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帰れない場所、暴走する機械

「―――アイラ様、アイラ様、起きてください。おはようございます。アイラ様。」

「――ん……んん……朝か……。」

「はい。朝です。おはようございます。」

「――そうか……朝か……仕事に行かないと……相野さんに、会いに行かないと……。」

「相野さん。ですか?」

「そう、相野さ…………――えっ!?」

リネアの声が聞こえて、俺は飛び起きる。

目覚めは悪い方だと思っていたが、今日は違った。

一瞬で覚醒し、強引に頭が回転させられ始める。

「あの、どうかなさいましたか?」

――リネアだ。

リネアがいる……。

そしてこの部屋は、昨日から住むことになったアトランティスの部屋だ。

「――い、いや、なんでもない……。」

なんでもないわけがないが、リネアにはそう返答する。

……俺は、いつの間にこっちに……?いや、そもそもあっちでの時間はあったか……?いや、あるいはあり得ない話だが……ずっとこっち側に?いや、そんなまさか……。

混乱する。

「あの、やはり体調が優れないのでしょうか?」

俺の様子を見て、リネアがそう聞いてくる。

「――い、いや、すまない……。もう少しだけ、寝させてもらってもいいかな?」

俺はあっち側に行くことができないのか、もう一度試したくなり再度眠りに就こうと思い至る

「かしこまりました。とりあえず起こしてはみましたが、もう少し遅い方がよろしいのですね?では、もう2時間程度であれば、本日は予定もありませんので、問題ないかと思われます。2時間ほど経ちましたら、もう一度声を掛けさせてもらいます。」

「ああ、すまない。頼む。」

といっても、一度覚醒してしまった意識はなかなか沈みにくい。

果たして眠れるだろうか……。




「―――アイラ様、アイラ様。起床予定時刻になりました。起きてください、アイラ様。」


意外にもあっさりと眠ってしまったようだ。


ああ……だがどうやら、ここはあっちの世界ではないらしい。

リネアの声で眠りから覚めたのがその証拠だ。


あっちの世界の日常は、特別なんの変化もないもので別に好きではなかったが、それがなくなると思うと相野さんの顔がちらついて惜しくなる。


「ああ……リネア、ありがとう。おはよう」


「はい、おはようございます。どうか、なさいましたか?」


リネアは、起きたばかりの俺の異変に気付き、様子を聞いてくる。


「いや、なんでもない……。どうすればもともといた世界に戻れるのかと思ってな……。」


「そうでしたか。私もアイラ様に協力いたしますので、どうかご安心下さい。」


リネアにとってはなんてことのない一言だったのだろう。


だが、俺にとっては妙に励まされる一言となった。


「そうか、ありがとう。よろしく頼むよ。」


「はい、よろしくお願いします。」


リネアは、打って変わって事務的な返答をする。


まだまだ謎の多い子だ。




「――やっ、あっ!やっ、あ……んっ、いやっ……!」


突如、悲鳴が聞こえてくる。


この声は……ミオだろうか?


まだ起きたばかりで頭がぼうっとしている上に、リネアとのんびりした時間を過ごしていたため、なかなかスイッチが入らない。


家の中だし大したことではないと思うが……一応見に行くことにする。


悲鳴が聞こえたと思われる場所へ向かうと、すでにベルが立っていた。


「――あ、アイラさん……!ど、どうしましょう!ミ、ミオさんが!」


ベルはかなり焦っている様子だ。


多少慌てていても挨拶はちゃんとするベルが、挨拶を忘れる程度には緊急事態らしい。


「おはよう、ベル。何があったんだ?」


まだ状況を知らない俺は、のんきに質問する。


「――え、えっと、おはようございます!ミ、ミオさんが……ミオさんが!」


風呂場の方かとも思っていたが、どうやらミオはトイレの中にいるらしい。


だからといって、ベルは漏れそうだから慌てているというわけでもないようだ。


「――や、やめ……!やめてくださいっ!!――んあっ!」


扉の向こう側からミオの声が聞こえてくる。


やはり何かしら大変なことがあったようだ。


「――ミオ!!どうした!?なにがあった!?」


俺は扉の向こうにも聞こえるように、声を張り上げて聞く。


「――あ、え……?あ、アイラさん!?え、えっと……あの……その……!!」


困っている様子ではあるのだが、なかなか口には出し辛いらしい。


「なんだ!?どうした?」


「……え、あの、えっと……その……ひう!あっ、やめ!んっ!……んんん!んあっ!」


「――ミオ!?大丈夫か!?」


「……あ、あの……えっと……その……と、トイレが……故障、してしまったようで……!」


なんだ、故障か……詰まって水でも溢れたんだろうか?


ふとリネアの方を見ると……驚いている。

ように見えなくもない……。


「あり得ません。故障など。ミオ様!!どうしましたか!?具体的に教えていただけないでしょうか!?」


声を張り上げたリネアの様子を見ると、どうやらなかなかの緊急事態だと分かる。


「――あ、え、えっと……その、と、トイレの水が……わ、私の…………!」


なんだ?水が私の……なんだ?気になるじゃないか……。


だが、俺は口を開かない方が良さそうだ。

ミオが尚のこと言い辛くなるだろう。


「水が、どうしましたか?私が修理しますので、教えてください!」


リネアは、ミオからなんとか状況を聞き出そうとしている。


「――あ、あの……えっと……えっと……み、水が……水が私の……股を狙って……あんっ!いやっ!……ああんっ!」


扉一枚挟んだ向こう側から、ミオの色っぽい声が聞こえてくる。


この扉の向こう側で、一体何が起こってるんだ……?


「リネア、なんとかならないかな?」


「――かしこまりました。」


微妙に噛み合っていないやり取りな気もするが、リネアは何か対策を講じてくれるらしい。


「ミオさんは、大丈夫でしょうか……。」


ベルが中にいるミオを心配する。


「少し、避けていただけますか?」


リネアの言葉に応じ、ベルと俺は左右に避ける。


リネアは扉に触れ、目を閉じる。


昨日言っていたネットワークというやつに入り込んでいるんだろうか?


リネアは何かしらの……俺たちには視えない何かを視ているんだろう。


リネアが集中し、静かになったことによって扉の向こう側からは、ミオの何かを耐えるような声と、水の噴出するような音がしていることが分かる。


「……どうだ?リネア……?」


「ダメです。基本的にトイレはプライバシー保護の観点から干渉がし辛くなっております。時間をいただければどうにかできると思うのですが、すぐには不可能かと思われます。」


「そうか……。」


俺はリネアの返答を聞き、肩を落とす。


――その直後だった。


「使用者の衛生面保持のため洗浄モードに入ります。排泄物を除去いたします。」


まるで追い打ちを掛けるかのように、中から機械の音声が聞こえる。


どういう意味だ……?


「――あっ、いやっ!んっ……んんっ……!や、やめっ……あ、はっ……はぁ……はぁ……や、やめ……!う……く……苦し…………。」


ミオの声は、色っぽいものから苦しそうなものへと変わっていく。


「使用者の異常を確認。安全性を優先し、扉の透過を開始いたします。」


ミオの声に応じるかのように、機械は続けて音声を発する。


「……扉の……透過……?」


その音声が聞こえた直後、ミオの入っている個室の扉が徐々に透けていく。


数秒後にはトイレに座っているミオの姿が見えてしまう。


いや、座っているというよりも……拘束されている。


「――あ、アイラさん……!やっ、いやっ…!――み、見ないで!」


どうやら、ミオの方からもこちらが見えているらしい。


あくまで扉は見た目が透けているだけなので、当然ながら中に入ることも出ることもできない。


拒絶の言葉を叫んだミオは、金属のベルトのようなもので便座に足を固定されており、立ち上がることも動くこともできない状態だ。


また、便器からは……ウォシュレットなのだろうか……水が、噴き出している……。


その水は、ミオが身を(よじ)るのに対し、狙いを外すことはなく、動きに合わせ、豆のような小さな(まと)に的確に水を命中させている。


さらに驚くべきは、その水の勢いが異常に強いことだ。


機能としていうのであれば、ビデとおしりのボタンにより放出される二つの水が、その機能通りの場所にレーザーのように水を放出し続けている。


「――み、ミオ!!」


「――やっ、いやっ……み、見ないでっ……アイラさん……もう…………ん……んんっ…………!!」


ミオは苦しそうな声で訴える。


――直後。


――――ぶしゅ、ぶしゅ!ぶしゅううううううっ…………!!


機械の水の音とは別に、液体が噴射される音が聞こえる。


「……あ、アイラさん……み、ミオさんが……。」


ベルもどうしていいか分からないといった様子だ。


「――あ……あぁ……はぁ、はぁ……やっ、いやっ……んっ……ああっ……うっ……うう……。」


ミオからは、色っぽい声と苦しそうな声、泣き声がごちゃごちゃになって聞こえてくる。


ミオ本人の頭の中が同様の状態なのだろう。


「ミオ……。」


「――や……もう、いや……アイラさん……うっ……く、苦しいっ……。」


二本のホースがミオの前と後ろから伸びている。


排出された場所にまた水が注入されていく。


――ぶしゅううううううっ……


十分に注入された後、再び排出される。


それが何度も繰り返される。


その動作は機械的で、機能を停止させなければまず止まることはないのだろう。


「――リネア、なんとかならないか?」


(わら)にもすがる想いで、もう一度リネアに確認する。


「申し訳、ございません……。」


「……あ……アイラさん……た……助け…………――ひうっ!?」


助けを求める声を発したミオからは、今までとは違う、引き()るような悲鳴が聞こえる。


「アンモニア成分を検知。洗浄を開始いたします。」


ミオを見ると、細いブラシが、入るはずのない場所へと挿入されている。


「――やっ!!いやっ!!――い、痛い!!痛いっ!!――ん……んぐぅ……!!」


ミオは一段と大きな声を上げる。


「――み、ミオ!!」


「――んっ……んぐ……んあっ……はぁ、はぁ…………ら、らめぇ……こ、これ……はぁ、はぁ……ん、んんっ!や、やらぁ……こ、これ以上……はぁ、はぁ……あっ……お、おかしくなっちゃ…………い……いうううううっ!!……あ……はぁ、はぁ……ん……。」


痛みに顔を歪めていたはずのミオは、いつの間にか上気した顔をしており、呂律も回らなくなっていた。


「……アイラさん……どうにか……なりませんか……?」


ベルは泣きそうな顔で俺に訴え掛けてくる。


俺だってどうにかしたいが……どうしようもない……。


「――はぁ……はぁ…………!!」


息も絶え絶えといった様子だったはずのミオは、意を決したような顔をする。


――これは……まずい!


「――ベル!リネア!逃げるぞ!」


俺は、干渉するため扉に手を触れていたリネアと、すぐ近くにいたベルの腕を引っ張って可能な限り扉から離れる。


ミオの背後では何かが輝いている。


それに反応するようにミオの手元に水が収束する。


そして、身体をぐったりとさせたまま、ミオはふり絞るようにして叫ぶ。


「――――あ……アクアレイザーーー!!」


――――ドゴオオオオオオオオオンッ!!!


木っ端微塵だった……。


トイレも……その隣の風呂場も……。


上を見上げると、天井には穴が空いている……。


幸いだったのは、ミオも弱っていたせいか、部屋は消滅しなかったこと。

見上げた天井の穴からは空が見えていること。


どうやらここは、最上階だったようだ。

怪我人が出なかったのは本当によかった……。


「――み、ミオ!!大丈夫か!?」


俺はすぐにミオに駆け寄り、ぐったりと床に倒れこんでいるミオを助け起こす。


「……はぁ……はぁ……アイラ……さん……。」


ミオは気を失った……。




部屋のベッドへとミオを寝かし、事の成り行きを見ていたベルとリネアを集めて話し合うことにする。


「まずは……これ、どうしようか……?」


俺は、破壊されてしまったトイレと風呂場に視線を向けて問う。


「それでしたら問題ありません。すぐに修理が開始されるはずです。ただ、修理までに多少時間が掛かると思いますので、トイレの方を優先的に修理してもらうよう手配しておきました。」


俺の問いにはリネアが答えてくれた。


さすがリネアだ。


既に必要な処理を済ませてくれていた。


「そうか。ありがとうリネア。じゃあ、次に……これは、一体何だったんだ?」


「これは、おそらく、ウィルスによる暴走かと思われます。」


「やっぱりそうなのか……。」


「はい。私が昨日お休みをいただく前に処置をしておけばよかったのですが、私の怠慢により、申し訳ございません。」


「いや、リネアのせいじゃないよ。」


「ありがとうございます。以後このようなことがないようにいたします。つきましては、この家のものにはネットワークからのウィルスの侵入ができないようすべて対処いたします。どうかこれからは、安心してこの家をご利用ください。」


「分かった。ありがとう。じゃあ、よろしく頼む。」


「ところで、私からも一つ。ミオ様の先程のアレは一体何だったのでしょうか?」


「アレって……ミオの魔法のことか?」


「魔法、ですか。」


詳しく話した方がよさそうだ……。


「ミオは、水の魔法が得意なんだ。それでここまで高威力の魔法が使えるんだよ。」


「なるほど、水の魔法ですか。であればトイレ内のアクアマリンがそれを可能にしたのかもしれませんね。」


魔法に対する認識に、何かズレがあるような気がする……。


「なぁ、リネア。この世界の魔法って……どんなものなんだ?」


「はい。この世界の魔法は、主に生活に必要な範囲で使用されております。ガーネットやアクアマリンなど、魔法の種類に応じて媒介とする宝石が存在し、宝石の大きさによって使える魔法の出力も変化します。」


「つまり……魔法を使うためには宝石が必須ってことか?」


「はい、その通りです。例えば、今この部屋で使用している電気に関しましても、トパーズの宝石を媒介としております。トイレやお風呂等の水はアクアマリンを媒介としております。宝石さえあれば、ほぼ無尽蔵に魔法の使用が可能なため、宝石の使用法が発見されて以降、この街は大きく発展したと言われております。」


それを聞き、ベルが俺の袖を引っ張る。


「アイラさん、アイラさん、私も……いいですか?」


ベルも気になることがあったようで話に入ってくる。


「……どうした?ベル?」


ちらりとベルの方を見る。


「実は……センターの方々から逃げている時に、私とミオさんで魔法を使おうとしたんです。でも、全く使うことができなくて……あ、えっと……すみません。ずっと言っておこうと思っていたので、言うなら今かと思いまして……。」


そうだったのか……。


「ちなみに、風の魔法だったとしたら宝石はエメラルドを媒介にするので間違いないか?」


続けてリネアに質問する。


「はい、その通りです。魔法そのものは、宝石さえあればほぼ無限に使用が可能です。ですが、トイレの水の供給に使われている程度のアクアマリンで、先程のミオ様の放ったような魔法が使えるというのは、私の知る限りでは本来あり得ないものです。」


リネアもミオの魔法に関しては気になっていたらしい。


ミオもベルも宝石の付いたアクセサリーを身に着けているとは思うが、その程度の大きさでは魔法を使うのには不足するということだろう。


しかし、適応する魔法と宝石に関しては、どうやら俺の知識にあるものと同じようだ。


「なるほど……じゃあ、もし仮に小さい宝石で想定以上の大きな魔法が使えるとしたら、それはどんな理由があるんだ?」


「これは、私の推測ですが、魔法の使用者の適正値が高かった場合。あるいは、感情の爆発により、通常以上の出力を引き出せた場合などではないかと思われます。」


確かに、考えられるとしたらそれぐらいか……。


「ありがとう、リネア。」


「いえ、また何かありましたら遠慮なく聞いて下さい。ところでアイラ様、このあとセンターへ連れて行ってはいただけないでしょうか?」


「……センター……?あ、もしかして、修理の件でまだ何か必要なのか?」


「いえ、修理の件に関しましてはこの部屋に備え付けてある端末からネットワークを介し、既に必要な手続きは済んでおります。」


さすがリネアだ。


「じゃあ……なんで?」


「お仕事や、その報酬の件でもう一度センターへ行っておいた方が良いと思いまして。お願いできないでしょうか?」


なるほど、仕事か……。


確かに、ここで生活していく以上は必要か……あれ?必要か……?


「……分かった。センターだな。」


「はい。お願いいたします。それと、その帰りにスクラップ置き場へも寄っていただけないでしょうか?」


「……スクラップ置き場?まぁ、いいか。ついでだから構わないよ。」


「ありがとうございます。よろしくお願いいたします。できるだけ大きな荷物入れもお持ちいただくようお願いします。」


「……お、おう、分かった。」


一体何をする気なんだ……?


「あ、あと、こちらを。」


リネアは、両手を差し出す。


その両手の上には、俺の二丁の銃が乗っていた。


「俺の銃じゃないか。いつの間に……?」


「はい。こちらをお持ちください。アイラ様が眠っていらっしゃる間に、荷物の中から拝借し、ちょちょいのちょいとさせていただきました。」


「――いつの間に!?てか、何をしたんだ?」


「はい。アイラ様の銃は実弾銃のようでしたので、先ほどのようなこともありますし、この世界のロボットとも戦える武器へと、改造させていただきました。」


「――改造!?一体……何を?」


「はい。この銃は、大気中のエーテルを利用し、疑似的な弾丸を生成、その弾丸をエーテルによるレーザーにて射出いたします。この世界のエーテルは、大気中にほぼ無限に存在するため、魔法にも転用されております。そのため、この銃もほぼ無限に射撃を行うことが可能と思っていただければよろしいかと思います。」


なるほど。


つまり、銃弾無しで無限に撃てる銃ってことか……無敵かよ!すごいなリネア。


「すごいな。ありがとう。」


「いえ、それほどでも。ちなみに、実弾に関しましても今まで通り使用が可能となっております。実弾を装填していない状態で射撃を行った場合のみ、自動的にエーテルによるレーザー銃として発射されますので、実弾を利用の場合も今まで通りご使用いただければと思います。」


リネアはドヤ顔をしているような様子だ。


「そうか、すごいな!ありがとう!」


「さらに、銃自体の強度も改造の際に向上させておりますので、銃本体が壊れなければ無限に射撃可能かと思われます。」


本当に至れり尽くせりだ。


優秀すぎるだろ、リネア。


「ありがとう。それじゃあ、そろそろセンターへ向かおうか。」


「はい、お願いいたします。」


一度自室に戻り、支度を済ませる。


言わなくても問題ないとは思うが、ミオのことはベルに頼むため、声を掛けに行く。


自分の部屋を出て、ベルの部屋へ向かう。


「あ、アイラさん……おはよー……。」


ぼんやりとした声で話し掛けられる。


ユンだ。


「ああ、おはよう。ゆっくり眠れたか?」


「うん、いっぱい寝ちゃった。」


「そうか、それはよかった。」


寝起きのユンを見てなんだか和んでしまう。


「アイラさんは……どこか行くの?」


「ああ、ちょっとセンターにな。」


「そうなんだ……じゃあ、私も付いていく!!」


マジかー……。


まぁ、リネアもいるし、ユン一人ぐらいなら平気か……。


「そうか……じゃあ、ベルに声を掛けてくるから、その間に支度できるか?」


「――できる!」


ユンはそう答えるや否や、すぐに自室に戻る。


それじゃあ、ベルに声を掛けに行こう。


――コンコン。


ベルの部屋の扉をノックする。


……返答がない……。


もう一度ノックする。


…………が、やはり返答がない……。


となれば、ミオの部屋にいるのかもしれない……。


――コンコン。


ミオの部屋の前へ移動して扉をノックする。


「――ん、んく。……は、はい!」


ベルの声だ。


「……入るぞ?」


「――はい、どうぞ!」


どうやらベルは食事中だったらしい。


ミオのベッドの横に腰掛け、ゼリー飲料を口にしていた。


「突然すまん。リネアと……あと、ユンも連れてセンターに行ってこようと思う。だから、ミオのことを頼んでもいいかな?」


「――はい!もちろんです!」


即答だ。


元気なベルは本当に可愛いな。


ベルの横で眠るミオは柔らかい表情で眠っている。

きっと目を覚ます頃には、ベルと同じように元気になっていることだろう。


「それじゃあ、ベル。頼んだ。」


「はい、任せてください!」


ミオのことはベルに頼み、部屋を出る。


「――あ、アイラさーん!準備できました!!」


「おお!ユン、完璧だな。」


「えへへー。」


ユンは少しもじもじしながら嬉しそうに笑う。


すっかり元気になったようで良かった。


「それじゃあ、行こうか。」


「はーい!」


「はい、お願いします。」




部屋を出て転送機に乗れば、あっという間に建物の外だ。


外に出たことによって、昨日初めてここへきたことを思い出す。


そして、センターのアンドロイドに追い掛けられたことも……。


センターへ向かう。


センターに近付くに連れて、俺の足取りは重くなっていく。


もう問題ないというのは分かっているのだが、妙に警戒してしまう。


学校でいじめを受けている子が、学校の近くまでくるとお腹が痛くなり始めるようなもんだろうか……。


「……アイラさん?どうかしました……?」


俺の歩く速度が遅くなったからか、ユンが俺の異常に気付く。


「い、いや、昨日のことを思い出してな……。」


「そうですか……んー……。ちょっと待っててくださいね?」


ユンは考えた後、俺にそこで待つように言う。


すると……パタパタと……飛ぶ。


――ん?……飛ぶ?……飛んだ!?


「――飛べるのかよ!!」


思わず口に出ていた。


今までも、なんとなくふわふわしてるなぁ……と思ったことはあったが、まさかあんなに高くまで飛べるとは思わなかった……。


てか、背中に生えてる翼も大きいわけではないし、なんならただの飾りかもしれないと思っていたくらいだ……。


「すごいですね。ユンさんには飛行機能があったんですね。」


淡々と感想を言っているが、リネアも多分驚いている。


「ああ……俺もビックリだよ……。」


高くまで飛び、周りをキョロキョロと見回した後、ユンは降りてくる。


「アイラさん。変な人はいませんでしたよ?だから……安心して?」


どうやら、ユンなりに俺を安心させてくれようとしたようだ。


「そうか……ありがとう。」


まぁ、そんなことよりも、ユンが飛べることに驚きすぎたせいで、昨日のことなどどうでもよくなってしまったわけだが……。


おかげで、足取りも軽くセンターへ向かう。




「アイラ様。こちらへ。」


自動ドアを(くぐ)り、リネアが案内する。


「ああ、分かった。」


リネアに付いていく。


「本日は、いかがいたしましたか?」


リネアの横に並んで窓口の前に立つと、受付のアンドロイドが事務的に聞いてくる。


「――あ……その……なんだっけ?」


何を聞くのか知らなかった俺は、リネアに聞く形となる。


「お仕事の件でお伺いしました。」


リネアは受付に用件を伝える。


「かしこまりました。それでは、端末のご提示をお願いいたします。」


こうなれば慣れたものだ。


俺は腕に嵌めた端末を差し出す。


「確認いたしました。暴走ロボットの鎮静化お疲れ様です。報酬をお支払いいたします。」


受付のアンドロイドがそういうと、端末からピロンと音が鳴る。


ペイペイでも、ワオンでもなく、ピロンと音が鳴る。


「――えっと……今のは?」


端末から妙な音が響いたため、思わずリネアに聞いてしまう。


「働きに応じた報酬が支払われました。そのクレジットにより、今後は欲しいものを買ったり、必要なもののお買い物をしたりすることも可能です。」


な、なるほど……。

本当に端末一つで何でもできるんだな……。


「お仕事のご登録がありませんが、今後もウィルス、暴走ロボットへの対策のお仕事をなさいますか?」


受付のアンドロイドは質問をしてくる。


俺はどう答えるべきなのか分からない。


「はい、お願いいたします。」


俺の代わりにリネアが答える。


「かしこまりました。それでは、ウィルス対策のお仕事にてご登録させていただきます。今後対策案件がある場合は、端末より優先的にお知らせがございますので、ご対応いただきますようお願いいたします。」


「わ、分かりました……。」


何も分かっていない。


多分、仕事の依頼は端末を介して知らせてくれるとかそんなところだろう。


「また、報酬のクレジットに関しましても、自動的に端末に支払われますので、万が一支払いに不備がある場合にはこちらの窓口にお越しいただきますようお願いいたします。」


これは分かる。


なんかあったらここにこいってことだ。


「分かりました。」


「他に何かご用件はございますか?」


受付に言われ、リネアの方をちらりと見る。


……どうやら、用事は済んだようだ。


「いえ、以上です。」


「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております。」


無事に済んだ。


次は、スクラップ置き場だ。




何事もなくスクラップ置き場に到着する。


「リネア。ここでよかったんだよな?」


「はい、ありがとうございます。荷物入れを貸していただけますか?」


「あ、ああ……。」


俺は、背負ってきた荷物入れをリネアに渡す。


リネアは、大きな鉄のコンテナの中を、ツインテールと両腕を使ってガラガラと漁っている。


「――可哀そうに……あなたはまだ働けたはずなのに……捨てられてしまったんですね……。私が――。」


コンテナの中でリネアは独り言を言いながら何かをしていたが、何を言っていたのかまではよく聞き取れなかった。


いくつかあったコンテナの中を一通り探った後、リネアは戻ってくる。


「――リネア、用事は済んだか?」


「はい。それでは。」


「ああ、帰ろうか。」


「はい。では、この荷物はお願いいたします。」


「え゛……。」


リネアのいうこの荷物とは、俺が持ってきた荷物入れだ……。


明らかに持ってきた時よりも膨らんでいる…………。


「いかがいたしましたか?」


「いや、なんかすんごい重そうなんだけど……。」


「はい。」


「――いや、はい。じゃなくて自分で……。」


「も、もしやアイラ様は、こんなにか弱い美少女アンドロイドに、こんなに重たい荷物を持たせようと?」


「い、いや……だって、これ……。」


「およよよよよよ。」


「……え?なにそれ?泣いてるの?泣いてる()リしてるの?」


「はい。男性は女性が泣く姿を見せると、なんでも言う事を聞いてくれると聞いたことがあります。」


「いやいやいやいや、いくらなんでもこれは無理だろぉ……。」


「頑張って、おにいちゃん。」


「……なにそれ?」


「いえ、男性は可愛い妹の言う事はなんでも聞いてしまうと聞いたことがあります。」


「――いや、妹じゃねーし!…………はぁ……。分かったよ……仕方ないな……。」


「ありがとうございます。マスター。」


「――よいしょっ!……と、おもっ!重い!!」


重すぎてよろける。


「頑張って。おにーちゃん。」


「頑張って!アイラさん!」


ユンまでリネアと一緒になって応援してくる。


応援してくるだけだ。


俺は……一歩も歩けない。


「――いや……重すぎるだろ!!」


結局、俺が背負った荷物をリネアとユンが後ろから支え、三人で協力しながら持ち帰ることになった。




「――た、ただいまー……。」


「ただいま帰りました。」


「たっだいまー!」


「――あ、お帰りなさい。アイラさん。」


「お帰りなさい!」


家に戻ると、ミオとベルが迎えてくれた。


どうやらミオは目を覚ましたらしい。

よかった……。


「ミオ、もう身体は大丈夫か?」


「……え、えっと……はい、ありがとうございます。」


少し恥ずかしそうな様子を見せるが、元気なようだ。


そして、家の中には他にも気配がある。


人ではない。

ロボットだ。


「――あ、アイラさん!おトイレの修理は終わったそうです!ただ……。」


それは誰なのかと聞く前に、ベルがその正体が分かることを口にする。


修理にきてくれていたロボットだったようだ。


それよりも、ベルが言葉を濁したことの方が気になる。


「ただ……?」


「その……お風呂の方が修理にもう二日程度掛かるそうでして……。すみません!私のせいで……。」


俺が聞くと、今度はミオが答える。


元気になったはずのミオが、暗い顔をする……。


「いや、ミオのせいじゃないだろ?でも、そうか……風呂がないのか……。」


「――ねぇねぇ?アイラさん?」


頭を悩ませている俺を見て、ユンが俺の服をくいくいと引っ張る。


「――どうした?ユン?」


「えっと……さっき上から見た時に、多分おっきいお風呂みたいなのがありましたよ?」


「あ。そうです。この街には大きなお風呂があります。といっても、半分プールのようなものなので、遊べるお風呂とでもいったところでしょうか。」


あって言った……リネアめ……忘れてたな……?


まぁいい。


話を聞く限り、スーパー銭湯やスパのようなものだと思う……。


「じゃあ……今日と明日、場合によっては明後日もか?……とりあえず、風呂が直るまではそこを使うことにしよう。」


「はい、ありがとうございます……。」


ミオが答える。


重たい荷物を置いて、俺たちは早速スーパー銭湯に向かう。




本当に……ここなんだろうか?


スーパー銭湯の前に到着した。


それらしい看板もある。


ユンもここだと言っているので、間違いではないのだろうが……入り口は、どう見てもどこぞのアトラクション施設だった。


そしてそれは、中に入っても変わらなかった……。

どうやら、巨大な滑り台まであるらしい。


他にも、マッサージ機などのリラクゼーション設備や、その他娯楽施設まであるようだ。

本気で遊ぼうと思えば、一日中ここにいられるだろう。


俺はみんなと別れる。


男女で別れて着替えるのはいつの時代でも同じようだ。


ロッカーもある。


ただ、俺の知っているものとは少し違い、少々科学的なデザインをしている。

扉には端末認識用のパネルが付いており、端末をかざすことによって、扉の開け閉めができる。


服を脱ぎ終わり、ロッカーに鍵を掛けるために端末をかざす。


すると、ロッカーに鍵が掛かるのと同時に、全身がウェットスーツのような格好になる。


実際は、何も着ていない。


ホログラムのようなもので、ウェットスーツのような格好に見えている。

らしい……。


着替えを済ませ、消毒用の個室を抜けると、大きなプール……いや、これでも一応風呂の中だ……。


なんて楽しそうな風呂なのだろう……。


きっと誰しもが一度は言われたことがあるだろう。


お風呂で泳いじゃいけません。


だが、むしろこの風呂は、泳ぐために存在するのではなかろうか……。


「アイラ様、お待たせいたしました。」


そんな風呂に驚いていると声が聞こえる。


リネアの声だ。


声の聞こえた方を見ると……ウェットスーツ姿のリネアがいる。


リネアも、裸なんだろうか……?


というか、リネアは水に濡れるのは平気なのか……?


リネア以外の三人もいる。


ベルだけはミオの陰に隠れて恥ずかしそうにしている。


「いや、待ってないよ。それじゃあ……入ろうか。」


そう声を掛けながら四人に歩み寄る。


「――ち、近寄らないでください!」


ミオが臨戦態勢に入る。


俺は足を止める。


そりゃそうか、実際には全裸なわけだ。

頭ではわかっていても全裸なことに変わりはない。


恥ずかしがっていたのはベルだけではなかったようだ。


「――アイラさーん!」


そんな二人を差し置き、ユンはふわふわと俺に近寄ってきて、そのまま背中側に回り、抱き付く。


「――っな!?」


驚いたのは俺だけではないだろう。


「うっふっふー。どうですか?アイラさん?どうですかー?」


暖かい……。

そして、柔らかい……。


肌触りは完全に裸のそれだ。


ユンに抱き着かれてそれを実感することになるとは……。


「――ちょ……ユン……。」


なんだか俺の方が恥ずかしくなる。


「なんですかー?なんですかー?アイラさん?なんですかー?」


ユンはニヤニヤとしながら言う。


「それではみなさん。お風呂に入りましょうか。」


そんな俺やユンのことは構わず、リネアは切り出す。


いや、むしろ俺のことを助けてくれたのかもしれない。


「ところでリネアは……濡れても平気なのか?」


「はい。私は完全防水加工の施されたパーフェクト美少女アンドロイドなので、問題ありません。」


な、なるほど……なんか妙な言い回しだ。


「それはすごいな……。」


「はい。ちなみに、端末も防水加工は完璧です。バッテリーに関しましても、常時、外部の光と身体の代謝を利用したエネルギーにより稼働しておりますが、数時間程度であれば光のない場所でも動作しますので、気にせず入浴を楽しんでいただければと思います。」


「なるほど……ありがとう。リネア。」


「はい。」


リネアは満足そうな様子だ。




「――いやー……丁度いい湯だな。」


風呂は適度な温度だ。


当然プールほど冷たくはなく、熱すぎるわけでもない。


風呂にしては温度は少し低めかもしれないが、遊ぶことを前提にするとあまり高い温度だとのぼせてしまうだろう。


ベルとユンは、大型……ウォータースライダー……なのだろうか?……この温度で?


……まぁ、いい。


……大きな滑り台で遊んでいる。


何度も登っては滑り登っては滑りを繰り返している。


その様子を見ていると、ユンのことは分かっていたが、ベルもやはり子供のような一面があるのだと改めて実感させられる。


さらには、二人は案外仲がよかったんだということも分かる。


「楽しそうですね。」


しっかりと肩まで浸かったミオが話し掛けてくる。


「ああ、そうだな。楽しそうなのを見ると安心するよ。」


「そうですね……。アイラさんは……子供とか、欲しいですか……?」


ほんのりと顔を赤くしたミオが聞いてくる。


「――え?子供?」


急な質問に驚いた。


「――い、いえ!なんでもありません!」


ミオはすぐに、とんでもないことを聞いてしまったといった様子で誤魔化す。


ただでさえ身体が見えないようしっかりと湯に浸かっていたミオが、目の辺りまで湯に入り、恥ずかしいことを隠すようにブクブクとしている。


「いかがですか?アイラ様?」


二人の間に割って入るように、湯船の縁からリネアの声が降ってくる。


完全防水加工などと言っていたが、結局風呂には浸かっていない。


「あ、ああ……。いい湯だよ。リネアは、入らないのか?」


「私は、必要がありませんので。」


言われてみれば確かにそうだ。


「それもそうだな。」


「はい。」


頃合いを見て、みんなで風呂を上がった。


これなら、家の風呂が直った後もまたここにきてもいいかもしれない。


明日はもう少し早めにきて、もっとゆっくりして行くのもいいだろう。


着替えを終え、集まる。


ベルとユンはまだ楽しそうにキャッキャとしていた。


みんな満足したさっぱりした顔で帰路に就く。




家に到着する。


ベルとユンは、帰り道から既にうとうととしていた。


とりあえず一人一つずつ適当にゼリー飲料を部屋に持ち込む。


俺はそれを一気に飲み干し、寝る支度を整える。


「それじゃあリネア、おやすみ。みんなも疲れてるみたいだし、明日の朝はゆっくりでいいからな。」


「はい、かしこまりました。では、昼頃の起床予定としておきます。」


「ああ、ありがとう。でも、何かあったら遠慮なく起こしてくれ。」


「かしこまりました。ですが、心配せずとも多少のことでしたら私が解決しておきます。」


「そうか、ありがとう。それじゃあ寝るよ……おやすみ。」


「はい、おやすみなさいませ。」


リネアの返事を聞き、眠りに就く。

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