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初さんとの約束

―――ジリリリリリリr………。


目覚ましが鳴る。


今日も主張が激しい。

俺はここにいるぞ!ここにいるぞ!と主張せんばかりに、けたたましく音を出している。

こいつが果たして男なのかどうかは謎だが……。


今日も起こしてくれてありがとう。


重たい身体を起こして、出勤するために支度を始める。


支度をしながらぼうっとした頭で、思い出す。


今日も初さんに色々と教えることになるのだろうか。

そういえば、昨日初さんと相野さんの話していた内容は何だったのだろう……。


そんなことを考えつつ支度が完了し出勤する。




職場に到着する。


「――おはようございます。」


「――あ、瀬濃さん!!おはようございまーす!!」


元気で可愛らしい声が挨拶をしながら近付いてくる。


初さんだ。


「――あ、ああ、おはよう。今日も元気だね。」


「――はい!元気です!今日もよろしくお願いします!」


元気にそう答えながら、上目遣いでフンスと可愛らしくガッツポーズを取る。


ふと、まわりを見渡すと、相野さんと目が合った。


すぐに逸らされてしまったが、ずっとこちらを見ていたのだろう。


なんとなく怒っているようにも見えた。


やはり、まだ完全に和解できたわけではないのかもしれない。




今日は一日通して俺が初さんに仕事を教えることになった。


レジの打ち方から接客の仕方、在庫の管理や品出しの仕方、その他事務作業などだ。


他の連中も各々それぞれの仕事を始める。


「――それじゃあ、初さん。俺たちは在庫の管理をしながら店内を回ろうか。」


「――はい!お願いします!」


在庫の管理は、お客さんが買い物をし易い様に品物を並び替えたり、商品の値下げをしたりする。


ホームセンターなので、賞味期限などは気にしなくていい。

その点に関しては楽だが、細かいものは多い。

また、その逆に大きくて重たいものも多い。


そういった意味では、女の子が一人で働くことを考えると、もともと少し大変な職場なのではないかとも思う。


そのため、可能な限りサポートができるように周囲にも気を配る。


「――あ!あれ、危ないです!」


初さんは、さっそくそれに気が付く。


ミカン箱程のサイズの段ボールが通路に飛び出していた。


本来そこにあるはずのないものだ。


足を引っ掛けて転んでしまう人もいるかもしれない。


別に、初さんを試すために適当に段ボールを置いたわけではない。

マナーの悪い客が、気が変わって購入をやめた商品を、本来の売り場ではなく適当なところに置き去って行ったというわけだ。


もちろん、そうそうよくある話じゃない。


こんなことがよくあってたまるものか。


「よく気付いたね。お客さんが買うのをやめて置いて行っちゃったやつだと思うから、もともとの売り場に戻そうか。」


「はい!わかりました!」


「俺も手伝うから。」


「いえ、あれ位の大きさなら私一人でも大丈夫です!」


気合十分といった様子だ。


だが、ホームセンターの商品というのは、見た目に反する重さの物なんかもあったりする。

そして、目の前にあるその段ボールもその類のものだ。


「でも、重たくて危ないと思うから俺も……。」


全て言い終わる前に、初さんは持ち上げ始めてしまう。


「――きゃっ!」


持ち上げると同時に、初さんはよろける。


「――だから危ないって……大丈夫?」


後ろ向きに倒れそうになった初さんを、後ろに立っていた俺は支える。


「――は、はい……。ご、ごめんなさい……。ありがとうございます……。」


初さんは段ボールを抱えたまま、完全に俺に寄り掛かる形になる。


「まぁ、怪我がなくてよかったけど……気を付けてね?」


「……はい、ありがとうございます。」


倒れそうになったため焦ってはいたようだったが、その割には初さんは落ち着いている気がする……。

よくこういうことをやらかすんだろうか?

少し気を付けておこう。


そのあとは、何事もなく商品の整理やお客さんの案内なんかの仕事をこなした。


「――じゃあ、そろそろ休憩に入ろうか。」


午前中の仕事をこなし、休憩時間になる。


売り場には常に誰かいなければいけないので、休憩時間はみんなバラバラではあるが、俺と初さんは今日は一日中一緒にいることになっているので、休憩も一緒に入ることになる。


そうではなくとも、偶然休憩時間が重なることもよくあるので、別に特別なことではない。


「――はい!じゃあ、一緒にお昼食べましょう!」


「――あ、ああ……うん。そうしようか……。」


俺は、昼は食べないことが多い。


そして、今日もまた別に食べるつもりがなかったので、何も持ってきてはいない。


初さんと一緒に休憩室に行く。


初さんは自分で弁当を作ってきているとのことだった。


俺は、昼食っぽさを演出するために、自動販売機でコーンたっぷりのコーンスープを買い、それを昼食とすることにした。

さすがに、一緒に座っておきながら何も食べないというのは気を遣わせてしまうだろう。


休憩室の席に、初さんと向かい合わせで座る。


「――あれ?瀬濃さん、お昼それだけなんですか……?」


初さんは、自分のお弁当を準備しながらそんなことを聞いてくる。


「――え?ああ、まぁね。朝と夜さえ食べれば持つからね。」


「そうなんですか……?全然お腹空かないんですか……?」


「まぁ、たまにそう思うこともあるけど……大丈夫なんだよね。」


そう答えつつも、実は節約のためでもある。


もともと貯金とかがあるわけでもないし、ここの稼ぎもよくはない。


さらに言うと、食費に使うくらいであれば趣味に使いたいというのが本音だ。


だが、さすがに目の前で美味しそうなお弁当を展開されてしまっては、正直お腹も空いてくる。


コーンスープだけでも買っておいて正解だった。


「……瀬濃さん?」


初さんは呼び掛けると同時に、白いチョップスティックに挟んだ唐揚げを、ずいと俺の口元に近付ける。


「――な、なに?」


「えへへー。はい、あーん……。」


「――な……な、な、な、なにして……?」


さすがに戸惑う。


「あーんですよ?あーん!口を開けるんです!はい、あーん!」


「――こ、こんなの……ダメだろ……。」


「――いいですから!はい、あーん……。」


どうやら、拒絶は無効らしい。


「――あ、あーん……。」


止むを得ず、口を開く。


冷めているにも関わらずジューシーであり、ちょうどよく醬油の味付けがされた唐揚げを口の中に放り込まれてしまう。


――くそ。

美味いじゃないか……。


「……どうですか?美味しいですか?」


ニコニコとしながら聞いてくる。


なんだか負けた気分だ……。


「――お、美味しい……よ?」


嘘を付かずに本当のことを答えてしまう。


「うふふ。良かった。」


初さんの笑顔は満開になる。


なんとなく気配を感じ、ふと休憩室の入り口を振り返ると、相野さんが自分の弁当を手に目を見開いてこちらを見ていた。


完全に硬直し、まっすぐにこちらを見ているせいで分かり辛いが、睨んでいるようにも見える……。


あるいは驚いているのか。

はたまた呆然としているのか……。


まぁ、実際はそのどれもだろう。


職場に入ってきたばかりの女の子と今まで一緒に働いていた同僚がイチャイチャしているのだ。


いや、実際には一方的にからかわれているのだが、(はた)から見ればイチャイチャしているように見えるだろう。


初さんからなら、目の端くらいには入り口が見えていたはずだし、気付いているのなら言って欲しかったわけだが……。


相野さんは硬直が解け、何事もなかったかのように、入ろうとしていたであろう入り口にくるりと背を向けて、どこかへ行ってしまう。


「――あ……。」


思わず立ち上がり、声が出そうになるが、声にする言葉がなかった。


後を追うにしても、追いかけたところで話す内容もなく、何を話していいかも分からない。


「……瀬濃さん?どうかしましたか?」


「……いや、なんでも……。」


「もしかして……美味しくなかったですか?」


「いや、そんなことはないよ。」


「でも……本当は美味しくなかったのに、美味しいって嘘ついてくれたんじゃないですか?」


「いや、美味しかったよ。でも、もうこういうのはやめてくれないか……。」


「――え……あ……ごめんなさい……。」


初さんは、目に見えてあからさまにしょぼくれる。


申し訳ない気持ちになってしまう。


「迷惑……でしたよね……?でも……やっぱり食べないと力出ないかな?と思って……ごめんなさい……。」


初さんは初さんなりに考えがあってのことだったのだろう。

それを否定してしまうのは確かに違う。


「……いや、そうか……。ごめん。ありがとう。初さんは俺のことを心配してくれたんだな……。」


「はい。でも、その……ごめんなさい……無理やりすることではなかったですよね……。」


「いや、その……ごめん。ありがとう……ごめん……。」


俺は、否定も肯定もできなかった。


「あ、そうだ。じゃあ……瀬濃さんの分のお弁当も……作ってきてもいいですか……?」


初さんは申し訳なさそうな様子でそんな提案をしてくる。


「――なっ……い、いいよ、そんなの……。申し訳ないし……大変だろ?」


遠回しに断る。


「――そ、そんなことありません!お弁当、一つ作るのも二つ作るのも変わりませんから!」


「いや、でも……ほら、二つ作ればその分材料だって必要だろ?」


「――大丈夫です!結局いつも余っちゃいますし!気にしないでください!」


困ったな……本当にいらないんだが……。


「……もしかして……やっぱり不味かったですか?」


俺が困っているのを見て、初さんは聞いてくる。


「――い、いや、そんなことはないよ。美味しかった。」


嘘でも不味いと言っておくべきだっただろうか?


いや、でも美味しかったものを不味かったと嘘をつくのも何か違う気がする。


「……分かりました。じゃあ、自分の分で二つ作ってくるので、お腹が空いたら教えてくださいね?」


俺は何も言えなかった……。


自分の分だと言うのだ。

それを作るなと言うのはおかしいし、初さんの好意に対して、それ以上否定や拒絶をするべきでもなかったからだ。




そんな休憩時間を終えて、午後の仕事を始める。


当然初さんも一緒だ。


午後は、レジ打ちの仕事の復習と、少し特殊な返品の処理や一日の売り上げの清算の仕方なんかを教えた。


これで一通りの通常業務を初さんに教えたことになる。

あとは、その応用やイレギュラーな対応となるだろう。


色々なことがあったが、体感時間としては普段よりも短く感じた。


案外、忙しい時の方が時間なんてのは短く感じるもんだ。


これで今日一日の仕事は終わりだ。


「――それじゃあ、初さん……上がろうか?」


「――あ、はい!ありがとうございます!」


「お疲れ様。また次もよろしくね。」


「――はい!お疲れ様です!…………。」


そう言った後も初さんはまだ何か言い足りない様子だ。


「……えっと……お疲れ様。上がって……平気だよ?」


「……あ、あの……瀬濃さん……?」


「……どうかした……?」


「……えっと……もしよければ、次のお休みの時に……お買い物に付き合ってもらえませんか?」


「――え?買い物?……なんで?」


「……その、ここで働いてて……本棚とか欲しいなって思ったんですけど……。その、瀬濃さんさえご迷惑でなければ……えっと……重たい物なので……。」


なるほど、荷物持ちですかそうですかそういうことですか……なるほど。


確かに、段ボールを持ち上げた時もよろけてたし……心配ではあるか。


それに、ここで働いていて家具に興味が湧いたというのは悪いことでもないだろう。


「……わかった。荷物持ちってことだね……?」


「……はい。その……ご迷惑ならいいんです。でも、もし、嫌でなければ……お願いします。」


「わかった。次、休みが被ってる日ってことで。」


「――はい!お願いします!」


そんな話をしていると、いつの間にか近付いて来ていた誰かの気配を感じる。


「――あの、私も一緒に行っていいですか――?」


相野さんだった。


急に現れた相野さんに、俺も初さんも驚いてすぐに言葉が出なかった。


「――重たい物なら人手があった方がいいと思いますし、二人だけだと心配なので!その……初さんが心配なので!!」


反応に困っていると、再度相野さんが口を開く。


なるほど。

俺と初さんが二人きりだと、俺が初さんを襲うかもしれないから心配……というわけですね。


……俺、信用ないなー……。


「――大丈夫ですよ?瀬濃さんは力持ちですし頼りになります。心配しないでください。」


心の中でがっかりしていると、初さんが相野さんに返答する。


「――でも、選ぶならやっぱり女の子同士の方がいいと思いますよ?私もちょうど棚とか見たいなって思ってましたし。」


「だったら、一人で見に行ったらいいんじゃないですか?買うものが決まってからお願いした方がいいと思いますよ?」


「――そ、それは……で、でもやっぱり、いきなり二人きりというのは……そ、それとも、私が行っちゃダメな理由でもあるんですか?」


「――そ、それは……う、ううううう……。」


初さんは不満そうな顔で(うな)っている。


上目遣いでチラリと俺の方を見た初さんと目が合う。


「――せ、瀬濃さんも……二人でいいと思いますよね?」


目が合った初さんは、ニコリと笑い、俺に聞いてくる。


さらに、俺の腕に抱き付いてくる。


――なっ……や、柔らかい――。


こんな小動物のような見た目をしていながら、とてつもなく大型の凶器を隠し持っていやがった……。


こんなに可愛い子に、こんなに柔らかい物を押し当てられながら頼み事をされようものなら、大抵の男は断ることはできないだろう。


「……せ、瀬濃さん?」


相野さんも俺の名前を口にする。


相野さんのこんな困ったような表情を見たら、否定的な返答はできるはずもない。


俺は考える……。


「……えっと……三人で行こう。人手が多くて困ることはないし、人は多い方がきっと楽しいと思う。ダメかな……?初さん?」


「……あう……。せ、瀬濃さんがそう言うなら……ダメじゃ……ないです……。」


初さんは残念そうにしながらも、了承してくれる。


相野さんは特に喜ぶこともなく、どちらかというと安心したような顔で優しい目で俺の方を見ていた。


「それじゃあ、次の休みの時に。」


「はい。」


「よろしくお願いします。」


そんなわけで、次の休みの日に俺と相野さんと初さんの三人で本棚を買いに行く約束をした。


その後は何事もなく、いつもの道をいつものように帰宅。

夕食を取り、風呂に入り、眠る。


次の休みの日に向けて心を躍らせながら。

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