記憶喪失の元凶
話を要約すると、こういうことだ。
目の前に座る彼女はサレンといい、実は女神様らしい。
そして俺は別世界の人間であり、日本という国で一度死んで、魔王を倒す勇者候補として、この世界に転生したのだと。
その際にサレン様がミスを犯してしまい、本来あったはずの俺の記憶が吹っ飛んでしまったようだ。
彼女は転生に成功したと思いきや、この世界を担当している先輩の女神に「あんたが送ってきた勇者候補、記憶喪失なんだけど!?」と、指摘された挙句、こっぴどく叱られたらしい。さらに失った記憶は魔法でも薬でも戻らず、自分で思い出すのを待つしかないとのこと。
そこで俺に対する償いとして、魔王討伐に同行するために女神の神格を落とし、人間と同格の存在としてこの世界に顕現した―――ということだ。
まさかの事実に脳が処理できず、俺は頭を抱えてしまう。
「本当に申し訳ございません!」
自らを女神様と称する彼女は、悲痛な声で俺にむかって頭を下げた。
向こうに非があったとはいえ、神様に頭下げさせるとか罰当たりにならないか?
「事情は分かりましたので・・・とりあえず頭を上げてください」
「許して・・・いただけるのですか? ありがとうございます!」
「いや、別に許したわけでもないですけど・・・」
サレン様は一瞬だけ顔をぱぁぁと輝かせるが、すぐさましょんぼりとした。
切り替わり激しいなおい。
衝撃的な展開となってしまったが、俺は彼女に対してどう接すればいいのやら。
むろん憎い気持ちというか、記憶喪失にしやがってこの野郎という怒りの感情は当然ある。もう一つとして、現状記憶がないまま行く当てもなく、異世界を彷徨うことになりかけたが、彼女が来てくれたおかげでその不安がなくなった。いわば安心感もある。
感情が迷子になっているから、冷静になって考えてみよう。
まず彼女は女神、つまり神様だ。そんな神聖たるお方に頭を下げさせた上、さらに責め立てるなんて不遜なことをしたら、あとが怖い。
なんたって、俺が記憶喪失の状態でいることを先輩女神が現に見つけているのだ。それは意を返すと、いつでも簡単にこちらのことを観察出来るということ。サレン様のバックに他の神様がいるとなると、大それと調子に乗った行動は出来ない。
となると答えは一つ、許してやろうじゃないか。寛大な心で・・・。
「まあ、サレン様が故意でやったわけではないですし。こうして、俺のために異世界に同行してくれるのですから嬉しいです。やってしまったことは、もうどうしようもできませんし、これから一緒に頑張っていきましょう」
「九重さん・・・!」
彼女の表情に再び輝きが戻る。
「はい! 一生懸命サポートしますから、一緒に魔王討伐、頑張りましょうね!」
あ、やべ。魔王討伐云々のこと忘れてた。
「あのー・・・応援はしますので、その魔王討伐はサレン様だけでやっていただけないでしょうか・・・?」
物騒なのはちょっとなぁ。それに魔王って・・・無茶苦茶強そうな感じするけど、なんだって俺が倒しに行かねばならんのだ? 現地人でどうにかしなさいよ。
「何をそんな弱気なこと言ってるんですか!? 超つよーい神器だってあげたんですよ? それと私の加護があれば魔王とだって互角に戦えますし!」
「え、なんですか神器って?」
聞きなれない単語に俺は問い返した。
サレン様は一度首をかしげたが、記憶喪失である俺の事情を察し、改めて言う。
「九重さんがこの世界にたどり着いた時に持っていた刀ですよ。あれさえあれば、強力な魔獣だろうが、ドラゴンだろうが、お茶の子さいさいに倒せます!」
「あーあの刀ですか・・・!」
嬉々とした表情で話す女神様から、途端に視線を外す。
あれですよね。武具店の厳ついおっさんに百万リギルで買い取ってもらった『星霜刀ムラクモ』のことですよね?
体中からぶわっと汗が噴き出してきた。
・・・やばいやばいやばい!
「あれ、どうされました? どこかご気分でも悪くされましたか?」
焦る表情を隠しきれていなかったため、サレン様が心配そうに顔を見てくる。
ええい、このまましらばっくれてもいつかはバレる。女神さまも正直に話して謝ってたんだから、俺も正直に言えば大丈夫のはず・・・!
「すいません・・・神器だと知らずに売ってしまいました・・・」
瞬間———ガタンッとサレン様が椅子から転げ落ちた。
次回、女神による説教をくらうの巻
武器を買ったり、ギルドに登録したり、クエストを受けて魔物を倒すといった異世界転生作品においての面白い要素はまだ先ですが、しっかり構想を練って執筆していますので、もう少しだけお待ちください。