科学都市アトランティス
―――どこだ!?ここは……?。
ようやく目を開くと、そこは……。
多くの機械や、高層建築に囲まれた場所だった。
見渡す限りには見たこともないような建物が立っている。
いや、正確にはこっちの世界では見たことがないような建物だ。
あっちの世界では似たようなものを見たことがある。
おそらく、金属やら化学物質の類を使って造られた高層建築物だ。
もしや、いつの間にか寝てしまい、あっちの世界にいるのか?
そんなことを考えるが、ミオとベル、ユンもいる。
この3人がいるということはおそらく、こっち側の世界ではあるのだろう。
――だとすれば……なんだ……?これは?……一体……どこなんだ?
寒いだろうと覚悟して転送魔法を使った。
だがそこは、全くと言っていい程、寒くはなかった。
「――ミオ。ベル。ユン。」
まだ混乱しているが、まずは3人に声を掛ける。
3人も瞼を開け、キョロキョロと周囲を確認し、それぞれに口を開く。
「――なんですか……?これ……?」
「――ど、どこでしょう……?」
「……アイラさん?なに、これ……?」
3人も驚いている。
当然だ。
未知の建物が自分たちを囲むかのように立っているのだ。
その驚きは俺以上だろう。
周囲には、見たこともない高い建物ばかりで、そこら中機械だらけ。
言うなれば、機械都市や科学都市とでもいったところだろう。
俺のオタク知識をもって説明するのであれば、青い狸が竹とんぼを使って空を飛び回っていたり、電磁砲をぶっ放せる能力者がいるような、そんな場所だ。
少し不思議どころか、かなり不思議だ。
とにかく、いきなりのことで分からないことだらけだった。
通行人を見つけ、声を掛けてみる。
「すみません!」
「――なんだ?悪いが急いでるんだ。他を当たってくれ。」
声を掛けた通行人は、急いでいたようで、吐き捨てるように言い相手をしてくれなかった。
だが、それでも一つ分かったことがある。
言葉だ。
言葉は、未知の言語などではなく、会話ができる。
これなら、ギルドのような場所を探して、そこで何か聞くこともできるだろう。
そして、そういった建物は大概、他の建物よりも大きかったりする。
高い建物ばかりだが、遠くに目をやるとそれらしい建物を見つける。
距離も遠すぎるということはない。
家からギルドに行く程度の距離だろう。
俺は、早速三人を連れて、街の中央辺りに立っている大きな建物へと向かった。
予想通り、大した距離ではなかった。
建物の扉の前に立つと、扉は自動で開く。
――自動ドアだ。
中へ入ると、ギルドのカウンターのようになっていた。
――ビンゴだ。
少し違うのは、機械的で、あっちの世界の銀行のカウンターのようでもあり、その窓口はいくつもある。
俺は入り口から一番初めに目に付いた目の前のカウンターへと向かう。
「――すみません。ちょっとお伺いしたいんですが……。」
「はい?いかがいたしましたか?」
そう答えてくれたのは、人間ではなかった。
正確には、限りなく人間に近いロボットだ。
アンドロイドというやつだろう。
さすがにアンドロイドは、あっちの世界でも漫画やゲームなどでしか見たことがなかった。
ただ、ほとんど人間にしか見えないため、そういった知識のないものが見れば、少し抑揚のつけ方が下手な人間、程度にしか見えないだろう。
「――あ、えっと……。」
まさかアンドロイドがいるとは思わなかった。
言葉に詰まる……。
「いかがいたしましたか?」
事務的な対応というやつだろうか。
同じような言葉を繰り返す。
それでも、人間のちょっとした挙動を見分けているのだから、ほぼ人間といってもいいのかもしれない。
「――あ……いえ、えっと……ここは……どこなんでしょうか……?」
我ながら間抜けな質問だ。
原始人だってきっともっとマシな質問をするだろう。
だがおそらく、自分の中で一番気になっていた疑問が口から出てしまったのだ。
仕方あるまい。
俺だって何が何だか分からない……。
「ここは、科学都市、アトランティスです。周辺の都市に比べ栄えているため、科学都市と呼ばれております。アトランティスというのは、本来この世界の名称とされておりますが、この世界で最も栄えている都市がこの街であるため、世界を代表する都市として、アトランティスと呼ばれております。」
だが、そんな俺の間抜けな質問にも、受付のアンドロイドさんは事務的に答えてくれる。
「なるほど……。」
アトランティス……。
――いや、どこだよ!?
世界は、アースガルドじゃなかったか?
それに、アトランティスといったら……俺も詳しくは知らないが、幻の海中都市かなんかじゃなかっただろうか?
さっき外を歩いている時には、空が見えていた気がしたのだが……。
まぁ、いい……。
偶然名前が同じだけかもしれないし、なにがなんでもアトランティスが海中都市である必要もない。
「外からいらっしゃった方ですか?そうであれば確認を致しますので、端末をご提示ください。」
考え事をしていると、説明を終えた受付のアンドロイドが言葉を続ける。
「――え?端末……?」
よく考えずに聞き返してしまう。
「はい。端末をご提示ください。」
「……えっと……端末とは……?」
「端末をお持ちではないのでしょうか?」
「……えっと……はい。多分……。持ってないと思います。」
「そうですか。では、何か身分を証明できるようなものをご提示いただけますでしょうか?」
「――身分証!?」
こっちの世界にそんなものがあっただろうか?
少なくとも、今俺の手元にそれらしいものはない。
「えっと……すみません。身分証もなくて……。」
「そうですか。」
「はい……。」
妙な間があった……。
事務的な対応をしていた受付のアンドロイドから、妙な駆動音が聞こえる。
「侵入者ですね。――侵入者です!侵入者です!直ちに排除いたします!」
受付のアンドロイドがそう警告を発した直後、警報が鳴る。
――――ビーッ!ビーッ!ビーッ!ビーッ!
大きな警報の音がけたたましく鳴り響くとともに、他の受付の窓口も赤く点灯し、異常を知らせるように赤いランプが光っている。
「――侵入者です。侵入者です。排除します。排除します。」
同じ言葉を繰り返しながら、物々しい装備のアンドロイドたちが集まってくる。
さらにはなんと、アンドロイドたちはみんな……銃を持っている!
「――なっ!?――逃げるぞ!ミオ!ベル!ユン!」
俺は三人に呼び掛け、ユンの手を引いて逃げ出す。
「侵入者逃走。排除。排除。発砲を許可します。」
――ピシュ!
アンドロイドは、問答無用で発砲してくる。
どうやら、銃は実弾ではなく、体を痺れさせ動きを封じるスタンガンのような銃らしい。
ミオとベルは、俺の叫び声とともにすぐに逃げ出したため、既に入り口付近にいる。
幸いなことに、人の出入りがあったおかげか、自動ドアにロックなどは掛かっていないようだ。
本来なら、警報とともにロックが掛かってもおかしくないが、誤作動でも起こしたのだろうか?
「――あぐぅっ!?」
手を引いて一緒に逃げていたユンが、突如苦しそうな悲鳴のような声を上げる。
どうやら、銃の弾が当たったようだ。
痺れているのか、意識の遠い顔をしてぐったりとしている。
俺は即座にユンの腕を引き上げ、ユンを抱き抱える。
ユンが軽くて助かった。
入り口を飛び出し、逃げる。
「――排除。排除。」
アンドロイドたちはまだ追ってくる。
ミオとベルはこちらを振り向き、立ち止まる。
何か言っている……。
だがその直後、驚いたような顔をして再度振り返り、前を向き直り逃げ出す。
俺たちは、多くの建物が立ち並ぶ街の作りを利用して、ようやく逃げ抜いた。
逃げ切った頃には、すでに街の外側近くまできていた。
――ここは……スクラップ置き場とでもいったところだろうか?
いくつかの大きな鉄のコンテナの中に、壊れた機械たちが乱雑に入れられている。
「……ユン……大丈夫か?」
一息付き、抱き抱えていたユンを地面に下ろし声を掛ける。
「――あ、アイラ……さん……。」
今にも気を失いそうな顔で、ユンは辛そうに口を開いた。
「……大丈夫か……?ユン……。」
「……ユンさん……。」
「……ユンさん!」
ミオとベルも心配してくれている。
「……あ、アイラさん……もっと……近くに……。よく……見えなくて…………。」
「――ユン!」
俺は呼び掛けながら、さらにユンに顔を近付ける。
「……アイラ……さん……。」
ユンはゆっくりと、近付いた俺の顔に両手を伸ばす。
「……ユン…………。」
ここまで元気のないユンは見たことがない。
その心配から、ユンの頬に手を触れる。
「……ふふっ。――えいっ!」
ユンはそのまま、俺の頭を自分の顔へと引き寄せ……口付けをする。
まるで、肉食動物が獲物にしゃぶりつくような勢いだった。
「――んっ……!?」
「――なっ!?」
「――んなっ!?」
その場にいた、ユン以外の誰もが驚いた。
「――――ちゅ~~~~~~~~~っ………………。」
ユンはなかなか口を放さない。
「――ちょ、ユン!」
ようやく放たユンに対し、声を上げる。
「――えへへへー……。ごちそうさまです!アイラさん!」
少し照れたように、嬉しそうな顔でそんなことを言う。
思っていたよりも元気な様子だ。
いや、ユンはサキュバスだ。
俺から力を吸って元気になったのかもしれない。
「大丈夫なのか?ユン……?」
「はい。……アイラさんのおかげで元気になっちゃいました!」
明るく言っているが、まだ力の入らない様子だ。
空元気とでも言ったところなのだろう。
「そうか……。ごめんな……。」
手を引いていたのは俺なので、やはり責任を感じてしまう。
「――あ、アイラさんのせいじゃ、ないですよ!」
ユンはそれでも元気に答えてくれる。
その様子に、少し安堵する。
安心して力が抜けたからだろうか。
妙な音が……聞こえる気がする……。
――――……タ……ケ…………。
――いや、これは……言葉だ……!
それは、誰かが助けを呼ぶ声のように聞こえる……。
耳を……澄ませる……。
「――――タ、タタ……タス、タスケ……タスケ……テ…………。ヘ、ヘルプ……タ、タス、タスケテー……。」
――聞こえる……。
どうやら声は、鉄のコンテナの方から聞こえてきているようだ。
「――ミオ!ベル!」
二人に警戒をするよう呼び掛け、ユンのことを任せる。
俺は、声の聞こえた大きな鉄のコンテナへ恐る恐る近付き、中を覗き込む。
「――タ……タス……タスケテー……。」
そこには、今にも消えそうな光をぼんやりと放ちながら、助けを求める機械があった。
いや、アンドロイドが……いた。




