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闇を統べしもの 1

ブラックイット4からの続きですので、そちらから読んで頂くと分かりやすいと思います。



 闇を統べしもの 1



 爽やかな日曜日の午後、タダユキは何時もの公園のベンチに座っていた。親子連れが砂場で遊び、高校生らしいカップルがブランコで揺れている。平和な午後の風景が広がるなか、心地よい風がそよそよと吹いている。タダユキは、うーんと背伸びした。


「おーい 」


 聞き慣れた声が聞こえタダユキは声の方に目を向ける。澪が車椅子を押して公園に入って来た。車椅子に座っているのは、おそらく卯月だろう。タダユキは慌てて立ち上がり、澪の方に駆け寄ると、僕が押しますと澪に代わって車椅子を押し始める。彼女たちに会うのは三か月振りだった。あの怪我なので卯月が電話に出られないのは仕方ないと思ったが、もう一つの番号にかけても誰も出てくれず、ようやく昨夜、澪から連絡があったのだ。


「久しぶりです 姫っ 」


 タダユキは車椅子に座っている卯月に話しかける。


「もう 普段は”卯月”でいいと言ったじゃないですか 」


「ごめんなさい 久しぶりなんで緊張しちゃって…… 」


「君が緊張するより、私の方がずっと緊張していますよ 」


 声の調子から、おそらく笑いながら言ったのだろうとタダユキは想像した。卯月の顔は包帯でぐるぐる巻きにされていて、僅かに右目だけが覘いている状態なので表情がまるで判らなかった。薄いブルーのローブを羽織っている卯月は、横を歩く澪に顔を向けると、澪は真剣な顔で頷いた。


「ねえ君…… 前にも言ったけど私たちの事は本当に気にしなくていいからね 」


「あなたを巻き込んでしまったのは私たちだから、こっちが責任を感じるくらいだよ 」


 澪も卯月に続いて言う。


「僕は巻き込まれたなんて、これっぽっちも思っていませんよ それより卯月さんたちと知り合えて嬉しいです 」


「ありがとう…… やっぱり君には隠しておきたくないから…… 澪、お願いしていい 」


 卯月に頼まれた澪が固い顔で頷くと、車椅子に座る卯月のローブを外そうとしている。タダユキが何をしてるんだろうという顔で見つめているうちに澪がローブを取り去り卯月のローブの下の体が目に入る。


「これが今の私です 」


 タダユキは卯月の言葉は頭に入ってきたが、言葉が出せなかった。ローブの下から現れた卯月の体は手足がなかった。


「もう手の施しようがない状態で切断するしかなかったのです でも先代の中には若くして命を落とした方もいらっしゃいます 私は命があっただけ幸運なのでしょう 」


 タダユキはあまりの衝撃に固まっていた。あの異界での戦いの代償は、タダユキの想像以上の物だったのだ。


「君は何も気にする事はありませんよ これは私が自分でした事の結果ですから 後悔がないというと嘘になりますが…… 」


 そこで卯月は言葉を詰まらせた。


「ほら、あなたも何か言いなさいよ 久しぶりに卯月と話せたんだから 」


 ショックで言葉の出なくなったタダユキに澪が続けて言う。


「ほんとは卯月、あなたにはもう会いたくないって言ってたんだ こんな姿見られたくないって…… でも、多分あなたが気にしているだろうからって来たんだよ…… 」


 黙って俯く三人の間を爽やかな風が吹き抜け、遠くからは子供のはしゃぐ声が聞こえている。穏やかな午後だった。


「もう、辛気臭い話はお仕舞い そういえば、あの猫はどうしたの? 私を半殺しにしてくれたあの黒猫 」


 澪がことさら明るい調子で二人の顔を見ながら声を上げる。


「クロは昼間は出てきませんよ そういえば、澪 一言クロに謝ってください 」


 タダユキも無理に明るい声で澪に答えた。


「私は呼び捨てか、タダユキ それに何を謝るんだよ 」


「澪はクロの事を犯人扱いしてたじゃないですか 今度クロに会ったらきちんと謝ってくださいよ 」


「わかったよ…… 細かい男だな 」


 そんな二人の会話を車椅子の卯月は楽しそうに聞いていた。


「それにしても、タダユキ あなた、けっこう手が早いだろ? 」


「手が早いって? 」


「私が知らないうちに卯月とちゃっかり仲良くなってるじゃない 卯月も随分あなたの事、気にしてたもんね 」


「ちょっと、澪 何言うの 」


 卯月が慌てて声を上げる。と、三人の後ろからも声が上がった。


「そうよねぇ 一緒に死のうとか、私を一人にしないで、だもんね 」


「ふんふん あの状況で、チューしてましたからね 」


 タダユキと卯月が振り向くと、そこに栞と柊佳が立っていた。


「柊佳さん、それに栞もなに言うのっ 」


「ふんふん 私は見た、はっきり見た 二人は固く抱き合ってチューしてました しかも長い時間 」


「あーっ、私からも見えた こっちは一人で恐怖に震えてるのに、あの二人はなにやってんだって 」


「まったく、いつまでキスしてるのかって思ったわ ラブラブじゃないの 」


「そ、そんなことないです 」


 三人に揶揄(からか)われ、タダユキと卯月は声を揃える。


「あれは、酷い怪我の姫、卯月さんを勇気付けようと…… 」


 柊佳は、そこでタダユキの言葉を遮ると、ニコッと笑う。


「それなら、いいわ  タダユキ君、あなた私と付き合ってくれない あの九尾に立ち向かうタダユキ君を見てたら、もう…… 」


「えっ 」


 思わずタダユキは顔を赤らめていた。


「ちょっと、柊佳さん タダユキと最初に会ったのは私ですよ その権利は私にあります 」


 澪が割り込むと、栞が手を上げる。


「ふんふん もてもてですね、タダユキさん 私も立候補していいですか 」


 タダユキは嬉しいような困ったような顔で、三人の顔を見回す。


「はっきりしなさいよ、タダユキ 」


 澪に詰め寄られタダユキは頭を下げた。


「ごめんなさい 僕にはもう好きな人がいるので、その人以外考えられません 」


「誰、それ? 会社の人? 」


 澪が再びタダユキに詰め寄る。タダユキは車椅子に座る卯月の顔を見つめた。そして、はっきりと言う。


「”神宮寺卯月”さん 僕のそばに一生居てくれませんか 」


 それまで俯いてみんなの話を聞いていた卯月は驚いたように目を見開き、首を振る。


「私はもう普通の体ではありませんし、顔だって元には戻りませんから…… 」


 卯月は悲しそうな眼をすると、また俯いた。


「卯月さんは、卯月さんですから 」


「変わらないね、君は…… それにずるいよ、言霊でしょ…… 」


「心からの言葉を言霊と云うなら、その通りです 僕にはもう卯月さんが必要なんです この三ヶ月間、卯月さんの事ばかり考えていました 卯月さんと、ずっと一緒にいたい 」


 タダユキが卯月を見つめる。卯月がポツリと呟いた。


「私が両手を失って一番後悔したのは…… もっと君の”顔”に”体”に触れておけば良かったと云う事です…… 」


 二人は静かに見つめ合う。その二人を爽やかな風が包み、タダユキは優しく卯月を抱きしめた。卯月の瞳から涙が(こぼ)れる。


「まったくもう、いきなりプロポーズかよ…… だから言ったでしょ、卯月 この人なら何があっても卯月を一生守ってくれるって 」


 澪はハンカチを取り出すと、ほら拭いてあげなよとタダユキに手渡した。


「ふんふん 良かったですね、卯月さん 」


「本当に良かったな、卯月 もし、こいつが私を選んだら地獄に落としてやるつもりだったよ 」


「柊佳さん、選ばれるかもと思ってたんですか? 」


「なにぃ…… 澪、聞き捨てならない事を言ったな そこへ座れ、私の踵落としを食らわせてやる 」


 タダユキも卯月も、澪に栞も、そして、柊佳も声を出して楽しそうに笑い出した。親子連れは砂場に大きなお城を作った。ブランコのカップルはどちらが大きくこげるか競い合っていた。平和な日曜日の午後。こんな平穏な日々が続けばと願わずにはいられない。しかし、彼女たちの仕事は”死”と隣り合わせだ。

 澪たちには悪いが、卯月はもう引退だろうと、ある意味タダユキはほっとしていた。42代目と言っていたから、次に誰かが43代目”青姫”を引き継ぐのだろう。

 そんなタダユキの気持ちを察したのか、卯月が口を開く。


「私はまだ命ある限り戦い続ける覚悟です 君なら、わかってくれますよね 」


 そうだった……。タダユキは卯月なら必ずそう言うだろうと思っていた。そして、それでこそ卯月だと心の中では応援している自分がいた。


「うん 姫なら、そう言うだろうと思ってました 」


 タダユキは卯月の肩に手を置いてニコリと微笑む。卯月も嬉しそうにタダユキを見返した。タダユキは、自分も卯月を守る為に少しでも強くならなければと決意した。

その時……。


「楽しそうだな 」


 チャコールグレーのスーツを着た男が、こちらに向かって歩いて来た。澪たちは、誰だろうという顔をしている。タダユキは、どこかで見た顔だと思いながら、それが思い出せなかった。


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