表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/18

闇を統べしもの 2

ブラックイット5



 闇を統べしもの 2



 スーツの男はネクタイもきちんと締め、一見普通の会社員に見える。タダユキは仕事関係の人だったかと記憶を探るが、この男の顔は出てこなかった。男はだんだんと近付いてくる。その時、タダユキの記憶の中の顔にヒットした。


「あれは、前に行方不明になった男の人です 」


 タダユキの言葉で全員に緊張が走る。あの一件以来、行方不明事件は起きておらず九尾も人間を捕獲するのを止めたようだが、かなり前の行方不明者がこの昼間に現れるとは……。


 男は五人の前に来ると、気安く手を上げる。そして、車椅子に座る卯月に目を止め嬉しそうに言った。


「おーっ、でんでん太鼓の姉ちゃん なんだ、あの面白い手足取ったのか 」


 卯月を見て残念そうに言う男が何者なのか、その言葉で全員が瞬時に悟りさらに緊張で顔が強張っていった。


「あの…… 大嶽丸さんですよね…… その姿は? 」


「んっ ああ、鬼の姿で来るわけにはいかんだろ だから、九尾の住処に捨ててあったのを拝借してきた どうだ俺のこの細やかな心遣い お前たち人間と変わらんだろ 」


 やはり、あの九尾がこの人を殺して……。それにしても、人間の皮を被るのは良くないですとタダユキが大嶽丸に恐る恐る苦言を呈する。


「そうなのか? じゃあ脱ごうか 」


「いやっ それも不味いですっ 」


 こんな平和な公園に突然鬼が現れたら大騒ぎになる。その時、あっと澪が声を上げた。


「私のバイト先に、落花星人の着ぐるみがある 」


「落花星人って、あの、ゆるキャラの…… 澪、バイトなんか、やってたのか 」


 柊佳が、偉い偉いと見直したように澪を見る。すぐ持ってくるからと澪は駆け出していった。


「今日はクロに会いに来たんですか? 」


 タダユキが大嶽丸に尋ねると、それもあるが伝えておこうと思った事があってなとタダユキたちの顔を見回す。


「あの姉ちゃんが戻って来たら話す それにしても、でんでん 手足取ったのか勿体ない面白かったのに…… 」


「冗談じゃないですよ こうなったのは、あなたにも責任があるんですよ 私の頭を持って振り回すから、それで手足が余計グチャグチャになったんです…… それに、私は”でんでん”じゃありません、”卯月”です 」


「そうなのか それは済まない あまりに、でんでん太鼓が似合ってたからな 九尾が言ったように玩具かと思った 」


「私は人間ですよっ 」


「いっその事、でんでん太鼓になれば良かったじゃないか もう人間には見えないぞ 」


 タダユキたちは、大嶽丸と卯月の会話をハラハラしながら聞いていたが、ついに卯月が、ひどいですと声を上げて泣き出した。

 大嶽丸が困ったようにタダユキを見る。


「これ、俺が悪いやつか? 」


「そうですよ 大嶽丸さん、卯月さんに謝って下さい 」


 タダユキが大嶽丸に言い、大嶽丸が頭を下げたとき、公園の前に軽トラックが止まり助手席から降りた澪が荷台から、落花星人の着ぐるみを降ろしてきた。軽トラックの運転手は、澪に満面の笑みで手を振ると走り去っていった。


「おーい 持ってきたよ 」


 さっそく、大嶽丸に落花星人の着ぐるみを着てもらう。


「おぉ 似合ってる 」


 縦にした落花生に顔と手足をつけ、頭と胸に星のマークを付けただけの安易なキャラデザインであるが、人の皮の着ぐるみよりは遥かに良い。砂場の親子連れも、ブランコのカップルも突然現れた落花星人に、キャーと歓声を上げていた。


「この着ぐるみは、異界で助けてもらったお礼に差し上げますよ 」


 澪は大嶽丸に気前よく着ぐるみをプレゼントするつもりのようだ。タダユキは、そんな勝手にあげてしまって大丈夫ですかと、澪に言うと、澪はニヤリと笑みを浮かべて、店長は私に夢中だから大丈夫と言った。タダユキは、この人恐ろしいわと心の中で呟いた。

 大嶽丸は、落花星人の着ぐるみが気に入ったようで公園内を走り回り、ロケット型遊具の上をジャンプして飛び越えクルッと回転して着地したりしている。親子連れとカップルは、その人間離れした動きに信じられないと驚きの表情をしていた。


「不味くないか、これ 」


 タダユキが慌てて大嶽丸を止めようする前に、栞が飛び出していた。そして、大嶽丸と並び同じ動きをする。ロケット型遊具も飛び越し、さらに空中で”ひねり”を加える。周りから喝采がおこる。いつの間にか道行く人まで足を止め、落花星人と栞の動きに夢中になっている。


「凄い…… 」


 タダユキも二人の動きに目が釘付けになっていた。


「栞は、私たちの中で一番身が軽いから、あれくらいは楽にこなしますよ 」


 卯月が言うと、それにと柊佳が付け加える。


「栞は小さい時、忍者の修行に行った事があるって言ってたからね あの子の体術は私たちの中でも一番だよ 」


「忍者? 」


「私たちと同じく遥か昔から、表に出る事はないですか、人知れず歴史を支えてきた人たちです 」


 卯月が答える。


「そんな人たちもいるんですか? 」


「勿論 私たちと同じように現在でも何人もの忍者の方がいますよ 」


 卯月の言葉にタダユキは、本当に自分は知らない事ばかりだったと、申し訳ない気持ちになった。


 公園の中央で、演技を終えた栞と落花星人がお辞儀をすると、拍手喝采が起こりまるで何かのイベントのようであった。この二人で組んで、動画配信すれば成功間違いなしと思われる。


「やるじゃない、二人とも 」


 澪が二人を笑顔で迎える。大嶽丸も、満更でもないうようで嬉しそうに澪とハイタッチしていた。


「さてと、揃ったところでお前たちに忠告しておく 」


 大嶽丸の落花星人は、タダユキたちの顔を見回し話し始めた。


「九尾の奴を裏で操っていた奴がいる あの狐が細かい事を考えられる訳がないからな まぁ、なんでお前たちが狙われているのか分らんが用心するんだな 」


「大嶽丸さんは、なんで僕たちをそこまで心配してくれるんですか? 」


「言ったろう クロの友人は、俺の友人だと 」


 そこで、卯月たち四人が顔を見合わせる。


「大嶽丸さん、ごめんなさい 私たち、誤解してました 魍魎は全て敵だとばかり思っていました 」


 卯月が車椅子の上で頭を下げ、他の三人も深々と頭を下げた。


「そうだぞ、でんでん 俺たちの中にもいい奴もいれば悪い奴もいる 人間も同じだろう 俺は別に人間も鬼も魍魎も関係ないがな 」


 落花星人は豪快に笑った。卯月は改めてタダユキを見た。この人は初めから、人間も魍魎も関係なく愛し信じる人だった。タダユキも卯月の視線に気付いて目を向ける。二人の視線が合った。卯月は、何が起ころうともこの人を信じようと心に誓った。


「九尾を裏で操っていた奴は、おそらくあいつだろうと思うが、まだ確証はない お前たちにこれを渡しておく、何かあったらこれを吹け 」


 落花星人は着ぐるみの中から、不気味な形の小さな笛を取り出し、タダユキと澪に渡した。これは?……。澪は恐ろしい物を受け取ったのではと恐々と笛を見ている。


「この笛を吹けば、俺か酒呑(しゅてん)が駆けつける 犬笛ならぬ鬼笛ってヤツだな まぁ手が離せない時は他の鬼に頼むかも知れんがな 」


 酒呑(しゅてん)って誰ですか?とタダユキが卯月に耳打ちすると、大嶽丸さんと並ぶ最強の鬼の一人”酒呑童子(しゅてんどうじ)”さんですよと小声で答えたが、大嶽丸の耳に入ったようで卯月の顔を見る。


「ふぅん でんでん、酒呑(しゅてん)の奴、人間からは最強の鬼なんて言われているのか 俺に言わせれば只のアル中だけどな 」


「もう 私は”でんでん”ではなく”卯月”です 」


「いいじゃないか、でんでんで…… 」


 そう言いながら落花星人は、急に真面目な声に戻る。


「油断するなよ そいつが俺の予想通りの奴なら、俺では倒せない そいつを倒せる可能性があるとしたら、それはお前たちだけだ 」


 卯月たち四人が顔を見合わせた。その顔は、まさかという驚きが一様に表れている。


「まだ確証はないが、九尾を操るような奴だからな 奴くらいしかいない おそらく間違いないだろう 」


「ありがとうございます 私たちも調べてみます 」


「おお おっと少し長居し過ぎたな それじゃまた この着ぐるみは遠慮なく貰っていくぞ クロにも宜しくいっといてくれ 」


 落花星人はぴょんぴょんと飛び跳ねると、ダァーッとジャンプして夕暮れの空に見えなくなった。公園に残っていたカップルは、驚愕の顔で自分の目を擦っていた。タダユキたちは苦笑いするしかなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ