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宵の明星 そのいち




それはまるでぬるま湯の中に浸っている様で、目を開けるまでは私はまるで血の海に居るのかと錯覚していた。

意識がどこか遠くに伸びていて私の預り知らぬ場所で死闘を繰り広げ、また消えて行く。

聞こえない友の声や両親の怒鳴り声、私の隠れる場所はいつだってあの2段ベッドの下だった。



「るか」



優しい声に顔を上げると、青い瞳とかちあう。

私の知っている空の青とも海の青とも違う深くて優しい深海の色。



「るか、だいじょうぶ?」


「……」



優しく手を取られて、私は包み込まれた温かさにこちらに居るのだと自覚する。

この青は誰にも真似出来ない彼だけの色。

見える赤も聞こえる声も遠ざけてくれる私にとっての安全地帯。



「ほら、もう聞こえない。

怖い声はもう聞こえないよ」



優しく耳を塞がれて、もう一度夢の中に戻りかけて首を振る。

何度寝ても私は夢の中であの殺伐とした世界で何度も死を迎える。

もう嫌だ、誰の血も流したくない、殺したくない、嫌われたくない。

再度涙を流して唸るだけの私の背中をポンポンと労わるように、撫でるようにさする。



「だいじょうぶ、るかの事は僕が今度こそ絶対に守ってあげる」


「……ほん、とう?」


「だいじょうぶだよ。

だって僕と一緒なんだから、ね?」



青い瞳が細く弧を描くと、笑みを持ってして頬に口付けを貰った。

大丈夫かもしれないと、我ながら現金だと思うけれど。

それでホッと胸を撫で下ろしてベッドに再度横になった。



「次にるかが目を覚ましたら、緑色の光を見付けて。

その方向に向かえば絶対僕が助けてあげる」


「緑色?」


「うん、今度は絶対大丈夫。

絶対……僕が迎えに行くから」



優しい声に促されるように、声がどんどんと離れて行く。

恐怖?それとも……思考は脈拍と共に流れて行く。

剥がれて行くこちら側の記憶、落ちて行く黄土色に汚れた魂の穢れ。

私の名を呼ぶ声に反応するかのように浮き上がる意識は、瞬時に焼かれた森の中。

見慣れた破壊と暴徒、そして下卑た声にピントを合わせてしまった。



「あ……」



まだ追い詰められた訳じゃない。

隠し通路を抜けて、森の地下の入口へ。

追っ手を少しでも撹乱させるためにこの日の為にたくさんの囮と罠を仕掛けて来た。

子供騙しのそれらでも、いきなり目の前に現れると数秒のロスが生まれるはず。

その出来た隙を私は生きる為に精一杯逃げ切るのみ。



「あっちだ!!」


「矢を放て!!」


「多少傷が残ったところで構いやしねえ!!」



恐ろしい声に膝が震える。

怒号には慣れた気で居たけれどどうしても足が止まりそうになる。

けれど生きねばならない、私を待っていてくれる人が居るから。


足早に地下通路を抜けつつ仕掛けていた罠を見る。

正確に作動しているのに安心しつつ次の罠を仕掛けて逃げる。

大人達はまだ地下通路を見付けられて居ないようで、頭上や地下から現れる土人形(ゴーレム)におっかなびっくり戦って居るようだ。

しかしこれで安心してはいけない、油断してはいけない。

早く、そして確実に見付けなくては。



「緑色の光……」



彼と約束した。

あの光を探せと、森の中で緑色の光なんて見た事が無かった。

今の今まで見た事があるのはこの森の中焼かれて行く木々と燃える松明の赤い光。

そして私を追う男達の赤い瞳だけだった。

捕まれば殺される、殺されるならまだ良い。

けれど取引材料として他国に服従させられるかもしれないと思うと腸が煮えくり返る思いだ。


家臣に裏切られ祖国を焼かれ、父と母を殺されて生き残った私をも捉えて殺そうと奴等は躍起になっている。

家族、国、全てを焼かれた私が出来ることなど足掻くこと以外にある訳ない。

そんな私に生きろと言うあの子の名前だけはどれだけ行き直しても薄れる事は無かった。



「どこだ!あの女ァ!!」


「そう遠くには行けねえ筈だ、探せ!」


「草むらは全部燃やせ!!!

ネズミ1匹国から逃がすな!!!」



いつしか高台にやって来て居たようで、風下に一望出来る炎に呑まれた国を見下ろした。

あんなに綺麗な国が一夜にしてどうしてこんなに赤く染まるのだろう。

あんなに平和だったのに。

しばらく眼下を見下ろしながらも、風の流れが変わった事を自覚して顔を上げる。

ちょうど谷間の木の上に鮮やかに輝く緑色の光が見えた。

錯覚だろうかと思いはしたが、それ以上に期待が勝って気付けば走り出していた。

あの緑色の光の正体はなんなのか?

今はもうそれはどうでも良い、もしかしたら今度こそ会えるかもしれない。



この世界の中での救いなど無い。

気付いた時には赤い瞳に、炎に、追い詰められて居たから。

それから逃げられると言うのなら何でもする。



谷間を駆けて、私は思わず手を伸ばした。

風の匂いが変わり、懐かしい声が私を呼ぶ。



「ルカ!!!」



伸ばした手は誰かに取られ、緑色の光に包まれて私はその場から逃げる事に成功した。

逃げられた、いや…抜けられた?

安堵した途端に目眩がして、心配そうな声に手を握って返事をする。



「怪我は…!?」


「無い……よ、大丈夫」


「大丈夫か!無茶をして…俺が行くまで、待っていてくれたんだな」


「来てくれるって、信じてたから」



あの緑色の光が見えた途端、瞬時に救われたと思った。

見えなくても見えた、声が無くても聞こえた。

空の色とも海の色ともまた違う、深海の色を持つ彼は、涙を流しながら私の手を握り返した。



「待たせたな、ルカ」


「信じてた、ルイ」



涙で濡れた服でまた涙を拭って、私はやっと抜け出す事に成功した。

次に待つ恐怖はまだ分からない。

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