第2話 “人形少女、つながる” ★挿絵/写真あり
昨日の第1話に挿絵(写真)をつけ忘れておりましたため、追加いたしました。紗雪のお迎えドレス(後々再度出てくる"砂糖菓子の少女のドレス"での挿絵になります。
ずいぶんと忙しいのね。
まだお外が暗いうちに、オーナーはお家から出ていってしまったわ。お仕事なのですって。
一緒にいる時はオーナーの視点も、空中に浮かんだ視点も、どちらも自由に見られるのに。離れてしまうとダメみたい。
一人っきりで寂しいのだわ。今、私はオーナーのベッドルームにある机の上に、立ったまま待っているの。
細かな心配りで、ただの棒立ちではなく、そっと手を太ももの前で重ね合わせ、わずかに顎を引いて小首をかしげ。
淑女然とした姿を崩さない。
オーナーが求める通りの私をしっかり演出してくれてから、”行ってきます”をしてくださったの。
こうしたチョットしたポージングから見えるオーナーの嗜好を見逃さない私は、きっといいお嫁さんになれるわね。
昨日の夜はね、お名前をいただいた後、お仕事? の難しい何かをしているのを、そっと横で見守っていてあげたのよ。
えらいでしょう?
オーナーも言っていたわ。横で見ていてくれると、すごくはかどるって。
会社の”の~とぱそこん”でね、”ぷれぜん、しりょ~”っていうのを作っていたらしいの。何をしているかを説明してくれるのだけれど、まだ私には難しかったわ。
構って欲しいな~って、見ていると時々、”紗雪~♪”って言いながら頭をなでなでしてくれたり、くるくるって髪を指に巻き付けて遊んでくれるの。
でもね、私、怒っているのよ?
せっかく名付けをしてくれた夜なのだから一緒に眠れるって、え、エッチな意味じゃないわよ!? 添い寝、そっと添い寝をしてあげるの。なのに、私は机の上から見ているだけ。オーナーったら一人で寝ちゃうの。”お休み、紗雪”って言ってはくれたけれど……。
そうしてそのまま。
このドールスタンドっていう、木の台座の上に先端がU字になった金属棒が付いた物に、またがって待っているの。確かにこれならお人形の私でも立っていられるけれど、足元はつるつる滑るし、安定感が悪いわ。
なんだか少しづつ、靴下が滑っている気がするの。
て、待って待って、本当に滑ってるわ!?
体が、あ、あ、あぁぁ、危なかった! 危なかったのよ。横倒しになってしまったわ。
U字の棒の先っぽに辛うじて引っかかっている私。左足が軸に絡まって止まったのね。体が床と水平になっているのよ。
オーナー、オーナー、助けて欲しいの。
早く助けて~。
このまま滑り落ちたら私、頭をごちんって、机の上にぶつけちゃう。
ゆ、床も見えるわ。もしあそこまで落ちたら私、死んじゃう。頭をゴツンって、ひどいことになっちゃう。
怖いよぅ、助けてよぅ。
ねぇ~。
オーナー、帰ってこない……。
私、このまま捨てられて、頭から落っこちて、消えちゃうのかな……。
……。
オーナー、貴女に出会えて私は幸せでした。たった1日だったけれど、紗雪ってお名前ももらって。
どうか、次に出会う子と……いやよ、やっぱりいや、オーナーには私だけ……。
あら? 何か音が聞こえるかしら?
「紗雪、ただいま」
帰ってきた。帰って来たのよ! よかった。
私捨てられたわけではなかったのね。
ここよオーナー、早く助けて!
「な、何事。まさか泥棒? いや、家は荒らされた形跡はないですし」
オーナーが戻ってくれて、幽体離脱みたいな視点でも見えるようになったわ。
まあ、大変。私ったら、本当に今にも落っこちそう。せっかくオーナーがセットしてくれた髪も垂れ下がって、荒れてしまっているの、なんだかすごく悲しいのだわ。
「と、そんな場合ではありません、今助けますからね」
そっとU字の金属棒を脚の間から抜き取って、私の太ももと背中を支えてくれるオーナー。
丁寧に腰と膝を曲げて、ハンカチを取り出すと机の上に広げて、座らせてくれるの。
足先がプラプラ、机の端から垂れ下がっているけれど、今は全然怖くないわ。だって、オーナーが傍にいてくれているのだもの。
「う~ん、地震情報もありませんでしたし、これは何がいけなかったのでしょう」
つるつる滑るのよ! 肌触りは気持ちがいいけれど、この靴下が滑るの。
ああ、でも、オーナーに私の声は届かない。
あら?何か引き出しから取り出しわ。それはなぁに? リボン? 紐かしら。
もう一度立って欲しいのね。ええ、いいわよ。そっと、曲げていた私の膝と腰を伸ばすオーナー。暖かな手の感触が心地よいわ。
て、待って待って、まさか私を縛るの!? ドールスタンドに立たせた私に、紐を両手で捧げ持って、な、何をするのかしらぁ!?
ん、だめ、だめよ。そういうのは早いわ。アブノーマルなのは、めっ!
縛り方が分からないのかしら。紐を持ったまま固まっているわ。こめかみからちょっと冷や汗が。
ふふ、イケナイことをしようとしている罪悪感に押しつぶされそうなのね。可愛いじゃない。でもダメ、だめだからね?
そういうのはもっと2人の恋が燃え上がって、我慢できなくなって、そうして初めて”紗雪、君を俺に縛り付けておきたいんだ!“なんてロマンチックに耳元でささやいて……。
「これは……さすがに紗雪を縛り付けるような真似はしたくありませんね。安全のためとはいえ。別の方法が無いか調べてみましょう。の前に、いくらなんでも、やるべきことをしなければ。紗雪、一度向こうの部屋に連れて行きますね。私はお風呂に入ってきますので」
ああ、そうよね。帰って来たばかりだものね。その、お風呂? というの、行っていらっしゃい。私は連れて入ってくださるのかしら。あら、だめ? え、またあの、お茶のペットボトル箱の上なの? “りびんぐるーむ”っていうらしいこのお部屋の一角にある、あの箱の上が私の居場所みたい。けれど、昨日よりはましね。箱が見えないように白い布が、しっかりとかぶせてあるわ。
「早急に居場所は何とかしますので、少しだけ我慢してくださいね。食卓テーブルとも思ったのですが、万が一汚れたりしてはいけないので」
そう、しっかり考えてくれているのなら大丈夫よ。
あ、お風呂、っていうの。私も覗けるのじゃないかしら。オーナーの傍ならすーって、幽体離脱みたいにして、見られるわ。
うん、この感触にも慣れてきたわね。
本体の身体と同じくらいの大きさの、半透明な私が、空中に浮かんでいるイメージ。
かっこいい彼の左肩に腰かけるイメージで……。よし、成功よ。
ベッドルーム兼仕事場に戻った彼、服を脱ぎ始めたの。
仕方がないから、私も宙に浮かびなおして、お手伝いしているつもり。実際には触れないのだけれどね。
ボタンを外して、スーツを脱いだのを受け取って。そんな風に、もし私がオーナーに触れられたらって、妄想しながら空中をあっちに行ったり、こっちに行ったり。ネクタイをするする~ってほどいてあげて。えへへ、まるで新婚さん。
ふと彼の方を見たら……。
ななな、なんて格好してるのよ、おーなー!? すっぽんぽん、裸じゃない!
あ、ちょっと胸板がたくましい。ムキムキでは決してないけれど、うっすらと筋肉があるのがわかるわ。
つんつん、触ったふり、触ったふり。
し、下は見ないわよ!? 見ていないわよ! そしてどこに行くの?
廊下をてくてく、ずんずん。あら、ここがお風呂なのね。
そういえばオーナーとつながってから、いろいろな物事が以前よりわかるようになったわ。
単語とか、知らなかったものが頭に浮かんで、分かるの。
て、それよりも。
すごい、すごかったわ。すごいものを見てしまったの。
きゃぁぁ、私もうお嫁にいけないかもしれないわ。ううん、オーナーのお嫁さんになるからいいのよ。
もうね、言葉にしたらダメ、いろいろ漏れちゃう、とにかくすごかったの。
お風呂、要チェックね! 今度ブランさんやドールショップの皆にまた会えたら教えてあげなくっちゃ。無防備にお風呂に入るオーナーの姿は記憶に、魂に刻み付けたわ。
私に見られているなんて当然知らないオーナーが、リビングルームに戻ってきた。
淑女たる私は、そっと優しく微笑みかけて、彼を迎えてあげるの。
お風呂は気持ちよかったかしら? 今度は一緒に入りましょうよ、そうしたらお背中を流して……は上げられないけれど、しっかり見つめてあげるわ。
お、思い出して頬が赤くなってなんか、いないわよ? いい? なってないったら、ないの。
「紗雪、お待たせしてごめんなさい。これから食事にするのですが、貴女が一緒に食べられないのが寂しいですね。あ、でも、これからは外食は極力やめます。せめて一緒に食べている気分だけでも味わいたいですからね。コンビニ弁当一本に絞ることにしました。自炊できれば一番なのでしょうが、あはは……」
カレーライスっていうそうね。胸から上だけが見える仕切られた空間、”おーぷんきっちん”っていうのに入ったオーナーが戻ってくると、湯気を上げる黒い容器がその手にはあったの。
お傍にいる時な、らオーナーとの感覚共有もできるから、もしかしたら味覚もわかるかしら。
そっと、心の片隅に、お邪魔しま~す。こう、かしら。うん、視界がオーナーのものだわ。
すごくいい香り。食欲っていうのはわからないけれど、とても複雑な、香ばしいような香りっていうのはわかったわ。
ねね、どんなお味なの? 早く食べましょうよ。
「じゃあ紗雪、いただきます」
わざわざソファーの上に連れてきてくれた私に一言言ってから、カレーを口に運ぶオーナー。
私はいい子にそっと見守っているの。実際は感覚を共有させてもらって、ご相伴にあずかっているのだけれどね?
「うん、悪くないかな。コンビニ弁当はやっぱり便利だね。こればっかりだと、身体が少し心配だけれど……」
あら、美味しい。って思ったのは一瞬。
痛い、痛いわ! いえ、辛いっていうのかしら? こ、こんなの食べちゃだめよオーナー、死んじゃう!
ひゃ~ん、泣きながらオーナーとの感覚共有を……。あ、だめ、まだひりひりする。どうしてこんなに痛いものを召し上がるの? あ、あ、またもう一口、二口。ふぇぇ、オーナーそれはダメよ。
怖くなって、あわてて感覚を自分の身体のそれ一つに戻したわ。
だって、宙に浮いていてもあの辛い匂いが魂にしみこんで、身体を害されそうなのだもの。
きっとオーナーは、寝不足で身体がおかしくなっているの。そうに違いないわ! 昨日もお仕事しながら、”今日も3時間睡眠、いや2時間コースかな、やれやれ”なんて言っていたの、私は知っているのよ?
これはやっぱり私が添い寝して、しっかり休むことを覚えさせてあげなきゃ。
そうして拷問のような食べ物を、すっごくおいしそうに完食してしまったオーナー。
何でもないみたいにしているけれど、ますます怪しいわね。今日も別々におやすみなさいだったら私、暴れちゃうんだから。
身体……動かせないけれどね?
戻ってきたオーナーが私を連れて寝室に。
「明日は土曜日だから、もう寝てしまいましょう。明日っていうか、もう今日か」
オーナーと感覚を共有したからかしら。さらにいろいろと、知らなかったことが分かるようになっているわ。
クローゼットっていうのね、そこから枕を一つ取り出しているわ。
昨夜オーナーが眠っていた枕の隣、壁際に置いて、ぽんぽんって、真ん中をへこませているの。
何をなさっているのかしら?
「じゃあ、紗雪。寝間着に着替えさせてあげるね。今日からは一緒に寝よう」
え、今なんて仰ったの!? オーナーと一緒。一緒に眠るって聞こえたわよ?
「まずはドレスを脱がせてあげないといけませんね。失礼します」
そっと私をベッドに横たえて、しゅるり、しゅるり、靴下をあっという間に脱がされてしまったわ。素足に冷房で涼しくなった空気がひんやりと触れて、ぞくぞくってするの。
あ、あ、なんだかオーナーちょっと手際が良くなっていない? パニエ、アンダースカート、1枚1枚、花びらをむしり取るように私の肌をあらわにしていく。
いや、そこはまだ早いわ!? ぱ、ぱん、パンツまでしゅるりしゅるりって、腰のあたりをさわさわと指先でまさぐられて、太もも、膝。ああ、そんなに優しくなさらないで、おかしくなってしまいそう。するりするりと、抜き取られていく柔らかな布の感触。下腹部がすーすーするようで。
額の汗を手の甲でぬぐう仕草をするオーナー。
「これは、想定以上に私の心に来ますね……。心頭滅却、心頭滅却。平常心で臨まねば」
ちょっとだけ息が荒くなっている? オーナー、興奮なさってる?
ああ、やっぱり私は罪深い人形少女。人と人形の間には、超えられない壁があるのに、こんなにもあなたを夢中にさせてしまうのね。
って、ちょっと待って。
やぁん、背中のホックを外していよいよ丸裸に。きゅぅ。
思わず目を回してしまいましたの……。
気が付けばドレスは脱がされ、白いパンツを履かされていましたわ。
ああ、ついにあなたに全身をくまなく見られてしまったのですね。これはもう、お嫁入したも同然よね!?
ちょうど今はスリップドレス? ベビードール? 薄手の生地に、黒いおリボンが胸元にあしらわれたお寝間着を着せられているところです。
敏感になったように感じられる肌に、布のこすれる感触がこそばゆいですわ。
そしてますます情熱的になったオーナーの眼差し、熱い吐息が肌をくすぐります。
「時間がかかってごめんなさい。お着換えは終わりです」
力の入らない、いえ、元から入らないのですが、そこは気分です。身体を白いベッドシーツの上に横たえる私。
かがみこんでお着換えをさせてくださっていたオーナーが、まるで覆いかぶさっているかのよう。
迫る大きな手のひら。灰銀色をした私の髪の毛をそっと横にのけて、頬を伝う指先。
スーッと滑り落ちる感触。うっすらと開いたままの私の唇の上で彷徨い……。
んもぅ、意気地なし。頭を振って、離れてしまわれました。
力なく投げ出された私の手足、比較的豊かな胸が押し上げる、白い寝間着の薄布。
覆いかぶさり、上から見る私の釣り気味の眉も、きっとこの角度では力なくフラットになっているように見えたはず。
まるですべてを許し、ただただあるがままを受け入れる覚悟をした少女のように。
ハートが描かれた私の藍緑色の瞳に見つめられ、くらくらと、揺れるオーナーの心が手に取るように。
なのに、離れてしまわれた。
代わりにそっと抱き上げられる私。薄着な貴方と私、肌の温もりがじかに感じられます。
新しく置かれた枕の中央に、ぽすんと、横たえられる。
視線の先にはオーナーの枕。
あら、これなら一晩中あなたをお傍で見ていられますね。添い寝、ええ、これは添い寝と呼んで差し支えないはずですわ。
なんだ、オーナーもこうすることを望んでいらしたのですね。
寝間着に着替えたオーナーがお布団に潜り込んでくると、ばっちり目が合います。
「紗雪、お休み。布団の中だと怪我をさせそうで怖いから、そこで勘弁してね」
ええ、ええ。もちろんです。オーナーの優しいお気遣いは十分に伝わりました。
惜しむらくはこの身体が動かない事。もし腕の一本だけでも動かすことができたなら、この手を伸ばして貴方が眠りに落ちるまで、そっと撫でて差し上げられるのに。
ですが、ええ。今はこれで我慢します。これ以上をどうして望めましょう。
愛おしいオーナーが目の前で、もう眠りに落ちて静かな寝息を立てていらっしゃるのですから。
昨夜は離れた机からそっと背中を見守るしかできなかった貴女の寝姿。
今はそのお顔を一番近くの特等席で、一晩中眺めていられるのです。
ああ、幸せですわ。
裸の貴女をじっとお風呂で覗いて。
心をつなげ、感覚をつなげ、一緒の味覚を覚えて。
お着換えのあまりの恥ずかしさに気絶してしまって。
穏やかな一夜をこうしてあなたと過ごして。
心がますます、貴女と近づいた気がします。そしてそれはきっと、気のせいではなかったのでしょう。
伽藍洞の胸の裡で、確かに魂がとくんと、高鳴ったのを感じられるのですから。
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紗雪のイメージ写真を挿絵に変わり投稿させていただきます
※写真に写っておりますドールは筆者所有のドールを筆者自身が撮影した写真です。転載等なされませぬようお願い申し上げます。