闇を統べしもの 12
闇を統べしもの 12
雪女が向かってくる白姫と玄姫に、口から吹雪を吹きかけた。二人は難なくかわして白姫が雪女の足、玄姫が頭と二人同時に蹴りを放つ。が、雪女も白姫の攻撃をひょいとかわし、玄姫の攻撃は腕でガードして、すぐに体を回転させると自身の周りに吹雪をおこす。白姫と玄姫は吹雪を避け、いったん距離をおいた。雪女の吐く吹雪は、絶対零度、マイナス273.15度であり、それを浴びてしまえば即凍り付いてしまう。必殺の攻撃であった。冬の魍魎としては最強と言われる所以である。
「ふんふん なかなか隙がないですね 」
「まったく、ここであまり時間をかける訳にはいかないからな 私が行く 白姫は真言を唱える準備をしてくれ 」
玄姫は雪女目掛けて飛び込んでいき、雪女の吹雪をかわしながら攻撃を加えていく。しかし、どの攻撃も吹雪を避けながらの為、大きなダメージを与えることが出来ずにいた。
・・・くそぅ、このままではじり貧だ ・・・
玄姫は自分もダメージを受ける覚悟で攻撃に出ようとした時、白姫が玄姫の腕をガシッと掴む。
「待ってください 今の玄姫さんの眼は冷静さを欠いています このまま行かせる訳にはいきません 」
「分かっているさ、白姫 それでも私に行かせてくれ この魍魎を倒せば、これ以上の強さの魍魎はこの異界では現れないだろう あの二人が隠れている雪女の本体をあぶりだしてくれたんだ こんなチャンスはないだろう 時間がたてばまた雪迷路に閉じ込められてしまう 」
「では、二人で行きましょう 」
「駄目だ 白姫は力を残しておけ 私達の目的は“崇徳上皇“を倒す事だ 心配するな、私は玄姫という名に誇りを持っている この呼び名に恥じない働きをするさ 」
玄姫は言葉に詰まった白姫を後に、再び雪女に向かって飛び出して行く。そして、今度は間合いに入りながら攻撃せずに、雪女の攻撃をかわしながら力を溜めているようだった。その玄姫の両手が白く輝いてきた。
電光石火の玄姫の動きに雪女はついてこれず、また防御のため体を回転させ自分の周りに吹雪を発生させる。玄姫は、この時を待っていたとばかりに後方に飛び退いて距離を取ると白く輝く両腕を上げた。
「真冬のオリオン 」
玄姫は高速で二つの拳で冬の夜空に輝くオリオン座の形に雪女を打ち抜く。冬の張りつめた空気の中、キィーンと高い音が7回鳴り響き、玄姫の手から全ての動きを停止させる波動が放射された。しかし、雪女も口から全てを凍り付かせる吹雪を吐き出し玄姫に浴びせかける。
「うおぉぉぉー--っ 」
玄姫は雪女の吹雪を浴びながら一歩も引かずに波動を放射し続ける。雪女は足元から分子崩壊し塵となって消えていくが、玄姫の右腕も凍り付いていきピシピシと罅が入り始めていた。
「玄姫さん 」
白姫が叫ぶが玄姫の凍り付いた右腕がパリンと砕け落ちる。が、雪女も同時に頭を残して塵となり、その頭が雪の上にゴロンと転がった。
「玄姫 大丈夫か? 」
ようやく起き上がった朱姫や青姫、タダユキとクロが玄姫の元に駆けつけて来る。
「大丈夫だよ 腕の一本で済んで良かった 冬の魍魎の中で最強の雪女を倒したからな これで少しは楽になるかもな 」
「何言ってるんですか、玄姫 利き腕を失くしたら大変じゃないですか 無茶し過ぎです 」
「お前に言われたくないな、青姫 それより、早く先に進もう 人間界で戦ってくれている叔父さんたちの為にも早く”崇徳上皇”を倒さないとな 」
さあ、先に進もうと玄姫が振り向く。
一瞬の油断が取り返しのつかない事態を招く事がある。この一瞬を、全員が悔やむことになった。悔やんでも悔やみきれない一瞬。
「危ないっ、白姫っ!! 」
玄姫が白姫の前に飛び出す。そこへ、雪女の吹雪が襲い掛かった。玄姫は、白姫を庇い全身で雪女の吹雪を浴びた。玄姫の全身が凍り付いていく。頭だけの雪女は、そこで力尽き塵となって消えていった。
「柊佳さぁんー-っ 」
白姫が絶叫するなか、凍り付いた玄姫はピシピシとひび割れていくとパーンと粉々に砕け散ってしまった。その、あまりに呆気ない最後に白姫が号泣する……。
「う、嘘だろ…… 」
タダユキも青姫も全員が茫然として雪の中に膝を落とした。あまりの事に全員がまだ信じられなかった。今の今までみんなと話していた玄姫が、次の瞬間にはもうこの世にいない。その残酷な事実に、誰一人声を出せる者はいなかった。そこへ、白く輝く小さな珠がふわりと漂ってきて、青姫の前で止まり雪の上にポトリと落ちた。
「これは? 」
青姫は落ちた珠を手に取ると、それは青姫の胸に飛び込み消えていった。全員が目を丸くして青姫を見つめる。
「ひ、姫 大丈夫ですか? 」
青姫は胸に手を当てていたが、暫くしてわかったというように顔を上げる。
「今の珠は玄姫です 間違いなく玄姫の魂核です 」
「魂核? 」
「私たちには、それぞれの呼び名を継いだ時、その体に魂核が宿ります これは健康の魂核、柊佳さんが持っていた魂核です 」
「その魂核が青姫の、卯月の体に入ったという事は…… 」
「そうですね おそらく、柊佳さんは最終奥義でなければ”崇徳上皇”を倒せないと考えていたのでしょう 今まで誰も使えた者が居ないと云われる最終奥義しかないと…… 」
青姫は号泣している白姫を抱きしめると、名前を継いだ私たちは命を落とす覚悟は常にしていた筈です。玄姫は身を挺して最強の雪女を倒してくれました。今度は私たちが、それに答えていきましょう。白姫は涙を拭うと立ち上がった。
「さあ、急ぎましょう 玄姫の柊佳さんの力で雪迷路から脱出出来ました 時間を少しでも無駄にしたくありません 一刻も早く”崇徳上皇”を倒して平和を取り戻しましょう 」
「いいのか、卯月 ゆっくりでもいいんだぞ 」
「いえ、急ぎましょう 澪、栞 私たちの責務を果たす為に…… 」
青姫の瞳には、固い決意と覚悟が表れていた。朱姫と白姫も、その青姫の思いに答えるように大きく頷き、砕け散った玄姫に深く一礼すると“崇徳上皇“に向かい歩き出した。
タダユキは彼女たちの話している内容は分からなかったが、もうあと僅かの時間で全てが終わるという予感があった。それは、彼女たちとの別れなのか…… 。タダユキは足元のクロを抱き上げた。クロはタダユキの頬をぺろぺろと舐めるが、クロの眼にも終わりが近いという覚悟と寂しさがあらわれていた。
それから、一同はほとんど会話もなく”崇徳上皇”目指して進んでいた。すると、突然夜の帳が降りたように辺り一面闇に包まれる。そして、闇の中で巨大な獣がゆっくりと頭を上げた。その黒い魍魎ブラックイットは大きく口を開け咆哮する。
「まさか…… 」
再び姿を現した九尾は、タダユキたちを冷たく冷酷な目で睨みつけた。