服
オリビアさんは、カウンターの下から地図を取り出した。それはこの街の地図だった。冒険者ギルドから少し離れた場所を指差す。
「簡単に地図を書きますね。」
「ありがとうございます。」
オリビアさんは、サラサラと懐から出した無地の髪に地図を書き始めた。書きなれているようで、即席なのに非常に分かりやすい。そして、書き上げた紙をボクに両手で渡してくれた。
「はい、どうぞ。またいらして下さい。」
「もちろんです。」
オリビアさんの微笑みに負けず劣らず、ボクも微笑み返した。オリビアさんは、少し頬に赤味を指していた。
守護精霊に拠れば、嬉しそうに、ふわりふわりと飛んでいた。オリビアさんの守護精霊は、あまり主張が少ない気がした。
この特徴は、自分の心をあまり表に出すのを好まない人に多い。
相手を傷つけない為か、自分を知られるのが怖いからか、いつも冷静で在りたいと思っているからか、そこまではボクにも分からない。
ボクは、地図を片手に持ちながら太陽の位置と建物の配置の確認をした。ここはメインストリートなので、人通りも多い。地図には目印となる建物もいくつか書かれていた。シッカリと目を通すと、ボクは歩き始めた。
5分ほど歩いた時だ。次の道は右だ。目印はアンミーカのパン屋。さらに、10ほど歩くと、次は左、目印はヘルメンの花屋、この店は冒険者ギルドに来る時にも見かけた。その次、3分ほど歩くと右手側に目的地の古着屋を見つけた。
……ボクは一度、地図を見た以降は全く地図を見ていなかった。記憶力がよくなっている。これも、現人神に成った影響だろうか。地味に便利だ。
これが前世でも出来れば、家から一番近いそこそこ頭の良い高校に行けたかもしれない。
なんだかなぁ〜……と思うボクだった。 まぁ、いっか。便利な能力を手に入れた事には変わりないんだから。
「おはようございまーす」
ボクは、声が聞こえるようにように腹から響かせる。
「…おや、まぁいらっしゃい。別嬪さんねぇ。何かお探しかい?」
店の奥から、中年のおばさんがやって来た。藍色のマーメイドドレスのようなモノを身に纏っている。異国人のようで、肌の色が濃い。アラビア人の様な雰囲気だ。
「安い服と靴ありませんか?手持ちがあまりなくて。」
「幾らもってるんダイ?」
「2200ゴールです。」
「安い服は、上下合わせ1400ゴール、靴は1200ゴールダヨ。」
「何とかなりませんか?」
「そうだネェ……異国の服があるんだヨ。あの服なら、500ゴールで売れるヨ。私の母国のなんだけどネェ…ドウモ、この国には合わないようデ、売れなくて売れなくて、困ってんだヨ。」
「なるほど…」
「あんたエルフダネ?民族衣装に見えるから大丈夫サ。」
そういって、おばさんは笑った。確かにその通りだろう。ボクが裸足でも誰にも何も言われなかった。
ただ単に興味がないだけ、という線もあるけれど、あれだけ熱視線を受けていたのだから、それも考えにくい。
「ですね」
だから、笑って答えるしかなかった。
おばさんは、白地に、金と黒の柄の服を出してきた。着れば足首まで隠れそうな、ワンピースの様に見えた。
裾はなく、上腕に取り付ける形の輪っかから、フワリとオレンジ色のフワリとしたレースが袖となっていた。浴衣のように、腕を上げると垂れ下がる。
そして、金色の紐がある。紐の輪っかは頭用だろうか?
オシャレな服だけど……
「女性物ですか?」
「そうだヨ」
おばさんは答えた。
「男ですけど」
「…まぁ、そうだっのカイ!」
そう言えば、ボクを見て別嬪だと言っていた。別嬪って、基本は女の人に使う言葉だった。いや、まぁ…男でも着れなくはなさそうだが。
「なら、こっちにするカイ?」
そう言って、些かシンプル過ぎる、真っ白な服アラビア男性が着るような服と、黒い紐で縛られた真っ白な帽子。
どことなく、見劣りした。
「あー…この服、男でも着れますか?」
「その体格なら余裕だろうネ。ワタシらの国は、みんな体格いいからネェ。間違ってごめんヨ。」
地続きになっている布を隔てただけの、試着室擬きで試着した。サイズはピッタリ。
首には緑色の宝石、上から赤色のブローチのようなボタンのコートを羽織る。胸の辺りが強調されるデザインが隠れたので、丁度良かった。
靴は、白のサンダルだった。
「おや、別嬪さんが増したね。」
「これ、そのまま着ていきますね。お代は幾らですか?」
「靴も入れて…そうダネ、500ゴールダヨ。」
「え、そんなに安いんですか!?」
「代わりに、また来るんだヨ。」
「はい。ありがとうございました!」
ボクは、会計を済ませ浮足立ったまま、冒険者ギルドへ向かった。いつの間にか、太陽が熱い。昼が駆け足にやって来た。