闇を統べしもの 9
闇を統べしもの 9
朱姫の体が赤く輝きを増し、青姫の体が青く輝きを増していく。タダユキは何時でも飛び出せるよう身構えた。白姫と玄姫は、異界とつながる穴に向けて傷だらけになりながら魍魎を掃討していく。弥生は卯月の元に辿り着こうと、必死の形相で戦っていた。そして、青姫の真言の詠唱が終わろうとした、その時。異界との連絡通路ともいえる、ぽかりと空いた穴に亀裂が入る。その亀裂はどんどん大きく拡がり、ばりばりと空間が裂けていく。なにか巨大なものが無理矢理こちらに出てこようとしている感じであった。いったい何が……。タダユキたちは素より、魍魎も動きを止めてその様子を見守っていた。
「嫌な予感がしますね 」
青姫がタダユキの耳元で囁く。タダユキも、今まで以上の非常事態になるのではという予感があった。朱姫や白姫、玄姫の緊張感も高まっている。すると、ぽんと押し出されるように空間の裂け目から何体かの魍魎が飛び出してくる。
「”雲外鏡”、”輪入道”、”朧車”どれもみな大物です 個別に戦っていては危ない 」
青姫が、みなに集まるよう叫ぶ。魍魎の動きが止まっているうちに全員が一か所に集合した。
「事態がどんどん悪化している 何が起ころうとしているんだ? 」
「ふんふん まさか、このままこちらの世界を支配するつもりでは…… 」
「かなり、不味いね あれだけ裂け目が大きくなると封印するのは不可能だよ 」
「崇徳上皇は本気で人間に復讐するつもりのようですね 」
青姫の言葉に弥生が驚いたように反応する。
「卯月先輩、崇徳上皇って…… 今回の敵は崇徳上皇なんですか? 」
青姫がおそらくと頷くと弥生は顔面を蒼白にする。
「そんな…… あの最強の怨霊といわれる”崇徳上皇”相手では私なんか敵う筈がありません 」
弥生が震えながら卯月に告げると、卯月は弥生の目を見つめ微笑みながらゆっくりと話し出す。
「大丈夫ですよ、弥生ちゃん 弥生ちゃんはまだ経験が足りないだけ…… 誰だって経験した事のない初めての事には自信なんかありません でも、色々経験を積んでいくうちに、その積み上げてきたものが自信になります 経験の数だけ自信が深まるんですよ 逆に言えば、ただ年を重ねてきただけの人には自信なんて芽生えません 私は弥生ちゃんは立派に私の後を継いでくれると信じています 」
弥生は卯月の言葉に震えが止まり、その目には固い決意が溢れていた。
「とにかく、あの大物の魍魎たちを滅しないと…… 弥生ちゃん、君、いいですか 」
「了解です、姫 指示、お願いします 」
「はい、卯月先輩 」
タダユキと弥生は青姫の指示で、鏡の魍魎”雲外鏡”へ向かう。他の大物の魍魎にも朱姫たちが向かっていた。
「”雲外鏡”は、その身に映したものの生気を吸い取ってしまいます けっして正面に立たないよう注意して下さい 」
”雲外鏡”の死角から攻撃を開始した青姫とタダユキ、それに弥生だったが、いかんせん戦いに関しては素人のタダユキの打撃では敵にダメージを与える事が出来なかった。弥生も主要武器の扇子が弾かれ、正面から斬撃を打ち込めない為、苦戦を強いられていた。そして、青姫も真言を唱える間がなく、このままではジョジョに追い込まれて行くのは必至だった。ここでタダユキは密かに練習していた武器をウエストポーチから取り出し両手の中指に装着した。
「それは、アメリカンクラッカー 君、そんな物を持っていたんですか 」
「姫、よく知ってますね こんな昔の玩具 」
「澪が好きなアニメの主人公が使っていたんですよ 」
「そうですか その主人公みたいにうまく使えるか分かりませんが…… 」
タダユキはクラッカーを高速でカチカチ鳴らしながら、”雲外鏡”の死角からクラッカーのボールを叩き込む。
カシャン
連続でクラッカーボールを叩き込まれた”雲外鏡”の鏡の体にひびが入り逃げ出そうとしたところを青姫の真言がトドメを刺す。”雲外鏡”は、パリンとバラバラに細かく砕け消えていった。
「やるじゃないですか、君 」
「武道とかは体育の授業くらいでしかやった事ないので、何か他にないかなと考えて、子供の頃得意だったクラッカーを思い出したんですよ 」
弥生も見直したようにタダユキを見つめ、青姫が朱姫たちを見ると、彼女たちも”輪入道”、”朧車”を倒したところだった。しかし、依然として異界へ続く穴の亀裂は大きくなったいく。
「ここをなんとかしないと、何時までたっても終わりがないですね 」
「どうすれば良いのでしょう? 」
弥生が卯月に尋ねるが、卯月にも良い考えが浮かばなかった。ただ一つの方法を除いては……。
「こちらから異界に乗り込んで、この亀裂を拡げている張本人を倒すしか方法がありませんね 」
「張本人か……おそらく崇徳上皇だろうな 」
朱姫の言葉に全員がごくりと唾を呑む。
「私が行きます ごめんなさい、君はここに残ってください 」
「えっ、そんな、姫…… 」
タダユキが不満な顔をするが、朱姫がタダユキの肩を叩く。
「心配するな、タダユキ 青姫は私が背負っていく 最強のペアだぞ 」
「ふんふん そうですね、彼には残ってもらう方がいいですね おそらく、もう戻って来る事は出来ないでしょうから…… 」
「さあ、それでは私たちの最後の戦いに向かうとしますか 」
タダユキは、背中の青姫と朱姫たち三人の顔を見回した。どの顔にも固い決意の表情が現れており、もうタダユキがいくら引き留めてもそれで止まる気配は感じられなかった。その時、青姫が口を開く。
「異界へ行くのは私と朱姫だけです 白姫と玄姫はこちらになだれ込んできた魍魎を滅してください そうしないと大変な事になってしまいます 澪、ごめんね 私がこんな体じゃなかったら…… 」」
「こんな私にいつも付き合ってくれたのは卯月じゃないか 今度は私が付き合う番だよ 」
「そんな…… 二人だけで行くなんて死にに行くようなもんだよ 」
玄姫が、青姫たちの無謀な行為を諫めようとするが、青姫も朱姫も聞く耳を持たなかった。
「ふんふん それなら、こちらの世界を守れればいいわけですね 迷惑をかけるのは気が引けるのですが、そんな事を言っている場合ではありませんね 私の知り合いに加勢を頼みます なので、私も異界に行かせてもらいます 」
「ああ、だったら私も叔父を呼ぶわ けっこう強いから私の代わりにこっちにきた魍魎くらい倒してくれるよ 」
「栞も柊佳さんも、わざわざ死にに来るつもりなの まったく…… それなら私も刹那を呼んでおくわ ついでにセーラー服を持ってきてもらおう やっぱり、最後はいつもの服じゃないとね 」
朱姫はタダユキから青姫を降ろし、地面に横たえる。タダユキはこんな時に力になれない自分が歯痒かった。無理に付いて行くと言えば、きっと足手まといになり迷惑をかけてしまうだろう。そこへ、スマートフォンの着信音が響き渡った。イエスの「ラウンド・アバウト」青姫のスマホの着信音だ。タダユキはスマホを青姫の耳に当ててあげた。
「トビ君? うん、ありがとう ここは、そう カトリーヌさんは? うん、待ってる 」
電話を切ると青姫は晴れ晴れとした顔をし、タダユキに向かい、すぐにトビ君が来るそうですと話す。
「私の仮面と手足を持ってきてくれるそうです 最後の戦いに間に合ってよかった 」
青姫の、卯月の、嬉しそうな顔を見てタダユキも嬉しくなったが、これから彼女たちは戻る事のない異界で最後の決戦に挑む。タダユキはそんな彼女たちになんて声をかければよいのか分らなかった。僕も、と言いたかった。さっきのように、一緒に死んでくれと言われた方が嬉しかった。タダユキは知らず知らずのうちに青姫を抱きしめ、涙が何時までも止まらなかった。