闇を統べしもの 11
闇を統べしもの 11
異界に降り立ったタダユキ達五人とクロは周囲を見回す。そこは以前訪れた異界とはまったく別の世界だった。一面真っ白な雪に覆われた音のしない白銀の世界。異界はそのエリアを支配する者の心が深く影響すると云う。以前の暗闇の世界は九尾のどす黒い心そのままだったが、この世界は崇徳上皇の冷え切った心そのものであると云えた。
「こんなに寒々とした荒涼とした世界なんて、どれだけ心が冷え切っているんだよ 」
朱姫が呟くが、一同も皆同様の思いだった。
「気を付けて下さい おそらく雪女などの強力な魍魎が現れると思います 冬の魍魎というのは、かなりレベルの高い敵が多いですので…… 」
青姫が雪に足をとられながら、ヨタヨタと歩きながら言う。
「姫、大丈夫ですか? 背負いましょうか? 」
タダユキがぎこちなく歩く青姫を心配して声を掛けるが、青姫は両手を頬の脇に付け、大丈夫ですと告げる。
「な、なんですか、それ? 」
タダユキは青姫のポーズの意味がわからず声を上げると、青姫ではなく朱姫が答えた。
「テレビでやってたんだよ。両手でハートの形を作るのは知ってるだろう。女子高生なんかが、よくやるやつ 」
「ええっ知ってます 」
「それを顔の両側でやるんだ ハートの中にいる私 つまり、好きですと云う意味だよ まったく、この寒いなか熱いねぇ 」
「えっ…… 姫、可愛いです 」
改めてポーズをとっている青姫を見つめ、顔を赤くしながらタダユキが言う。
「ち、ちょっと朱姫 いちいち説明しなくて良いですよ 」
青姫は慌てて、普通に歩き出した。白姫と玄姫も、仲良くて羨ましいわと囃し立てる。そこへ、雪の中から白いモノがバサッと現れた。それも、一体ではなく四体も宙に浮遊している。
「君、気を付けて “白うねり“です 見ての通り布巾が化けたもので、顔に巻き付かれると窒息してしまいます 」
「大丈夫ですよ 僕だって魍魎と何度も戦ってきていま……むぐぅ…… 」
タダユキは“白うねり“に顔に巻き付かれる、どうっと雪の中に倒れる。
「もう、言ってるそばから…… 」
青姫が慌ててタダユキに駆け寄り印契を結び、真言を唱える。
「オン・ベイシラマンダヤ・ソワカ 」
タダユキの顔に巻き付いていた“白うねり“は、煙を上げ消滅する。タダユキは面目なさそうに青姫に頭を下げた。
「ほんとに君は…… もう少し注意してくれないと困ります 」
青姫が、ぷんぷんと怒り、タダユキは、ペコペコと頭を下げるばかりだった。
「ほらほら、痴話喧嘩はその辺にして、先に進むよ 」
玄姫が二人に声を掛け、雪の中歩き出す。どうやら、他の“白うねり“は、もう三人で倒したようだ。タダユキは、さっそく足手まといになっている自分が恥ずかしかった。
「何処に向かって進むんですか? 」
タダユキが恥ずかしさを誤魔化す為に、玄姫に質問する。
「ほら、あの山の上に、黒い太陽みたいのが見えるだろう まず間違いなく崇徳上皇はそこに居る 」
玄姫の指差す先に見える黒い太陽から、なんとも言えない邪悪な波動を感じ、こんなに寒い雪の中に居るタダユキの頬を汗が伝った。隣の青姫を見ると、仮面の為、表情は分からないが、全身から緊張した空気が漂っていた。
「さあ、急ごう 」
朱姫が先頭にたって歩き出し、一同はその後に続いて歩いて行く。しばらく何事もなく進んで来たが、急に白姫が立ち止まり、一同も足を止める。
「どうした? 白姫 」
足を止めた白姫に、朱姫が尋ねるが、白姫は口に指を当て、静かにという姿勢をとると辺りを注意深く見つめる。クロが、何かに気付いたのか、低い唸り声を上げた。
「ふんふん どうやら私たちは何者かに捕らえられて同じ所をグルグル廻っているようですね おそらく先程青姫さんが言っていた雪女でしょう 」
「雪女の雪迷路か このままだと体力を奪われて凍死だな 」
朱姫が、どうすると云うように青姫の顔を見る。
「ここは、私と朱姫の力で雪女の本体を炙り出しましょう 」
タダユキが、どういう事ですかと青姫に尋ねると、真面目な青姫は説明しだした。
「私たちが玉藻の前と戦った時の事を覚えていますよね あの時私たちが使った合体技は、春夏秋冬、四季の力を引き出して敵を滅ぼす技でした 私は春の力、朱姫は夏の力を持っています そこで、私と朱姫の力を全開にして雪女を炙り出します 正体を現せば、あとは白姫と玄姫が倒してくれるでしょう 」
青姫と朱姫は向き合うと、互いの肩に手を置く。そして、目をつぶり集中する。二人の身体から熱気のようなものが溢れ出てきたのをタダユキは感じた。
「タダユキくん、こっちへ 私たちに、掴まっていて 」
タダユキは玄姫と白姫の手を握り、青姫と朱姫、二人を凝視する。
「春の風 」
青姫が叫ぶと、急に暖かい風が吹き始め、それは春一番よりも更に強力な風になっていき、タダユキの身体がふわりと浮き上がる。もし、玄姫や白姫と手を繋いでいなければ、遥か遠くに飛ばされてしまったに違いなかった。
「夏の夕立ち 」
朱姫が叫ぶと突然激しい夕立ちが一面に降り注ぐ。青姫の春一番で温められた空気の温度が更に上がり、激しい雨で雪が解け始める。
「僕は、朱姫さんは火の技を使うものと思っていましたが、水の技なんですね 」
意外だという顔をするタダユキに白姫が説明する。
「ふんふん そう思われがちですが朱姫さんは、火の力ではなく、夏の力を使うんですよ 暑い夏のイメージは火もそうですが、海やプールなんかの水もイメージ出来るでしょう 」
「なるほど、確かにそうですね 」
「もっと簡単に言えば、夏は全ての動きが活発になるでしょう 朱姫さんの力は、全ての物を活性化させる力なんです 今の様に空を活性化させて夕立ちを呼んだりですね 」
タダユキは改めて彼女たちに敬意を表した。
「ちなみに逆の力を持つのが冬の力を持つ玄姫さんです 玄姫さんは全ての物の動きを止めます 分子レベルで動きを止められた物は砕け散りますね 」
そんなに凄い人なのかとタダユキは、手を握っている玄姫を恐る恐る見ると、玄姫が、なにかと睨んでくる。ひっと思わずタダユキは顔をそむけていた。
「ふんふん 私と青姫さんは二人が暴走しないように目を配るお目付役ですね 二人共血の気が多いですから 」
それはよく分かるとタダユキは頷いた。そこで、タダユキは、ハッと気付く。
「そうか、それで白姫さんはいつも玄姫さんと一緒なんですね そういえば、姫と朱姫さんも一緒にいる事多いですもんね 」
「ふんふん 考えてもみて下さい もし朱姫さんと玄姫さんが組んだら、恐ろしい事が起こると思いませんか 」
タダユキは想像して、ゾッとした。破壊のイメージしか湧いてこなかった。
「こらこら、白姫 聞こえているぞ 」
「ふんふん 失礼しました どうやら、そろそろ本体が現れそうですよ 」
白姫は、そう言うと飛び出していった。
「逃げたな、白姫 」
玄姫も、白姫を追い飛び出して行く。体力を消耗し倒れている青姫と朱姫の向こう側に、怒りの表情の雪女が姿を現していた。