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暴走医療施設

――――窓の外から光が差し込む。

「朝です。おはようございます。アイラ様。」

「――あ、ああ……おはよう……。」

「おはようございます。」

あれから数日が経った。

スーパー銭湯の一件の翌日、昼には家の風呂の修理が完了した。

それ以降は、みんな家の風呂を利用している。

ここでの生活にもそれなりに慣れてきた。

例えば、端末に関してであれば、元々全ての人間が簡単に使えるようにと作られたものだとかで、使用していると見覚えのあるものもちらほら表示されたため、慣れるのにそう時間はかからなかった。

家具なんかも同様だ。

さて、今日はどうするか……。

寝起きの頭でぼんやりとそんなことを考えながら支度をする。

ふと、腕の端末が光ったような気がした。

――ピピッ!

端末から何かを知らせる呼び出し音が鳴る。

俺は端末を確認する。

「アトランティス内の病棟にてロボットが暴走。対処可能な者は直ちに現場へと向かって下さい。」

仕事の依頼だ。

ミオとベル、念のためユンにも声を掛けに行こう。

自分の準備を完了させ部屋を出ると、既に3人は集まっていた。

3人とも今すぐにでも出発できるといった様子で、ユンも気合十分だった。

3人も端末で仕事の内容を確認済みという事だろう。

「おはよう、ミオ、ベル、ユン。すぐに出られそうか?」

「はい。おはようございます。準備はバッチリです。」

「私もいつでも出られます。」

「私も行けるよー!」

「そうか。リネアもすぐに出発して構わないか?」

「はい。構いません。行きましょう。」




リネアの案内を頼りに、知らせのあった病院へ向かった。

どうやら、リネアがもともと働いていた病院らしい。

病院の前まで来ると、やけに静まり返っていた。

周辺を歩く人間やアンドロイドもいない。

嫌な雰囲気だ。

目の前の巨大な病院から異様な圧迫感を感じる。

「みんな、準備はいいか?」

この世界に来てから最初の仕事になる。

みんなの様子を確認しておく。

「はい、いつでも大丈夫です。」

「私も行けます。」

「私も平気だよー。」


おそらく戦闘になる。


そうなると、ユンは初の戦闘になるわけだが……意外にもやる気充分といった様子だ。

ミオやベルと同じように、リネアにもらった銃をしっかりと握っている。


リネアからは返事がなかった。


俺の声が聞こえていなかったのか、あるいは、聞こえていたが何か思うところでもあったのか、病院の入り口をじっと見つめていた。


だが、リネアのことだし、おそらく問題はないだろう。


「――よし。じゃあ……行くぞ!」


病院のエントランスへと突っ込む。




中に入ると、さっそく一体の人型アンドロイドが立っていた。


ここで働いているアンドロイドだろうか……?


――――ピピピ……ガガ、ピーッ。


声を掛けるべきか考えていた矢先、アンドロイドからおかしな音が鳴っていることに気付く。


「――なっ!?」


決して油断していたわけではない。


だが、突如腕を振り上げて襲い掛かってきたアンドロイドに、俺は反応できなかった。


――バシュッ!バシュッ!


腕を振り上げて襲い掛かってきたアンドロイドに向かって、俺のうしろから光線が発射される。


――ガシャ、ガシャーンッ。


二つ発射された光線は、的確に腹を撃ち、次いで頭に命中。

襲ってきたアンドロイドは後ろ向きに倒れ、機能を停止した。


「――アイラさん、大丈夫ですか?」


聞こえてきたのはユンの声だった。


振り返ると、ユンの銃口がアンドロイドの立っていた場所に向いていた。


ユンが撃ったということだろう。


「……あ、ああ……ありがとう……助かった。」


まさか初戦のユンに助けられるとは……情けない……。


「――はーい!あとでご褒美下さいねー!」


嬉しそうに笑いながらユンははしゃいでいる。


どうやら、ユンのことは心配しなくても平気なようだ。


「おそらく、院内のアンドロイドは全て暴走していると思われます。」


リネアが口を開く。


「そうか……じゃあ、襲ってきたやつは倒して構わないんだな?」


「――はい。」


リネアの返事は、間を置いたものだった。


一緒に働いていたアンドロイドもいるだろう。

躊躇(ためら)う気持ちは分かる。


「まだ逃げ遅れた人もいるかもしれない。むやみに倒さず、注意して行こう。」


俺が注意を(うなが)すと四人が頷く。


そんなやり取りをしていると、奥からさらに二体のアンドロイドが出てくる。


敵だ。


――ダンッ!ダンッ!


――バシュッ!バシュッ!バシュッ!


銃を使用し応戦する。


俺の銃だけは音が違う。


もともとが実弾銃のためだ。


三人の銃は、俺のものと比べると静かな音で発射される。

敵には気付かれにくいだろう。


俺の銃の音を聞きつけたことによるものか、あるいはもともとこちらに向かっていたのか、さらに数体のアンドロイドが向かってくる。


「――まるでゾンビだな……。」


アンドロイドたちの動きには生を感じない。

ゾンビやキョンシーのようだ。


――ダンッ!ダンッ!ダンッ!


――バシュッ!バシュッ!


おかげで躊躇(ちゅうちょ)なく撃ち倒すことができるが、なかなかに数が多い。


こうなってくると、俺たちの仕事はこの病院内の全てのアンドロイドの機能を停止させることということになるだろう。


加えて、逃げ遅れた人間がいないかの捜索も必要だ。


リネアが俺の銃を改造してくれていなければ、弾が勿体無くて全て倒せなかったかもしれない。


いや、そもそも銃弾が足りなかっただろう。


俺たちは、死角を作らないようそれぞれ別の方向を向いてアンドロイドたちを倒していく。


アンドロイドたちを倒しながら、リネアの案内で二階へ続く階段へと向かう。


この病院は七階建てで、二階より上はほぼ入院している患者の病室になっているとのことだ。


逃げ遅れたものがいるとすれば、二階より上の可能性が高い。


上に上がる方法は、いくつかの階段の他に、エレベーターや転送装置などもあるらしい。


だが、今回は細かく確認する必要があるため、俺たちは階段を使う以外の選択肢がないというわけだ。


上から降りてくるアンドロイドたちを倒し、一気に二階まで駆け上がる。


そして、二階に到達して気付く。


一階に比べて数が少ない。


――ダンッ!ダンッ!


――バシュッ!バシュッ!バシュッ!バシュッ!バシュッ!


襲ってくるアンドロイドの動きは相変わらずゾンビだが、一階に比べるとピンク色の可愛らしいナース服を着た可愛い顔をしているアンドロイドが多いようだ。


男としてこれは……撃ちづらい……。


「……アイラさん?」


どうやらミオが俺の異変に気付いたらしい


笑顔なのだが、怒っているようにも見える。

不思議だぜ。


だ、だって仕方ないだろ!ピンクのナース服といったら、男なら誰しもが甘えたくなってしまう素敵な衣装だ。


「……よし。アンドロイドの数も少ない、二手に分かれて病室を確認しよう。」


「――分かりました。」


ベルが返事をする。


「じゃあ、俺と一緒に来てもらうのはベ――。」


「――私が、アイラさんと一緒に行きますね?」


俺の言葉を遮り、ミオが割って入る。


ま、まさか俺は……無意識にミオを避けようとしていたというのか?


いや、そんなことはない。


いつだって俺はミオのことが大好きだぞ。

単純に戦力的にその方がいいと思っただけだ。


「――お、おう……じゃあ、ミオは俺と二人で。ベルとユン……あと、リネアの三人で頼む。」


「かしこまりました。」


リネアが返答する。


早速二手に分かれ、一番近い病室の扉を開ける。


ロックは掛かっていなかった。


中に入ると、白を基調とした清潔な印象の部屋が広がっている。


白くて綺麗なベッド。


ベッドには……身体の状態を確認するための装置なのだろうか。

スキャナーのようなものが付いている。


他にも、ベッドの横には見たことのないような機械も置いてある。


これだけの設備なら、ベッド一つで患者の管理も可能だろう。

技術による治療の促進なんかもできるのかもしれない。


だが、それ以外には、何もなかった。


病室の中に人の気配はない。


それどころか、アンドロイドたちも見当たらない……。


さらに隣も、そのまた隣も、そのまた隣の隣の部屋も同じだった。


置いてあるお見舞いの品、子供用のおもちゃ、そういった些細な違いはあれ、俺とミオが確認した病室は間取りも色も状態も全て同じだった。


一通りの確認が終わり、リネアたちに合流するため折り返す。


病室の確認をしながら廊下にいたアンドロイドたちの機能は停止させた。


折り返した廊下、その通路の向こう側にリネアたちの姿が確認できる。


「――どうだった?」


声の届く距離まで近付いて聞く。


聞くまでもなかったかもしれない。

逃げ遅れた人間がいるのなら、一緒に付いてきているだろう。


「こちらは問題ありませんでした。」


俺の質問にはリネアが答えた。


「そうか……。じゃあ、一度一階に戻ろうか。」


病院に入ってから、まずは上の階へ上がることのみを考えて進んできてしまったため、一階の状況の全てを確認したわけではない。


二階の様子からすると、上の階にはほとんどアンドロイドが残っていないだろう。

であれば、一階のアンドロイドを全て停止させ、万が一に備えて逃げ道を確保した方がいいと判断した。


「かしこまりました。」


リネアが返答する。


ミオたち三人も異議はないようだ。


――ダンッ!ダンッ!ダンッ!


――バシュッ!バシュッ!バシュッ!バシュッ!


上がってきた時とは別の階段を使って一階へ降りる。


二階の静けさが嘘だったかのように、一階には暴走したアンドロイドが残っていた。


一階のアンドロイドたちは、動きは変わらずゾンビだが、白衣や手術着などを着用しているものが襲ってくる。


近くの扉には手術室という文字も確認できた。


アンドロイドたちは、働いている時に最も想い入れがあった場所にいるようにも感じられる。


「――あっ。」


リネアが何かに気付き、声を出す。


まるで、たくさんの往来がある街中で、偶然親しい友人を見つけてしまったような、そんな声だった。


決して大きくはないリネアのその声に、俺と……ベルも気付いたようだ。


そして、その一瞬が大きな隙になる。


ベルはリネアの方へ顔を向けてしまったため、その反対側から襲ってきたアンドロイドに反応できなかった。


「――ベルさん!」


――バシュッ!バシュッ!バシュッ!


それに反応し、俺のすぐ隣にいたミオが、ベルに襲い掛かるアンドロイドを倒す。


だが、今度はミオに隙ができる。


「――ミオ!」


俺は、ミオの体を押し倒し、ギリギリでアンドロイドの攻撃を(かわ)す。


だが、それにより俺たちは分断されてしまう。

二階では意図的に二手に分かれた形だったが、一階では強制的に分けられてしまった。


起き上がり、体勢を立て直す頃には、壁を背にして数体のアンドロイドたちに囲まれていた。


一斉に襲われれば二人だけでは応戦しきれないだろう。


どうする……。


「――アイラさん、こっちです。」


考えていると、ミオが小さく(つぶや)く。


そのままミオは俺の手を引き、うしろの壁……いや、後ろの扉を開き、中に引き入れる。


――ガシャン。


扉を閉め、アンドロイドたちとの間に壁を作る。


扉は固く閉まっている。


ベルたちの負担が増してしまうだろうが、今は止むを得ないだろう。


――バシュッ!バシュッ!バシュッ!


扉の外からは小さな射撃音が聞こえてくる。


「――アイラさん!ミオさん!大丈夫ですか!?」


射撃音とは別に、ベルの叫ぶ小さな声が聞こえてくる。


「――大丈夫だ!中に敵はいない!」


俺は外に聞こえるよう、できる限り大きな声で返答する。


入った際に、部屋の中に何もいないのは確認済みだ。


「――分かりました!では、避難していてください!外の敵を倒し終えたら、扉を開けます!」


「――すまない!頼んだ!」


それを最後に、外からは小さな射撃音だけが聞こえるようになった。


外の敵は任せて構わないらしい。


しばらくここに避難していることになりそうだ……。


どうやらここは、手術室か何からしい。


二階の病室のものに比べると、暗い色のベッドが置いてある。


ベッドの周りには様々な器具も設置してあり、あらゆる手術が可能なのだろう。


この部屋そのものが、高い機能性を備えた機械のようだ。


「――へ?……あっ、きゃ!」


ミオは小さく悲鳴を上げ、突然転ぶ。


いや、足に配線が巻き付いていた。


それに足を取られたのだろう。


その配線は、まるで生きているかのようにミオを引き()り、あっという間に逆さに釣り上げてしまう。


さらには、そのまま手術台に寝かせ、ミオの四肢を拘束する。


「――っな!?ミオ!」


ミオが拘束され、俺は助けようと足を踏み出す。


しかし、俺の腕にも配線が絡み付き、その前進を妨げる。


「――い、いや!やめてください!」


赤や黄色、青や黒など、様々な色の配線は、束になってミオの身体に巻き付き、器用にミオの衣服を剥ぎ取っていく。


俺は、腕に絡みついた配線をようやく振り解き、ミオに駆け寄ろうとする。

だが、そんな俺の首に今度はチクリとした小さな痛みが走る。


「――っ。なんだ……これ――。」


痛み自体は大したことがなかった。


あるいは、気付かなかったかもしれない。


その程度のものだ。


だが、その小さな痛みのあとから、急激に身体の力が抜け、意識も遠くなってくる……。


痛みの原因になった配線の方を見ると、針の付いた注射器が確認できた。


どうやら、その注射器のせいらしい。


力が抜け、ぐったりとした身体は配線に巻き付けられ、容易に拘束されてしまう。


幸いだったのは、足側からではあったが、寝かされているミオの姿が見ることだ。


いつになるかは分からないが、これなら身体の力が戻り次第、すぐにミオを助けに駆け付けられる。


「――へ?いや……!なに?なんですか!?」


ぼんやりと遠い意識の中で、ミオの声が聞こえた方を見る。


ミオの身体には、拘束している配線とは別の配線が伸びていた。


いや、配線とは違い、透き通っていて中が空洞になっているようだ。

点滴なんかに使われるチューブ……カテーテルだろうか……。


そして、その透明のチューブを通って、薄い桃色の液体がミオの身体の中へと流れ込んでいる。


「……み、ミオ……大丈夫……か?」


言葉を発するだけでも精一杯だ。


それでも、黙って見ているだけというわけにもいかない。


「――アイラさん……これ……んっ……なんか……変です……。」


お互いの声は小さいため、ギリギリ聞こえる程度のものだ。


返答したミオの声も、身体に液体が注入される量に比例するように、徐々に小さいものになっていく。


ミオの身体はぐったりとベッドに沈み、頬もほんのりと紅潮しているように見える。


「……なんなんだ……あれ……。」


独り言だ。


ミオに注入されているあれも、自分に注射されたものと同じものかもしれない。


その疑問がそのまま口に出てしまった。


「――あ……んっ……あっ……か、身体が……ん……熱く……。」


ミオの言葉も、俺に向けたものではないだろう。


どうやら、注入された何かにより力が抜け、身体が熱くなってきているようだ。


「これより、オペを開始します。」


どこからともなく、そんな声が聞こえてくる。

この部屋そのものが喋っているようだ。


「――な……なに?」


音声に不安を感じたのだろう。

ミオはキョロキョロと視線を動かす。


そして、ミオの不安は間違いではなかった。


「心拍、脈拍の状態を確認するため、電極を取り付けます。」


音声が聞こえる。


直後、ミオの身体に配線が伸び、電極が取り付けられていく。


主に心臓付近、上半身、腹部や腕、下半身、脚や局部に至るまで、あちこちに取り付けられている。


「――んっ、や……く、くすぐったい……。」


どうやらくすぐったいらしい。


急に取り付けられた無機物の冷たさを感じ、思わず声が出てしまったのだろう。


「施術のため、患部を露出します。」


――え?患部?

そう思った。


別にミオの身体に治療が必要な悪い部分はないはずだ。


だが、考えてみればこの機械も暴走しているのだろう。


思いも寄らない部分を患部と認識していてもおかしくはない……。


音声のあと、ミオが仰向けに寝かされているベッドの背が稼動し、ミオの上体を起こす。


俺の意識がはっきりしていれば、ミオと目が合っていただろう。


さらに、ミオの両脚が大きく開かれ、固定される。


そう、要するに……丸見えだ。


ミオの、色々なところが全て見えてしまっている。


「――やっ……み、見ないで……!アイラさん……!。」


紅潮していた頬をさらに赤くして、そう訴え掛けてくる。


腕が自由であれば、ミオは顔を覆い隠していたに違いないだろう。


そしてこのベッド……どこかで見たことがある……。


――そうだ。


手術台だと思っていたそれは……分娩台だった。


この病院は、高度な設備が整っている。


それ専用という限定的な設備ではなく、あらゆることに応用できるようになっているのかもしれない。


であれば、今この部屋はその機能をフル活用しているということになるのだろう。


「患部の検査のため、膣鏡を挿入します。」


音声通りの意味だ。


「――やっ、いや!見ないで!そんなところ、見ないでください!」


ミオは自分でも見たことがない場所を開かれ、誰に向けたのかもわからない言葉を発する。


そして、拘束されて動けない手足をバタバタとさせる。


もしそれにより拘束が解かれれば、周りのものを滅茶苦茶にするぐらいには暴れていたのだろう。

だが、拘束はミオのその程度の抵抗では……全く動じなかった。


「腹部の負担軽減のため、排泄を促します。」


今度は意味がよく分からなかった。


考えるに、腹の中に少しでも空きを作るために、いらないものを出してしまおう。

とでもいったところだろうか。


「――え?いや……なんですか……?それ……いや!いやっ!――――う……んっ……んんっ……。」


巨大な注射器だった。


あんなもので注射をされれば治療どころではない。


むしろ、馬なんかに使うサイズなのだろう。


だが、その先端に針は付いていない。


もともと空いている穴に液体を注入するためのものであるため、針など不要だったというわけだ。


そして、その巨大な注射器で液体を注入されたミオは、苦しそうに(うめ)いている。


「患者の排泄が確認できません。注入量を増加します。」


「――えっ?やっ!いや!いやっ!――んんっ!んっ!……あ、あっ……いやっ!ん……んんっ!!」


ミオは必死に我慢している様子だ。


注入された液体は、すでに溢れ出していてもおかしくはない。


「排泄が確認できません。尿の排泄を優先します。」


機械はミオの我慢に根負けしたようだ。


先に別の処置を施すらしい。


「――――へ……?いや!いや!いやっ……!!あ、あっ、あっ!……んっ……あっ――やっ、いやっ、いやっ、いやっ!……み、みないでっ……!見ないでアイラさん!見ないでっ!!いやっ!いやっ!いやっ……!――――いやああああああぁっ……!!」


ミオは、体内の排泄すべきものをぶしゃぶしゃと全て噴き出してしまった。


カテーテルを挿入されたことにより、抵抗できない排尿に加え、強制的に腹を圧迫させていたものも出してしまったというわけだ。


目からも涙が出ており、顔もぐしゃぐしゃだ。


「……み……ミオ……。」


大丈夫だ。


気にするな。


助けてやる。


そんな言葉を言いたかったはずだったのだが、力の入らない身体ではミオの名前を口にするだけで精一杯だった。


「……や……いや……もう、いやぁ……ひくっ……。」


かなり体力を消耗してしまっているようだ。

ミオは、ただ力無く泣くことしかできない。


「正確な施術のため、カメラを挿入します。」


そんなミオのことはお構いなしに、機械は無慈悲に作業を進める。


その音声の意味はまるで解らなかった。


配線の操るピンセットの先に、機械でできた毛虫のようなものが摘ままれているのを見て、嫌な予感だけが膨らんでいく。


その毛虫は、体表がピンク色のぬるぬるした液体で覆われているようで、てらてらと光っている。


おそらく、機械の毛虫の内部からその液体が少しずつ染み出すような構造をしているのだろう。


それに何の効果があるのかは、推測することしかできない。

ただの潤滑剤なのか、それ自体に痛みを緩和する効果があるのか、あるいは何か別の薬なのか……。


遠い意識の中で考えている俺よりも、今施術を施されているミオの方がよほど何をされるのか理解できるだろう。


だがそれを分かっていてなお、体力の奪われたミオの抵抗は、非力なものでしかなかった。


「――――や……いや、いやぁ……そんなもの、入れないでぇ……ん……んん、ん――んんっ!?あっ、いやっ!!なにっ!?――あっ!あっ!あっ!ああっ!!んあっ!!いやぁっ!いやらぁ!な、にゃか削ゅりゃないれっ!!やらっ!やらっ!あっ!あっ!ああんっ!!ああっ!やらっ!気持ひいいっ!やらっ!やらああああああっ――!!!」


ミオは身体をビクビクと震わせる。


拘束されているにも関わらず、抵抗できない刺激に身体をのけ反らせる。


もし拘束されていなければ、背骨が折れんばかりに体をくの字に反らせていただろう。


不安に反していたのは、どうやら挿入された機械の毛虫は痛みを感じさせることがなかったことだろうか。


体表の液体のおかげなのか、機械の動きがそうするのか、この世界の医療技術が最新であることによるものなのか、その理由は分からない。


だが少なくとも、ミオの様子を見ればその刺激によって全身が(とろ)けるような錯覚を覚えているのは明らかだ。


「……み……ミオ……!」


俺はどうすればいいのか分からなくなっていた。


ミオの反応を見ていて、どう対処するべきなのか、そもそも力の入らないこの身体で何ができるのか、力が入ったところでどうしようもないのではないか。


ミオも俺も、力の入らない身体では何もできない。


「――やっ、いやっ、ん……もうっ!――あっ、あっ、あっ!んっ……んんっ!あっ、やら、やらぁ!気持ちいいの、もう、やらぁ……はぁ、はぁ……あっ、あっ!もう、もう……やらぁ……やらぁ!んっ、んんっ……んんんっ!!!」


――ガゴンッ。


ミオのいる場所とは別の……俺たちが入ってきた出入り口の扉から、重たい扉が開く音が聞こえる。


「――アイラさん!ミオさん!」


ベルの声だ。

扉が開き、ベルたちは即座に異常事態に気付く。


――バシュッ!バシュッ!バシュッ!


ベルとユンの銃により、天井から伸びている配線を切断する。


俺のことを拘束していた配線も、ベルが走り寄ってきて解いてくれる。


拘束を断ったあと、ミオの周りにある暴走した医療器具も射撃にて破壊する。


どうやら助かったらしい。


安心した。

力の入らなくなっていた身体から、さらに力が抜ける。


ベルやユンやリネアがミオに駆け寄って行き、身を案じて声を掛けている様子だったが、よく聞こえない。


俺もどうやら限界らしい……。


とにかく……眠かった……。


俺は……気絶した…………。




―――目を覚ますと、家のベッドの上にいた。


「おはようございます。アイラ様。身体に不調はありませんか?」


一瞬、仕事のことは夢だったのではないかとも思ったが、外が暗かったため、すぐに違うと分かった。


「ああ、ありがとうリネア。大丈夫だ。どこも痛いところはない。」


「そうですか。それはよかったです。」


「ところで……ミオは大丈夫か?」


自分のことよりも、まずはミオのことが気になる。


「はい、ミオ様も自室にて落ち着いて眠っていらっしゃいます。」


「そうか。それはよかった……。」


「はい。」


リネアの返事を聞いて、俺は一安心する。


そうなると、気になるのは夢ではなかった仕事の件になる。


リネアの話によると……病院に残っていた暴走したアンドロイドたちは、リネアたちのいた場所へ集まってきたらしく、全て倒したらしい。


逃げ遅れたものも確認できなかったそうだ。


仮に逃げ遅れた人間がいたとしても、暴走したアンドロイドは全て倒し終えているため、問題はないだろう。


集まってきた暴走アンドロイドを全て倒したあと、すぐに俺とミオの隠れている分娩室の扉を開けようとしたところ、扉にはロックが掛かっており、すぐには開かなかったらしい。


リネアが病院内のネットワークに入り込み、ようやく扉のロックを解除して中に入ってきたというわけだ。


他に暴走したアンドロイドが存在しなかったというのも、リネアが病院のネットワークにアクセスした際に確認したとのことだった。


つまり、仕事の依頼そのものは、ベルやユン、リネアによって滞りなく達成してくれたというわけである。


そして、俺とミオを助けたあとは、リネアが俺を担ぎ、かろうじて意識のあったミオは、ベルとユンに協力してもらいながらリネアが運んできたらしい。


そのミオも家に着くなり気を失い、今はベッドの上というわけだ。


「――――色々と迷惑をかけたみたいですまなかったな。ありがとう、リネア。」


「いえ、アイラ様のお力になれたのなら何よりです。」


「念のためにミオの様子を見に行こうと思うんだけど……構わないかな?」


「はい。ミオ様も目を覚ましている頃かと思いますので、よろしいかと思います。」


その返事を聞き、俺は早速ミオの部屋へと向かう。




「――ミオ、身体の調子は平気か?」


ミオの部屋に入ると、ベルとユンが寝ているミオの近くに座っていた。


「……あ、はい……。ありがとうございます……。」


ミオは静かに笑う。


問題なしと(とら)えていいのだろうか?


「なにかあったら遠慮なく言うんだぞ?」


「はい。ありがとうございます。」


俺の一言を聞き、ミオは再度微笑んだ。


「ところで……みんな食事は済んでるのか?」


「――はい。私とユンさんはもう食べてしまいました。」


ベルが答えた。


「そうか。」


「お風呂は……ミオさんがどうするか聞いてからの方がいいかと思いまして……私はまだ入っていません。」


――ん?どういう意味だ?


「私も……できればお風呂、いただきたいです。」


俺が聞く前にミオが答える。


「――はい!じゃあ、一緒に入りましょう!」


ベルは、ミオの補助をしながら一緒に入るつもりだった。

ということらしい。


「無理に入浴しなくとも、消毒だけでもよろしいのではないでしょうか?」


リネアが割って入る。


「……ミオさん、どうしますか……?」


ベルが念のために確認する。


「消毒のみでも、充分に入浴と同等の効果は得られます。」


リネアがさらに続けた。


「……はい。でも、それでも、お風呂……入りたいです……。」


リネアに申し訳ないと思ったのか、ミオは遠慮がちに答えた。


要は気分の問題なのだが、俺も気持ちは分かる。

やはり、頭から湯を浴びた方が汚れを落としていると実感できる。


「失礼いたしました。申し訳ございません。」


ミオの返答を受けて、リネアは余計なことを言ってしまい申し訳ないと謝罪する。


「――い、いえ!リネアさんは、私の身体を気遣って言ってくれたんですよね?」


ミオもリネアも自分の考えと気遣いがほんの少しすれ違ってしまっただけだ。


そして、それをお互い分かっているのだろう。

二人ともが申し訳なさそうにしている。


「……えっと……じゃあ、ミオは風呂に入ってから何か食べるか?」


場の空気を変えるため、どうでもいいことを質問してみる。


「――あ、いえ……すみません。もう少しゆっくりしてからお風呂に入りたいので……。」


ミオは語尾を濁す。


食事を先に取りたいということだろう。


そして、まだ動くのはつらいので何かしら食べるものを持ってきて欲しいということでもある。


「――あ、じゃあ、私が持ってきますねー!」


ユンがそれに気付いたのか、食べるものを持ってきてくれるらしい。


意外と気が利くんだな……。


少し感心した。


でも、そうか……それなら……。


「――じゃあ、俺が先に風呂に入っちゃっていいかな?」


俺も風呂に入りたかった。


本当は何か食べ物を口にしてからと思っていたが、それだとさらにミオを待つことになりそうだったため、この際先の方がよさそうだ。


俺も久々にかなり動いたしな。

できる限り早く風呂に入りたい。


「あ、はい。もちろんです。では、私とベルさんはアイラさんのあとで……ベルさんも、それでいいですか?」


「――はい!私はミオさんと入るつもりだったので、大丈夫ですよ!」


どうやら、ベルも俺のあとでも問題ないらしい。


そうと決まれば、さっさと入って、少しでも早く二人が入れるようにしてやるべきだな。


「――それじゃあ、先に入らせてもらうよ。えっと……おやすみ。」


風呂を出たあとは、それぞれみんな自室で(くつろ)ぐだけになるだろう。

おそらく、明日まで顔を合わせることはない。

それ故の挨拶だ。


「はい、おやすみなさい。」


「おやすみなさい。アイラさん。」


ユンは食べ物を取りに行ってまだ戻ってきていないが、まぁ別に構わないだろう。


俺は、風呂場に向かった。




風呂はシャワーだけで済ませた。


もともと長々と浸かるつもりはなかったし、ミオとベルも待っているだろう。


風呂を上がったあとは、さっぱりしていそうな味のゼリー飲料を二本ほど摂取して今日の夕飯は終わりにする。


それだけでも十分腹には溜まる。


寝る支度を整えて、あとは寝るだけだ。


「リネア、お疲れ様。リネアも今日は疲れただろ?」


一息つき、何と無しにリネアに話し掛ける。


「いえ、私は疲れていません。」


「そうか……。明日も特に予定はないし、たまにはゆっくり休んでいいんだぞ?」


返答までに少し間が空く。


「はい。私はメンテナンスさえ怠らなければ、動き続けることが可能です。」


「そうなのか?まぁ、あまり無理はしないようにな?」


リネアは、応答までまた間を空ける。

よく考ながら返答しているのだろう。


「ありがとうございます。明日の起床時間はいかがいたしますか?」


「そうだな……。みんなも疲れてるだろうし、特に指定しないでゆっくり休めばいいんじゃないか?」


「そうですか。では、本日は私もスリープモードに入らせていただきます。おやすみなさいませ。アイラ様。」


電源の落ちるような静かな音が聞こえる。


「スリープモード?……まぁ、ゆっくり休んでくれ……。おやすみ、リネア。」


俺の疑問と挨拶に返事は返ってこなかった。


どうやらリネアは眠ってしまったらしい。


さて、じゃあ、俺もそろそろ……。


目を閉じ、眠る……。


――いや、眠ろうとした。


だが、部屋の外から声が聞こえる。


「――あの……アイラさん?少し、いいでしょうか?」


ミオの声だった。


「――あれ?ミオ?どうしたんだ?」


そう聞きながら布団から起き上がり、扉に向かう。


「――あの……よければ少し、お話を……。」


自信のない様子で話すミオを迎え入れる。


「――なっ!?ミオ!どうしたんだ!?」


扉を開けると、一糸纏わぬミオが立っていた。


それを見て、俺は小さな声で驚く。


「――え、えっと……入っても……いいでしょうか……?」


確かに、こんな格好のミオを出入り口でそのままにしておくわけにもいかない。


「あ、ああ……。」


驚きでろくな言葉も出なかったが、ミオの申し出を承諾する。


ミオは、部屋の真ん中辺りまで進むと、出入り口で立ち尽くしている俺の方へくるりと振り返る。


「――あの……。」


「――そうだ、ベルとユンはどうしたんだ?」


ミオが何か言い掛けるが、同時に喋り始めてしまった。


「――あ、えと……ベルさんとユンさんは、もう自分のお部屋に戻って眠っていると思います。」


「……そうか……それで、その……じゃあ、ミオはどうして……俺の部屋に……?」


もしかすると、ベルとユンが部屋に戻って心細くなったのだろうか?

そんなことを思う……。


「……そ、その……じ、実は……。」


ミオは言葉を濁す。


かなり言いづらそうだ。


「……どうした?」


心配になり、息を吞むようにゆっくりと聞き返す。


「――あ、あの!じ、実は……か、身体が……熱くって……。」


ミオはようやく声を絞り出すが、その声は徐々に小さくなっていく。


部屋が薄暗かったため気付かなかったが、よく見ると顔が紅潮しており、はぁはぁと荒い呼吸をしている。


風邪でも引いて熱があるのかもしれない。


さらには、太股(ふともも)の辺りが薄明りでキラキラとしていて、液体で濡れているようだ。


汗を掻いているのか、風呂を上がって身体をちゃんと拭かなかったのかもしれない。


「――だ、大丈夫か……?ミオ……?」


部屋の真ん中にいるミオに歩み寄りながら問う。


「――あ、あの……!私……もう……!」


ミオは俺に抱き着いてくる。


「――っな!?」


「――す、すみません!……わ、私……なんだか、身体が……熱くって……ダメ……なんです……。」


「ミオ……。」


抱き付いてきた身体は、確かに熱く感じた。


はぁはぁと荒い呼吸をしているせいか、いつもよりもミオの甘い匂いを強く感じる気もする。


「……あ、あの……アイラさん……すみません――――!」


俺はミオに抱き付かれたまま体重を掛けられ、重さに逆らえず数歩下がる。


――まずい!倒れる!


だが、背中には柔らかい感触があった。


俺は、地面に後頭部を打ち付けることはなく、ベッドに押し倒されたようだ。


「――み、ミオっ……!」


大丈夫か?

そう問おうとした。


だが、その前に口を塞がれる。


口の中にミオを感じ、頭が痺れる。


「……ん……アイラさん……ん……んん……。」


ミオの柔らかさを感じる。


このままでは俺も変な気分になってしまう……。


「――ぷはっ……み、ミオ……どうしたんだ?……大丈夫か?」


なんとか顔を離し、酸素を取り込み、ミオを落ち着かせるために話し始める。


「……す、すみません……でも……。」


ミオははっきりと答えない。

代わりに、うるうるとした目をしていた。


「――そ、そうだ。きっと疲れてるんだよ。早く寝ることにしないか?」


ミオには悪いと思ったが、やはり何かがおかしい。

身体を起こし、ここまでにしようと提案する。


「――で、でも……あ……ん……。」


ミオは何かを言おうとしているが、言葉にならない様子だ。


「――ほ、ほら、ミオも自分の部屋に戻って寝た方がいいぞ?」


返答がないのなら、こちらで勝手に話を進めてしまえばいい。


「――あ、アイラさん!」


だが、それを察したのか、(さえぎ)るように俺の名を呼ぶ。


「――ど、どうした?ミオ……。」


ミオの勢いに()されて、よく考えずに聞き返してしまう。


「……あ、あの……今日は……今日だけは……わ、私と……私と、一緒に寝てもらえませんか……?」


きっと精一杯の気持ちで言葉を絞り出したのだろう。


言い終わったあと、うるうるとした目で俺のことをまっすぐに見つめてくる。


今にも泣きそうで、とろんとした表情だ。

こんな顔をしているミオを放って眠るなんて……俺にはできない……。


「…………わかった……今日だけだな……?」


なんの確認にもなっていないが、確認するように問う。

今日でなければよかったのかもしれない……。


「はい。」


ミオは嬉しそうな甘い声で返事をする。


結局俺は、断ることができなかった。


「……それじゃあ……寝ようか……?」


「はい……。」


もともと眠ろうとしていたのだ。

きっとすぐにでも眠れるだろう。


ミオは返事をしたあと、先にもぞもぞと布団を被る。


「……えっと……ミオさん?その格好のまま寝るの……?」


「……はい……。」


入った布団を鼻の上まで被せて、恥ずかしそうに返事をする。


まぁ、今からやっぱりやめようというのも卑怯な気がする。


俺も寝ようとしていたため薄着だ。

全裸で寝ることもあるが、最近はリネアがいるのでなんとなく最低限の装備は身に着けて寝るようになっていた。


それでもやはり薄着だ。


ミオからはいつも以上に甘い香りがする……。


こんな状態で一緒の布団に入ってもいいものだろうか……?


「……えっと……本当に俺も一緒に寝ていいのか……?」


「……はい……是非……。」


ミオは甘い声で返事をする。


返事を聞き、極力ミオの身体が見えないように布団を持ち上げて、ミオに背中を向ける形で布団に入る。


「……それじゃあ……おやすみ……。」


返事は、返ってこなかった……。


安心してすぐに眠りに落ちてしまったのだろうか?


そんなことを考えた数秒後だった。


「――ん……アイラさん……。」


ミオはその温かくて柔らかい身体を、隙間なく俺に押し付けてくる。


いや、抱き付いてきている。


ミオの身体は、いつもより熱い……。


ゆっくりではあるが、はぁはぁという息遣いも聞こえる。


「……み……ミオ……?」


きっと、今振り向いてしまったら、俺の方からミオを抱き締めてしまうだろう。


背中を向けたまま、なんでこんなことを?そんな気持ちでミオの名前を呼んだ。


「……アイラさん……ん……私……。」


ミオはそう言いながら、俺の薄い装備をゆっくりと、優しく剥ぎ取っていく。


お互いの体温を直に感じる。


「……み、ミオ……。」


どうしていいか分からず、背中を向けたままもう一度ミオの名前を呼んでしまう。


「……アイラさん……こっち……向いてください……。」


抱き付いていた腕を放す。


少し遠慮がちな声で、でも自分の希望はしっかりと、消えそうな声で伝えてくる。


断れる気がしない……。


寝返りを打つ要領で、俺はミオの方に向き直る。


お互いの呼吸が交わるほどの距離。


ミオの顔は(とろ)けて、目はうるうるとし、今にも泣いてしまうんじゃないかという顔で嬉しそうに、静かに微笑む。


「ミオ……。」


大丈夫か?そう言おうとした。


「――アイラさん。」


だが、俺がその言葉を発するよりも早く、ミオは再び俺に抱き付いてくる。


今度は正面からだ。


ミオの甘い匂いを肺いっぱいに吸い込んでしまう。


そのまま、永遠とも一瞬とも取れる間抱き合う。


お互いの体温を、お互いが全身に感じる。


それはどれくらいの時間だったのだろう?数えることができないほど長い間だったのか、あるいは、ほんの数秒のことだったのか…………。


「……あ……アイラさん……ん……んん……。」


抱き合っていたミオが、少し震えながら静かに動く。


俺の身体に自分の身体を擦り付けるような動きだ。


「……み、ミオ……?」


なんだか心配になり、名前を呼ぶ。


「……あ、アイラさん……ん……ん……ん……ん……。」


ミオは規則的に動いている。


俺はそんなミオの頭を、背中を……ミオの身体を撫でてやる。


「……ミオ?大丈夫か?」


はぁはぁと部屋にきた時よりも呼吸を荒くしているミオに聞く。


「……はぁ……はぁ……は、はい。だいじょ……ぶ……です……はぁ……はぁ……。」


布団が暑いせいで汗を掻き始めているのだろう。


ミオが足を絡めている部分がじんわりと湿り出す。


「……ミオ……ミオ……。」


小動物のように小さく震えているミオが愛おしくなり、小さく名前を呼ぶ。


「――あ、アイラさん……!……は……はぁ、はぁ……ん……アイラさん……ん……んん……!」


ミオも俺の名前を呼び返してくる。


「ミオ……!ミオ……!」


お互いに気持ちが(たかぶ)ってしまっているのかもしれない。

ミオに呼ばれ、さらに名前を呼び返してしまう。


「――アイラさんっ……!……はっ……はぁ、はぁ……あ、アイラさん……!んっ……!はぁ……はぁ……アイラさん……!あ……あんっ!はぁ……はぁ……あっ、ん……ん……ん……んんっ……!」


俺に撫でられるのが心地いいのか、ミオはぴくぴくとしながら変な声を出す。


「――ミオ……っ!」


そんなミオがさらに可愛く感じられ、ミオを抱き締める腕に力が入ってしまう。


「――はぁ……はぁ……あっ、あっ……んっ……はぁ、はぁ……あっ、あっ……!ん……んんっ!……はぁ、はぁ……あっ、あっ、あっ……!あっ!あっ!!ん……んんっ……!あっ、あっ、あっ……!いっ……いうっ、いうっ、いうっ……ひふうううううううううっっっ!!!」


ミオは限界を迎えてしまう程の力で、俺を締め付けるように抱き着く。


まるで、俺の中身が全て絞り出されるような感覚だ。


数秒間それが続き、力を入れすぎたのかビクビクと震え、一気に力が抜ける。


直後、太股(ふともも)の辺りにコロンと硬い感触を感じた……。


汗でじとっとした布団の中からそれを拾い出してみると、機械でできている毛虫のようなものが丸まっている。


見覚えのある機械の毛虫だ。


おそらく、ミオの内部を見るために入れられたカメラがまだ残っていたのだろう。


それがミオの全身に限界まで力が入ったことにより、内部から排出されたというわけだ。


ミオの様子がおかしかったのは、これが残っていた違和感によるものだったのだろう。


その証拠に、身体の力が抜けたミオは、疲れてしまったのかすぅすぅと落ち着いた寝息を立てながら、心地良さそうに眠っている。


俺ももう瞼を開けていられなさそうだ。

眠りの海へと沈んでいく……。

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