ミオとベルとのちょっと特別な日常
―――窓から光が差し込む。
「――――ん……。」
朝か……。
なんか……ちょっと寒い気が……。
あ……俺、なにも着てないやないかい!
――そうか……風呂を出てから湯冷めしないようにとか考えながら、結局かったるくてなにも着ないで寝たんだった……。
風呂か……そういえば、昨日の風呂は大変だったな……。
……あれ?他にもなにかあったような……?
いやまぁ、思い出せないってことはきっと大したことじゃないんだろう……。
それよりも、今日は大事な用があったような……?
「――アイラさん?」
ミオの声が聞こえる。
「――アーイーラーさーん!」
ベルの声も聞こえた。
「――ん?なんだ……?」
「今日は一緒に出掛ける約束ですよ?早く支度して一緒に出掛けましょう!」
どうやら、俺が起きる頃合いを見計らって、二人揃って起こしにきてくれたらしい。
まったく……最高かよ!
この二人は、あっちの世界には存在しない二人だ。
どういう意味かというと、このミオとベルの二人は、俺が召喚した二人なのだ。
召喚というのは、意味さえ分かればなんでもいいため、別に他の表現でもいいのだが……この場合は、召喚という言葉を使うのが最も適切だと思う。
触媒を用意し、必要な手順を踏み、召喚を望んだ。
それだけの話だ。
触媒は、主に宝石や花を使う。
この宝石というのが、なかなかに高額だ。
自分で採りに行くという手もあるが、なかなかに難易度が高い。
加えて、そんなにたくさん必要なものでもない。
必要な量を用意できさえすればそれで十分なため、大きな命の危険を負ってまで採りに行くことはないだろう。
それでも俺は自分で採りに行ったわけだが……まぁ、それはそれだ。
召喚の際に触媒とする宝石や花によって、大まかな性質が決まる。
それは性格だったり得意な魔法の属性だったり、そんなもんだ。
とはいっても、基本的にはあとからどうにでもなるものではあるため、そこまで気にする必要もないのかもしれない……。
また、召喚する対象によって必要な触媒も変わってくる。
それが人間を召喚する場合、宝石と花が必要になるというわけだ。
他にも、動物や魔物、モンスターを召喚することも可能だが、その場合の触媒は花だけでいい。
それ以外でも、触媒さえ揃えられれば、生命体でありさえすれば割とどんなものでも召喚できる。
「――――みたせ。みたせ。みたせ。みたせ。みたせ。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の(別に聖杯などないのだが……)寄るべに従い……――――。」
あるいは「黄昏よりも昏きもの、血の流れより紅きもの……――――。」などと、運命の夜や、殺す者たちのようにそんなことを唱えて召喚を行ってもいい。
要するに、触媒を揃え、召喚を明確にイメージできさえすればいい。
『呼び出すという目的』と『手段』さえ間違っていなければ、詠唱や呪文なんかはなんでもいい。
隣の家に住むあの娘のそっくりさんから、過去の偉人、二次元のあの子まで、こっちの世界に最適な形、召喚者の望む形にて召喚することが可能だ。
さらにいうなら、過去の偉人……有名どころで、織田信長といったところだろうか?
この場合、あっちの世界の教科書に載っているような織田信長も召喚できれば、女性好みのイケメン織田信長、なんなら、女体化した織田信長の召喚すら可能だ。
召喚に関しては、召喚者が望み、イメージできさえすれば大抵思い通りになる。
召喚そのものに関していうなら、俺が知る限りでは特別な制限はなかったと思う。
だから、そうはならないとは思うが……こっちの世界の住人すべてが織田信長を召喚するようなことがあれば、あらゆる織田信長がこっちの世界に蔓延ることになるわけだ。
そんな世界、俺は見たくはないがな……。
というわけで、ミオは、アクアマリンの宝石と、寒さが和らいできた頃に大きな木に咲いていたピンク色の花を触媒として俺が召喚した。
ベルは、エメラルドの宝石と、雨が続いていた日に草むらに爆発したような咲き方をする青い花を触媒として召喚したのだ。
この二人との出会いに関しては、ミオとの出会いの方が早かった。
ミオを初めに召喚して、戦闘においてもう一人補助が欲しいと思い、ベルを召喚することになった。
そして、召喚において最も大事なこととなるが、召喚したからには『召喚した責任』が生まれる。
召喚した人間、動物を養い、生かす責任だ。
例えば、どこかの女好きの男が、ハーレムを作ろうと女性ばかりをポンポン召喚したとする。
結果的に食事を用意できず、餓死させてしまった場合などには、その召喚者が殺したとみなされ、その報いとして内臓が腐るとかなんとか……そんな話を聞いたこともある。
――怖い!!
それ故に、召喚自体、気軽にできるものではない。
確かに、触媒に必要な対価は決して小さいものではない。
だがそれ以上に、召喚そのものに大きな制限はないが、召喚する際には召喚した人間、動物を自分と同じ……あるいは、自分の命よりも大切に扱う覚悟が必要となるわけだ。
召喚された人間も、召喚された以上は一つの命。
気持ちや考え、感情もある一人の人間というわけだ。
あとは、召喚されたばかりの時は大人の姿で召喚されたとしても、赤子のようなものであるため、あらゆる物事への吸収も早い。
また、触媒によって大まかな性質が決まっているとはいっても、召喚した者の接し方、また、その環境次第では当然性格にも影響が出てくる。
召喚は、覚悟が必要ということを除けば、良くも悪くも召喚後のことも含めて結構自由なわけだ。
とまぁそんなわけで、家には今、ミオとベルがいる。
一緒に暮らしていくことを考えると、この人数が妥当だろう。
いや、稼ぎ次第ではもう一人くらいならなんとかなるのかもしれないが……まぁ、それはゆくゆく考えることにでもしよう。
少なくとも、今はこれで十分だ。
十分楽しいし、戦力としても問題ないのだから。
「――それじゃあ、出掛けようか。」
たまには外で食べようと、今日は家での朝食はなしだった。
まずはギルドに朝食を食べに行くところからだ。
大抵のことはギルドで済んでしまうわけだが、それじゃあ味気ない。
食事だけ済ませて、色々と回ることにしよう。
「――アイラさん!アイラさん!こっちですよー!」
ベルの明るく楽しそうな可愛い声に呼ばれる。
ミオは微笑みながら隣を付いてきてくれる。
ギルドで一通りのご馳走を食べたあと、とりあえず町の中を見て回ることにした。
ギルドには大抵のものが揃っているため、不便はないが、町の中にもあっちの世界の人間はいる。
俺と同じように、魔物を退治しながら生計を立てている人。
農作物などを育てて、自分が食べる以上に収穫できた際にはそれを販売する人。
釣りが趣味で、ひたすら釣りをし、その副産物に当たる釣れた魚を売る人。
服飾や装飾品を作成し、それを販売する人。
音楽を演奏したり、物語を語ったりして、それを聴いた人に報酬を貰う人。
色々な人間がいる。
みんながそれぞれに自分がしたいと思うことをしているのだ。
魔物と戦うのは、命懸けとなる。
それを嫌がり、そうではない方法によって日常を過ごして行きたい人間も当然いる。
俺が偶然、リスクもあるがそれなりに見返りも得られる方法を選んだというだけだ。
俺だけが特別なわけではない。
こっちの世界にいるそれぞれの人間にも、それぞれの物語があるのだろう。
そんなわけで、ギルド以外でも町に出ればそれなりに見て回れるというわけだ。
「――アイラさん!アイラさん!見てください!あの服!可愛いです!ここ!ここに入りましょう!」
服飾、装飾屋と分かるよう外に展示してある服に、興味を示したベルは俺の手を握ってその店の方へと引っ張っていく。
ベルは、比較的大人しい子だ。
普段はもう少し落ち着いているのだが、今日はいつもよりもテンションが高いようだ。
見た目通りのはしゃぎ方といえばその通りなのだが……。
なんにせよ、楽しんでくれているようでなによりだ。
ベルはどうやら、華美ではないながらも、少しヒラヒラとした服が好きなようだ。
店の前に展示されていた落ち着いた色のミニスカートに興味を引かれたことがそうだろう。
店に入ると、可愛らしい服やその他の装飾品が並んでいる。
店の人間は特に鬱陶しく話し掛けてくることもなく、ニコニコしながらカウンターからこちらを見ている。
ベルは目をキラキラとさせながら、店内のあらゆる服や装飾を見ている。
「欲しい物があるなら、買ってもいいぞ?」
楽しそうな様子のベルに、そんな言葉を掛ける。
ベルは普段頑張ってくれている。
今は少しばかり懐に余裕があるし、この余裕があるのもベルとミオが頑張ってくれたおかげだ。
なにか少しくらいは報酬があってもいいだろう。
「――いえ、大丈夫です!私は見ているだけで満足なので、気を使わないで下さい。」
まったくベルめ……お前こそ気を使うでないわ。
だが、こんなにもはっきりと断られてしまっては、無理強いをするのも違うと思い……ミオの方に目配せをする。
もしかするとミオの方になにか欲しい物があるかもしれん。
ミオは俺の視線に気付く。
「――私も大丈夫ですよ?見ているだけで満足です。」
なるほど、そんな笑顔で応えられてしまってはこちらもそれ以上なにもいうまいよ……。
「――うわぁ!きれい……!」
ベルがなにかを見つけ、そんな声を上げる。
おそらく、今日一番の発見だったのだろう。
そんな声だ。
見惚れている……。
俺は覗き込む。
それは……宝石だった。
決して派手ではない。
小さな宝石の付いているネックレスだ。
そりゃそうだろう。
女の子だ。
宝石に目を奪われるくらいのことがあってもおかしくはない。
召喚の際にも使用する宝石。
当然、かなりの高額だ。
その理由としては、宝石そのもの、それ自体が希少という理由の他にも、大量の魔力を有しているからだ。
召喚の触媒として利用できるくらいだし、当然といえば当然だろう。
それなりの大きさ……拳程度の大きさの宝石を、魔術を極めたものが破壊のために利用した場合、街一つ軽く吹き飛ばせるくらいの魔力が含まれている。
それ故に、高額というわけだ。
ベルが目を奪われたものは、宝石の割には少し地味なデザインに見える。
ベルが派手なデザインが好きではないのがよく分かる。
そのこともあり、高額といっても少し無理をすれば二つ程度は買えてしまう。
また明日から依頼を頑張ればいい。
「――欲しいか?」
俺はベルに問い掛ける。
「いえ……。」
否定される。
が、少し考えているようだ……。
「どうする……?」
「……大丈夫です。」
うむ……拒否されてしまった。
ミオもお気に召したらしく、宝石のネックレスに見惚れていた。
――これはチャンスだ!
「――ミオは?」
空かさずミオに振る。
「……私も……大丈夫です。」
そうか……残念だ……。
二人がこうもはっきりと断るのだ。
強引に押し付けるようなことをすれば、むしろ二人に怒られてしまうのを俺は知っている。
まったく、よくできた二人だ……なんでこうなってしまったのだろう……。
いや、いいことなのだが、少し寂しくもある。
そんな寂しさの中、店をあとにする。
まぁ、この店ではなくとも、他にもいいものがあるかもしれないしな。
歩いていると、甘くていい匂いがしてくる。
ミオの足取りが少しだけ早くなる。
と、思ったら……。
止まった!
匂いの発生源を突き止めたらしい。
発生源と思われる店の方をじっと見ている……。
――焼き菓子屋だ。
丸く焼いたフワフワの生地に、乳で作った甘いクリームが挟まれている。
そう、あっちの世界でいうところの、今川焼きや大判焼きだ。
呼び方は数えきれないほどあるらしいが、今川か大判であれば大抵の人に伝わると信じたい。
他にも、玉の形に焼いた生地に食感のいい魔物の身を包み、甘辛いソースを掛けた食べ物も売っている。
確実にあっちの世界の住人の店だ。
というかミオよ……さっきギルドであれだけ食べたじゃないか。
まだ食べるのか……。
いや、まぁ、あれから少し時間も経っている。
俺も食えないわけではないが……。
ミオは物欲しそうな顔でその焼き菓子と俺の方を交互に見る……。
なるほど……。
直接「食べたいです!」といわない辺りがミオらしい。
「……食うか?」
ミオと……ベルにも問い掛ける。
「「――はい!是非!」」
二人は声を揃えて答える。
なるほど、甘い物は別腹というやつか。
まさかベルも食べたかったというのは想定外だ。
その小さい身体のどこにそんなに入るんだ……?
折角なので、店の中へ入り、席に着いて食べることにした。
とりあえず焼き菓子を、食べられる量……二、三個ずつ注文する。
注文は、今川焼きや大判焼きといっても通じる。
そりゃそうだ。
あっちの世界の人間だ。
意味さえ伝わればいい。
待っていると、注文した物がテーブルに並べられる。
……おや?ミオの前にだけ……二、三皿多いぞ……?
焼き菓子以外にも、甘そうな料理がいくつか並んでいる。
「……太るぞ?」などといおうものなら、ミオは泣きながら大量の水で俺を店の外へと押し流してしまうだろう。
これは……いうわけにはいくまいよ……。
お財布事情的にも、そこまで大きな打撃にはならない。
ましてやミオは今日一番で嬉しそうな顔をしている。
皿が並び終わると、二人は小さくいただきますをいって行儀よく食べ始める。
どんなにハイテンションでも、ミオもベルも下品ではない辺りはさすがだ。
俺は注文した量が少なかったこともあり、二人よりも早く平らげた。
ミオとベルは、ミオの頼んだ料理をベルと分け合う形で食べている。
「――ちょっと、お手洗い行ってくる。」
「――むぐ……むぐ……。ふぁい!」
さて……男ならここで会計を済ませて、払っておいたぜ?ドヤ?とするのが格好いいところなのだろうが……この店は、代金をテーブルに置いて店を出ればいいだけのシステムなため、それはできない。
ましてや、二人は今そのテーブルで仲良く甘味を食しているというわけだ。
これは、仕方ない……。
俺は、諦めた――。
「――遅かったですね?」
ベルに問われる。
二人は、ほぼ全て食べ終えていた。
「……すまん。めちゃくちゃお腹痛くてさ……。」
なんとも情けない話だ。
「……大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。気にしないで平気だよ。」
「よかったです。」
最後の一口を食べ終え、ミオはいう。
「さて、じゃあ……帰るか。」
「……はい。」
ミオは考えてから返事をする。
なるほど。
まだ食べ足りないのか……。
仕方あるまい。
料金をテーブルに置き、それとは別に店員に話し掛ける。
焼き菓子を追加で五つほど買い、帰ってから食べ……いや、帰りながら食べるらしい……。
残ったとしても、あとで食べてもいいようにと少し多めに買ったが……これはあっという間になくなりそうだ。
帰り道、ミオが嬉しそうに焼き菓子を頬張る様ときたら……こっちまで嬉しくなってしまう。
ミオよ……そんなに食べて、それはいったいどこに……いや、なるほど――。
――おっぱいか!それがその大きなおっぱいのもとになっているわけですね!
俺は察したよ!ありがとうございます――――!!
家に着く。
今日の夕食は、パンと少しの卵料理で軽く済ませることにする。
そりゃあんなに食べたんだ。
さすがのミオもそこまで大量には食えんだろう……。
「――今日は楽しかったですね!」
食卓に就き、ミオが初めに口を開いた。
嬉しそうな様子だ。
「――はい、また行きたいです!」
ベルもそう返答する。
「そうだな。たまにはこういうのもいいな。またその内行こう。」
「「――はい」」
二人は嬉しそうに返事をする。
「あ、そうだ。これ……二人に渡しておく。」
思い出したようにいう。
いいながら俺が出した包みを見て、二人は首を傾げた。
「……なんでしょうか?」
ミオがいう。
二人とも見当もつかないようだ。
まぁ、そりゃそうだろう。
包みを受け取り、中身を見ると……二人は、驚いた表情をしたあと、嬉しそうに微笑み、そのまま俺に抱き着いてくる。
「「――ありがとうございます!!大事にしますね!!」」
泣きそうな、嬉しそうな表情だった。
喜んでくれたようでなによりだ。
包みの中身は、それぞれ二人の触媒となった宝石。
エメラルドとアクアマリンの、二人が見惚れていたネックレスだ。
宝石自体がもともとかなり高額なこともあり、そのおかげなのか宝石によって価格が大きく違ったりはしない。
今回の場合は、金額という面においては二人とも全く同じ扱いだ。
大切な二人にこれだけ喜んでもらえると、俺も嬉しい。
食事の後片付けをして、入浴を済ませたあとも、二人はずっと嬉しそうな様子だった。
きっと今日はよく眠れるだろう。
それぞれ嬉しい気持ちのまま、床に就いた。