戦闘狂探索者はフェニックスと舞い踊る
霜崎流華
クロウ、傑と同じS級探索者であり、クロウがS級になったことをきっかけに自らもS級へと登り詰めた。
氷属性を得意とし、その双剣と共に無数の氷や冷気を操り、あらゆるものを凍てつかせる。
基本的にはその属性のようにクールな性格なのだが、いざ戦いとなると自らが傷つくことすら楽しむほどの戦闘狂であり、その有様にはクロウも時々呆れていた。
そんな流華はその表情に笑みを浮かべ、フェニックスを見据えている。
「もう終わりかしら?」
愉しそうな笑みを浮かべて見据えている先にいるフェニックスはかなり小さな姿になっている。炎も最初の時のような勢いもなく、熱を放出することもできないのか、周囲にキラキラと氷のかけらが光を反射している。
息も絶え絶えなフェニックスは一羽ばたきして自らの炎を強引に燃え上がらせ、火の粉をまき散らしながら流華へと突撃してくる。
その突撃を左手に持つ剣で受け止め、右手の剣でその首を切りおとした。冷気を纏ったその剣によってできた傷はそのまま凍り付いていき、フェニックスの胴体と頭を凍らせていく。
小さいがゆえにすぐに完全に凍ったフェニックスの頭は地面へと落下してその衝撃で粉々になった。しかし、胴体のほうは即座に体を構成している炎をほぐし、凍結している部分を切り離して無事な部分で再度自らの体を再構成していた。
しかし、その姿は先ほどよりも一回り小さくなっている。
「そろそろその体を保つのも難しくなってきたんじゃないかしら?」
挑発のような笑みを浮かべながらそう問いかける流華。それに対し、フェニックスはまともに鳴き声をあげることもできずにいた。
当初は勢いよく燃え上がっていたフェニックスの炎も、冷気によって熱を奪われ、氷によって消されていき、その勢いはすでに失われていた。
そろそろ終わりか。といささか残念な気持ちでとどめを刺すために一度右手の剣を振るうった時。唐突な魔力反応が頭上からフェニックスの眼前へと降りてきた。
「あれは…ダンジョンコア?」
S級探索者として何度か危険なダンジョンを踏破し、潰してきた。その際に見たことあるダンジョンコアが唐突にフェニックスの前へと降ってきた。
そのコアを見てフェニックスが動き出す。S級探索者の経験と直感が、フェニックスにコアを使わせてはならないと告げている。しかし、戦闘狂としての性がさらなる強敵を求めている。二つの考えがぶつかりあい、流華の動きを一瞬止めた。その瞬間にフェニックスは翼を広げ、全身で包み込むようにダンジョンコアを取り込んだ。
「………さすがにもう間に合わないわね」
止めようと思えば止められたかもしれないが、すでにコアを取り込み始めた今からではすでに手遅れ。これは仕方ないと自分に言い訳をしてどうなるか様子を見ていく。
そんな流華のほうへと何かが飛んでくる気配がした。
「あれは…ドローン?」
『お、ついた』
『ここは流華さんのところか』
『相手はフェニックスだっけ』
『今じゃただの火の玉状態だけど』
『それにしても小さくね?』
飛んできたドローンから映し出されたコメントが流れていく。
「………そう言えば何か動きがあればドローンで各個配信するってギルマスが言っていたわね。ということは他のところでも同じようなことが起きてるのかしら」
『そうそう。クロウさんがいたところのハデスもなんかダンジョンコア取り込んでた』
『ここはその途中って感じ?』
「ええ。さっき取り込み始めたところよ」
『止めれなかったの?』
「………少し虚を突かれたのよ」
少しドローンのほうから目を逸らしてそっけなく答える。
そして改めてフェニックスのほうを見ると、炎の勢いが少しずつだが増してきている。
『なんか火の玉大きくなってね?』
『回復してる…のかな?』
『他のところはどうなってる?』
『阿修羅のところはなんかムキムキマッチョになってる』
『あいつは元からだろ』
『あと腕が二本生えた』
『そっちの方が重要じゃねぇか!!』
流華がフェニックスの状況を観察している間にコメントの方も賑やかになっていく。そんな中フェニックスにも変化が見受けられ始めた。
「あれは…炎の色が変わり始めている?」
赤い炎で構成されていたフェニックスの炎の体に徐々にオレンジや黄色、白の炎が混じり始める。
『炎の色で温度違うんじゃなかったっけ?』
『ヘイ有識者!』
『一般的に、赤い炎は一番低くて千五百度ほど、黄色は三千五百度、白は六千五百度、青に至っては一万度らしいぞ』
『ほえー、バーナーとかでよく青い炎見るけどそんなに高かったんや』
『…ってことは今あの炎の温度がどんどん上昇してるってこと?』
『そうなるね』
『え、大丈夫なん?』
『さあ…?』
フェニックスの炎の温度が上がる。それは単純に考えて相手の強化へとつながる。それがわかっているリスナーたちはその光景に不安を覚えるが、それとは逆に戦っている流華はそのうちに宿る高揚感から笑みを浮かべていた。
先ほどまでのフェニックスもそれなりに歯ごたえがあった。だが、それでもどこか物足りなさを感じてしまっていた。『こんなものか』と。
しかし、ダンジョンコアを取り込み、強化されたフェニックスがどれほどの強さを持つのか。その考えが危険だというのはわかっている。だが、どうしても試してみたい。探索者としての性か、それとも戦闘狂としての性か、湧き上がる高揚感を抑えきることができずにいた。
そしてフェニックスが完全にダンジョンコアを取り込んだのか、その身の炎をすべて青く燃え盛らせていた。
「ピュイイィィィィィィィィ!!」
甲高い鳴き声と共に翼を広げ、めいいっぱいの力で羽ばたくとすさまじい熱気と共に青い炎が広がっていく。
「っ!」
猛スピードで広がった青い炎が流華を飲み込む。
『うおっ!?』
その炎の熱気に当てられ、離れているはずのドローンがふらつく。
『あぶねあぶね!』
『それなりに離れてるはずなのに影響あるってどんだけだよ!』
『ってか流華さんまともに浴びたけど大丈夫なのか!?』
超高温の青い炎の波に飲み込まれた流華。すさまじい勢いで燃え広がり、周囲の冷気をすべて熱気へと変えていく。
先ほどまで流華がいた場所も青い炎が渦巻いており、その姿は確認できない。
「………ククク…」
しかし、突如として笑い声が聞こえてくる。
「クハハハハハハハハ!!!!」
『え?笑い声!?』
『何事!?』
「いい!いいぞ!これこそが戦い!これこそが命のやり取りだ!!」
そんな愉しそうな声が炎の渦の中から聞こえてくる。そしてその声と共に渦の動きが少しずつ鈍っていき、どんどん凍り付いていく。
『炎が…凍っていく!?』
『え、炎って凍るの!?』
『ヘイ!有識者!』
『知らん!!!』
『有識者が匙投げた!!』
一万度を超える青い炎、それすらも凍り付かせるほどの冷気、その二つがぶつかり合う。時には炎が凍り、時には氷が溶けて消える。そんな様相の中、凍らされた炎の渦が砕けて中から人影が飛び出す。
「さあ、それがあなたの全力ならば、私も全力で挑みましょう!」
その言葉を放つ流華の表情には満面の笑みを浮かべており、その体はところどころが凍り付いている。
『うわぁ…すっごい愉しそうな笑顔…』
『愉しそうの字が愉悦の方なんだよなぁ』
『というか、ところどころ体凍っているけどあれ大丈夫なん?』
『ヘイ有識者!』
『噂だが属性特化の人は極めれば自らの体もその属性にできるらしいぞ』
『つまり今流華さんの体自体が氷になっていると?』
『おそらく』
愉しそうな笑みを浮かべながら凍り付いている腕を振るうとすさまじい冷気と共に手近な炎が凍り付いていく。
しかし、その氷も即座に上から青い炎が覆いかぶさり氷を溶かしていく。
凍り付き、溶かし、また凍り付き、また溶かし。熱と冷気、それぞれのせめぎ合いが大気をゆがませる。
「さあ、これはどうかしら!!」
その言葉と共に無数の氷の刃が流華の周囲に現れた。
その攻撃に立ち向かうようにフェニックスも羽ばたき、周囲に青い炎の羽を展開する。
互いに同時に刃と羽を射出し、空中でぶつかり合う。
ぶつかり合った刃と羽が空中で消えていく。しかしぶつかり損ねたそれぞれの刃と羽が互いへと迫っていく。
空中で攻撃を放ちながら、相手の攻撃を回避する。互いのその行動が同じ距離を保った状態で攻撃と回避を行った結果、まるで踊るかのように互いに円を描くように空中をまわっている。
『すげぇ…』
『戦いとしてはめちゃくちゃすごいことやっているんだけど…なんというか…』
『うん…見ほれるほど綺麗だよなぁ…』
氷の矢が砕け、空中に氷の破片が散らばる。そしてそれを青い炎が照らし、キラキラと輝かせる。
空気中でキラキラと氷のかけらが輝き、青い炎が揺らぐ幻想的な空間で、一人の女性と一匹の火の鳥が舞い踊るように回っている。
そんな光景にリスナーたちもコメントを忘れて魅入っている。
しかし、その戦いにも終わりが来る。
先ほどまで氷の刃を飛ばしていた流華が改めて双剣をその手に持つ。
「さあ、愉しかったけどそろそろ終わりにさせてもらうわよ!」
その言葉と共に流華が双剣へと魔力を纏わせる。それによって双剣の刃が氷で覆われた。
そしてフェニックスに向けて突撃していく。
しかし、フェニックスはその突進に付き合う気はないのか、羽を飛ばしながら距離を取ろうと退いていく。
飛んでくる炎の羽を剣で切り払いながらどんどん加速しながらフェニックスへと向かっていく。
そんな光景がドローンによって配信されており、その光景を見たリスナーが何かに気が付く。
『…?俺の目の錯覚か?なんか流華さんの周囲に見えるんだけど…』
『俺も俺も、なんだあれ?幕…のような物?』
『冷気かな?オーロラのような感じにも見えるけど…そんなような幕が何層も重なっているように見える』
『なんかドレスみたいだよな』
フェニックスを追いかけ、空中を猛スピードで移動していく流華。その流華が通るたびに先ほどの撃ち合いで飛び散った氷の粒が流華が纏う冷気へと取り込まれていき、冷気の幕を作っていく。それがドレスのような形を作っていく。
冷気を纏い、氷を取り込み、どんどん加速してフェニックスとの距離を詰めていく。
「『絶氷剣技』」
取り込んだ無数の氷が集まり、大量の剣となってドレスのスカートのように並び立つ。
「『氷刃乱舞』!!」
フェニックスに追いつくと共に双剣による十字斬りが叩き込まれ、その傷に無数の氷の剣が突き刺さっていく。
そしてフェニックスを氷の塊へと完全に閉じ込めた。
「砕!」
その一言と共に投げられた氷の剣が氷塊へと突き刺さり、粉々に砕け散らせる。
砕け散った氷のかけらがキラキラと舞い落ち、残滓のごとく残っていた青い炎を消し去っていく。
「あなたとの戦い。なかなか愉しかったわよ」
満足げな笑みを浮かべた流華の言葉が消えたフェニックスへと送られた。




