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湖の乙女達<前編>


二人は、まだ心地よさそうに眠っていた。


昨日はかなり疲れただろうし、このまま眠らせておいてあげたい。


と、なれば……。


「――さて、飯を作るか。」


そう呟き、着替えを済ませ、部屋からそっと出てキッチンに立つ。


今日は……目玉焼きにしよう。


確か、パンもまだあったはずだ。


ちなみに、乳牛系のミノタウロスから搾れる牛乳などと同じように、この卵も有翼人、ハーピーなんかの卵だったりする。


精を受けていない卵は当然無精卵なため、間違っても中から有翼人が産まれてきたりすることはない。


だから、心置きなく食べることができる。


また、これも生殖本能が旺盛なこっちの世界の特性なのだが、有翼人のメスは……卵を一日に一つ以上……多い時には、三つ程度産むこともあるらしい。


だから、こっちの世界の人間は卵に困ることはないし、有翼人が精を受け、子供を育て、数を増やすことも容易(たやす)い。


また、有翼人もメスの方が数が多く、三人中二人はメスとして産まれてくる。


まぁそんなわけで、有翼人の女の子が毎朝頑張って産んでくれた卵を、ありがたく目玉焼きにして、美味しくいただくこととする。


ミオとベルがいつ起きてきてもいいように、冷めてもおいしく食べられるよう、塩で味付けをする。


これなら卵だけで食べてもいいし、パンに挟んでもいい。


あるいは、なにか別のものと一緒に食べるのも自由だ。




食事を作り終え、自分の分を食べていると――目を(こす)りながらベルが起きてくる。


着ている服は乱れ、いろいろとギリギリで見えてしまいそうだ。


「……あ、おはようごじゃいましゅ……アイラしゃん……。」


まだ眠そうにしていて、気を抜けばその場でもうひと眠りしそうなくらいだ。


「――おはよう、ベル。飯はできてるから、食べていいぞ?」


「……あ……はい……ありがとうございましゅ…………。」


ベルは自分の席に座り、うとうととしながら俺の作った目玉焼きをパンに乗せ、挟んで食べる。


まだ眠そうなベルに、コップ一杯の水を差し出すと一気に飲み干してしまった。


そのおかげか、目は覚めたようだ。


――そんなことをしていると、ミオも起きてくる。


「――あ、おはようございます。アイラさん。――ご、ごめんなさい!またご飯作らせちゃったみたいで……。」


ミオはベルと違い、意識はすでにはっきりとしている様子だ。


「別にいいよ。それに、ミオがやらなきゃいけないことってわけでもないだろ?」


「そ、そうなんですが……でも……。」


そう、普段は毎朝ミオがご飯を作ってくれてはいるが、それはミオが自発的にやっているだけで、別に強制しているわけでも、はたまた当番制にしているわけでもない。


ミオがいうところによると……自分は料理が好きで、俺に食べてもらうのが嬉しいから作らせてもらいたいとのことだった。


そんなことをいわれてしまっては、お願いしたくもなる。


単純に、嬉しいしな。


「――まぁ気にしないで食べてくれ。でもそうだな……じゃあ、明日はまたミオが作ってくれ。ミオの料理は美味いからな。楽しみにしてるよ。」


しゅんとしていたミオにそういうと、表情が明るくなる。


「――は、はい!楽しみにしててくださいね?私、頑張っちゃいますから!」


気合十分な返事をし、席に着き、食事を始める。


ミオは目玉焼きをおかずにしながら、パンを少しずつちぎって食べていた。


みんなが食事を終え、出掛ける支度も完了する。


今日は、用事がたくさんある。


まずはギルドに行って、壊滅した町とそこに住んでいた人たちに関する報告だ。


さっそく、ミオとベルを連れてギルドへ向かう――。




「――あ、アイラさん。おはようございます!お待ちしてましたよ?無事に戻れたようでなによりです!それで、サキュバスさんのいっていた町の様子は……どうでしたか……?」


ギルドの受付へ行くと、待ってましたと受付のお姉さんが声を掛けてきた。


お姉さんは俺たちの無事を喜んでくれる。


今日も可愛い……。


そして……いいおっぱいだ!


埋もれたい――!


背後から、ミオとベルのじっとりとした視線を感じる……。


慌てて意識を切り替える。


「――え、えーと……まず、壊滅した町に現れた一つ目一本足の化物ですが……モノアイでした。町の人たちは……男性はやはり、ユン……サキュバスの()がいっていたように全滅していて、町も復興するにはかなりの時間と手間が掛かると思います……。」


「……そうですか……。」


受付のお姉さんは(けわ)しい顔をする。


「……ですが、一部ではありますが、町の女性たちの中には生き残っている人たちがいて、その人たちには近くの……湖のある森に一時的に避難してもらっていますので、すぐに救援を送って欲しいと思っています。場所は……俺たちが乗せて行ってもらったケンタウロスの運送屋の()たちに聞けばすぐに分かると思います。必要であれば、俺たちも一緒に行くつもりです。」


うしろにいたミオとベルも(うなず)く。


「なるほど……。分かりました。少し待っていてくださいね……?」


(けわ)しい顔をしていた受付のお姉さんは、すぐに頭を切り替えたように仕事の顔になる。


受付のお姉さんはこちらへ背を向け、うしろの方で別の仕事をしていた女性に話し掛けに行く。


どうやら、救援を要請してもらうよう手配してくれているようだ。


「――とりあえず、すぐに必要そうな人員を揃えてもらうよう手配しました。アイラさんたちは……大変申し訳ないのですが……やはり、もう一度その湖へ行って、救援を手伝ってはもらえないでしょうか?」


仕事仲間との話を終えた受付のお姉さんが俺たちにいう。


まぁ、そうなるだろう。


なにより、状況が分かっているのは俺たちだ。


最も適任なのは誰なのか、誰だって分かる。


それに、俺たちももう一度行くつもりではあったしな。


「分かりました。実はそのつもりだったので、すぐに向かいます。」


受付のお姉さんは嬉しそうに笑い返してくれる。


「――あ、そうでした。」


受付のお姉さんは思い出す。


「……昨日、新しい情報が入ったのですが……どうやら、アイラさんたちが行っていた壊滅した町の近くに、インプというモンスターが住む洞窟があるようで……まだはっきりとは分かっていないのですが、そのモンスターたちによって被害も出ているかもしれないので、気を付けて向かってくださいね?」


「……インプ……ですか?」


名前は知っていたし、どんなモンスターなのかも大体は知っていたが、なんとなく気になり、聞き返してしまった。


「……はい。少々悪戯(イタズラ)好きなモンスターなのですが……どうやら最近、勢力を拡大させているという噂を聞きまして……アイラさんの話によると、湖はその町から少し距離もあるようなので、おそらく問題はないと思いますが……。念のため、気を付けてくださいね?」


受付のお姉さんは心配してくれつつ答えてくれる。


可愛い……。


――じゃなかった。


気を付けねば――!


「ありがとうございます。念のため、警戒しておきます。」


「はい。あ、そうそう、今回の女性たちの救援と、万が一インプに遭遇し退治するようなことがあれば、それもギルドからの正式な依頼としてしっかり報酬が出ますので、安心してくださいね?期待していますよ?アイラさん。」


何気に抜け目のない人だ……。


いや、いい意味でよ?いい意味で。


もともと仕事のできる人なんだろうか……?


あるいは、俺たちに一目置いてくれていて、手厚い対応をしてくれているのかもしれない。


どちらにしても、ありがたい。


今度なにかお礼をしたいところだ……。

が、今口に出すとミオとベルに怒られそうなのでやめておく。


「ありがとうございます。では、さっそくケンタウロスの運送屋へ頼みに行ってきますね。」


「――はい、お気を付けて。」




俺たちは、さっそくケンタウロスの運送屋を訪れる。


「――あ、アイラくーん!無事に戻ってきたんだね!よかった!ほんっとーに、よかった!!」


店に入るなり、そんな言葉が聞こえる。


ケンタウロスのモナだ。


ちょうど少し前に帰ってきたという様子だ。


ミオとベルを乗せて行ってくれたケンタウロスの娘たちもいる。


俺たちがモノアイと戦闘をしている間に帰り始め、夜はどこかで眠り、人を乗せていない状態であればちょうどこれくらいに帰ってこられるのだろう。


また、ケンタウロスは睡眠時間が短いということも早く帰ってこられた理由なのかもしれない。


「三人も無事に帰ってこられたみたいでよかったよ。」


壊滅した町への道中をともにした三人の無事を喜ぶ。


ミオやベル以外にも、周りに他のケンタウロスたちもたくさんいたため、念のためモナの名前を呼ぶことは避けた。


それは、モナ自身が俺に名乗る際に周りに聞こえないよう耳打ちをしていたから……という理由の他にも、魔物というのは名前によりその言動を制限できる場合があるからだ。


あるいは、仲間内でも実は名前で呼び合っている場合もあるだろうが、自分の命に結び付く名前というのはその個体の意識や思考、身体、運命すらも支配している場合がある。


名前を呼ぶことによって文字通りの意味で思い通りに使役することが可能な場合もある。


人間同士であれば、むしろ名前を呼ばないことは失礼であったり、そもそも名前を名乗らないこと自体が無礼な場合もあるが、魔物に関しては人間以上に名前の持つ意味というのが大きいため、あえて名前を伏せることもあるというわけだ。




――俺はそこにいたケンタウロスたちに、モナたちと別れたあとの話と、壊滅した町には生き残った女性たちがいて、湖まで救援が必要なことを話した。


「――そんなわけで、ギルドからも(じき)に話があると思いますが……湖まで救援をお願いできないでしょうか?」


受付のケンタウロスにお願いする。


「分かりました。ギルドからの連絡を待ってもいいのですが……この娘たちの様子を見るに、あなた方はきっと信頼できる方たちなのでしょう。」


受付のケンタウロスは、俺たちと再会し、嬉しそうな様子のモナたちの方を見てそう返答した。


「それに、少しでも早い方がいいのでしょう。すぐに手配しますね。」


話が早くて助かる。


それもこの場にモナたちが居合わせてくれたおかげだろう。


「――あ、じゃあ……私も、行っていい?」


モナが俺に問い掛けてくる。


「ありがとう。助かるよ。でも……。」


俺は渋る。


俺たちは転送魔法を使って帰ってきたが、モナたちはずっと走りっぱなしで疲れているだろうと考えたからだ。


「……でも……疲れてるんじゃないか?休まなくて……平気か?」


直接聞いてみる。


「――だいじょーぶ!まだまだ元気だよ!」


モナは元気いっぱいに返事をする。


もちろん疲れていないわけではないのだろうが、きっと俺に気を使ってくれたのだろう。


それに、どちらにしても俺たちと行動をともにした三人の内の一人には、救援部隊を(ひき)いて連れて行ってもらう必要がある。


俺は迷う……。


「……じゃあ……お願いできるかな……?」


「――もちろん!アイラくんのためなら私、頑張っちゃうよ!!」


即答だった。


こんなに張り切られると引き止めることもできない。


「――はぁ……。しょうがないわね……。私たちも付き合うわ。」


「――わたしも!だって、一人だけじゃ心配だもんね!」


ミオとベルを乗せて行ってくれた二人も、モナの様子を見てそう口にした。


「――ありがとう三人とも。それじゃあ、無理をさせてすまないけど……お願いできるかな?」


俺は改めて、感謝とお願いをする。


「――もっちろーん!」


「――いいよー!」


「――仕方ないわね……。」


三人の同意が得られる。


「では、私たちも準備をしてお待ちしていますので、お客様も他に準備があれば済ませてしまってきてください。準備ができ次第改めてきていただければ、その頃には全て手配しておきましょう。」


この受付のケンタウロス……できる!


いや、忙しい業務には慣れているのかもしれない。


いつの時代も、運送の仕事というのは大変なようだ。


「それじゃあ、いろいろと迷惑を掛けますが……お願いします。」


そういって、店をあとにする――。


「――私、ちょっとだけ休ませてもらえます?」


「――あ、あたしもー……さすがにちょっとだけ疲れちゃったし、仮眠取りたーい!」


「――じゃあ、私は……アイラくんがくるまで待機してますね!」


店を出る際、受付のケンタウロスに対して三人がそんな風に話す声が聞こえた――。




俺は改めてギルドに行き、ケンタウロスの手配は問題ないことを伝えつつ、救援の人員の用意ができたかの確認をした。


救援の人員としては……戦闘やその他力仕事が可能で、食料や救援物資を持って行く自警団の人間が十五人。


医療の知識を持ち、怪我や病気に対応できるものが二人ほど湖に向かってくれるとのことだった。


俺たちは一度帰宅し、改めて食料や装備を整える。

とはいっても、用意した多くの物は転送できるよう倉庫に入れておく。


今回は、一度行ったことのある湖であることに加え、出発地が自分たちの住んでいる安全な町の中だ。


だが、帰ってくる時にはまたなにがあるかも分からない。


念のため、緊急で倉庫に帰ってくることも考え、倉庫を整理しておいた。


ミオとベルは主に食料を用意してくれ、準備が完了する。


一通りの準備を終え、改めてケンタウロスの運送屋へ向かう。


なにか一つ大事なことを忘れている気もするが……きっと気のせいだろう。


今は湖の女性たちの救援が最優先だ――。




ケンタウロスの運送屋に到着すると、店の前にはオスメス様々なケンタウロスが待機していた。


全部で二十頭といったところだろうか。


今回は、オスの方が多いようだ。


メスよりもさらに身体が大きく、屈強な見た目をしている。


なるほど、これなら確かにメスよりも速いというのも頷ける。


そんなたくさんのケンタウロスに紛れて、一人だけ場違いな……二本足の女の子が紛れていた。


……なんだろう?


不思議に思っていると、その女の子がこちらを振り向き、俺に気付く。


「――あ!アイラさん!!うわぁぁぁん!!酷いです!酷い、酷い、酷いですー!!」


ユンだった――。


俺に気付くなり、駄々(だだ)()ねる子供のように泣き出す。


しまった……。


俺の忘れていた大事なことはこれだった……。


すぐにやらなければいけないことが大量にあったせいで、ユンのことをすっかり忘れていた……。


「――あ、えっと……ごめん。実はいろいろあって……。」


「――アイラさん酷いです!私ずっと心配してたんですよ!?さっきギルドに行ったら、お姉さんからアイラさんが戻ってるって聞いて、いるならここだって聞いたからせっかくきたのにいないじゃないですか!ずっと待ってたのになかなかこないし!忘れられちゃったかと思ったじゃないですかぁ!!」


……すみません……忘れてました……。


「えっと……ごめん。実は、前に聞いた町の件でいろいろあって……救援をする必要があったんだ。」


「はい。ギルドのお姉さんに聞きました!でも、私のこと忘れて行っちゃうなんて酷いですぅ!ずっと待ってたのにぃ!」


「ご、ごめんって……。」


俺にできるのは謝罪をすることくらいだろう。


「――もう!アイラさんってば…………仕方ありません……。ちょっと、しゃがんでください。」


「……え?なんで……?」


ユンの急な注文を不思議に思う。


雰囲気が変わり、なにか(たくら)んでいるようにも見える……。


「――いいから、しゃがんでください!」


これは、断れなさそうだ。


よく分からないが、それくらいは別にいいだろう。


俺は……しゃがむ。


「――えいっ――――!」


ユンは、自分よりも低い位置にきた俺の顔を見下ろし、優越感に満ちた顔をしたあと……キスをする。


うしろからは、すぐに二人の殺気が飛んでくる。


ユンは軽く口付けをし、口を放した。


「えへへー。」


さっきまで泣いていた顔とは打って変わり、ちょっと照れたような、嬉しそうな顔をしながら、呆気に取られ固まった俺の頭をよしよしと撫でてくる。


後方からの殺気はさらに強くなる。


「――また、無事に帰ってこなくちゃダメですからね?」


ユンは殺気のことなど構いもせず、微笑みながらそんなことをいう。


「それじゃ、待ってますから!帰ってきたら、絶対私の所にきてくださいね?」


ユンはバイバイと大きく腕を振りながら離れて行った……。


(ほう)けたまま、ユンの走って行く方をぼうっと見てしまう。


そして、うしろの殺気の方を振り向く――。


そこにはもちろん、ミオとベルがいる。


ミオは、口角を上げてはいるものの、目に感情を感じさせず、俺の方をじっと見ている……。


ベルは……ジト目で呆れ顔だった――。




「――ありがとうございます。迅速に対応してくれて。」


気を取り直して、受付のケンタウロスに話し掛ける。


「いえいえ、あのサキュバスさんは……大丈夫でしたか?」


見ていたのか……。


いや、そもそもユンは俺のことを聞いて回っていただろうし、見ていなくとも知っていてもおかしくはないか……。


「ええ……まぁ……。」


誤魔化すような俺の返事に、受付のケンタウロスは笑顔のまま不思議そうな顔をする。


「――えっと、それはそうと、あちらに自警団の方々もすでに到着していますので、すぐにでも出発できますよ?」


俺の様子を察してか、話題を切り替え、少し離れたところを手の平で指し示しながらそういう。


「――あ、ああ……ありがとうございます。じゃあ、さっそくお願いします。」


「分かりました。では、少々お待ちを――。」


受付のケンタウロスは、自警団の連中に走り寄って行き、話し始める。


受付のケンタウロスの一番近くで話を聞いていた男がうしろを振り向き、他の連中にも説明する。


説明を受けた自警団の連中は、さっそくケンタウロス集団の中へと紛れて行き、一人あたり一頭の横に立つ……わずかにケンタウロスの数の方が多い。


オスのケンタウロスは、一頭で二人くらいは余裕で乗せられそうだ。


メスに関しても、小さい身体の女性であれば……二人くらいは乗ることも不可能ではないだろう。


みんなの準備が完了し、いつでも出られる状態となる。


――モナが友達の二人と一緒に、俺の所へ駆け寄ってくる。


「――アイラくん!私たちもさっさと準備しちゃおう?」


モナが準備を促してくる。


「あ、すまん……俺たちは今回、転送魔法で向かうつもりなんだ。だから、湖へ行ったことのある三人は……他の人たちの案内をお願いできないかな?」


「――…………え?――ええええええっ!?――や、やだー!私、アイラくんと一緒に行くー!!」


「ご、ごめん……。で、でも案内がいないと、他の人たちが困っちゃうと思うんだ……。」


(さと)すように説得を試みる。


まさかこんなに反発されるとは思わなかった。


「――や、やだー!やだやだやだー!私、アイラくんと一緒に行きたいのぉ!!」


これは……困ったな……。


「――ちょっとあんた!わがままいってないでさっさと行くよ!?」


「そうだよー。アイラくんも困っちゃうよ?」


前にミオとベルを乗せて行ってくれた二人もモナを説得してくれる。


「――やなのぉ!やだやだやだー!!」


モナは腕を振り回しながら、駄々(だだ)()ねる子供のように(わめ)き散らす。


…………あれ?さっきも似たようなことなかったか……?


……参ったな……。


「……えっと……アイラくん?……だっけ?悪いけど、私たちだけで案内するから、この娘だけでもなんとかならないかな?」


説得をしてくれていた一人が、俺にそう提案してくる。


モナだけは一緒に連れて行ってくれないか?という意味だ。


正直……連れていけなくはない。


転送魔法も、大量に人や物を転送することはできないが、モナ一人くらいなら、ミオやベル、荷物を合わせてもギリギリ転送できるだろう。


俺は考える……。


俺たちが先に着くということは、万が一なにかしらの危険があった際には、最も早くその危険に飛び込むということになる。


そこに、モナを巻き込みたくはなかった。


だが、今回はあくまでも救援だ。


おそらく、そう危険なこともないだろう……。


駄々(だだ)()ねるモナの方を見る。


……仕方ないか……。


「……分かった。なんとかするよ。モナ、俺たちと一緒に行こう――!」


俺は渋々承諾し、モナに呼び掛ける。


「――やだやだや……!―――ホント!?やったーーー!!アイラくんだーい好き!!!」


泣き喚いていた顔が満面の笑顔へと変わる。


モナは俺の方へ駆け寄り、力いっぱい俺を抱き締める。


凄い力だ……。


――痛……くない!


背中側は腕の力でミシミシといっているが、腹側はというとどうだろう……?


――柔らかいではないか!


いや、人間のそれに比べると少し硬い気もするが……柔らかい!


堪能させていただく……。


俺の背中が痛かったのは、果たして腕のせいだったのか……ミオとベルの視線のせいだったのか……それは分からない――。




ケンタウロス集団と自警団連中には、先に出発してもらった。


俺は、人通りの邪魔にならないところにミオとベル、モナを連れて行き、転送魔法の準備をする。


足元に、俺たち四人が余裕を持って入れる程度の魔法陣を描く。


別に、その辺に転がっている適当な石で描いても問題ないのだが……念のためにと、魔法使い用の杖で魔法陣を描く。


形はそうだな……。


今回は、太陰太極図(たいいんたいきょくず)にでもしておこう。


この太陰太極図(たいいんたいきょくず)というやつは……風水なんかのイメージが強いだろう。


白と黒の勾玉(まがたま)が組み合わさったような形のアレだ。


ちょうど円形であり、陰と陽、プラスとマイナス、なんなら結界としての意味も持つ。


入口と出口をイメージするために使うにはちょうどいいというわけだ。


魔法陣の形は、入口と出口をイメージでき、その魔法陣の中に自分たちが入れる円形のものであるならばある程度なんでもいい。


どちらかというと、そのイメージの方が大切だ。


そのことからも、目的地へは一度行っておく必要があるというわけだ。


出発点であるこの町は、突然魔物に襲われるようなこともなく、目的地である壊滅した町までの途中の湖も、着いた途端に魔物に襲われるような心配もない。


集中し、イメージしやすい条件は整っている。


魔法陣を描き終わり、俺はモナに(またが)らせてもらう。


両手にはそれぞれ、ミオとベルの手をしっかりと握る。


みんなが無事に目的地へ転送されるように――。


「――みんな、目を閉じてくれ。」


ミオとベル、モナにいう。


俺自身も目を閉じ、到着地をイメージする。


集中する――。


魔法陣が光り始め、俺たちの足元を照らす。


その光が、俺たちを包むように強くなる。


描かれた魔法陣とともに、俺たちの姿は消える――――。




――――バッシャーン―――!!


――な、なんだ!?


――濡れた!?水――!?


俺は、目を開ける。


――なんで!?


――転送失敗っ!?


俺は……泳げない……。


落水する音が聞こえた直後、自分の身体は水の中にあり、パニックになってしまう。


跨っていたはずのモナからは落ちてしまっていた。


両手にあったはずのミオとベルの手も、水に落ちる際に放してしまった。


――――まずい……これは……まさか……こんな形で……俺は……溺れて……死ぬのか…………?


目を閉じ、意識を失い……かけるが、なにかが顔に触れる。


直後、唇に柔らかいものが触れた。


吹き込まれ、少し呼吸が楽になる。


目を開けると、幻想的な紫色の、綺麗な髪が見えた。


――ミオだ……。


俺の胴体に柔らかい腕が回され、水面へと近付いて行く。


「――ぷはっ!!」


呼吸ができる。


「――はぁ……はぁ……。」


湖の縁に掴まり、水の中から出る。


「……な、なんだ……?なにがあった……?」


「――大丈夫ですか?アイラさん……?」


初めに、ミオの声が聞こえた。


「――ごめーん!アイラくん!ごめんね!本当にごめんね!」


モナが必死で謝る声が聞こえる。


今一状況が呑み込めない。


「……えっと、私たちも目を閉じていたのでよくは分からないのですが……どうやら、湖の縁に転送されてしまったみたいで、モナさんがうしろ足を滑らせてアイラさんが水の中へ落ちてしまったみたいなんです……。」


ベルが事情を説明してくれる。


なるほど。


そういうことか……。


「――ごめんね!本当にごめんね!私も慌てちゃって……!ごめんね!」


モナはとにかく謝る。


「いや、大丈夫だよ。俺の方こそごめんな。」


そう、そもそも俺のせいだ。


湖のイメージが強すぎたせいで、地面のあるギリギリの場所に転送されてしまったのだろう。


モナはなにも悪くない。


突然自分が湖の縁に転送されれば、足ぐらい滑らせるだろう。


それよりも、モナが落ちなくてよかった。


それこそモナが落水していたら救出はほぼ不可能だっただろうし、ミオとベルも水の中に落ちていたら、まず確実に俺が助け出されるのが遅れていただろう。


不幸中の幸い。


水に落ちたのが俺だけでよかったというわけだ。


「ミオ、ごめんな。ありがとう。」


「いえいえ、アイラさんが無事でよかったです。」


ミオの服は水でぴったりと身体に張り付いていた。


いろいろと……身体の線が浮き出ている……。


「――アイラさん?」


ミオに呼び掛けられる。


「――あ……ご、ごめん、ちょっとぼうっとしちゃって……。」


俺はどぎまぎしてしまう。


「……大丈夫ですか?少し、休みましょうか?」


ミオは心配そうに顔を近付けてくる。


「――い、いや、大丈夫だ。」


「……いえ……でも……。」


「――そうだよ!ちょっとだけゆっくりしてこう?」


モナが口を挟む。


「――そうです!無理はよくありません!」


ベルもいう。


「……わ、分かった……。」


押し切られ、俺は承諾する。




――四人集まり、近くにあった木の陰で休憩をする。


ミオの服は……濡れてしまっていた。


俺の服はすぐに乾くだろうが、ミオが着ていたのはローブだ。


乾くのにも時間が掛かるだろうし、なにより風邪を引かせたくはない。


――せっかくだ。


着替えてもらうことにしよう。


ミオには、倉庫から取り出した女性の武闘家が着るような服を渡した。


ミオの主な攻撃手段は魔法なため、どうしても多少の違和感はあるかもしれないが、体調を崩してしまうよりはいいだろう。


考えてみれば、今回は動き回るかもしれない。


ミオだけではなく、ベルにも同じ服を渡して、着替えてもらうことにした。


これで二人とも動きやすくなるだろう――。


「……どうですか……?」


ミオが自信なさげに……いや、恥ずかしそうにしながら漠然(ばくぜん)と感想を聞いてくる。


「……もちろん、似合ってるよ。すごく可愛い。」


「よかったです。」


嬉しそうに、照れくさそうに笑う。


「……わ、私も……どうですか……?」


ベルも聞いてくる。


「……ああ、可愛いよ。」


うん、可愛い……と、いうよりも、二人ともセクシーだ。


「……な、なんか目つきがいやらしいです……。」


ベルが俺の顔を見てそんなことをいう。


「――そ、そんなことないだろ!」


俺は慌てて否定する。


二人の着ている服は、色は落ち着いた色で、基本的にはチャイナ服のようなデザインなのだが、下は短いスカートや前掛けのようにひらひらとしていて、スパッツのようなものを着用する形になっている。


確かに動きやすいだろうが……足フェチのやつには堪らないだろう。


「――いいなぁ……私も、いろんな服着てみたいなぁ……。」


モナの(うらや)ましそうな声が聞こえてくる。


「身体が大きいと服選びも大変そうだもんな。」


「そうそう!私ももっと可愛い服着たいな……そうすれば……。」


「そうすれば……?」


「――な、なんでもない!……いいなぁ……可愛いなぁ……。」


「……モナは、そのままでも十分可愛いよ。」


(うらや)ましそうにしながらもしょぼくれるモナを励ます。


「――ほ、ホント!?今のままの格好でも可愛い!?」


「あ、ああ……可愛いよ。」


モナの勢いに()されてしまう。


「そ、そっかぁ……じゃあ、別にいいかな……?えへへ……。」


元気になってくれたようでよかった。




それにしても……人気(ひとけ)がない……。


いや、もともとは人間がいる場所ではないため、当然といえば当然なのだが……。


水場が近くにあるのだ。


壊滅した町からこの湖にきた女性の一人や二人、近くにいてもおかしくはなさそうなのだが……。


なんだか、嫌な予感がした。


「……少し休んだし、町の人たちの所に行こうと思うんだけど……いいかな?」


休憩もそこそこに、女性たちのいる場所に向かおうと提案する。


「……はい、そうですね。そうしましょう。」


俺の提案を聞いて、ミオは考える。


「はい。」


「いいよー!」


ベルとモナも賛成してくれた。




湖の女性たちのいる場所は、ここからそんなに離れていない。


身を隠せるように、あえて木々に囲まれた場所に陣取ってはいるのだが、水場が近い方がよかったため、大きく離れてはいないというわけだ。


それにも関わらず人気がないというのは、やっぱりおかしい……。


少し歩き、女性たちが生活を始めていた場所に着く。


「……なんだ……これ……?」


荒れていた。


荒れ果てていた。


俺たちが残していった食料などが散乱し、その光景を見ればなにかがあったことは一目で分かった。


魔物かなにかに襲撃を受けたのだろう。


料理に使用していたと思われる火は、まだ消えていない。


おそらく、そう時間は経っていないということだろう……。


……一体……どこに行ったんだ……?




「――い、いや!やめて!」


「――大人しくしろっ!!どうせ誰もこないんだ!!」


少し離れたところから、女性たちの内の一人と人間の男の声が聞こえる。


「――ミオ!ベル!」


二人に呼び掛ける。


二人にも女性の声は聞こえていたようで、二人は頷きモナと一緒に、走り出した俺を追い掛けてくる。


そして、そいつは……いや、そいつらはいた。


男は、まだこちらに気付いていない。


駆け付けた足でそのまま助走をつけ、男に斬り掛かる。


「――やめろぉっ!」


「――おっと。」


(かわ)された。


男は俺が斬り掛かってきたことに気が付き、掴んでいた女性の腕を放して、俺の攻撃を回避した。


女性は、すぐに他の女性たちの中へと走って行く。


「――危ねぇなぁ……なんだ?てめぇは……?」


「――お前こそなんだ!なんでここにいる!?」


男は顔を隠し、ギョロリとした目と口だけが見えるような帽子を被っている。


「……知らねぇなぁ……そもそも、てめぇに教える義理はねぇよ。ケケケ……。」


嫌な笑い方をする。


左手には不格好なナイフを持っており、いかにも悪いやつといった風貌(ふうぼう)をしている。


本当の悪人というのは、顔も名前も、時には性別や目的も隠し、自分よりも弱いものを食いものにするやつだ。


つまり、そういうことなのだろう。


目の前のこいつに関しては、いかにもな雑魚……と、いいたいところだが……一つだけ、おかしな点がある。


男のうしろには、たくさんの女がいるのだ。


湖の女性ではない。


おどおどとした様子もなく、むしろ好戦的な表情にすら見える。


それが……十人……いや、もう少しいる……。


よくよく見ると、その女たちには耳や尻尾、長い爪が生えている。


亜人というやつだ。


半分人間でありながら半分獣であり、そこにいるその女たちは戦闘に特化したタイプなのだと分かる。


この男に召喚された亜人たちなのだろう。


男の方は、人間だ。


おそらく、殺し合いになることはないだろう……。


だが、目的が分からない。


「……一体、ここになにをしにきた!?」


会話を試みる。


「――知らねぇっていってんだろうが!!俺は、この近くを通り掛かったら女の声が聞こえたんでな。見たら素っ裸で湖で騒ぐ女どもがいるじゃねぇか。これは俺のための女だと思って捕りにきただけだ。だからてめぇみてぇなのが邪魔してんじゃねぇよ!!」


「……なにを……いってるんだ!?この人たちは住むところがなくなって、一時的にここに身を寄せてるだけだ。分かったら、諦めろ!!」


俺は、最低限の事情を口にする。


「――知らねぇっていってんだろうが!……でもそうか……。」


男は考える。


「―――だったら丁度いいじゃねぇか!持ち帰って俺の奴隷として使ってやるよ!!」


男に引くつもりはない。


そもそも、話し合いができる相手ではなかったということだ。


こんなやつがいるのか……。


――嘘だろ?


こいつだって、あっちの世界では普通に生活しているやつだろうに……。


「――お前ら、行け!!」


男はうしろにいた亜人たちに攻撃をするよう指示する。


「――うがあああああぁ!!」


亜人の一体が叫び声を上げ、跳び掛かってくる。


「――くそっ!やめろ!」


俺は短剣を取り出し、攻撃を(さば)く。


その一体に続き、次々と亜人の女たちが爪を立て、跳び掛かってくる。


「―――くっ……!」


この世界における亜人の扱いは、魔物と同じだ。


殺したとしても、俺がペナルティを負うことはない。


だが、可能であれば殺したくはないと思うのが普通の人間だろう。


「――アクアスライサー!!」


ミオの声とともに水の刃が、俺に跳び付こうとした亜人の身体を切り刻む。


「――――うぎゃあああっ!」


死んではいない。


しかし、動けなくなる。


続けて、近くの三体も跳び掛かってくる。


「――アクアスライサー!」


「――ウィンドカッター!」


ベルも援護をしてくれる。


風の刃と水の刃が、それぞれ一体ずつを怯ませる。


俺は残りの一体の攻撃を捌く。


「――ミオ!ベル!」


感謝の意味で呼び掛ける。


二人は頷く。


そのまま援護を続けるという意味だろう。


動きやすい格好でよかった。


俺に攻撃を捌かれ、ミオとベルの援護の隙を突いた亜人の一体が、湖の女性たちの方へ向けて走り出す。


「――しまっ……!」


「――えーーーいっ!!」


亜人は、俺たちのいる方へと飛ばされてくる。


いや、蹴り飛ばされ、戻ってきた。


――モナだ。


モナが女性たちを(かば)い、うしろ足で亜人を蹴り飛ばしてくれたらしい。


「――モナ!ありがとう!」


「――えっへへー!まっかせてー!」


「モナはそこの女性たちを安全な場所へ連れて行ってくれ!」


「――わかった!アイラくんの頼みなら、頑張っちゃうからね!」


これで湖の女性たちはもう安心だろう。


あとは、残りの亜人たちを……倒すしか……ないのか……?


――――召喚された亜人たちは、俺たちにとっては魔物と同等の扱いとなる。


殺したとしても、俺にペナルティはない。


だが、襲ってきた男にとっては違う。


召喚には、責任が(ともな)う。


それが、人間を召喚していた場合には、召喚させたものが餓死させてしまった場合など、その報いを召喚者が受けることになる。


そしてこれは、亜人に関しても適用される。


亜人は、人間とほぼ同様の見た目でありながら、耳や尻尾が生えている。


会話も可能で、感情や気持ちというものも当然ある。


召喚した亜人種を、寿命を全うするなどの方法以外で死亡させてしまった場合は、召喚者はペナルティを負う。


その内容に関しては、人間と亜人で少し内容が違ってくる。


召喚した対象が人間であった場合は、身体の損傷になるのに対し、亜人の場合は、その亜人によって得た金銭などの利益の代替と、その亜人に関する全ての記憶を失うことになる。


そのため、通常であれば亜人種を粗末に扱ったり、犯罪をさせたりすることもない。

はずなのだが……。


今回、この男のように大量に亜人を召喚したことによって気が大きくなり、自分の欲望のために利用しようなどと考えるやつもいるのだろう。


本来であれば召喚者は、より多くの亜人種を召喚した場合は、より多くのペナルティを背負う覚悟もしなくてはならない。


召喚者によって召喚された亜人が、殺害、犯罪のようなものに巻き込まれることになった結果……。


例えば、五人程度の亜人種を死なせることになってしまえば、召喚者はより多くの、将来的に得るはずであった財産、また、亜人たちとの記憶をより多く失うことになり、ほぼ廃人となってしまう。


それにも関わらず、目の前のこの男は、その亜人たちを十数体も差し向けてきているのだ。


この男は……その意味を分かっているのだろうか……?


「――おい、お前!」


俺は、ミオとベルの援護を受けつつ、亜人の攻撃を捌きながら、男に呼び掛ける。


「――なんだぁ?俺かぁ?」


「――そうだ!お前は……この亜人の娘たちとの思い出はないのか?」


「――知らねぇなぁ!それにこいつらは俺の道具だ!俺の道具をどう使おうが俺の勝手だろうが!!こいつらが死のうが苦しもうが、俺は知ったこっちゃねぇんだよ!!役に立たなきゃ、そんなの勝手に野垂れ死んじまえばいいんだよ!!」


「――そうか……。」


俺は、爪の攻撃を捌いていた目の前の亜人の胴体を斬り付け、致命的な一撃を入れる。


「――――うぎゃああああ……あ……あぐぅ……うう…………。」


まだ息はあるが、放って置けば絶命するだろう。


……本当は……殺してしまいたくはなかった……。


だが、このままこの男を放置すれば、いずれまた被害が出るだろう。


そして、その男に召喚された亜人たちにとっても、きっと幸せな未来は待っていない……。


頭にきた。


俺にとって、ミオやベルはとても大切だ。


召喚した責任というものももちろんないわけではないが、二人と一緒に過ごしてきた日々、その思い出があり、深く考えずとも自分の命を賭けてでも二人の命を優先して守るだろう。


それにも関わらず、目の前の男は……もしかしたら、召喚してからまだそんなに時間が経っていないのかもしれない。


だが、自分が召喚し、自分のために頑張ってくれている亜人の娘たちを守るどころか、ただの道具として使い捨てようとすらしているのだ。


頭にこないわけがない。


「――ミオ!ベル!」


二人はびくりと反応する。


きっと俺のいい方がいつもよりも強かったのだろう。


わずかに動揺しつつも、二人は俺の方へ視線を向ける。


「―――少しだけ……前を頼んでいいか……?」


「――え……?はい!」


驚いたようだが、ミオはすぐに肯定の返事をくれる。


俺は、二人と前線を交代してもらうよう頼んだ。


幸いにも、二人は今、比較的動きやすい服装をしている。


少しの間なら、普段は魔法で戦う二人でも攻撃を(さば)くことはできるだろう。


ミオとベルが走り寄ってくるのに合わせて、俺はうしろに向けて跳躍し、二人と場所を交代する。


――俺は右の手の平を、空にへとかかげる。


…………集中する………………。


――剣をイメージする。


――巨大な剣だ。


――大地を穿つような巨大な剣。


集中し、魔法の過程と結果をイメージする――。


俺は、怒っていた――。


男の亜人に対する想いとその扱い。


そして、亜人たちはそんな男のためにも尽くし、前に出て戦闘を行っている。


このままそんなことを続けても、亜人も召喚者の男も、必ずいつか悲しむ時がくる。


続けるべきではないことをしている。


その状況に対して、頭にきたからだ。


故に、その怒りは俺の口から零れ、言の葉に乗せられることになる。


――詠唱――。


詠唱により、放たれる魔法がより明確にイメージされ、より強い魔法を放つことができる。


ただの一人すらも逃すことのないように……。


俺は、唱える―――。




『―――天より注ぎし雷よ―――。』




『―――剣と成りて、熾天を超え―――。』




『―――彼の者共を貫き、大地を灰燼と化せ―――!!』




俺が(てのひら)(かか)げた上空には雷雲(らいうん)が現れ、そこから巨大な雷の剣が出現する。


「――ミオ!ベル!」


俺は二人に呼び掛ける。


「――アクアウォール!」


「――ワールウィンドケイジ!」


ミオは水の壁、ベルは風の刃の(おり)を作り出す。


これで相手はこちらへ向かってくることはできない。


完璧な援護だ。


ミオとベルがすぐに俺のもとへと走り寄ってくる。


二人が俺のいる場所へ到着し、安全を確認する。


「――穿(うが)てッ!!」


俺は叫ぶ。


「―――サンダーブレード―――!!!」


(かか)げた(てのひら)を、ミオの作り出してくれた水の壁……いや、その向こうの敵に向けて振り下ろす。


巨大な雷の剣は、俺の腕の動きに合わせ、空気を、敵を、地面を、穿つ。


「―――あぎゃあああああああああっっっ!!!」


高電圧の電撃の剣の刃に切り裂かれたか、あるいはその雷に感電したか。

そこにいた亜人たちは、絶叫する――――。


電撃の名残と、地面を穿った土埃が徐々に晴れていく……。


「……あ……あう……あぐうぅ…………。」


亜人たちは、虫の息だった。


そのうしろで男は尻もちをついて硬直している。


俺は、男のいるところへと歩み寄る。


「――ひ……ひいいいぃぃぃ!や、やだ!俺は……俺はただ……!!」


男は怯えていた。


そんな男の様子を見て、こんな男に使役されていた亜人たちのことを想い、悲しくなる。


「――や、やだ……!殺さないで!な、なんでもするから!命だけは――!!」


もとより、殺すつもりはなかった。


それに、亜人たちが絶命すれば、それによりまともに考えることすらできなくなるだろう。


「――殺しはしない。お前は……これから一生、報いを受けて生きていけ!」


俺は、男にそんな言葉をいい放っていた―――――。




男に戦意がなくなったことを確認し、俺は振り返る。


「――あれ?ミオと、ベルは…………?」


二人が、いなくなっていた。


辺りを見回すが、見当たらない。


二人の立っていたうしろは森や茂みになっていて、暗く、見通しも悪い。


もしや、先にモナや湖の女性たちのもとへ向かったのだろうか?


普段なら二人は待ってくれているため、少し違和感を感じたが、急いでモナたちのもとへと向かうことにする。


――嫌な予感がした。


気持ちが(はや)り、走り出す――。


モナの姿が見える。


「――あ、アイラくーん!」


「――――も、モナ!ミオとベルは!?」


モナの呼び掛けにも応じず、二人の所在を確認する。


「――え?ミオちゃんとベルちゃん?知らないよ?アイラくんと一緒だったんじゃないの?」


嫌な予感は的中してしまったらしい。


「――ごめん……!!」


俺はモナに事情を話すこともせず、最後にミオとベルを見た場所へと戻る。


自警団の連中の姿も見えたが、そんなことは気にもせず、俺は走り出した。




「はぁ……はぁ……はぁ……。」


亜人たちと戦闘をした場所へと戻ってくる。


全速力で戻ってきた。


亜人の召喚者の男は、すでに自警団の連中に確保されていた。


自警団連中は、湖の女性たちに事情を聞いたのだろう。


生きていた亜人の内の一人が、召喚者の男を介抱している。


「ごしゅじん……さま……だいじょ……ぶ?」


まともに言葉を口にすることもない召喚者の男に対して、亜人の女の子は(つたな)いながらも一生懸命話し掛けている。


一瞬、自分のしたことが本当に正しかったのか、あるいはしっかり全滅させておくべきだったのか、そんな考えが頭を()ぎりもした。


召喚者の男は、どこを見ているのかも分からない……。


立つことすらも(まま)ならず、自警団の男二人に強引に連れられて行くような形だった――。


だが今は、そんなことよりもミオとベルだ。


――最後にミオとベルが立っていた場所を確認すると、足跡が残っていた。


複数の足跡だ。


ミオとベルの足跡とは別に、人間のそれではない足跡が残っている……。


大きくはないが、複数ある。


子供のような大きさの足跡だが、魔物の足跡だと思われる。


数は……五、六体といったところだろうか……?


おそらく、この魔物がミオとベルを連れ去ったのだろう――――。

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