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3人でお出掛け

―――ジリリリリリリr………


「朝か……。」

今日は仕事が休みだ。

不思議なもので、休みの日というのはいつもより気持ちよく目が覚める。

そして今日は初さんに頼まれ、買い物に付き合う約束の日でもある。

つまり、相野さんと初さんと一緒に、出掛ける日なのである。

俺は、まだ起動しきっていない体のスイッチを入れるために、

シャワーを浴びることにする。これによって目も覚めるわけだ。

シャワーを浴び終わり、身支度も整える。

準備が完了しても、まだ少し時間には余裕があった。

だが、少しぐらい早くても問題はないだろう。

俺はそのまま家を出て、待ち合わせ場所に向かうことにする。




待ち合わせ場所に着くと、すでに2人とも待ち合わせ場所に並んで立っていた。

だが、並んでいると言っても、妙な距離があるようにも見える。

少なくとも、2人仲良く談笑しながら待っていたと言う雰囲気ではない。

むしろ俺が到着するまでの間に、何か言い争いでもしたのかもしれないと考えてしまうくらいの距離感だ。

待ち合わせ場所に近付くと、初めに相野さんが俺を見つけてくれたようで、目が合う。

数秒遅れて、初さんも俺に気が付く。

「あ、瀬濃さーーーん!!」

声を上げて、数歩分の距離を駆け足で詰めてくる。

「あ、ああ、初さん、おはよう。待たせちゃったかな?」

「いえ!全然待ってませんよ!」

初さんは元気いっぱいの様子だ。

「おはようございます。瀬濃さん。」

相野さんは、初さんとは正反対で、落ち着いた雰囲気で近付いて来て挨拶をしてくれる。

「おはよう相野さん。お待たせ。」

相野さんとも目を合わせ、簡単に挨拶をする。

「それじゃあ、瀬濃さん!早速行きましょう!」

初さんはそう言いながら俺の腕にしがみ付いてくる

くっそ、柔らかいな!なんだこれ!幸せがガッチリと俺の腕をホールドしてやがる!

男ならこんなものに逆らえるわけもない。

「あ、ああ…えっと…相野さんも行こうか…。」

俺は相野さんにも声をかける。

「あ、はい……。」

相野さんは一瞬顔をしかめた様にも見えたが。

返事をし、少し遅れて付いてくる。

そのまま三人で目的地へ向かうこととなった。




目的地は……巨大なショッピングセンターだ。


様々な目的に合わせたいろいろな店舗が混在している複合商業施設というやつだ。


中には当然、目的の本棚が置いてある家具を取り扱う店から、本屋や服屋、おもちゃ屋、他にもゲームセンターや飲食店なども入っている。


一日中遊ぶこともできるだろう。

なんなら、一日では遊びきれないかもしれない。


万が一ゾンビが街中に溢れ返っても、ここに避難すれば三か月くらいは生活ができるだろう。


それくらい様々な店舗が混在している大きなショッピングセンターだ。


(はぐ)れてしまわないよう、気を付けねばなるまい。


「相野さんも初さんも(はぐ)れないようにな?」


建物の中に入り、二人に声を掛ける。


「はい、気を付けます。瀬濃さんこそ気を付けてくださいね?」


「気を付けまーす!」


二人の返事を聞き、目的地はどこだろうと辺りを見回すと、時計が目に入る。


ちょうど昼時だ。

いや、少し早いぐらいか。


「――先に……何か食べてから回ろうか……?」


このまま目的のものを買って帰っても構わないが、せっかく大きなショッピングセンターにきたわけだ。

二人の希望も聞いておきたい。


見て回るのが嫌だというなら、このまま目的だけ済ませて帰ればいいし、そうでなく、食事を取ってゆっくりしたいというのであれば、それも含めてその後にしたいことを話してもいいだろう。


「――はい、そうしましょう。」


「――お腹すきました!パンケーキ食べたいです!」


パンケーキときたか……。

想像できなくもなかったが、もう少ししっかり食べられるものの方がよいのではないだろうか。


「えっと……相野さんは何か食べたいものは?」


「私は……なんでもいいですよ?」


「そうか……。」


なんでもいいというのは案外困るもんだ……。


そして、このままではみんなの昼食がパンケーキになる。

それはいかがなものだろう?


ふと、飲食店の案内板が見える。


「――相野さんは……レストランとカフェなら……どっちがいい?」


「レストランとカフェ……ですか?」


「ああ、どちらかだったら、どっちがいい?」


「どちらかであれば、レストランがいいです。」


良かった。

どうやら相野さんも、お昼はちゃんと食べたいらしい。


「……初さんは、どうかな……?」


「うーーーん……。私は、瀬濃さんが行きたい方なら、どっちでもいいですよ?」


初さんは俺に合わせていいとのことだった。


で、あれば。


「――じゃあ、レストランにしよう。」


目的地を、本棚を置く店から飲食店へと変更し、案内板にあった店舗に向かう。




レストランは、飲食店がいくつも並ぶ中に紛れていた。


中に入ると、想像していたよりもオシャレな店で、カップルで入っても問題なさそうな場所だった。


むしろ、男一人と女二人で入る方が違和感があるかもしれない。


主にハンバーグに自信がある店のようだが……カレーや魚料理、さらにはパンケーキまで取り扱いがあった。


ここなら三人ともが好きなものを食べられるだろう。


席へ案内され、早速注文するものを吟味する。

二人の方を見ると、相野さんはあれやこれやとかなり悩んでいる様子だった。


「……えっと……瀬濃さんは何にしますか……?」


相野さんが俺の注文するものを聞いてくる。

相当に悩んでいるのだろう。


「俺は……ハンバーグにしようと思う。」


「そうですか……じゃあ、私も……うーん……でも……。」


「無理に合わせなくてもいいんだよ?」


決めかねている様子だったため、もう一言掛けてみる。


「……そうですか?……じゃあ……お魚の、照り焼きにします。」


どうやら本当に食べたいのはそちらだったようだ。


「……初さんは決まった?」


「――はい、決まってます!」


初さんの返事を聞いて、店員を呼ぶ。


店員はすぐに席まで注文を取りにきてくれた。


「――お待たせいたしました。」


「えっと……注文いいでしょうか?」


「はい。どうぞ。」


店員を呼んだのは俺だったので、俺から注文をする。


「じゃあ、僕はこのハンバーグのセットで。」


「はい。ハンバーグセット。ライスとパンはどちらをお付けしますか?」


「じゃあ……ライスで。」


「はい。」


ちらりと相野さんの方を確認すると目が合う。


「……あとは、魚の照り焼きのセット。」


続けて、相野さんの注文も俺がする。


「魚の照り焼きのセットですね。」


「相野さんは……ライスでいい?」


「はい、ライスがいいです。」


「じゃあ、ライスで。お願いします。」


「かしこまりました。」


初さんの方に目配せをする。


パンケーキだろうか?俺が頼んでしまってもいいが……。


「――あ、えっと……私は、ステーキのセットで!」


おっと違った。

これはお任せでいいだろう。


「ライスとパンはいかがいたしますか?」


「……うーん……じゃあ、ライスで!」


「かしこまりました。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」


「はい、それでお願いします。」


「かしこまりました。それでは少々お待ちくださいませ。」


店員は注文を取り終え、厨房へ注文を伝えに行く。


それにしても……初さんの注文は予想外だった。

てっきりパンケーキを頼むものと思っていた……。


実際に店に入って気が変わったのだろう。


料理を待っている間、食後はどうするかなどを二人と話し合う。


二人とも、時間があるのであれば本棚以外にも、ついでに服やら装飾を見たいなどの希望があるようだった……。


そんな話をしていると、注文した料理が出来上がったようで席へ運ばれてくる。


俺の前にはハンバーグとライス、そしてスープの皿が並べられた。


ハンバーグは、ニンジンやコーンなどが添えられ、(いろどり)にも気を使われていた。


相野さんの前にも、魚の照り焼きとライス、スープが並べられる。


相野さんの魚の照り焼きも、俺のものと同様に野菜で(いろど)られ、目でも楽しめるような料理になっていた。


そして、少し遅れて初さんの料理も運ばれてくる。


初さんのステーキに関しては、やたらとゴージャスな皿に盛られ、ライスとスープの他にも小皿にクラッカー、さらに高級そうな食材の乗ったいくつかの皿も運ばれてきた。


どれも見た目も素晴らしく、味に関してもそれぞれ大満足だった。


食事を終え、席を立つ。


支払いはすべて俺が払うつもりだったので、レジへ向かう。


「――あの……おいくらですか?」


店員に会計をしてもらっていると、相野さんが声を掛けてくる。


「――ん?ああ、俺が出すからいいよ。」


「――え?でも……。」


「いいって。全部俺が出すよ。」


「悪いですよ……。自分の分は自分で出します。」


「……じゃあ、今回は俺が出すよ。次は相野さんも出してよ。」


「……わかりました。じゃあ……すみませんが……ありがとうございます。ごちそうさまです。」


確かに、会計は思っていた以上に高くついた。


どうやら初さんの頼んだ料理は、この店で一番高額な料理だったらしい。


まぁ、別に文句を言うつもりもないが、なかなかに高くついた。


店を出ると、初さんは外で待っていた。


「――あ、瀬濃さん!ごちそうさまです!」


「あ、ああ……美味しかったな」


「うーん…………そうですね。」


「えっと……じゃあ、最初に服屋にでも行ってみるか?」


「――はい!そうしましょう!」


「相野さんも、それでいいかな?」


「はい、いいですよ。」


相野さんの承諾も得たので、服屋に向かう。




「……それじゃあ、俺はここで待ってるよ。」


店に到着し、俺は外で待っていることを二人に伝える。


女性向けの店だし、別に一人で入るというわけでもないので、男はいない方がいいと考えたからだ。


だが初さんは、その柔らかいものでがっちりとロックした腕を放してくれることはなかった……。


「瀬濃さんも、一緒に見ましょう?」


「えっと……。」


「見ましょうよー!瀬濃さんにも見て欲しいんです!」


……きっと、断ることはできないのだろう……。


「わかったよ……。」


俺は……渋々(しぶしぶ)入店することにした。


店内に入り、初さんはぐいぐいと俺の腕を引っ張っていく。


「――ちょ、ちょっと待って!」


「なんですか?」


「いや、なんですかじゃなくて……ここ……。」


「どうかしました?」


「いやいや、だってこれ……し、下着売り場……。」


「はい。下着売り場ですよ?」


「――いやいやいや、だったらなおさら二人だけで見てくれって!」


「ええー。いいじゃないですか。瀬濃さんに選んで欲しいんです。」


「いやいやいや、選ばないからね!?」


ただでさえ女性向けの売り場に男一人、さらに下着売り場とくれば、さすがに恥ずかしいというわけだ。

通報されたり逮捕されたりするかもしれない。


俺はそんな不安と、なんとも言えない気持ちで困ってしまう。


そんなことはお構いなしに、初さんは自分の下着を選び始めている。

どうやら初さんのサイズは……Gというカップサイズらしい。


俺はそんなことを知ってしまっていいのだろうか……。


相野さんも可愛らしい下着に囲まれて、嬉しそうにキョロキョロとしている。


俺がいるからか、控えめで遠慮がちではあるが、並べられた下着たちに目を奪われていた。


「――じゃあ、ちょっと待っててくださいね?」


初さんはお気に入りのものを見つけたようで、試着室へと入っていく。


俺は置いてけぼりだ……。

こんなところを何も知らない店員に見られれば、通報されるかもしれない!


そんなことを考えていた俺は、挙動不審になってしまう。

ますます怪しい……。


そんな俺の気持ちを察してか、店内をキョロキョロと見ていた相野さんが俺のすぐ横まで近付いてくる。


そのまま何も言わずに俺の手を取って、両手で握る。


俺は驚き、相野さんの顔を見る。

相野さんも俺の方を見ているので、目が合う形となった。

その目は、心配しなくても大丈夫ですよとでも言っているように見えた。


そのまま目を合わせて、どれくらい時間が経っただろう。

それは数秒のことだったのかもしれないが、とても長く、とても短いような……時間を忘れるような不思議な感覚だった。


――シャッ。


そんな音がして、初さんの入っていった更衣室のカーテンが開いた。


「――瀬濃さん!どうですか?」


相野さんは慌てて握っていた手を放す。


初さんにはギリギリ気付かれていないと思う。


俺と相野さんは、何事もなかったかのように平静を装い、初さんの声の聞こえた方を見る。


「――っな――――!?」


初さんを振り向いた俺は驚き声を失う。


なんと初さんは……下着姿だった。


その豊満な乳房を、扇情的な暗い色をした薄い布一枚で覆った状態だった。

色もデザインも男受けするようなもので、下着を選ぶのに慣れているのかもしれない。


「――どうですか?瀬濃さん?セクシーですか?」


「――ちょ、初さん!」


「――ふふ、なんですかぁ?」


意地の悪い顔でニヤニヤしながらそう切り返してくる。


「なんですかじゃなくて……。」


恥ずかしさのあまり、俺はそれ以上言葉が出てこなかった。


「じゃ、これにしますね?瀬濃さんも気に入ってくれたみたいですし。」


そんなことを言いながら再びカーテンを閉めて、元の服へ着替え始めた。


まったく……初さんはとんでもないことをする……。


数秒前の光景が脳裏に焼き付いて離れない。


大きすぎる故なのか、見えてはいけない色素の薄い部分も少し(こぼ)れていたような気すらする……。


気のせいかもしれないが、きっとしばらく忘れられないだろう……。


俺も男だ。

刺激的な女性の格好を見れば、そういう気持ちになるというものだ。


初さんはさっさと着替え終わり、その下着を購入し、満足そうな顔で戻ってくる。


店を出て、ふと気付く。


「――あ、え、えっと……相野さんはよかったのか?」


「……はい、大丈夫です……。」


少しムッとした表情をした気もしたが、大丈夫とのことだったのでそれ以上は気にしないことにした。


その後も色々な店舗を回って楽しみ、目的の本棚も購入した。


本棚は組み立て式のもので、簡単に組み立てられる割にはそれなりのサイズがあるものを購入した。


その分そこそこの重量がある。


これはさすがに女の子一人で持つのは厳しかっただろう。

俺が付いてきた意味もあったというわけだ。


そのため、俺は初さんを家まで送って行くことになる。


「――それじゃあ、家まで運ぶから、案内してもらってもいいかな?」


「――はい、お願いします!」


俺たちは、朝待ち合わせをした場所まで戻ってきていた。


ここからであれば、相野さんも初さんも歩いて帰ることができる。


「あの……私も一緒に行っていいですか?」


相野さんがそう申し出る。


相野さんと初さんは、ここからだと家の方向が逆なので、本来ならばここで解散をしても問題はない。


「――え?いいですよー。お(うち)、反対側ですよね?無理に付き合わなくてもいいですよ?」


「いえ、でも重たいものですし……ここからはずっと歩くわけですし、手伝いますよ。」


「いいですってば―。私と瀬濃さんの二人だけで十分です。」


「いえ、でも……。」


相野さんは言葉に詰まる。


俺は相野さんの困っているような表情を見て、相野さんの申し出を尊重してあげたいと思った。


「……じゃあ、相野さんも手伝ってもらっていいかな?人手は多い方がいいしな。」


「――あ、はい!」


相野さんの表情は明るくなり、明るい返事を返してくれた。


「……むう……瀬濃さんがそういうなら……。」


初さんは不満そうな様子だったが、承諾してくれたようだ。




初さんの家までは、重いものを持っていることもあって雑談をする余裕はほとんどなく、会話はなかった。


初さんの家に着くと、その(たたず)まいに驚かされた。


その雰囲気から、初さんの家はかなりお金持ちなのが分かる。


そんな家だった。


本棚を玄関まで運び入れ、今日の目的はこれで完了だ。


「――瀬濃さん。ありがとうございました。今日はとっても楽しかったです!またお願いしますね!」


初さんはそんなことを言いながら、俺の手を握ってくる。


「いやいや、困った時はまた言ってくれていいぞ。」


「はい、その時はまたお願いしますね!」


そんなことを言って抱き着いてくる。


だが初さんは、すぐに突き放すように離れる。


きっと重いものを持って汗を搔いたため、汗臭かったのだろう。

仕方ない。


「それじゃあ、また。」


「はい、ありがとうございました。」


挨拶を済ませる。


今度は……相野さんの番だ。


初さんが玄関のドアを閉めるのを確認して、相野さんに声を掛ける。


「――それじゃあ、相野さん。帰ろうか?」


「――はい。」


初邸を後にする。


相野さんの家へは、それとは反対側へ歩いてきてしまっていたため少し距離がある。


どちらにしても途中までは一緒に帰る形となるわけだが……もしかするとまた断られるかもしれないが、一応聞いてみることにする。


「――えっと……相野さん。家まで……送らせてもらっていいかな……?」


以前断られたこともあって、口から出たのは少々控えめな申し出だった。


相野さんは考える。


「…………はい、お願いします。」


肯定の返事だった。


以前と違う返答であったため、驚いたのと嬉しいのとで気持ちが舞い上がってしまう。


そのせいで次にどう言葉を続けていいか分からなくなる。


「――そ、そうか……えっと……じゃあ、よろしくお願いします。」


気持ちが(たかぶ)っていたこともあり、よくわからない切り返しをしてしまう。


「――ふふ。……はい、お願いします。」


笑われてしまった。


俺と相野さんは、一緒に帰路に就く。




二人きりで静かな道を歩いていると、自然と口が開くもんだ。


いや、あるいは話題を探していたのかもしれない。


「……えっと、相野さん……。今日は……楽しかった?」


「……はい。楽しかったですよ?」


「……そうか……それはよかった……。」


ぽつりぽつりと、ゆっくりとしたペースで会話をする。


俺は、緊張していた。

あるいは、相野さんもそうだったのかもしれない。


「……お昼も……美味しかったよな。」


「そうですね。とても、美味しかったです。」


「……初さんが、まさかステーキを注文するとは思わなかったよ。」


「ふふ。……そうですね。私もパンケーキを頼むと思ってました。」


「そうだよな。俺もそう思ってた。」


静かな帰り道に、二人の笑い声だけが聞こえる。


そんな相野さんの笑顔に見惚れてしまう。


「……初さんといえば、下着売り場は困ったよ……。」


そう口にして、すぐにしまったと思った。


話の勢いで言ってしまったが、気まずくなる内容だったことに後から気付く。


「――ふふ、そうでしたね。」


予想外に、相野さんはくすくすと笑う。


「……相野さんは、何か欲しいものとかはなかったの?」


話を逸らそうと、そんなことを聞いてみる。


「――瀬濃さんは……まったくもう。」


口元は笑顔だが、相野さんは俺の方を見て少し目を細め、わざとらしく不機嫌そうにする。


要は、ジト目ってやつだ。


確かに俺の質問は、聞きようによっては、欲しい下着はなかったのかといった質問にも聞こえるだろう。

スケベだと揶揄(やゆ)されても仕方ない。


だが、相野さんの様子を見るに、心の底から(さげす)んでいるというわけではなく、俺をからかっているといったところだろう。


「……あ、えっと……ごめん……。」


誤解を与えてしまったので、謝罪をする。


「……いいですよ。瀬濃さんは、楽しかったですか……?」


今度は相野さんから質問をしてくれる。


「――ああ、楽しかったよ。美味しいものも食べたし、どうしたらいいか分からないこともあったけど、相野さんと初さんと……三人で一日過ごして、楽しかった。」


俺は正直に答える。


「………………。」


相野さんは、なぜか黙り込んでしまった。




そうこうしている間に、相野さんの家の近くまできたらしい。


話しているのが楽しかったおかげか、それなりの距離があったはずなのだが不思議とそんなに時間が経っていないように感じた。


相野さんの家に行ったことがあるわけではなかったので、相野さんの案内により場所を知ることとなったわけなのだが……当の相野さんはまだ話したいことがあるようにも見えた……。


「――えっと……瀬濃さんはさっき、三人で一日を過ごして楽しかったって言っていましたけど……本当ですか……?」


相野さんは、(こら)えていたものを吐き出すように口を開く。


そんなことを言っただろうか……?

特に意識せずに口にしていたのかもしれない。

そして俺は、そんなことで噓をついたりもしないと思う。


「――え?あ、ああ、楽しかったよ……?」


質問の意図が分からなかったことと、急な質問に少し驚いて戸惑う。


「――もし……もし、私と二人だけだったとしても……楽しかったと思いますか……?」


驚く。


そんなことを聞かれるとは思わなかったからだ。


「……もちろんだよ。相野さんと二人だけでも楽しかったと思う。」


むしろ、相野さんと二人だけの方がよかった。

という言葉を続けそうになったのは飲み込んだが、嘘偽りなく即答する。


ここまで言われれば、さすがに俺も気付く。


相野さんはもしかすると、嫉妬してくれていたのかもしれない。


まぁ、そう言い切れるわけではないので、自信過剰になりすぎるのもよくないわけなのが……。


「そうですか。よかったです――。」


何がよかったのかはわからないが、相野さんの嬉しそうな顔を見て、悪いことを言ったわけではなかったのだと安心する。


相野さんは、徐々に歩くスピードを落とし……止まる。


一軒の家の前だ。


つまりこれが、相野さんの家だ。


アパートやマンションではなく、一軒家だった。


初さんの家ほどの豪邸ではないが、スピードの速そうな車が止まっていることからも、それなりに裕福であることは見て取れる。


考えてみれば、相野さんの立ち居振る舞いからも、お嬢様のような気品が(うかが)えたため、容易に思い至ってもおかしくはなかった。


「――それじゃあ、相野さん。俺はここで。」


相野さんを自宅まで送るという任務が完了したため、別れの挨拶のつもりで相野さんにそう声を掛ける。


だが、相野さんは動こうとせず、(うつむ)いていた。


「…………あの……。」


数秒の沈黙の後、相野さんは(うつむ)いたまま声を出す。


聞こえるか聞こえないかの小さな声だった。


「――ん?」


よく聞こえなかったため、聞き返す。


相野さんは、顔を上げて俺の方を見る。


「――こ、今度は……私と二人だけで、出掛けてもらえませんか――――?」


ようやく振り絞ったといったような声だった。


心なしか、顔も少し赤らんでいるようにも見える。


そして俺は、この質問に対して肯定の返事以外を返すことはないだろう。


「――もちろんだよ。今度は、二人で出掛けよう。」


「――本当ですか!?」


「……本当だよ。そんな嘘はつかないって。」


少し笑ってしまう。


「……ありがとうございます!それじゃあ、また職場で。」


少しだけ早口でそう言い残し、玄関の前までそそくさと歩き、扉を開ける。


家に入る間際、俺の方へぺこりと頭を下げて家の中へ入っていく。


「――それじゃあ、また職場で。」


聞こえていたかはわからないが、俺はそう返事をし、自分の家へと向かう。




自分の家へ到着する。


楽しかった一日の余韻を残したまま、風呂に入り、食事を済ませ、寝る支度を済ませる。


まだ気持ちが少し(たかぶ)っているが、心地よく眠れそうだ。


今ならきっとどんなことをしても上手くいくだろう。


そんな最高の状態で、俺は心地の良い眠りに就いた。

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