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ショートショート9月~2回目

窓が開いたら

作者: たかさば

 梅雨の頃からつけっぱなしだったエアコンを、止めることにした。

 随分気温が下がってきたからか、自動運転をしなくなった、エアコン。

 もう、涼しい風はそこらじゅうに吹く季節になったのだ。


 ……窓を開けるか。


 閉じられていたカーテンをひらき、久しぶりに、景色を望む。


 ここは、マンションの、五階…、あたりに、高層ビルは、ない。

 目の前には、青い空…、白い雲が、うっすらと広がっている。

 少し目線を下げれば、住宅の屋根や、車の流れる道路、人々の歩み、揺れる木々などが見える。


 俺は、みっともなく散らかった部屋に光が差すのをちらりと見やると、ため息を…ひとつ。


 薄暗い中で仕事に熱中していたから、部屋の中の汚さに…気が付けなかった。

 明日にでも、一度大掃除をした方が、いいかもしれない。


 水垢が少しこびり付いた窓を開けると、穏やかな静寂のあった部屋の中に、外界の騒がしさが乗り込んできた。


 車の通る音、どこかで鳥が騒ぐ音、下の階で犬がはじゃぐ音、どこかで扉の閉まる音、遠くで鳴り響いている仄かなサイレンの音、子供たちのはやし立てる音、飛行機の呻る音……。


 少し冷たい風も、遠慮をすることなく、乗り込んできた。


 ……風には、秋の香りがまぶされている。

 真夏の力強い緑の息吹とは違う、どこか切なさを感じさせる、勢いを失った木々の香りとでもいうのだろうか。


 三か月の間、締め切られていた部屋の中に‥‥外界の空気が、満たされる。


 久しく忘れていた、部屋の匂いが、ふわりと鼻腔を…くすぐる。

 ああ、このにおいは、初めてこの部屋に越してきた時に感じたものだ。


 部屋の中に満たされていた、自分の匂いが外界に解き放たれて、リフレッシュされたのだろう。


 フローリングの、木の匂い?

 壁紙の、乾いた匂い?

 クローゼットの、合板の匂い?


 部屋本来の匂いが、戻ってきたようだ。


 しばし、風を感じながら、窓の外を……ながめる。

 しばらく、こんな風にのんびりとすることもなかったと、今更……気が付いた。


 カーテンを閉め切って、温度調整された部屋の中で黙々と仕事をしていた。


 ……思えば、ずいぶん、不健康な生活をしていた。

 空気の入れ替えをすることなく、閉じこもっていたのだから。


 これからは、毎日窓を開けて、新鮮な空気を吸う事を、誓う。


 窓を開けたまま、仕事途中のパソコンの前に腰を下ろした。

 キーボードを叩く俺の耳に、中規模都市の喧騒が心地良く、聞こえてくる。


 いつも耳にしていた、無機質なエアコンの送風音、空気清浄機の規則正しい振動音、パソコンのファンの音…そう言った小さな音が聞こえないのが、新鮮だ。


 窓の向こう側から、かすかなお茶の香りが届き始めた。

 下の階の住人が、いつもアロマを焚いていたことを、思い出す。


 心地よい、香しい風に、自然と作業する手も…軽やかになる。


 ……今日は、早めに仕事を終えることが、できそうだ。


 俺は軽やかに、キーボードを叩いた。



 ……、なんだ?


 遠くに、パトカーの音が聞こえる。


 ……、だんだん、近付いてくる?


 すぐ近くで、パトカーの音が、止んだ。


 ……、騒がしい、声が聞こえる。


 立ち上がり、開いている窓から、階下をのぞき込む。


 パトカーが、2台…、警察が四人に、あれはここの住人?


 ……、怪しいな。


 一応、確認に行った方がいいだろう。


 くたびれた部屋着を脱いで、玄関先に置いてあるスーツに着替え、現場に向かう。


「あの、何かあったんですか。」


 一階には、四人ほどの住人…、あ、この人は二階に住む人だな。何度かエレベーターで会った事がある。

 この人は見たことないな、何階の人だろう……。


「なんかね、異臭騒ぎだそうですよ。僕は窓閉めてるから気がつかなかったけど、たまたま自販機にコーヒー買いに来たら、こんな感じで。」

「へぇ、ガスもれとかかな?」

「怖いですねぇ……。」


 警察と話しているのは、右斜め下に住むお姉さんだ。

 今日は犬をつれていないらしい。いつもは、お上品な犬を抱いているのだが。


「あの、槇川警察のものですが、先ほど異臭がすると通報がありましてね。何か気づいた事とかなかったですか?」


 様子を伺う俺たちのもとに、警察がやってきた。


「僕は二階に住んでるんですけど、気付きませんでしたよ。窓閉めてましたし。」

「私は三階の端にすんでますけど、気付かなかったですね、犬も鳴かなかったし。」

「私も気付きませんでしたね。窓は開いてましたが、下の階のお茶の良い香りしか漂って来ませんでしたよ。」


「そうですか……。」


 異臭騒ぎになる程の激臭ならば、気がついてもおかしくない。

 それに気がつかなかったのであれば、おそらく、うちから離れた場所が異臭発生源なのだろう。


「今、全戸の生存確認をしています。すみません、部屋を教えてください。」



 ……大騒ぎののち、うちの下の下に住んでいる人の、孤独死が発見された。

 一大事である。

 大人数の警察や救急隊員、市役所職員にマンション管理人、さまざまな人々が入れ替わり立ち替わりやってきた。

 一月ほど騒がしい日々が続いたのち、次第に落ち着きを取り戻しはじめ、住民はようやく穏やかな生活ができると、胸をなでおろしたのだが。


 この事件には、謎が残っていた。


 見つかった家主は、まだ死後硬直もしていない状態で、異臭がしていなかったのである。

 さらに、部屋の窓はすべて閉まっていたという、事実。


 家主の、見つけてほしいという願いが、異臭となって上の階に届いたのだと、まっことしやかな噂がながれはじめた。


 三階の部屋は、噂が噂を呼び、誰も入居しようとしなかった。



 ……事件の記憶が薄らいだ、春。


 また、異臭騒ぎが、あった。


 暖かい、春の陽気が心地良い日のことだ。


 三階の部屋は、いまだに空室となっているというのに、異臭が、発生したのである。


 しかも、異臭に気がついたのは、アロマのお姉さんだけだった。


 恐怖に戦いたお姉さんは、泣きながら引っ越して行った。


 ……あれから、何度か、異臭騒ぎが勃発したが、結局原因は不明のままであった。


 毎年、春先と秋口に起きる、謎の事件。


 いつの間にか、マンションはオカルト物件として名高くなったが、俺は気にせず、快適に暮らし続けている。


 ……家賃も下がったことだ。


 長年使っているエアコンを、買い換えるかな?



 俺は、電気屋に電話をし。



「どうも~、エコ産業です~。」

「あ、お願いします。」



 ……意外な、異臭騒ぎの、犯人を。



「お邪魔しま、……っ!お、おぇえ……!」

「へっ?ちょ、ど、どうしたんですか!」


「この部屋、む、無理……。ま、窓、窓、あけっ……!」



 知ることと、なったので、あった。

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― 新着の感想 ―
[一言] あっ……察し。 まぁ、うちも、最近は窓を閉めぱなしですけどね。 臭わないといいなぁ〜。
[気になる点] う〜わ、これ黒カビがびっちり付いてる奴だ…。(吹出口から黒カビが、ポロポロ落ちてくる) エアコンの点けっぱなしはカビが発生しやすいし、室内外の温度差で結露発生しやすいから窓周りと壁がや…
[良い点] 窓の開放感ですよ [気になる点] やはりお前だったのか [一言] うまい。じつにうまい
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