S級探索者は同居人の悩みを聞く
シェルフから精霊界についての話を聞いた数日後。
もろもろの対処をするために各々が動いている間、クロウも推し活の合間に準備を進めていた。
「ん~~~~……」
しかし、その準備も思うように進展していないのか、悩まし気な声を上げながらPCのモニタを注視していた。
「そんなに悩んでどうしたんだい?」
後ろで飼い猫のルディと共に横になっていたマーサが問いかけてくる。
「いやぁ、ちょっとね。精霊界の対策用アイテム作ろうとしてるんだけどどうにもうまくいかなくてなぁ」
「おや、そうなのかい?でも、すでに何個か試用品作れてなかったかい?」
そう言って少し顔を動かして視線をずらす。その先にはちょっとしたテーブルがあり、そこに数個の腕輪が乗っていた。
「まあねぇ。一応闇の大精霊に対しての物ならできたけど…いかんせん単体属性に対しての対処しかできないもんでねぇ」
「ああ、他の五つの属性に対しては無防備になるってことかい」
「そ」
シェルフの話からして、おそらく精霊界すべてとの戦いになるだろう。つまり、闇の大精霊だけでなく、光、火、水、風、地の五つの大精霊とも戦うことになるということだ。それならばそれらに対しても対処できるようにしておきたいのだが…。
「複数属性への対処法を籠めようとするとそれぞれが喧嘩してよくて弱体化、下手したら無効化されるんだよ」
「それなら一つの腕輪に一つ籠めて複数装備すればいいんじゃない?」
「それでも相互干渉しかねないんだよなぁ…んー…どうしたものか…」
属性の相性次第では相互強化されることもあるのだが、相反する属性だと打ち消し合う。それだけならまだ問題はないのだが、最悪複数属性が変な干渉しあって相手の攻撃の威力を高めたり、味方の攻撃属性を無効化したりしたら目も当てられない。
決め打ちで属性耐性を付与しようにも、誰がどの属性の大精霊を相手にするかわからないいじょうそうもいかない。はてさてどうしたものかと悩んでいると。
コンコン
控えめなノックの音が聞こえてきた。
「どうぞー」
返事を返すと控えめに扉が開いてシェルフが顔を出した。
「シェルフか、どうした?」
「ううん、どんな調子かなぁ~って思って」
「んー、まあ問題ないとは言えないが、どうにかするから心配するな」
「そっか」
短く答えてマーサのところへと歩いていき、マーサをもたれかかってルディを膝の上に乗せる。
「うにゃ?」
突然持ち上げられたルディが少し不満げな鳴き声を出しながら見上げてシェルフの方を見るが、何かを感じ取ったのか仕方なしといった雰囲気でおとなしくなった。
「心配か?」
「え?」
「いつもより余裕がなさそうだからな。何かしら心配事があるんだろうなと思ってな」
「それは…うん、そうかも」
「その心配事、言葉にできるのならしてみなさいな。クロウが何とかしてくれるかもしれないわよ?」
「うーん、無茶ぶり」
マーサの言葉にクロウはPCで魔道具の設計図を書きつつ答えた。その顔には苦笑が浮かんでいるが、それでも拒絶している雰囲気ではなかった。
「私ね。今まで元の世界に戻る手段がなかったから、あっちで起きたこと考えないようにしてたんだけど…今回の事で関わることになっちゃったじゃん」
「だな」
「それで、マスターならそのまま向こうの世界と行き来できるような状況にもできると思うんだ」
「まあ、やろうと思えば」
以前やった異世界転移の実験。あれは異世界とダンジョンをアンカーで繋いできちんと行き来できるかの実験も兼ねていた。まあ、それによって召喚されたレイがこちらに残ったのと、向こうの世界に問題があったので即座にアンカーを解除したのだが。
まだ可能性の段階ではあるが、異世界同士でアンカーとなる魔法陣が設置できればダンジョンを介さずに行き来することも可能かもしれない。そこらへんはまだやっていないのでわからないが、それが不可能だという根拠もないのが現状だ。
「向こうの世界に戻りたいのか?」
「わからない」
応えてシェルフは俯く。
「私はお母さんに言われて一年以上も精霊界から離れてた。その間何かしていたわけでも無く、ただのうのうと生きてた。戻るための手段を探すわけでも無く、どうにかするための手段を探すわけでも無く、ただのうのうと。そんな私に戻る資格はないと思う。それにこっちにはマスターやみらいさん達がいる。いくら自由に行き来できるようになったとしても、今までみたいに過ごせなくなるのは…なんか嫌だ」
「………」
「それに…仮にすべてが元に戻ったとしても、他の子達と昔みたいに仲良い状態に戻れるかどうか…」
ルディを撫でながら呟くように言葉を吐くシェルフはどんどん落ち込んでいくようだった。
「そんなもん全部解決してから悩めばいいだろ」
「え?」
「大精霊の代替わりがどのタイミングかわからんが、それでも今のシェルフの実力からしてだいぶ先だろ?だったら、満足するまでこっちにいりゃいいだろ」
「でも私は…」
「次期大精霊だとはいえ、学ぶことだって多いはずだ。それに、闇の力によって操られていた間の記憶が残っていた場合、他の次期大精霊たちの心の整理をつける時間だって必要になるだろう。事件が解決したからってそこらへんがすべてまるっと解決してくれるわけじゃないんだし」
「それは…そうかもだけど…」
「それに、俺としてはみらいちゃんのサポート役がいなくなるのも困るんだよ。探究者が今後どれくらいちょっかいかけてくるかわからんし、手が回りきらない可能性もあるからな」
「………」
「みらいちゃんもそうだし、六華だってシェルフがいなくなれば寂しがるだろう。それに詩織さんだってシェルフの事を評価している。そんな相手がいなくなるのは結構大きな損失になるだろうさ」
「むぅ…」
「俺としては残れと言わんが、行けとも言う気はない。事件が解決してから、他の連中と話しつつどうするかはゆっくり決めな」
笑みを浮かべながら言うクロウにシェルフの肩の力も少しだが抜けたようだった。
「………そうだね。そんなに急いで決めなくてもいいなら、最低でもマスターとみらいさんの結婚式くらいは見ておきたいな」
「どうしてそうなる」
「いや~、あれだけお世話してるんだから、それだけの好意があってもいいと思ってねぇ~」
「俺がやっているのはあくまでファンとしてのサポートだ」
「それにしては過剰だと思うけどね~。それにマスターがそう思っていたとしてもみらいさんはどう思うかな?」
「………」
「まあ、そこらへんがわかるのもみらいさんだけだから、何ともだけどね。でも、半端なことはしないようにね~」
「……調子が戻ったのならさっさと部屋に戻れ」
「はぁ~い」
部屋に来た時とはうってかわって笑みを浮かべたシェルフはルディを抱きながらひらひらと片手を振って部屋を出ていった。
「…やれやれ…」
「元気になったようでなによりだね」
「まあな。にしても口出さなかったな」
「そりゃね。私はまだ出会って間もない。まあ、他の人とあまり大差ないかもだけど、ほとんど関わってないからね。余計な口出しはしないものさ」
るでぃがいなくなり自由になったのでマーサは起き上がり、全身を振って毛並みを整える。
「それで?最後に言ってたあの子についてはどうするの?」
「あの子…ってみらいちゃんの事?」
「そう。人の色恋については私はよくわからないけど、そこらへんの事、あんただって無視するわけにはいかないだろ?」
「それはまあそうだが…。それでも俺は今みたいに気ままにみらいちゃんを応援していくスタイルが合ってるんだよ」
「あんたがそれでいいならそれでいいけどね。ただ、相手がいる事なんだ。一人で決めずにきちんと相手の事も見てやりなよ」
「……わあったよ…」
「それはそれとして、対策の方はどうなんだい?」
「考えること増やしといてよく言うよ…。とりあえず一つ思い浮かんだが、そのための問題点ができたって感じかな」
「へぇ、どうするんだい?」
「こいつと同じ感じにしようかなと思ってさ」
そう言って取り出したのは本気で戦う時に扱う手甲。いくつものくぼみがあり、そこに特殊な魔石を設置する奴だ。
「こいつはあくまで俺が使うための魔石を設置するための物だが、これを腕輪の形状にして属性を付与した魔石をセットしておく。そしてこれともう一つ、効果を発揮する腕輪を作り上げて、ここに該当属性の魔石を嵌めれば効果が発揮するって感じにしようかなって」
「へぇ…それならいいんじゃない?確かに即座に判断できるだけどの判断力が必要になるけど…まあ、何とかなるでしょう」
「他のS級なら問題ないが、みらいちゃんたちはなぁ…まあ、あっちは俺が何とかする」
「そうしなさい。それで、問題ってのは?」
「これ、作るための素材取りに行かなきゃいけないんだよなぁ…たぶん在庫あまりないから…」
「取りに行かなきゃいけないってわけかい。珍しいのかい?」
「んー…まあね。魔導伝導率が高い素材が必要だから、一番加工しやすくて該当するのがミスリルって鉱石なんだけど…」
「ああ、あれかい」
「鉱脈見つかってないから手に入れるにはミスリル系の魔物見つけないといけないんだよ」
「珍しいのかい?」
「取得量と出現数からして…珍しい方だな。取得量少ないんだあいつら」
以前みらいが巻き込まれた魔窟暴走。ミスリルアントが大量に出現したあの一件でもミスリルは手に入るのだが、あれだけの数を倒して手に入った量は腕輪一つ分程度だ。ミスリルアントは外皮がミスリルで使われているだけなせいでそこまで取得できない。代わりにミスリルゴーレムみたいな全身ミスリルでできた魔物の場合、量が多めにとれる。
それでも武器や鎧に使うには数体狩らないといけないレベルなのだが。
「腕輪を人数分だとすると…いくつ必要になるんだ?」
「クロウたちS級用に五個、みらい、シェルフ、詩織、念のための六華の分で四個、それと私たちの分でさらに四個として…」
「十三個か…それと一応試運転用にいくつか作りたいから…二十個分くらいほしいな」
「となるとミスリルゴーレム何体分だい?」
「上下幅を見繕って…二十五から三十体ってところから…理論値だが」
「つまりそれ以上狩らなきゃいけない可能性もあると」
「そういうこと。あいつら魔法効かないから面倒なんだよなぁ」
「海底ダンジョンで説明していた魔石を抜いて本体を残す形のはできないのかい?」
「あー、残念ながらミスリルゴーレムは無理。ミスリルゴーレムは普通に倒さないとミスリルとして手に入らないんだよ。魔石の魔力によって維持されているのかわからないけど、一度魔石引っこ抜いたら全部朽ち果てちゃったんだ」
「あれま。それじゃあまっとうに集めないといけないんだね」
「そうなんだよ。めんどくせぇ…」
ミスリルゴーレム自体はクロウからしたら強いというわけではないが、魔法が効きにくいがゆえに戦い方が制限されやすい。しかも一応B級の上位クラスの魔物なのでみらいたちを連れていくわけにもいかない。配信のネタになるのならまだいいが、それでも単調な作業なのでいまいち面白みはないだろう。
「いっそのことこの間の海底ダンジョンみたいな感じで別画面でクロウが集めている作業を眺めながらみらいたちに雑談させるかい?」
「それどこに需要あるよ」
「さあ?私からしたらダンジョン探索なんてもののどこに需要があるかすらわからないけどね」
「それもそうか」
基本ダンジョンで暮らしているマーサからしたらそのダンジョンの中を探索する動画のどこがおもしろいのかはわからないのだろう。
「とりあえずシェルフに話して俺は明日あたりからミスリル集めしてくるから、母さんは悪いけどみらいちゃんたちの護衛をお願いできる?」
「いいよ。いつも通り相手にできないような奴が出てきたら手を貸せばいいんでしょ?」
「ああ。俺も配信は見ているから何かあったら駆けつけるから」
「わかったよ」
とりあえず今後の目的ができたので、明日からの動きをシェルフに伝えるために、一度椅子から立ち上がって軽く体を伸ばしてからシェルフの部屋へと向かった。




