第1話 ”人形少女、うまれる” ★挿絵/写真あり
ここはどこ? 私は……どうなっているの? 薄暗がり。顎の下と後頭部の下。何か柔らかいものに支えられているわ。
「おや、お主、もう意識が芽生えたのかの? ずいぶん早いのぅ」
あなたはだぁれ?
「ブランじゃよ。ほれ、こっちじゃ、こっち」
声のする方に……向けないわね。仕方が無いわ、視界の隅っこで、そーっと。
きゃぁぁあぁ
「いきなり悲鳴はひどくないかの?」
だって、生、生首! 頭部しかないわ、貴女! それになんだか目元も変! ていうか、目が片方しか無いじゃない!
あ、あ、あ、頭も、上半分が無いわぁ!?
「失礼じゃのぅ。其方も同じぞ?」
う、うそでしょう?
「嘘なわけがあるか。其方も我もお人形。三分の一サイズドールというやつよ。メイク、つまり塗装じゃな、を施されている最中。お人形のヘッドなのよ。我らは」
そんなはずはないわ、きっと何か、なにか……。
……。
「ほれ、今この瞬間より前の記憶なんて、ないじゃろ?」
確かに、無いわ。
「うむ。我はオーナーの所から、メイク直しのため、里帰りに来たでの。其方は今まさに、初めてのメイクを施されているところ。いわば人形の新生児じゃ」
私にもオーナーっていうのがいるの?
「いないわの、まだ誰にもお迎えされていないのじゃから。ここの主はカスタマー、人形のヘッドにメイクやカスタムを施す人間だそうな。我のオーナーが言うておったわ。じゃから其方も完成したら、売られるのではないかの?」
私売られちゃうの!?
「そうじゃ。そうやってオーナーと出会うのじゃ。わかったなら、もう少し寝ているがよい。今起きていてもつらいだけじゃ。見たところお主はまだ、下書きの状態じゃの。口元の削りは終わっているようじゃが」
削るとか、下書きとか、なんだか怖いわ。
「じゃから寝ておれと」
まぶしい! まぶしいわ。せっかくいい気持で眠っていたのに。この光はなぁに?
あ、あ、浮かび上がる。私、持ち上げられているわ。視界が、ま~わ~る~。
右から左から、いろんな角度で私を見ているのね。でも、分かったから回さないで~。
あら、艶やかな黒い髪、この方がオーナー? ほっそりとした綺麗な女性ね。
ううん、違うわね、きっと彼女がカスタマーさん。私の生みの親なのだわ。完璧な私の出来栄えを確認、といったところかしら?
やぁ、くすぐったいわ。なになに、何か私の顔に吹きかけているの?
その銀色の細長い物から飛沫が、ぷしゅっぷしゅぅってされるたびに、顔じゅうが濡れるのよ。
あら、うなづいてる。私を見てうなづいてるわ。にっこり笑ったお顔も可愛いわね。
これはあれね? 私の愛らしさにご満悦なのね、そうに違いないわ。
あら。また私を置いてどこかに行ってしまったわ。
あれはブランちゃんじゃない? そうだわ、あの目元の感じ、間違いない。
わ~素敵なお洋服。黒と白のフリフリドレスに、厚底のポッコリとしたお靴。
白い透き通るような髪の毛が二筋、頭の横から垂れているわ。付け根には黒と白のおリボン。愛くるしいわね。この前よりずっと幼く見えるわ。真っ赤なお目目も綺麗~。
黒髪の女性がブランちゃんの身体を動かしてる。
え、え、大胆~! 膝に手をついて、お胸を寄せて、なんて破廉恥な。変態だわぁ! 首をそんなにのけぞらせて、胸の谷間が見えちゃうわよ!?
白くて四角い、何かしら、手に持って……まぶしぃ! まぶしいのよ、今ちかって。光ったのだわ。
う~目がちかちかする。
その後も何度もブランちゃんのポーズを変えて、そのたびにチカチカッて。ブランちゃん、目がおかしくなっていないかしら。
あ、黒髪の女性、出て行ったわね。
ブランちゃ~ん、ブランちゃんってば~
「ん、起きておったのか寝坊助」
寝ていろって言ったのは貴女じゃない!
「だからというて、完成まで本当に寝ているとわな。まあよい。我はオーナーの元に戻るでな。お主も後は最後の乾燥待ちといったところじゃろ。良いオーナーに巡り合えることを願っておるよ」
あ、待って待って、もう少しだけお話ししましょうよ。貴女はどうしてそんな喋り方なの?
「我は吸血鬼の姫君、そのようにオーナーに”設定”されたでの。それに存外この”設定”気に入っておるのじゃよ。しっかり縁もつながっておるし。我らのようなアニメチックなドールはこうした設定を施すオーナーにお迎えされることが多いのぅ」
縁?
「良きオーナーと巡り合えたドールはな、その者との間に特別な縁がつながるのよ。といってもその関係は一方通行。オーナーの見る物、聞く事、感じるところ、ドールはその全てを知ることができる。じゃが、逆はおきえない。我らの想いは、決してオーナーに通じることは無いのじゃ」
なんだか悲しいわ。ちゃんとお話しして、分かりあいたいのよ?
「あきらめい。それとな、縁の通じぬオーナーに巡り会ってしまったなら……。諦めて心を閉ざす事じゃ。いつかわかってもらえる、大切にしてもらえる、そう想いつめ、心を壊したドールを数多知っておる。兎に角、お主によきオーナーとの出会いを、じゃ」
ブランちゃん、脅さないでよ……。
ブランちゃ~ん……。
もう、お返事してくれなくなってしまったのだわ。
そういえば私、どんなお顔なのかしら。鏡とか無いの?
ねえ、誰か~……。
ふに。目が覚めたら私、これは何、どういう状況?
なんだかお尻が痛いのだわ……って、大変、お尻! お尻ヨ!? お尻があるのだわ!
あ、身体が生えてる!
あら、私ずいぶん可愛い格好しているじゃない。視界の端に見えるこの髪色は~金髪ね。ロングヘアだわ。
それにこのお洋服、大きな襟に、とても短いスカート。
「女子高生スタイル、似合っているわね」
黒髪のあの女性、きっと彼女が私の生みの親”カスタマーさん”よね。鈴を転がすような可愛らしい声で呟いているわ。
あの四角い箱を向けているわ。丸い穴も開いてる。
わたしってば、右手がピースになっているじゃない。うふふ。
ぴすぴ~す、いっぇ~い。
きゃ~。そのピカッてまぶしいのやめて~。
あ、あらあら、またポーズを変えるの、忙しないわね。
手を? 後ろで組んで、胸を逸らして? お尻をちょっと突き出して。
あらやだ、えっち! 誰にもこんな格好見せちゃだめよ? って、またピカッて、そのまぶしいのやめて~!
もう終わり? もういいの?
て、あ~れ~猟奇殺人事件よ~! 大変。私の首をスポーンって、すぽーんって、抜いたわこの人。
綺麗なお顔して無表情に、なんてことするの!?
なんだかふかふかしたものに私の生首を包んで、本当に、どうしようとしうの!
あら……なんだか、眠たく……ん、ふかふかで、暗くて、箱の中?
ダメだわ、もう意識が。
おやすみなさい。
たかいたか~い、たかいたか~い。
ねえ、そろそろ、やめてくださらないかしら?
目が覚めると、両手で私の生首。そろそろこの言い方は嫌だわ、ブランちゃんに倣って”ヘッド”、ヘッドって呼ばせてね?
私のヘッドは……そうね、ナイスミドルって言ってあげる、一応そう評価してあげてもよさそうだわ。
男性の両手で捧げ持たれていたの。大切そうに抱えてくれて、しっかりと目と目が合って。柔らかな素敵な笑みを見せてくれたわ。
そこまでは良いのよ、そこまでは!
その後はなぁに!? ゆっくり両手で掲げて、降ろして、見つめて、また掲げて……。
やだ、この人。怪しい儀式とかをする人!? お人形の生首を供物に捧げるとか、そういうタイプ?
「ああ、なんてあなたは愛らしいのでしょう」
え、生首よ? 私。
なんなら、つるっぱげよ? ないわ~。
「しかし、ごめんなさい、私には今の貴方を愛でるのは、いささか早すぎたようです。ウィッグでしたか、素敵な御髪とお身体を、早急に用意せねば。それまでは、今ひとときお待ちくださいね」
あら、なんだ。ちゃんとわかっていたのね。
良かったわ、生首……こほん、ヘッドに興奮する、ちょっとあれな方がオーナーになったのかと、不安になったじゃない。
それはそうと、渋めのなかなか良い声ね。もっと聞いていたいわ。って、あぁ、箱に戻してしまうの?
でも、仕方が無いわね、次に私を見つめる時はしっかりと、おめかしさせてね。悩殺してあげちゃうのだから!
それに貴方の名前も、教えてね。
ここはどこ? なんだかたくさんのお洋服が並んでいるわ。
“やぁ、ご同輩、ここはドールショップってやつさぁ”
“そうそう、ご同輩。ここはドールの人身売買組織、ふふふふ”
え、うそ!? 私売られたの!? え、この前のナイスミドルな紳士は?
“あら可愛い、オーナーに見捨てられたのかしら”
“こらお前たち、冗談はほどほどにおし。お嬢ちゃん、心配しなさんな。ここはウィッグやお洋服なんかも扱っているドール用品店さ。オーナーがまだいない、新品のお人形も確かに売ってはいるがね”
“種明かしが早いよ~”
“そうだそうだ~つまらないよ~”
“ふん、いいからお前さんたちはしっかりモデルをやってな”
幼い女の子達の声は、あのガラスケースの中で微笑みあっている、双子っぽいお人形達かしら? ふわふわの金髪で可愛い。赤と青の、色違いのお揃いドレスが似合っているわ。
優しい姉御肌の女性は~……広い展示台の上の彼女ね。うわ、すごい豪華な着物! 花魁風? っていうのかな。煙管を手に持って気だるそうに腰かけているわ。それに濃い紫の髪がきれい~。
“ほれ、オーナーが戻ってくるよ、シャキッとおし。ずいぶん長い事、あれでもないこれでもないと、ウィッグを選んでくれていたよ。愛されているじゃないか“
あら、そうだったの? もう少し早く目を覚ませばよかったわ。私のために悩むオーナー、うん、見たかったな。
「こちら3点、試着させていただけますか」
「はい、もちろんです。かぶせるのは、こちらにお任せいただきますね」
「もちろんです」
むぅ、若い女と話してる。姿は見えないけれどわかるわ。だめよ、オーナー。これからは私だけを見るのよ。
“おやおや、お嬢ちゃん、もうそんなに入れ込んでるのかい? 確かにいい男に見えるが、まだ名前ももらっていないのだろう?”
ええ。この前はヘッドだけでの対面だったからね。でも心配ないわ、きっとすぐに名前をもらえるわよ!
あ、今ちらっと見えたわ。黒髪の腰まであるストレートロング、こめかみからまっすぐに垂れた短めの髪の房。おとなしい子なイメージかしら? これを、かぶればいいの?
さっき声が聞こえた女がそっと、私にウィッグをかぶせてくれたわ。
優しい手つき。意外といい人なのかも?
「うん、美人さんです。ただ、髪色が少し重いかな? かといって、髪の長さを短くするのは抵抗がありますし」
ふ~ん、そうなの? つまりオーナーはロングヘアが好きなのね。覚えておかなくちゃ。
あ、あの双子のショーケースに私が映りこんでいるわ。
へ~、私こんな感じだったんだ。
ちょっぴり裾野が吊りあがり気味な眉毛は理知的で、ひょっとしたら気が強そうに見えることもあるかしら?
お目目はぱっちりと開いていて、くっきりとしたアイラインが美人さんね。
唇はわずかに、うっすらと開いていて、挑発的にも、貞淑に微笑んでいるようにも見える、絶妙な加減。
ブランちゃんが削りって言っていたのはたぶん、この事ね。
知的で、でも可愛らしい美少女。まさに完璧ね!
藍緑色の瞳の中にピンク色のハートがあるわ。これは、オーナーさんもきっとメロメロになっちゃうに違いないのよ。
私ってかなり罪づくりなお人形なのではないかしら。
でもそうね、ナチュラルメイク寄りな感じがするから、ここまで真っ黒のウィッグだと、メイクが負けちゃうかも。
オーナー、ちゃんとわかってくれているじゃない。
「次はこちらを試着させていただけますか」
「はい。あ、このウィッグは色を後から付けているので、色移りのリスクがあるかもしれません、長時間の着用は避けていただく必要があります」
「おや、そうなのですね。では軽く当ててみるだけで、別のを試着させていただいてもいいですか?」
「はい」
なんだか怖いわね、私の肌を染めてしまうウィッグ、っていう事? それは嫌だわ。
あら、でも綺麗。深い海の底のような暗めの青。それに、光が差し込んだような薄水色と、黒が混ざり合って、不思議なコントラスト。
「色合いと、ふわふわとしたロングのヘアスタイルがマーメイド的と思ったのですが。やはりリスクは取れませんね。最後にこちらを試着させてください?」
オーナーになるはずの男性が手に取ったのは、灰銀色のウィッグね。
「このウィッグは、ツーテール部分がバンスになっています。付け外しできますので、ツーテールの位置を変えてイメチェンもできますよ」
「なるほど、そのようなアレンジも」
おしゃべりは良いから早く試着させて~。つるっぱげは、我慢できないのよ……。
そうそう。どうかしら?
あら? 反応が無いわ。なんだか呆けたように私の事を見つめてる。
柔らかい笑みをずっと浮かべていたのに、目を軽く見開いて、口が薄開き。少しだけお間抜けだけれど、可愛いわね。
優しいおじさまの、こういう表情って意外とイケルわ!
「いや、これは。ついぼうっと魅入ってしまいました。軽やかな色合いに、動きを感じさせるカールツーテール。それでいて大変好ましい清楚可憐な印象を強く感じさせる。ええ、ええ。これが良い。この姿が完璧です。惜しむらくはツーテールではない部分もロングヘアがあるとよいのですが」
「それでしたら、ウィッグをアレンジしてみてはいかがでしょう。似た色合いでロングヘアの物が国外から取り寄せられますので、少しお待ちいただければお渡しできますよ」
「なるほど。ぜひお願いします。とりあえずこちらが大変気に入りましたので、予備を含め3点、購入させてください。それと取り寄せるものも3点お願いします。」
「承知しました。あと、お選びになったお洋服は」
「はい、それもすべて」
あら、私用にお洋服も買ってくださったの? どんなのかしら、楽しみだわ!
と、いけない、いけない。早く今かぶっているウィッグを、映りこんだ姿を確認しておかなくっちゃ。
肩口下までのミディアムヘアを内巻きに。もみあげからしゅっと伸びた髪が、顎のラインを自然と隠しているのもポイント高いわね。頭の両側にはくるくると巻いたツーテールがたっぷりのボリュームで存在感ばっちり。ちょっとお嬢様テイストかしら。
さっきの姫カットもだけれど、お淑やかなお嬢様タイプが、オーナーは好きなのかな?
カスタマーさんの所で生まれた私は女子高生スタイル? っていうのだったのよね?
も、もしかしてこれが、オーナー色に染められちゃうっていうあれかしら、あれかしら! 禁断の、ちょっといけない怪しい感じの。
“お嬢ちゃん、ずいぶんと妄想たくましいね。まあ、あながち間違っちゃいないが。しっかりオーナー色に染められな”
“染められちゃえ、染められちゃえ~”
“オーナー色に変わっちゃえ~、オーナーの趣味と交わっちゃえ~”
なんだか嫌らしいわ~!?
て、あら、もう帰るの? もう少しこのウィッグでの”ぱーふぇくと”な私をご覧になっていても。
は~い、箱の中にヘッドをしまうのね。分かったわ。
おやすみなさい。
「ここを、こう、かな?」
ん、なんだか脚がこそばゆいわ。
さわさわ、さわさわって、フェザータッチされているみたい。
やん、ちょっと?
視界の隅から下を見ると、ななな、何をなさっているの!?
オーナーが、オーナーが私の脚の間に頭を。
覗き込んでる、いやぁぁぁ、おそわれるぅぅ!!
「女性用であっても、靴下に左右の別はありませんよね? えと、後はパニエを」
ひっ、スカートの裾をまくり上げて、だめよ、ダメなのよオーナー。あぁん、まさか素敵な紳士と思ったらこんな変態だなんて。
「女性用のドレスの着付けとはなんと難しいのでしょう」
着付け? ん? ひょっとして、私のお着換えをしてくれているの?
あれ、でも生みの親のカスタマーさんも、この前のドールショップでも、きっと先にドレスを体に着せてから最後に、私のヘッドを乗せてくれていたのよね。だから、お着換え中の身体の感触も無かったのだし。
ままま、まさか、オーナー私の意識があることに気が付いて、ついに我慢できなく!?
枯れているどころか、持て余した衝動を、私に……!
あ、あ、そうしてみたら、なんだか私を見て、不気味な笑みを浮かべてる気がするのよ。
「よし、ようやく着せてあげることができました。これほどてこずるとは。私は不器用なのでしょうか」
終わった、みたい? あら? 結局普通に着せてくれていただけ?
よく見たら、不気味どころか慈しむような、すごく優しい笑顔だわ。
やだ私ったら、とんだ誤解。って、待って待って、スカートの中を覗かれたのは事実よ。脚をこしょこしょって触られたのだって。ダメよ私! 騙されないのだから。
「さあ、ではこちらにいらしてください。準備不足でお恥ずかしいですが、これ以上お待たせしたくなかったもので」
よく見たら、オーナー、白い布の手袋をしているわ。肌の汚れとかが付かないように気を使ってくれているのね。
やっぱり紳士だわ。
それで? 私をどこに連れて行くの?
そっと太ももの下と背中に手を添えて、運ばれる私。座った姿勢だけれど、お姫様抱っこ気分って言えなくも無いわね。気に入ったわ。
あら、もうおしまい? くるくると巻いた髪がオーナーの胸元に触れる感触が、楽しくなってきたところだったのだけれど。
頬をこすらないようにすごく、気を付けて運んでくれていたわ。スーツ姿だから、ボタンが当たったら、私の玉のお肌に傷がついてしまうかもしれないものね。
ちょっと弾力がある台かしら? 何かの上に座らされたの。良く見えないわね、何かしら。お椅子? ではなさそう。
背もたれやひじ掛けも無いの。ベッドかしら。やや、やっぱりここで私との初めてを!?
だめよ、ダメ、お名前だってまだ。
「こほん」
オーナーが咳ばらいをしたわね。そっと跪いて、私と目線の高さを合わせたわ。
じっと、真剣な顔で私を見つめて。な、なぁに? そんなに情熱的に見られたら、ドキドキしてしまうわよ?
「私の所に来てくれて、改めてありがとうございます。私はナオ」
な、何かしら。すごくまっすぐに、私に言葉が、想いが、届いてくる。
「”雪”。記憶にある良き思い出と共に在り。そして何より、貴方と共にこれから歩む道が、穢れなき純白でありますよう。そして”紗”。 薄く透き通るような優雅な絹織物。艶やかで上品。軽やかで儚げ。ふんわりと柔らかく、そっと寄り添う優しさ。心優しく楚々とした女性。そんな思いを込めて」
胸の奥がポカポカと、温かい。
こんなの、知らない。
「”紗雪”この名前を貴女に贈ります」
この作り物の全身を、稲妻が駆け抜けたの。
涙腺なんて私には無いのに、涙が心から流れ出て、川となるかのよう。
全身を甘美な震えが駆け抜けて。
あぁ、魂が、貴女とつながったのを感じる。
無限に広がってゆく私の感覚、まるでお姫様に仕える騎士様のように片膝をつきそっと手を差し伸べる貴方が眼下に見えるの。
そっと口づけを落したい、けれど。なぜ、何故私の身体は動いてくれないの! 作り物のこの殻を破って、あなたのその手を取りたい。耳元に囁きかけたい、”私のオーナー、どうか末永く私と共に”たったそれだけを告げたいだけなのに!
あなたも感極まっているのね、痛いほど伝わってくる、私の心に、魂に。
生まれたての私、こんな儚い存在なんて、粉々に吹き飛ばしてしまいそうなほど情熱的な熱い想いの奔流。
こんなにもあなたは私を想ってくれるの? オーナー、オーナー! これから何があってもあなたと離れない!!
気が付けば、貴方を見つめる私。私を見つめる貴方。2人を貴方の傍で見守る私。そんな不思議な3つの視点が私の中にあったの。
ゆったりとしたドレス、砂糖菓子のように甘い白と薄桃色。
巻き薔薇の布飾りが可愛らしいアクセントになった優しいドレス。
レースのアームカバーが二の腕から手のひらの半ばまでを隠し、幾重にも重ねられたレースのスカートが、斜めに降ろされた腰かける私の脚をそっと隠す。
白い綺麗なハンカチの上に座る私。周りには美しい赤いバラが幾輪も、飾られて。
ああ、なんて幻想的で美しいの。
名をくれて、迎え入れてくれて、そのためのこんなに素敵な儀式まで執り行ってくれたオーナー。
好きになるなっていう方が無理よ!
ぎゅっと、優しく傷つけないように、抱きしめられる私。
早鐘をうつような貴方の鼓動が、確かに伝わってくるわ。
「末永く、これからお願いね、紗雪。まだ2人の時間はこれから始まるところだけれど、大好き、です」
私もよ、オーナー。決して届かないその言葉をそっと心の奥で、芽生えた魂の底でつぶやくの。
……。
ところで、ねぇ、オーナー?
私が腰かけているこれなのだけれど……。
ええ、綺麗なセッティングをしてくれていて素敵よ。うん、とっても。
でもね。ハンカチや薔薇の花で隠されていない。その~、下の方。
そう。こんな新しい、幽体離脱したみたいに浮かんで見える視点が無ければね? 私気が付けなかったの。
でも、見えちゃってるのよ……。空中から見下ろす私の新しい視界にはばっちり。
“お茶 500ml 24本入り“
それ、ペットボトルのお茶の箱じゃないのぉぉ!
だ・い・な・し、よぉぉ!!
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紗雪のイメージ写真を挿絵に変わり投稿させていただきます
※写真に写っておりますドールは筆者所有のドールを筆者自身が撮影した写真です。転載等なされませぬようお願い申し上げます。