忘却の勇者
気がつくと、俺は広場に立っていた。
目前では、人々や馬車がひっきりなしに往来している。
レンガで作られた様々な建物、石畳で舗装されている道、そして道に沿って建っている街灯。
どうやらどこかの街にたどり着いたようだ。
しかし・・・どういった経緯で、この街にたどり着いたのか思い出せない。てか、目的すらあったのかも定かではない。
額に手を当てて、覚えていることを整理してみる。
俺の名前は、九重遊星。年齢は二十一歳、職業――わからん。親や兄弟――いたかもしれないが、名前も顔も思い出せない。出身地――これも思い出せない。好きな食べ物—――これも覚えてないだと!?
一問一答のように自分に関する情報を思い出してみたが、名前と年齢以外の記憶が曖昧なのだ。
幸い常識的なことに言語の読み書きやお金の単位、計算術なんかはちゃんと覚えているので、生活に困らないわけではない。
あとよく分からないのが・・・なんで俺は腰に刀を差しているんだ?
これで狩りをして生計を立てていたのだろうか。
記憶のない俺からしたら正直物騒だから手放したいけど・・・護身用にひとまず持っておくか。
左腰に刺さっている刀に目をやりながらそう考えていると、ぐぅぅと腹から音が鳴った。
「腹減ったな・・・」
広場で佇んでいても何も始まらない。まずは飯でも食ってそれから考えるとしよう。
街の地理はわからないが、人通りの多い道を歩けば市場か飲食店くらい見つかるだろう。
こうしてお腹の安寧を求めて、俺は見知らぬ街を探索することにした。
♦
「よく考えたら、お金を持っていないじゃないか」
『カナマの里』という名前の宿屋兼食事処を見つけたものの、店の前にあるメニュー表代わりの看板に書かれている値段を見て気づいた。
自分の身につけている服のポケットを探してみるが、何も入っていない。
あれ? ていうか俺が持っているのって刀だけ? 鞄とか持ってないの?
当然そのあたりの記憶もない。盗賊とかに盗まれたのだろうか? いや、そしたら身ぐるみ全部持っていかれているか。
なんにせよ、お金がなければ何も出来ない。
このまま無一文で入った所で、常連でもなく、初めて来た俺なんかに店の人がツケにしてくれる・・・なんて都合のいい話があるわけないか。
店の前で途方に暮れ、その場を後にした。
第一優先は街の探索ではなく、金を得ること。
市場に行ってお手伝いでもすれば、少しでもお給金貰えるかなぁ。
ぼんやりと考えながら歩いていると、旗に剣のロゴマークが記された店を見つけた。
店の上にある看板には『レイナード武具店』と無骨な感じで書かれている。
武具店・・・よりは食べ物とか雑貨品売ってる店の方が働き手欲してそうだし、パスだな。
そう思いながら店の前を通り過ぎようとするが、ふとあることを思いついた。
この刀を売ればすぐに・・・しかも割と多めにお金が手に入るのでは?
護身用にと思ったが、剣術の心得なんてない。ましてや俺には、こんな物騒な武器なんていらないのではないか?
それに現在進行形で腹を空かしているわけだし、第一優先は何よりお金を得ること。
相場が分からないが、ひとまず一週間分くらいの宿代と飲食代を賄えるくらいになればいいなぁと、店の扉を開けた。
店内には剣や槍、斧、弓、こん棒、盾、鎧など様々な武具が所狭しと展示されている。
「・・・らっしゃい」
奥のカウンターから大柄な男が現れた。髭面で筋骨隆々な上にでかい。威圧感の塊のような中年男を前にして身がたじろぐ。
はやくこれを売って立ち去ろう。
「あの・・・この武器を買い取っていただきたいのですが・・・」
「はいはい、買い取りね。じゃあ物を見せな」
無骨な感じで返事をすると、店主が早くだせと言わんばかりの勢いで、ごつい手を差し出してきた。
おそるおそる腰の刀を差し出すと、店主が物珍しそうな顔をする。
「・・・ほう、刀か。珍しいもん持ってんじゃねえか。それに黒髪に茶色い瞳・・・兄ちゃん、ジパング大陸の人間だろ?」
「えっ・・・あ、はい、そうなんですよ~。実はさっきこの街に来たばかりでして・・・」
ジパング大陸・・・聞いたことのない地名だ。 そこには俺に似た風貌の人がたくさんいるのだろうか?
まあ「記憶喪失なのでよく分からない」と、馬鹿正直に話したら面倒くさいことになりそうだし、ここは適当に話を合わせておこう。
「兄ちゃんの国では珍しくはないだろうが、この国では刀を作れる人間が少ない上、ジパング大陸からもそんな入ってこねぇから市場にも全然出回らねぇんだ」
店主は話をしながらも刀から視線を一切外さず、細部まで念入りに見ていく。
「・・・よし。そういえば『鑑定士の証文』は持ってるか?」
何かのアイテムだろうか? 頭にハテナマークを浮かべながら答える。
「いや、持ってないです。もしかして、持っていないと買い取りは出来ないとか・・・?」
「この店なら無くても買い取りは出来るぞ。俺も『鑑定士』のスキルは持ってるからな」
「それならよかったです! お手数かけてしまいますが、鑑定もお願いします」
スキル? 鑑定士? また何やら聞きなれない単語が出てきた。気にはなるがこの厳つい風貌のおっさんに質問攻めなんかしたらぶん殴られそうなので、笑ってごまかしておく。
鑑定をお願いすると、店主はカウンターに布を敷いてそこに刀を丁寧に置いた。
そして手をかざすと手に茶色い魔法陣のような紋章が浮かび始める。
たぶんこれがスキルの使用状態なのだろう。
「武器名『星霜刀ムラクモ』、『状態』は呪いの類はなし、良好。『耐久状態』は極めていいな。『潜在能力』は・・・だめだ、俺のスキルレベルだと読めねえ。まあ、ここにデメリットの能力があるなんて聞いたことねえし、問題ないだろ。よし、終わったぞ」
作業が終わったためか、店主はふぅーっと一息ついた。
「物も極めていい。それに『鑑定 Lv3』の俺でも読めない項目があるということは、魔剣もしくは神剣クラスの武器かもしれねえ・・・。これなら八十万リギルでどうだ?」
「は、八十万リギル!?」
驚きの査定額に思わず大声を出してしまった。
この国のお金の単位はリギルで統一されており、紙幣と貨幣で分けられている。
紙幣は一万、五千、一千までの単位、硬貨は五百、百、十、五、一までの単位でそれぞれ分類されている。
どこかの国と同じ気がするが・・・思い出せない。きっと気のせいだろう。
「ふ、不服か・・・!? だがこれ以上はなぁーうーむ・・・なら百万リギルだ! これ以上はもう出せねえ!」
ヤケクソだと言わんばかりの声で、店主が声を上げた。
いや、別に金額に驚いただけで八十万リギルでもよかったんだけど、上乗せしてくれたからこれで手を打とうじゃないか。
「わかりました。百万リギルでお願いします」
「よし・・・なら、これに買い取りのサインをしてくれ。俺は金を持ってくる」
用紙と羽ペンを手渡すと、店主はのっそのっそと店の奥へと姿を消した。
簡単にサインの記入を済ませ、店の商品を眺めながら数分ほど待っていると、奥から再び厳つい風貌の おっさんが金塊サイズの封筒を持って現れる。
「兄ちゃん見たところ手ぶらのようだな。万が一盗まれると、これを買い取った俺の気分も晴れねえし、サービスでポーチをつけてやるよ」
「あ、ありがとうございます!!」
結構良い人だった。厳つい髭ずらのおっさんとか、威圧感の塊とか言ってごめん。
買い取りサインの記された用紙と渡すと、百万リギルの入った封筒と黒い革製のサイドポーチを受け取ると、俺は武具店を後にした。
商談が終わった途端に空腹の限度が増してきた。
だが、これで第一優先だった金は確保できた。しかも大金だ。これなら一週間どころか半年くらいは持ちそうだ。
もらったポーチを腰につけ、大金を中に入れると俺はスキップで先ほどの宿屋へと向かった。
チートアイテムを売ってしまいました・・・果たしてこの先どうなることやら。