルで体が固定されてしまう。そこに新たなる魔法陣が輝きを放ち始める。
「『第二段階』だ」
新たに輝き始めた魔法陣から無数の不可視の刃が放たれ、N級キメラの体を切り刻んでいく。
『うおっ!?今度は勝手に体が裂けていくぞ!?』
『あれ、しかも回復してなくね?さっきまで他の人達が攻撃してた時は首切り落とされても即座にくっつけて回復してたのに』
「ああ。あれは魔力阻害も含めた不可視の刃だ。あれによって相手の魔力の流れを動きを止めて再生を阻害している。そして傷が増えることで拘束が緩んでしまうが…」
クロウの言葉の通りわずかに拘束が緩み、身じろぎができる程度になった瞬間、新たな鎖が放たれてそれを封じる。
「それをさらに縛り付けて封じる」
『うわぁお…』
『えっぐい…』
「ここまでやらんといけないからねー。そして第二段階の目的は回復の阻害、そして魔力解放による鎧の剥ぎ取りだ。それが完了すれば次の段階に入る」
その言葉の通りある程度魔力の鎧がはぎとられていくとまた別の魔法陣が輝きだす。
「『第三段階』鎧をはがし、中身が出てきたら…そこを穿つ」
輝きだした魔法陣からレーザーが放たれ第二段階でつけた傷へと叩き込まれていく。N級キメラに対しての痛みはない。しかし、それでも回復すらできず、身動きできずにレーザーによって穿たれたその姿はさながら串刺しの様相だった。
「…自分でやってなんだけど本当にえぐいな」
「ちなみにこれには何の意味が?」
「再生も体の維持もすべてダンジョンコアからの魔力供給によるものだ。それを乱すための物だな。それをすれば仕上げに入れる」
「仕上げ?」
「ああ」
右手を前に伸ばし、パチンと指を鳴らす。
するとN級キメラの頭上に特大の多重立体魔法陣が展開された。
「五十式多重立体魔法陣」
『はぁ!?』
『おい、今五十って言ったか!?』
クロウの言葉にコメントがざわつく。
「『月詠』」
ドゴォォォォォォォン!とすさまじい光の柱がN級キメラを飲み込む。そしてその柱が地面の魔法陣と共鳴し、輝きだす。
『なにごとぉぉぉぉぉぉ!?』
『なんつう衝撃だ!?』
『というか心なしか地面の魔法陣も光ってないか!?』
「よくわかったな。あれはただ展開している魔法陣じゃない。あの魔法陣はとある目的のために展開した物だ」
「とある目的?」
「ダンジョンコアの確保だ。あれも魔石と同じで俺では壊せない。だから確保しておかないといけないんだ。といってもそのまま確保しようにもまたあの姿になられても困るからね。とりあえずそれができないようにいろいろと制約付きの結界の中に入れなきゃいけないんだよ」
そんな説明をしている間に魔法陣から照射された光の柱が消え、空中に虹色に輝く魔石…ダンジョンコアだけが残っている状態となった。
クロウの言葉の通り、あれだけの攻撃を受けたというのにダンジョンコアにはヒビ一つ…それどころか欠けた形跡すらない。
そのダンジョンコアが次に何かアクションを起こす前に即座に地面の魔法陣が収縮してダンジョンコアを結界で包み込んだ。それをクロウは近くまで歩いて行って回収する。
「…うん。しっかりと結界も発動しているからおそらく問題ないだろう。これでN級キメラは討伐完了だよ」
そう言ってダンジョンコアを手に取り掲げた。
その様子を探究者が不気味な笑みを浮かべた状態で見ているとも気づかずに…。




