S級探索者の同居人は力を解放する
シェルフたちを見下ろすように空中にたたずんでいる少年。燃える火のような赤い髪をしたイフと呼ばれた少年は好戦的な笑みを浮かべていた。
『なんだあいつ!?』
『あんな魔物見たことない…』
『え?まさかまたN級案件?』
『その割にはクロウさんがまだ出てきてないけど…』
みらいたちがいるところにN級や対処できない魔物が現れた時はクロウがいつも助けに入っている。しかし、今回はその動きらしきものが見受けられない。
『まだ私が動くべき時ではない( ˘ω˘ )』
『え、大丈夫なの?』
『少なくとも対処できないレベルじゃないよ』
今いるダンジョンには当然のごとくクロウとマーサもいる。そして離れた位置とはいえ、二人ならば相手の実力程度ははかることはできる。みらいとシェルフだけであれば対処は厳しいかもしれないが、ここには詩織もフィンもリルもエメルもいる。それだけの戦力があれば問題ないだろう。
まあ、きちんと全員で戦えばの話なのだが…。
「ずいぶんと久しぶりだな、探したぜ?シェルフ」
「…今更私に何の用?」
「つれないねぇ、幼いころから切磋琢磨した仲じゃねぇか」
「そんな私を殺そうとしたのに何をいまさら」
「おいおい、誤解するなよ。別にお前を殺そうとなんてしてねぇよ。ただ、お前が逃げようとしたから、それを止めようとしたんじゃねぇか。まあ手荒になったのは認めるがな」
肩をすくめながらイフがゆっくりと降りてくる。そんな会話を聞いているリスナー達は困惑していた。
『え、シェルフちゃんの知り合いなの?』
『明らかに人外だよね、あの子』
『どういうことだ?』
『人外ショタっ子…ふむ、続けて?』
『おい、変なの湧いてるぞ』
『細かいことは後で説明するよ( ˘ω˘ )いまんところ特に問題になるようなことはないから』
『そうなん?』
『まあ、クロウさんが把握した状態で何もしないということは問題ないんだろう』
『すさまじいまでのクロウさんへの信頼感の高さ』
『まあ、クロウさんだし…』
『どうしてこうなった(´・ω・`)』
『残当』
そんな会話をコメント欄でしている間も事態は動いている。
「そもそもなんでお前は俺たちから逃げたんだよ」
「皆が変わり始めちゃったからだよ。ちょっとしたことですぐに喧嘩を始めるし、力試しで戦うことはあっても規模が全然違ったじゃん」
「そうかぁ?まあ、あの時は確かに力が有り余ってたからな。だがいまじゃ他の奴らもずいぶん落ち着いてきたぞ」
「………それならなんでわざわざダンジョンに来てるの?」
「俺たちがいた世界からでも行けるようになったからな。だから腕試しがてらに来てるんだよ」
「…本当に?」
「おいおい、どこに疑う要素があるんだよ」
「以前はみんなで行動してたよね?それなのに今は一人で動いている。それもイフだけじゃなく他の子たちも。まるで何かを探しているかのように」
「………」
「それに、いろんなダンジョンを見てみたけど、こちら側以外の出口、見つかってないらしいんだよね」
『そうなん?』
『不審な痕跡がある場所はくまなく探ってそれらしい出口がないのは俺たちS級が認めてるよ( ˘ω˘ )まあ、さすがに全部ってわけではないがな』
イフたちの痕跡が見つかったあたりからS級探索者たちによる調査が始まっていた。それでも大精霊候補を発見することはできなかったが、同じようにクロウたちが使う出入口以外のダンジョンへの出入口も見つからなかった。それゆえにどうやってダンジョン間を移動しているのかが不明だったのだが。
「ねえ、探究者の力を借りて、一体何を狙っているの?」
「………」
シェルフの問いかけに対し、イフは挑戦的な笑みを浮かべた。
「なんだあいつの存在知っていたのか。それもそうか。お前の事を聞いたのもあいつからだもんな」
「イフ!!」
シェルフの声に反応するかのようにイフは右手を燃やすように炎を生み出した。
「探究者が言っていた。こっちには強いやつがたくさんいるってよ。それにいろんなものがあるって話だ。それら手に入れたら俺たちはもっと強くなれるだろうなぁ!」
放たれた炎を回避し、シェルフがイフとの距離を詰めていく。
「さあ、シェルフ!テメェが得た物を俺にもよこせぇ!」
「イフ…!」
その狂気と歓喜に満ちた表情を浮かべてイフがシェルフを迎え撃つ。
炎を纏ったイフの手刀と風を纏ったシェルフの剣がぶつかり合う。纏っている炎と風がぶつかり合い、周囲に広がるようにせめぎ合い広がっていく。
「みらいさん!」
「はい!」
それと同時に詩織とリル、フィンが駆け出し、みらいもエメルの背に乗って魔銃を抜いた。
駆け出した詩織とフィンが左右からイフへと襲い抱える。
「シェルフ!」
リルに呼ばれ、シェルフはイフから距離を取ってそのままリルの背へと乗る。リルは一度イフから距離を取り、イフの相手を詩織とフィンに任せた。
「シェルフ、相手が相手だから無理はないと思うけど、焦らずいつも通り戦いなさいよ」
「…うん」
「それとクロウから伝言よ」
「マスターから?」
「ええ。『迷うな、ためらうな。必要とあればすべてを解放しろ。あとの事は任せろ』ってね」
「…ああ、そっか…。うん、わかった」
シェルフは人として活動するために精霊の力を抑えている。それは足かせとなってシェルフの実力を通常の六割程度にまで抑えつけていた。クロウの言葉は必要とあればそれを解放しろということだった。
イフたち大精霊候補たちの実力は拮抗していた。そして闇の力を得たことである程度上昇しているとも考えられる。そんな状態の相手に対して、力が制限されている状態のシェルフが戦うのは無謀もいいところだ。だから本気を出すことを許可した。この後起こるであろう混乱を想定したうえで。
「手助けは必要?」
「大丈夫。頑張れるよ」
「そう。じゃあ私は私で動くわね」
そう言ってリルは戦っている詩織とフィンの方へと向かった。
「………」
一度深呼吸をしてからシェルフがドローンの方を向く。
『お?』
『どうしたん?』
「……いいんだよね?マスター」
『ああ、許可する( ˘ω˘ )』
『?』
不思議なやり取りをする二人にリスナー達が疑問符を浮かべていた。
「じゃあ…行くよ!」
その言葉と共にシェルフが力を解放した。するとすさまじい暴風がシェルフを中心に巻き起こり、姿が少しずつ変わっていく。
シェルフの耳が尖りだし、髪の緑色がより深い色見になっていく。
『え?』
『ちょ、え??』
『シェルフちゃん…?』
突然の姿の変化にリスナー達が困惑する。
『細かい説明は落ち着いたらするよ( ˘ω˘ )取り合えず今は見守っててあげて』
クロウの言葉に困惑がありつつも見守る姿勢に入ったリスナーたち。そしてシェルフから放たれる暴風が落ち着くと、ゆっくりと目を開ける。
しっかりとイフを見据え、剣を持つ手に力が籠った瞬間、シェルフの姿が消えた。
『消えた!?』
『どこに…』
混乱するリスナーたちだが、ドローンは確実にシェルフの動きを捕えており、遅れて動き出す。
『うおおおおおお!?』
『カ…カメラが急に…』
『うっ…酔う…』
『きつい人は無理すんなよぉ( ˘ω˘ )』
すさまじい速度で移動したシェルフを追ったカメラの映像でリスナーたちがいささかグロッキーになってはいたが、それを気にすることもなく、イフの正面へと現れたシェルフを映し出す。
「はぁ!!」
振り下ろした剣をイフが受け止める。それと同時にすさまじい暴風がイフへと襲い掛かり腕や体を切り裂く。
「くっ!」
「まだ…まだ!!」
逃げようといっぽ後ろに後退したイフへとシェルフの追撃が叩き込まれる。
「この…!」
その勢いに対して苛立たし気に眉間に皺をよせ、左腕に炎を纏わせた瞬間。
「させません…よ!」
そこに詩織の追撃が叩き込まれる。すさまじい一閃がイフの左腕へと叩き込まれ、その腕を切り裂く。
(浅い…!)
しかし、その一撃は思いのほか炎で防がれたのか、わずかに腕を斬る程度で炎を消すことはできなかった。
「くらえ!!」
炎を纏った拳がシェルフの顔面へと迫るが、暴風がその拳を受け止め、立ち込めている炎が押し返している。
「そこ!!」
動きが止まったタイミングでシェルフの右足に風が渦巻き、イフの胴体へと叩き込まれる。直撃と共に暴風が吹き荒れ、きりもみ回転させながら吹き飛ばした。そこを狙っていたかのようにリルとフィンが鋭い爪を伸ばして待ち構えていた。
「リル!」
「わかっているわ!」
息の合った兄妹の一撃がイフへと叩き込まれ、イフの胴体をえぐり、詩織が傷つけた左腕をさらに深く切り裂く。
「みらい!」
「はい!!」
リルの言葉にはっきりと答える。二匹の攻撃によって無防備となったイフに対して、みらいが銃口を向ける。その魔銃には水の属性カードが刺されており、装填されている魔弾もフルの物に変えてある。
「フルバースト!!」
右手の魔銃の魔力を全開放し、水属性の極大レーザーが放たれてイフを飲み込んだ。
「………やりすぎちゃった?」
『加減して反撃食らうよりましだからへーきへーき( ˘ω˘ )』
『倒しちゃっていいの?』
『消えてなければ死んでても蘇らせることできるし( ˘ω˘ )』
『うーんこの規格外』
クリティカルヒットした様子にみらいがちょっと戸惑っていたが、それでも後始末に関してはクロウがどうにかできるので問題はないだろう。
レーザーが消え、飲み込まれたイフはドサリと少し離れた場所に落ちた。
「……生きてる?」
心配げに様子を見たシェルフ。その瞬間、すさまじい炎がイフから立ち上った。
「ク…ククク…」
イフがゆったりとした動作で起き上がる。
「クハハハハハハハハハハハハ!!!」
高笑いと共に立ち上る炎の量が増大する。それと共に炎の中に黒い何かがわずかに見え隠れし始めた。
「あれは…?」
「シェルフちゃん、あれ何かわかる?」
「わからない…でも、なんか嫌な感じがする…」
「…闇の魔力…?」
みらいの問いかけに対してシェルフが答える。しかし、シェルフですら黒い炎のようなものは見たこともなかった。しかし、リルがその魔力の質の違いに気が付いた。
「まさか闇の精霊の力?」
原因に気が付いたシェルフの呟きに応えるかのように、立ち上る炎が一瞬で真っ黒に染まった。
「ヒャハハハハハハハ!!」
狂った笑みを浮かべて黒い炎を巻き上げながらイフが突撃してくる。
「危ない!!」
咄嗟にシェルフが前に出て風のバリアを作り上げてイフに立ち向かう。
バチンッ!と甲高い音と共にバリアとイフがぶつかり合った瞬間、シェルフの風が黒く染まり始めていく。
「風が…!?」
『あ、これやばいかも』
黒い炎に触れることで自らの風にも黒い魔力が侵食してきたのを感じ、即座に流れを変えてイフの軌道を逸らして受け流した。
しかし、即座に体を反転させ、イフが左腕を上げるとそこに黒炎が集まっていく。
「左腕が回復してる!?」
「それも驚きだけど、それよりあの黒い炎に当たるのはやばいと思うよ!!」
「全員即座に避難!!」
詩織の言葉に全員がその場から離脱する。
詩織はフィンの背に乗り、シェルフはリルの背に乗って駆け出す。エメルとみらいは元から少し離れた位置にいたので一か所に集まらないようにばらける感じでその場から離脱する。
「すべて呑みこめぇ!!」
放たれた黒炎が地面へと着弾した瞬間、すさまじい火柱をたて、周囲へと炎を広げていく。
燃え広がっていく黒炎は周囲の木々へと燃え移っていく。しかし、その炎は木々を燃やすことはなく、まるで飲み込むように木々が沈んでいく。
『はぁ!?なんだあれ!?』
『木が飲み込まれていく!?』
『それもやばいけど、黒炎めっちゃ広がってねぇか!?』
『やばい!みらいちゃんたち逃げて!!』
リスナー達のコメントの通り、広がっていく黒炎の勢いはとどまることはなく、周囲の木々を飲み込みながらそれぞれ別の方向へと逃げているみらいたちへと迫っていく。
「速い!!」
その速度はフィンたちの速度よりも速く、徐々に追いついていく。それが特に顕著なのが…。
『やばい!みらいちゃん追いつかれる!!』
一番若いエメルだった。フィンとリルはS級モンスター相当の実力を有しているが、エメルはまだBないしA級程度だ。その差は歴然であり、移動速度にも影響が出る。
「くっ!?」
エメルの背に乗りながら、先ほどフルバーストを放った魔銃の弾丸を装填しなおし、迫ってくる黒炎へと水の魔弾を放つが、全く効果もなく飲み込まれていく。
「逃げきれない…!」
その言葉の通り、黒炎の速度がさらに上昇し、みらいとエメルを飲み込むように覆いかぶさった。
「みらいさん!!」
その瞬間に気を取られたリルとフィンの足がわずかだが止まり、そのタイミングで黒炎に追いつかれてしまう。
「しまっ!?」
僅かの足止めのせいで追いつかれ、リルたちも黒炎に飲み込まれてしまった。
『みらいちゃん!シェルフちゃん!』
『しおりん!!』
『というかクロウさんはなにやってるんだ!!』
悲痛な叫びがコメント欄を埋め尽くす。
「いやー、ちょっと様子見てたら出遅れちまった」
そんな中唐突にそんな呑気な声が聞こえてきた。その方向にドローンのカメラが向くとそこにはクロウとマーサの姿があった。
そしてその近くにはエメルとみらい、リルとシェルフ、そしてフィンと詩織も呆気にとられたような表情で立ちすくんでいた。
「全く何やってるんだか…」
「いやぁ…あの黒炎に関してまさか兄さんたちが逃げきれないほどだとは思わなくてさ…」
呆れているマーサに対してクロウもごまかすように答えた。
『え、それぞれ別方向に逃げてたのにどうやって回収したの?』
「そりゃ転移でパパっと」
『それができるなら先にやれ定期』
「逃げ切れると思ったんよ…」
黒炎があそこまで早く広がると思っていなかったようでクロウがため息を吐いた。
「それで、マスター。あの黒炎どうするの?」
眼下でいまだに広がり飲み込み続けている黒炎を示してシェルフが問いかける。
「…さすがにあれをそのままにしておくわけにもいかんか。面倒だなぁ」
ため息交じりに右手のほうに魔法陣を展開する。その展開した魔法陣が回転し、ひときわ激しい光を放つと一つの光球に変化した。
「よいしょっと」
軽い言葉と共にその光球を黒炎の発生源へと放り投げると…。
カッ!
すさまじい光が放たれた次の瞬間に黒炎がすべて消滅していた。
『………は?』
『え、何が起きたの?』
「簡単に言うと黒炎と真逆の性質の光の魔力を作り出して、それで黒炎の闇の部分をすべて消したんだよ。あの炎の広がりは闇の性質が強いからな。闇が消えれば炎が残り、その炎は維持できずに即座に消えるって寸法」
『それができるなら早くやれ定期』
「解析してたら出遅れたんやぁ…」
みらいたちが逃げている間、クロウも何もしていなかったわけではなく、遠くの方から黒炎の性質を解析していた。フィンたちならば余裕で逃げれるだろうと、じっくり解析していたら予想以上に黒炎の広がりが早くてクロウ自身焦ったりもしたが、何とか間に合った。
「さて、あとは…」
残っている問題であるイフの方へと視線を向けた瞬間、全身に黒炎を纏ったイフがこちらへと突撃してきていた。
「ヒャッハハハハハ!!」
狂ったような笑みを浮かべ、クロウへと一直線に突撃してくる。
「下がってな」
クロウの言葉にみらいたちは頷き、一歩下がる。代わりにクロウが一歩前にでてイフの前に立ちふさがる。
黒炎を纏った拳をクロウめがけて振るう。それをクロウは容易く受け止め、それと同時に黒炎を打ち消した。
イフはそれに反応することもなく、即座に足に黒炎を集中させてクロウの頭部めがけて蹴りを放つが、それもたやすく受け止めて黒炎を打ち消した。
「よい…しょっと」
そのままイフの足を掴んでイフを振り回し、地面に向けてぶん投げる。態勢を立て直すことすらできないまま、勢いよく地面へと激突し、すさまじい砂ぼこりを舞い上げる。
「ほい、おし…まい!」
そこにクロウの拳が叩き込まれ、イフの意識を狩り取った。
「うし、確保完了―」
『うわぁ…あっさり…』
気絶したイフを持ち上げ、魔法陣で拘束したクロウに対し、リスナーたちはドン引きしていた。




