休日の約束
―――ジリリリリリリｒ………。
「ああ……うるさい……。そうか……朝か……。」
俺は起き上がる。
これでも、今日はいつもよりも心地よく目が覚めた。
あちらとこちらの世界は確かに別の世界ではあるが、あちらであったことを忘れてしまうわけではない。
あちら側であれだけ嬉しいことがあれば、こちら側の世界でもそれを考えてしまう。
もちろん暗黙の了解がある以上、家族でも友達でも、恋人でも赤の他人相手でも、誰かに話すことはないが……気持ちが明るくなることに違いはない。
そんないつもよりも少しだけ明るい気持ちのまま、支度を済ませ、出勤する。
「おはようございまーす。」
職場に着けば仕事モードだ。
いくら明るい気分でも、そんなに長く続きはしない。
「――おはようございます！」
相野さんだ。
出勤して一番最初に相野さんのおはようが聞けるとは……嬉しい！
「――今日も頑張りましょうね！」
「ああ、そうだね。がんばろう。」
まったく……今日も可愛いぜ！
午前中の仕事を終え、休憩を取り……午後――。
「――そうだ。瀬濃さん。」
相野さんが話し掛けてきた。
「――お？おお、どうかした？」
突然だったため驚く。
「あの……ですね……。」
いつもはっきりという相野さんが、珍しく歯切れが悪い。
「……どうかした……？」
体調でも崩したのだろうか？
「えっと……もしよければなんですけど……今度、一緒に出掛けませんか……？」
―――っ！？
なん……だと……？
なぜ相野さんが俺を……。
なにかの罠だろうか？
行った先で大量のメスのオークに、男に生まれたことを後悔するようないろいろな酷い目にでも合わされるのかもしれない！！
いや、待て……半人の可愛いオークとかならそれもありか？ありなのか！？
いやいやいや……こちらの世界の俺、どんだけ飢えてるんだ？
そもそもこちら側にオークとかいないしな。
さすがに命の危険はないだろう……。
ない……よな……？
だとしても、なにかの陰謀なんじゃなかろうか……？
そんなことを考えてしまう。
だが、特に理由もなく断るというのも失礼だ
「……えっと……い、いいよ？どこに行くんだ？」
俺は精一杯平常心を装ったつもりだが、若干どもったような気もする。
「三日後のお休みの時に……一緒に、映画に……。」
相野さんは答える。
なるほど、すでに俺が休みなのは調査済みというわけか……。
――マジか！？
なんで俺なんだ！？
――いや、そんなのは決まっている！
だが、待て！そんなに期待しすぎるのもよくない！
万が一予想と違ったりしたら……ショックが大きい！
混乱する……。
今すぐにでも叫び出しそうだ――。
――なんで俺なんだ！！
「――なんで俺なんだ？」
俺は、案外間抜けなのだろう。
思っていたことがそのまま口に出ていた。
数分……いや、実際には数秒だったのだろう。
だが、相野さんの次の言葉を待つ俺にとっては、とても長い時間に感じた。
「……ダメ？ですか……？」
相野さんは伏し目がちに……少し上目遣いで口を開く。
――ダメなわけがない！！いいに決まっている！！なんなら、今すぐでもいい！！
このまま仕事を切り上げて、家に帰らず、二人で映画館に直行でもいいくらいだ！！
だが当然、そんなことはできるわけもなく……。
「――分かった。三日後の休みの日だね？」
気持ちを強引に抑え込み、平常心を装う。
「――はい！待ち合わせ場所は、映画館の近くの駅で！！時間は……朝十時に待ち合わせでどうですか！？」
相野さんは嬉しそうな笑顔で応える。
ダメなわけがない。
「OK分かった。じゃあ、またその日に。」
なんとか普通にいえた……と思う。
「――はい！ありがとうございます！楽しみにしてますね！」
相野さんは約束を取り付け、俺の前から立ち去ったあとも笑顔のままだった。
この笑顔……護りたい！！
心の中で、そんなことを思う。
仕事が終わり、帰宅する。
今日は気持ちが弾んでいたため、帰り際、奮発していつもよりも少し美味しいものを買い、美味しい夕食を食べた。
そんな余韻のまま、翌日の仕事の支度を軽く済ませ、就寝する。
