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一眼一足の化物退治

―――木の隙間から光が差し込み、目が覚める……。


「――おはよう!おにーさん!」


夜のことなどなにもなかったかのように、今日も俺を乗せてくれるケンタウロスちゃんが挨拶をしてくれる。


「――ああ、おはよう……。ミオとベルは……?」


いつもであれば、ミオかベルの声が聞こえるはずなのだ。


起きて最初に気になるのは、やっぱり二人のことだ。


断じて、昨日の夜のできごとによるうしろめたさから……とかではない。


「……二人なら……みんなの朝ご飯のためにっていって、お魚焼いてくれてるよ!」


俺の質問に対し、ケンタウロスちゃんは少しむくれたような顔をした気もしたが、すぐに笑顔で答えてくれる。


「そうか……じゃあ、すぐに行かないとな。」


こんな野営の時でさえも、二人はしっかりと起きて、朝食を用意してくれている。


本当によくできた二人だ。


すぐにみんなの所へ向かう。




「おはよう。」


「おはようございます。」


「おはよー。」


みんなと挨拶を交わす。


他の二頭のケンタウロスも、何事もなかったかのような顔をしている。


どうやら、ミオとベルもなにも知らないようだ。


よかった……ほんっっっとうによかった――。


いや、少しうしろめたい気もするが……。


「お魚、焼けてますよ?早く食べて、今日も頑張りましょう?」


……眩しい……ミオの笑顔が眩しい……。


すみません……ほんっとうにすみませんでした……。


心の中で、謝った――――。




食事を終え、支度を完了させ、目的地へと向かう。


ここからは、もうそう遠くはない。


日が昇り切る前には余裕で着いてしまうだろう。


「―――それじゃ、行くよ―――!」


――駆け出す――。


ケンタウロスちゃんは、昨日よりもさらに明るく楽しそうな表情をしていた。


「しっかり掴まってる?昨日みたいなのは……えっと……ダメだからね……?」


照れた様子でそういってくる。


「あ、ああ……昨日のは、わざとじゃないからな!?」


「――えっへへ。分かってるよー。あ……でも……またどこかでゆっくりしてる時とかなら……いいからね?」


悪戯っぽい顔でそんなことをいってくる。


――そのあとは……なんてこともない下らない話。


ケンタウロスのオスは結構荒っぽい性格をしているやつの方が多いとか、実は立ったまま眠れる上に、睡眠時間も短いとか……そんなケンタウロスに関する話をしながら、目的地へと向かった――――。




予想していたよりも少しだけ遅くなってしまった気もするが、目的地へ到着する。


壊滅した町は、すぐ目の前だ。


近付き過ぎると、ケンタウロスちゃんたちも危険なため、近くまででいいと話した。


だがそれでも、ギリギリの場所まで乗せてくれた――。


「――それじゃあ、ありがとな。助かったよ。」


ケンタウロスちゃんたちに感謝を伝える。


「――じゃあ、またよろしくね!」


ベルを乗せてきてくれたケンタウロスちゃんが、威勢よくいう。


俺を乗せてきてくれたケンタウロスちゃんは……うしろの方に引っ込んでしまっていて、ミオを乗せてきたケンタウロスに(なだ)められている様子だった。


「――本当にいいの……?」


「で、でも……。」


「別に死に別れるわけじゃないんだから、お別れくらいいっておいたら?」


「う、うん……。」


よくは聞こえないが、そんなやり取りを遠くの方でひそひそとしていた。


そう思っていると、俺を乗せてきてくれたケンタウロスちゃんが前に出てくる。


「……えっと……おにーさん……ありがとね?その……オスのケンタウロスじゃなくて、私たちを選んでくれて……すっごい楽しかった!また……よろしくね……?」


「……ああ、こちらこそありがとう。俺も楽しかった。」


「――ホント!?えっとね……じゃあ――。」


俺に近付き、ケンタウロスちゃんは耳打ちをしてくる。


角度的に、ミオとベルからはなにをしているかまでは分からないだろう。


「――私……モナ……っていうんだ。覚えておいてね……?」


俺だけに聞こえるよう、小声で名前を教えてくれた。


「――ああ、俺はアイラだ。ありがとな。」


「――アイラくんね!じゃあ……また次も遠くに行く時は……私のこと呼んでね!楽しみに、待ってるからね!」


他の二頭のもとへと向かいながら、そんなことをいう。


少し寂しそうな、でも明るく元気な笑顔でお別れをしてくれた。


――あ、しまった。


帰りは、どうするかな……。


……まぁ、いいや。


なんとかなるだろう――。




「さて、じゃあ……俺たちも町へ入るか。」


ミオとベルに声を掛ける。


二人はなんだか不機嫌なようだ。


「……アイラさん?一体なにをしていたんですか……?」


ミオが口を開く。


……怒ってる……?


いや、笑ってる……?


いや、笑いながら怒ってる――。


すごい威圧感だ――――。


「――あ、アイラさん!ちゅ、チューしてませんでしたか!?」


ベルも顔を赤くし、照れながら怒っている。


「へー……そうですか……。またですか……。まったく!ほんとーにまったく!」


「――い、いや違うって!お別れをいってただけだって!」


「……まったく……本当に仕方ないんですから!」


そのあとも、二人はしばらく怒っていた……。




「――二人とも、最大限警戒するんだぞ?」


頭を切り替えて、町へ入る。


ミオとベルは俺の言葉に無言で頷く。


町の様子は……荒れ果てていて、人気(ひとけ)がない。


荒れ果ててはいるが……巨大な魔物や怪物、化物に襲われたというよりは、人間が暴れ回ったという感じに見える……。


……気のせいだろうか……?


まぁ、荒れ方だけで判断は難しいだろう。


だが少なくとも、相手は巨大なわけではなさそうだ。


――町の中を散策する。


やはり、人気(ひとけ)はない。


所々崩れてはいるが、人が住んでいたであろう民家もほとんどが無事で、まだ人が住んでいるといわれたとしても疑わないだろう。




町の中央付近に到着する。


……なにもない…………。


――いや……なにか……いる――!


……わずかに……動いている……?


……人間、だろうか……?それにしては不気味な……。


――足が……一本だ――!!


「――――あいつか――!!」


こちらが気付くのと同時に、あちらもこちらの気配を感じたのだろう。


その一本足で軽く飛び跳ね、こちらへ方向転換する。


――なるほど、そうやって動くのか――!


確かに、目が一つだ。


顔の大部分を巨大な(ひとみ)が占めており、その目の下にニヤリと牙を見せて不気味に笑う口が見える。


まさに不気味な化物だ。


一本足のせいで、動きは鈍い。


まだ距離はあるが……。


「――ミオ、ベル、行くぞ!」


その声に、二人は強く頷く。


三人揃って一気に……駆け寄る!


――だが……化物のその大きな瞳に見つめられ……意識を失うような感覚に……襲われる…………。


くらくらするような……なにかで頭を殴られて意識を失うような……気持ちの悪い感覚だ……。


いや、実際には起きている。


…………なんだ……?なにが……あった……?


「――ミオ!ベル!無事か――!?」


声を掛けて振り向く。


「――あれ……?……二人が……いない――――?」


化物の方へ向き直る。


……やつも……いない――。


どういうことだ――――?




俺たちの前に現れた一眼一足の化物は、モノアイ。


今回、俺たちの前に現れたそいつは、子供のような大きさで、ベルとほぼ同じか少し小さい程度だった。


そして、その大きな瞳が顔の大部分を占めている。


カエルのように飛び跳ねながら移動するため、動きは速くない。


足は、腕のようにも見える。


あるいは、腕なのかもしれない。


大きな目に、歩くための腕が生えたような見た目をしている。


このモノアイは、その大きな瞳で催眠を掛け、幻覚を見せることができるモンスターでもある。


俺たちはまさに、その瞳で幻覚を見せられたということだろう。


ちなみに、これとは別に人型の単眼男や単眼娘というものも存在し、それを召喚し使役している人間もいるらしい。


共通する特徴としては、視力が凄まじくいい。


また、男性であれば身体が屈強であり、鍛冶などの腕力を使う仕事が得意で、女性の場合は、必ずといっていいほどおっぱいが大きい。


……いや、今はモノアイをどうするかの方が大事だった……。




「――――さて……このモノアイ……どう倒したもんか……。」


そんな独り言を呟きながら辺りを見回すと、ぼんやりとした視界の中に、人影が見える。


あのモノアイに見つめられた直後から、(あた)り一帯に霧が掛かってしまい、自分が今いる場所すらもよく分からない。


そこに、人影が見えた。


これはありがたい。


この霧の中、その人影は目印にできるし、それがミオやベルなら、なにか打開策を練ることができるかもしれない。


俺は、その影に近付いていく――。


――それは、人ではあった……と思う――。


だが、目が見えないほどに、長く伸びた髪で顔の覆われた女だった。


一歩間違えれば、テレビに映った井戸の中から出てきてもおかしくないような姿だ。


髪の隙間からわずかに見える瞳は、人を殺すものの目をしている。


殺人鬼かなにかの目だ。


口元が、ニヤリと不気味に笑う。


――瞬間。


右手を振り上げ、切り裂くような動作で振り下ろす。


――直後、霧の一部が裂け、こちらにその裂け目が近付いてくる。


手に持っていたのは……ナイフだろうか……?


なんであれ、短い刃物だと思う。


霧の中のなにもない空間が、こちらに飛んでくる――。


――(かす)った。


確かに痛みがある――。


その空間を(かす)めた俺の左腕からは、一筋の血が流れる。


――斬撃だ――。


斬撃が飛んできたのだ。


目の前にいる女は、間違いなく俺を狙って攻撃をしてきている。


なぜそんなことをするのか、理由が分からない……。


これも催眠による幻覚なのだろうか……?


だが、もし仮に本当に人なのだとしたら……攻撃はできない……。


なにより……雰囲気は怖いが……女だ。


怪我をさせたくはない……。


いや、別に女相手だろうと必要であれば拳を叩き込むが、目の前の女に関してはまだ素性が分からない……。


できる限り、無傷で無力化したい――。




――しかし、女が小さい刃を一振りする(たび)に、斬撃が飛んでくる。


容赦がない……。


見えない刃は絶えずに飛んでくる。


刃を振るう女の手元と霧の割れ目を視ることでどうにか斬撃を避けることはできるが……このままではいつか……微塵切(みじんぎ)りだろう……。


――おお、怖い!


それなら、強引にでも懐に飛び込み、押さえ付けるしかない――!


――女の手元に意識を集中し、斬撃を回避しながら……。


――――接近する!!


ギリギリまで接近すると……ふわりといい匂いがする――。


それでいて慣れ親しんだような……。


嗅ぐだけで落ち着けるような、そんな匂いを感じる……。


――ミオだ――!


この殺人鬼のような女は、見た目こそ違うが……ミオだ――!


寸前の所でそれが分かり、押し倒しつつ拘束する!


つもりだったのだが……。


――そのまま強く抱き締め、無意識に口付けをしていた。


口付けをする際に強く目を閉じてしまったのは俺の情けないところだろう。


……そして数秒……。


……攻撃は……()んでいた……。


ゆっくりと目を開ける……。


視界は……晴れている――。


そもそもこの距離では俺の目にはミオしか映らないわけなのだが……。


ミオの瞳孔は開き、驚いた顔をしている。


――だが、次の瞬間――。


ミオの腕が俺の首へと回され、離れられなくなる――。


――まずい!殺られる――!


そう思ったのも束の間。


「――ん……んん……。」


舌が絡みついてくる。


頭が(とろ)けるようだ……。


俺もミオへと舌を入れ、熱く絡ませる。


こんなに長時間キスをしたことは今までなかっただろう。


「……ん……んあ……。」


自分の口の中にあるのがどちらの唾液か分からなくなった頃……。


ようやくミオは首に回していた腕を解いて、俺を放してくれる。


「――んふふ……アイラさん……。」


涙目のような、意識が浮いた顔のような、色っぽい表情で俺の名前だけを口にした。


これは……抱き締めたい!!


……そんなことを思った時には、俺がミオの首に腕を回し、押さえ付けるように抱き締めていた……。


――時間が止まったような感覚が続く――。


そして、ふと気付く。


――しまった!こんなことをしている場合じゃない!


「――はっ!……み、ミオ!今は……。」


俺がいいかけ、ミオも気付いたようだった。


俺は腕を放し、ミオも我に返りその場で起き上がる。


「――え……えっと……大丈夫か?ミオ……?」


妙に照れくさくなる。


「――――は、はい!だ、大丈夫です――!」


ミオも俺と同じようだ。


顔を赤らめている。


怪我もないようで、意識も戻っている。


ミオも催眠を掛けられていたのだろうか……?


だが、今はそれよりも……。


「……えっと……ベルは?」


「分かりません。私も気付いたら……。」


ミオは口籠(くちごも)り、再び顔が赤くなる。


なるほど、気付いたら俺とキスをしていたというわけか……。


「――ベルを探そう!」


「――はい!」


こんな場所だ。


少し……いや、かなり惜しい気もするが、すぐに意識を切り替える。


立ち上がり、二人で辺りを見回す。


すると、それに合わせるように……。


――ガガガンッ!!


近くで建物が破壊される音が聞こえる。


「――きっとベルだ!」


ミオと一緒に、物音のした方向へ向かう――。




――やはりベルだった。


ベルは、あらぬ方向へと滅茶苦茶に魔法を撃ちまくっていた。


その近くには、そのベルを嘲笑(あざわら)うように見ているモノアイがいる。


「――ミオ!」


呼び掛け、俺はミオと目を合わせる。


ミオは頷き、俺の意図を理解してくれたようで、ベルの方へと向かって行く。


俺は、モノアイの方へと向かう。


また幻覚を見せられては(たま)らない。


直進せず、モノアイに直視されないよう、ジグザグに走り寄っていく。




「――アーマー!ファースト!」


防御と速さの強化だ。


まだベルほどではないが、ミオは強化の魔法を自分に掛けながらベルへと接近する。


「――ベルさん!私です!聞こえますか?」


ミオはベルに呼び掛ける。


「――アイラさんが……アイラさんが……許……さない……!絶対に……許しません――!」


ミオの呼び掛けに対し、ベルの言葉は会話になっていない。


「――ベルさん!落ち着いてください!私の言葉を聞いて!」


「――うるさいです!私……もうなにも知りません――!」


ダメなようだ。


ミオの言葉はベルにとどかない。


「……仕方……ありません……。」


ミオはベルを無力化するため、攻撃することを決める。


「――ウォーターボール!」


ミオはベルに向かって魔法を放つ。


だが、ベルはそれを見切り、あっさりと避けてしまう。


総合的にいえばミオの方が強いだろうが、素早さに関しては、おそらくベルの方が圧倒的に速いだろう。


ミオは自分自身を強化しているが、それでもベルの速さには及ばない。


「――ウォーターボール!」


当たらない。


「――ウィンドカッター!」


ある程度加減をしながら戦うしかないミオに対して、ベルは幻覚を見せられているため、容赦なくミオを殺傷するための攻撃を放ってくる。


「――ウォーターボール!」


ミオの攻撃は何度撃っても当たらない……。


そして、覚悟する。


「――ベルさん……ごめんなさい――!アクアスプレッド――!」


――命中する!


ミオはベルに多少の怪我をさせてでも止めることを優先した。


その覚悟と決心が形になった。


それでも、威力は抑えてある。


ベルは跳ね飛ばされ、後方の建物に打ち付けられる。


ベルを捕縛するため、ミオはベルへと一気に駆け寄る――。


――だがそれよりも早く、ベルは体勢を立て直す。


「――ワールウィンドケイジ!」


ミオは風の刃に閉じ込められる。


ベルの作りだした風の檻の中、風の刃によってミオの服は切り刻まれ、散らされてしまう。


「――っ。ベルさん……!」


所々に布は残るも、一瞬であられもない姿になり、身体中には細かい傷が付けられてしまった。


腕で胸を隠しつつも、ミオは痛みから地面にへたり込んでしまう。


それを見たベルは一瞬、不愉快そうな顔をする。


「――ウィンドカッター!」


()かさず魔法を放つ。


ミオは自分の姿などなりふり構っていられない。


即座に立ち上がり、(さら)されてしまったそのたわわな胸を揺らしながら回避する。


そもそもが今、その場にはベルとミオしかいない。


気にする必要もなかったのかもしれない。


それでもミオも女の子。


完全に羞恥心を捨てることはできず、若干動きが鈍る。


ベルの次の一撃がくる。


「――ウィンドカッター!」


わずかに掠る。


ベルの魔法のせいか、回避するための激しい動きのせいか、ミオの姿はわずかに残っていた布すらもなくなり、完全に産まれたままの姿になってしまう。


ミオにはこれ以上回避し続ける体力も、精神的な余裕もない――。


「……やるしかありません――。」


――ミオはベルの側面へと一気に回り込む。


円を描きながら、徐々にベルへと走り寄っていく。


これが最後の一手となるだろう。


外気に晒された胸部が揺れることなど構っていられない。


しかしそれを目にしたベルは、さらに苛立った様子でミオに的を絞る。


「――ウィンドカッター!!」


――だが、ミオはこれを待っていた。


ベルが苛立ち、冷静さを欠いてくれたのは想定外だったのだろうが、このベルが魔法を放つ一瞬の隙を狙っていた。


「――今です!ウォーターボール!」


ベルの頭上に、巨大な水の球を生成する。


ベルの魔法が脇腹や太ももを切り付ける痛みに耐えながら、ミオはベルの頭上に作り出した水の球を落下させる。


水の球で作られた牢の中へとベルを閉じ込め、その水を静止させる。


――ゴボゴボゴボゴボ……。


水中でベルが暴れる。


ベルは風の魔法を放つも、水の牢屋に相殺され、攻撃にならない。


――もがく。


もがき続ける――。


ベルはとうとう呼吸ができなくなる……。


――ベルは……意識を失った――。




――俺は、モノアイへと一気に接近する。


「――くらえ!」


持っていた短剣をモノアイに振り付けるが、飛び退き、避けられる。


催眠にさえ掛からなければ簡単に倒せると思っていが、そういうわけでもないらしい。


隙を突かれないよう一度後方へ飛び退き、すかさずモノアイへと再度踏み込み、斬り付ける。


また躱される。


さらにはそのまま、モノアイに重たい蹴りを入れられる。


「―――うぐっ……。」


重い……。


蹴られたというよりは、巨大な腕に殴られたようだ。


おそらく、このまま短剣だけで戦えばやられてしまうだろう――。


――モノアイの蹴りを回避しつつ考える……。


このまま避けてばかりでは、いつかはスタミナ切れになる……。


こんな時にミオやベルがいてくれれば隙を作ってもらえるのだが……。


そこまで考えて思い出す。


前に、ミオとベルに自衛用に渡した道具があった。


おそらくあれなら、隙くらい作れるんじゃないか?


ましてや、相手はほぼ目だけみたいなやつだ。


最大の武器であり、最大の弱点でもあるんじゃなかろうか……。


――俺は一気に後退する。


距離を取り、蹴りがとどかない場所まで離れる。


モノアイから離れつつ、倉庫から転送魔法で道具を取り出す。


万が一にも悟られないよう、攻撃に合わせて道具を使う方がいいだろう。


俺は、離れた距離からモノアイに向け、時には円を描き、時には飛ぶようにジグザグに動きながら一気に距離を詰め……斬り付ける。


躱される。


だが、それに合わせて俺は可能な限り大きく後ろに飛び退く。


そして、着地と同時に目を閉じる――。


「――――閃光弾だ!」


それを投げ付けると、目を閉じてても見えるほどの真っ白な光が一瞬の内に広がった。


光が消えた頃を見計らい、目を開け、モノアイを見る。


モノアイは、視力を失った様子でフラフラとしていた。


それを見るや否や、俺は一気にモノアイへと走り寄る。


「――くらえ―――!!」


渾身の力を込め、モノアイの眼球目掛けて右手の短剣を突き刺す!!


さらに追撃のため、左手の短剣を逆手から持ち換え、目の下の身体……いや、足なのか……?


足と目の繋ぎ目を……斬り付ける――!!


――バタン……。


モノアイは、うしろ向きに静かに倒れた。


――繋ぎ目を切断するまでには至らなかったが、モノアイは……絶命する――。


「――だぁ!しんど――!!」


思わず、そんな感想が口から出ていた。




――ミオとベルは、無事なのだろうか?


怪我をしていたりは、しないだろうか?


あるいは、どちらかがどちらかを殺してしまうようなことには、なっていないだろうか?


そんな最悪のパターンも考える。


今すぐにでもこの場にぶっ倒れて休みたいところだが、ミオとベルの安全が確認できるまではそんなわけにもいかない。


足を止めて休むことよりも、一秒でも早く二人の無事な姿を確認したい。


――気持ちが逸る。


――さらに早足になっていく――。


――ミオと別れた場所とほぼ同じ辺り。


そこに、ミオとベルの姿があった――。


ミオは……なぜだか素っ裸でベルを膝枕している。


なんて蠱惑的なんだろうか……今すぐにでも抱き締めたい――!


などとも思うが……よくよく見ると身体中傷だらけだ……。


自分の不甲斐なさにやるせない気持ちになり、泣きたくなる。


きっと、二人に危険な思いをさせてしまったのだろう……。




二人へと近付く。


「……ミオ……頑張ったな……。」


身体の傷が心配で、言葉に詰まってしまう。


だが、その傷の分だけ頑張ったのも分かる。


心配するよりも、今はミオのことを(ねぎら)いたくなった。


「――はい!」


ミオは俺に笑顔を向け、返事をしてくれる。


「――ん……んん……。」


ベルが目を開ける。


「……ん……あれ……?私……アイラさんに、アイラさんが……酷い目に……それで、ミオさんもやられちゃって…………。」


目を覚ましたばかりだからだろうか?


あるいは、モノアイに見せられていた幻覚のせいだろうか?


ベルはいまいち要領を得ないことをいう。


「……あれ……?ミオ……さん?よかった――!よかったですぅ――!」


そういい、ミオの白くて綺麗な豊満なお胸に、泣きながら顔を(うず)める。


――な……なんて羨ましい!ベル、今すぐ俺と代わらないか……?


……じゃなかった……。


いつまでもミオをこんな格好にしておくわけにもいかない……。


ミオに羽織れるものを渡し、そのまま頭を撫でた。


撫でたくなってしまったのだから仕方がない。


「……えっと……アイラさん……?」


胸の中でベルを撫でているミオは、俺に撫でられ困惑したような、照れくさそうな様子だった。


「二人とも、大変だったな……。よく頑張った。じゃあ……帰ろうか。」


「はい。」




二人の手を取り立ち上がると、近くの家の扉が開く音が聞こえた。


壊滅し、静まり返っていた町のいくつかの家の扉が開く。


町の規模に対して、圧倒的に少ない数ではあったが……何人かの人間は生きていたようだ。


家から出てきた人々を見ると……みんな、女性だった。


足を引き()っている人、腹部を抑えている人、力が抜け切ったように腕を垂らしている人、様々な不調はあるようだが、生きている人間だ。


モノアイに眠らされていたのだろうか?


あるいは、自分から家に(こも)っていたのだろうか?


町の女性たちは見慣れない不審な三人に対し、扉の陰や窓越しに警戒しながらこちらを見ている。


あんな化物がいたのだ。

無理もないだろう……。


――モノアイを倒した方向から、小さな女の子が走ってくる。


ベルよりも小さい。


もちろん、身長の話だ。


「……えっと……あのおっきな目の怪物、お兄さんたちがやっつけてくれたの……?」


俺たちの風貌や状況からそう判断したのだろう。


その内の一人はほぼ全裸ではあったが、きっとそうに違いない。


「……ああ、そうだよ。」


極力優しい声で話す。


「――そうなんだ!ありがとう!……あの怪物のせいで……。」


女の子は口籠(くちごも)る。


泣き出しそうだ。


「……無理に話さなくていいよ。」


「……うん……。」


涙声で返事をする。


近くの家から覗いていた女の人たちも、家の中から出てくる。


俺たち三人がいた場所には、あっという間に人だかりができた。


人だかりといっても、せいぜいが二十人程度だろうか?


この町の規模であれば、百人以上いてもおかしくはない……。


生き残ったのは……これだけなのか……?


「……えっと……この町で……なにがあったんですか?」


俺は、あえて漠然と聞いてみることにした。


だが、口を開くものはいない。


警戒しているのか、はたまた誰も状況が分からないからなのか、町の人たちは困惑しているように見える。


沈黙……。


「――あの……私、見たんです。あの目の化物に見つめられた女性が、男の人を殺すところを……。」


若い女性が口を開いた。


なるほど……モノアイの催眠によって、町の人同士で殺し合いをさせられたのか……。


それで身体が満足に動かない人ばかりが生き残っているわけだ……。


子供の場合は、運よく生き延びて、催眠に掛けられても殺すほどの力がなかったために危害を加えることもなかったといったところだろう。


そういえば、いつだかに見たあっちの世界のニュースで、集団一酸化炭素中毒なんてのがあったな……。


もしかすると、こっちの世界のこれが原因だったのかもしれない。


サキュバスのユンも、男性はみんな全滅したといっていたし……。


つまり、この町にはもう女性だけで、この人数しかいないということか……。


だが、この女性たちはなぜ生き残ることができたのだろう……?


子供は、分からなくはない。


大人の女性は……催眠に掛けられても人を殺すだけの力がなかった人たちなのだろうか?


だとすれば、なぜ家の中に?


見る限り、町のみんなが催眠に掛かっていたのはほぼ間違いないだろう。


催眠に掛かりながらも、自分の家には帰ることができたってことなのだろうか?


殺す標的がいなくなれば、それもあり得る話なんだろうか?


……ダメだな。


つい余計なことを考えてしまう。


疲れてるのだろうか?


いや、今は生き残った人たちがいるのを喜ぶことと、この人たちを今後どうするかの方が大事だ。


二十人ばかり、ましてや女性だけで、子供もいるこの状態で放置すればおそらくこのまま生きて行くのは難しいだろう。


心なしか、ここにいる女性たちは最低限の衣類しか身に着けていないように見える。


慌てて家から出てきたせいなのか、その辺にあった適当な布を巻いて出てきたような人もいる。


貧しい人たちだけが残ったのだろうか?


あるいは、もともとそういう町なのだろうか?


なににせよ……。


「――みなさんは、この町から出てもいいと思いますか?」


全員に聞こえるように、少し大きめの声で聞く。


表現は柔らかくしたが、それはつまり……自分の生まれ育った町を捨てるということだ。


この町の復興をして行くこともできなくはないだろうが、現状では人が足りないし、すぐには無理だろう。


仮にこの町を捨てることはできなくとも、今は一時的にでもどこか別の場所に避難するべきだ。


モノアイではなく、別の魔物が襲ってくる可能性も十分にあるわけだしな。


自分で考えていて、少し引っかかる。


別の魔物……?


いや、でもそんなものがいたとして、モノアイが見過ごすだろうか?


やはり、考えすぎか……?


町の女性たちから返答が得られない。


状況が呑み込めていない人もいるだろう。


いきなり、男性はみんな死んだと伝えるのも酷だ。


気付いている人もいるだろうが……ここはやはり、柔らかくいうべきだろう。


「……今、この町に居続けるのは危険です。また魔物に襲われてしまう可能性もあります。なので、一時的にでも他の町に避難させてもらうのがいいと思うんです。どうでしょう?みなさんの命を守るためにも、どうかそうしてもらえないでしょうか?」


最大限柔らかくいったつもりだ。


「――分かったわ。私はそうする。あなたのいうことに従うわ。」


町の女性の一人が口を開く。


一人がそう答えると、空気が変わる……。


「私も……そうするわ。」


「私も従う!」


「私も、構いません。」


そんな声が聞こえ、どうやらここにいる人たちみんなが賛成してくれたようだ――――。




この町は、主に荒野と山に囲まれた町だ。


近くに救援を頼むのも難しいだろう。


それに、今ここにいる女性たちは、モノアイの影響もあり疲弊している人たちばかりだ。


山側に向かうことはまず無理だろう。


なかなかいい考えが浮かばない……。


「――アイラさん。途中休憩をした、あの湖に連れて行くのはどうでしょう?」


俺の様子を見てなにかを察してくれたのか、ミオが話し掛けてくる。


確かにあそこなら危険は少ないだろうし、今から出発すれば、ギリギリ日が沈む前に着けるとは思う……。


だが、それに意味があるのか……?


考える…………。


確かに、他に案はない。


いや、むしろ見えない危険があるかもしれないこの町にいるよりは、湖の方がいいのかもしれない……。


水は当然のことながら、食料も確保しやすいだろう。


「――みなさん、聞いてください!少し遠いのですが……もし歩けるようなら、この町から少し離れた場所で、一時的に野宿をお願いしたいのですが……。」


いいながら、やはり難しいのではないかと思い、言葉が出てこなくなる。


「――私は大丈夫よ!それより、ここにいる方が危ないんでしょ?」


「――そうね。私も平気!これでも体力には自信あるんだから!」


「――あたしもへいき―!お兄さんやみんなとなら頑張るもん!」


意外だった……。


みんなが賛同してくれた。


ベルやミオもそうなのだが、女性ってのは俺が思っている以上に強いのかもしれない。


「――では、みなさん!大切なものや食料、必要なものなど、一通り持てる物を持って、またここに集合してください!」


俺がそういうと、町の女性たちは自分の家へと戻って行く。


もしかすると、この町にはもう戻ってこられなくなる可能性もある。


みんなそれをよく分かっているのだろう。


町のみんなが散り散りになり、俺は再び考える……。


「……本当に……これでよかったんだろうか……?」


「――大丈夫ですよ。きっとこれが一番よかったと思います。」


――しまった。


口に出ていたか……。


ミオが励ましてくれる。


「……でも、大事な思い出の詰まった場所……大事な人たちと一緒に過ごした場所を、もしかしたら永遠に離れなきゃいけなくなるかもしれないんだぞ……?」


「……そうかもしれませんが……新しい場所でもきっと、素敵な思い出が作れますし、新しい人にも会えます。だからきっと、これでよかったのだと思いますよ?」


今度はベルが答える。


ベルも聞いていたようだ。


二人に励まされ、後押しされてしまった……。


それなら、これはもう、できる限りのことをやるしかないな。


「……そうか……分かった。ありがとう。」


二人は笑顔を向けてくれる。




各々が準備を終え、少しずつ町の人たちが集い始める。


やはり、荷物は多い。


だが、そのほとんどが食料や家族との大事な思い出の品のようで、なぜだか衣服はそのままの人ばかりだ。


着替えもない様子だ。


やはり、貧しいんだろうか?


「……服は着替えなかったのか?みんな、着替えてないみたいだけど……?」


初めに話し掛けてくれた少女に聞いてみる。


「んー……みんなは分かんないけど、うちはお洋服なくなっちゃってた。なんかビリビリになっちゃってたの……。」


「……そうか……破れちゃってたんだね……。」


「うん。もう着られなかった……。」


そうか……。


まぁ、町がこれだけの状態なんだ。


服もダメになっていてもおかしくないか……。


もともと丈夫なものでもないだろうし、暴れている時に全て破れてしまうなんてことがあっても……別に変じゃない……よな……?


そうこうしている間に、町の人たちみんなは準備を終え、全員が集合していた。


「――それでは、準備もよさそうなのでさっそく出発します。」


「はい。」


ミオとベルが返事をくれ、町の人たちは強く頷く。


町を出る際、通り掛かる家には念のため声を掛けていったが、もうこの町の住人は完全に、一緒にいるこの女性たちだけしかいないようだった。


その女性たちの中には、自分の家や思い出の場所なのであろう場所に深々と頭を下げていく人もちらほら見えた。


そんな最期のわずかな時間を惜しみながら町を出ると、町の住人全員で振り向く。


一頻(ひとしき)り自分たちの町を見たあと、背を向け、振り返ることもなく目的の湖のある場所へと歩き出す。


いろいろな思い出を思い出しながら、心の中で別れを告げたのだろう――。




湖へは、特に問題なく到着することができた。


道中、魔物に襲われることもなく、疲れて倒れるものもおらず、無事に到着した。


着く頃にはちょうど日が沈んで暗くなっており、みんなへとへとだった。


よく頑張ったと思う。


さて、ここからがまた一仕事(ひとしごと)だ。


魔法で火を起こす。


さすがにこの人数では魚を釣ってもたかが知れている。


倉庫から可能な限り大量の食材を取り出し、俺はミオと一緒に調理を始める。


ベルも手伝いをしてくれた。


大きな鍋に大量に食材をぶち込み、一気に煮込む。


美味しそうなスパイスの匂いにみんなが涎を垂らした。


調理を終え、大きな葉などで作った簡単な器に盛り付けて、全ての人に行き渡るように配る。


みんなで声を揃えていただきますをいい、一斉に食べ始める。


足りないのではないかと不安にもなったが人数分には余裕で足り、みんなで美味しく頂くことができた。


大食いな人が何人かいたら足りなかったかもしれない。


全員が女性で、大量に食べるような人がいなかったのもまたよかったのだろう。


食事を終え、町の女性たちには、極力みんなまとまって行動するようにお願いした。


ここにくる途中魔物に襲われなかったのも、おそらく集団で行動したおかげであったとも思っている。


魔物も、大勢の人間を相手に悪さはしづらいだろう。


昨日、ミオやベル、ケンタウロスちゃんたちがしたように、自由に水浴びもしてもらった。


もう空は暗かったが、星の光が照らしてくれたこともあってなのか、楽しそうな声は絶えず聞こえてきた。




その間に、ミオやベルと相談する。


このまま俺たちの住む町まで女性たちを連れて行くのは無理があったからだ。


連れて行っても全員を受け入れられるかも分からない。


そのため、俺たちだけが一度町に戻り、救援を要請する。


それが俺の考えた方法だった。


ただ、いくらここが安全だといっても、絶対的に安心できるという保証がないこと。


そもそも、彼女たち全員を受け容れられる町があるかどうかということ。


女性たちが、その後も安心できるものであるかどうかということ。


不安な点はたくさんあるからだ。


「――いっそ……ここに村を作ってしまってはどうでしょうか?」


俺が提案を伝えると、ミオが口を開く。


大胆なことをいう。


だが、ダメではない……。

と思う……。


変に受け容れられる場所を探すよりも、今あるこの環境を活かして生活をする。


悪くない。


もともとここは安全な場所のようだし、一時的に住まいとしておいて、新しい場所を探すという手もある。


少し無責任かもしれないが、それで話しをしてみることにしよう――。


――女性たちの水浴びが終わり、全員が揃ったところでさっそくその話をした。


反感を買う覚悟もあったが、かなりあっさり受け容れてくれた。


本当にたくましく、強い女性たちだ。


むしろその方が自由に楽しくやっていけそうなどという女性までいた。


これは想定外だ。


ここにいる全ての女性たちが、必ず不自由なく暮らせるよう、少しでも早く手を打つ。


改めてそんな決意を固めた。




女性たちには、万が一の際の魔物に対する護身用の武器になりそうなもの、また、生活して行くために必要そうな調理器具や木材の加工に使えそうなもの、更には倉庫に大量に入れてあった小麦粉など、他にも生活に使えるちょっとした道具などを渡した。


いくら備えてきたといっても、倉庫にも限界はある。


大量の衣服や家を建てられるような木材などは、さすがに用意してきてはいない。


最低限にも満たないことしかできていないが、そんな俺たちに女性たちは感謝の言葉を伝えてくれた。


また女性たちも、町を出る際に自分の家から持ってきていたものなどもあるため、そういったものも合わせればある程度はなんとかできるともいってくれた。


「――ここまで連れてきておきながら、無責任で本当に申し訳ありません……。」


「――そんなことないわ。あの町にいた方がここにいるよりも危険だったんでしょ?連れてきてもらって本当によかったわ。美味しいご飯も食べさせてもらったし……。それに、水浴びまでできて本当に感謝してるわ。」


他の女性たちも頷いている。


そんなやり取りもあって、励まされた。


そんな葛藤と心配、気遣いの飛び交う挨拶を終え、俺とミオ、ベルは転送魔法を使い、自宅の倉庫に帰ることになる。


今回は、備えてきている。


前回のようにはならないだろう。


改めて、壊滅した町の女性たちに別れを告げ、少しでも早く救援を送るように約束し、三人で自分たちの家に帰る。




すでに夜も遅かったため、ギルドへの報告には行けなかった。


そもそも外に出ている人間もいない。


明日になったらギルドへ行って、町が壊滅した原因であるモノアイを倒した話、そこには生き残ることのできた女性たちがいた話、その女性たちを一先(ひとま)ず安全な場所へ避難させた話をする。


また、その町の女性たちの生活を安定させるため、救援を送ってもらうよう頼む。


他には……あるいは、結果的に俺たちの方が先に帰ってきているのかもしれないが、ケンタウロスちゃんたちにも無事に帰ってこられたことを知らせるとともに、彼女たちの無事を確認したいところだ。


そして、お礼もしたい。


さらにさっそくで申し訳ないとは思うが、町の女性たちを救援するために改めて他のケンタウロスたちにも頼み、湖へ救援できるものを送ってもらおう。


あとは……サキュバスのユンか。


彼女にも町が壊滅した原因のモノアイを取り除けたこと、あの町の男性はユンのいった通り全滅していたが、町の女性たちの一部は生き残ることができたことなどを教えてあげよう。


ユンにとっては嬉しい報告とはならないかもしれないが、これから前を向いて生きていけるきっかけにしてくれればいいと思う。


そんなところだろうか。




三人とも湖で町の女性たちと一緒に食事は済ませていたため、簡単に風呂に入り、身体を洗い、あとは寝るだけとなる。


ミオには大変な思いをさせてしまった。


風呂で傷も痛んだかもしれない。


これからは仲間同士で戦うようなことがないよう、なにか対策も打っておきたい。


だが、今は……。


「――ミオ、ちょっといいか?」


ミオのいる部屋へ行く。


「―――はい?」


扉の向こうにいるミオへ呼び掛けると、少し驚いたように返事が返ってくる。


ミオもベルも、二人ともちょうど一緒に同じ部屋でくつろいでいた。


部屋に入り、二人と目を合わせる。


「ミオ……ベルもいたのか。ちょうどよかった。」


そう切り出す。


ベルはミオの様子を見にきていたのかもしれない。


本人は全く覚えていないようだったが、モノアイによってミオとベルが戦うことになったことなど、隠すのもよくないと思い、全て話してあった。


ベルはきっと、ミオの怪我のことで責任を感じて一緒にいたのだろう。


「……二人とも……今日は頑張ったな。」


どうもうまく言葉が出てこない。


やり残したことや、心配事が多いからかもしれない。


「……その……なんだ……ミオは……傷は痛くないか……?」


「……はい。大丈夫ですよ?お風呂ではちょっと沁みましたけど、大丈夫です!」


隠すこともせず、正直に答えてくれる。


きっとこれでも我慢はしているのだろうが、それでも隠すことなく正直に答えてくれた。


俺はミオのこういうところが好きだ。


「……ベルは……大丈夫か?」


どういっていいか分からず、曖昧な表現になる。


「はい……大丈夫です。」


笑顔で答えてはくれたが、明らかに大丈夫な顔ではないように見えた。


俺は、ベルの自分に対して甘過ぎないところや、頑張れるところが好きだ。


ベルの頭を撫でてやる。


ベルは目を細め、猫のように心地よさそうな顔をする。


それを見ていたミオの視線を感じ、隣にいたミオの頭も撫でると、恥ずかしいような嬉しいような、なんともいえない表情をしていた。


俺はそのまま腰掛け、二人を抱き寄せる。


「二人とも、本当によく頑張ったな。ありがとう。」


二人に対して素直にそんな言葉を伝える。


「……え……えと……いえ……そんな……。」


「……あ、アイラさんの力になれたのならよかったです……。」


驚いているのか、照れくさいのか、そんな声だった。


抱き寄せていた腕を放し、改めてミオを力一杯抱きしめる。


「――ミオ、本当にありがとな。いつも支えてくれて……。」


「……え……あ……あの……いえ……。」


恥ずかしさと嬉しさでいっぱいという様子で、声が出てこないらしい。


時間の止まったような感覚に襲われながら、一頻(ひとしき)りミオを抱き締めた。


腕を解くと、ミオは嬉しそうでありながらも火照った顔をしていた。


ベルも抱き締める。


「……ベルも……いつも頑張ってくれて本当にありがとう。」


「……あ……あう……あの……えっとぉ……。」


ベルもなにかいおうとしてくれるが、言葉が出ず、恥ずかしさと嬉しさでいっぱいの様子だった。


ベルのことも強く抱き締める。


腕を放すと、顔を真っ赤にしていた。


「――あううう……。」


俺は、それだけをいいにきた。


今回は遠くに行って、仲間同士で戦ったり、改めて二人の大切さを知ったりと、色々なことがあったため、どうしても二人にお礼をいい抱き締めたくなってしまったのだ。


「……さて……じゃあ、二人も疲れただろ……?もう寝たほうがいいよな?おやすみ。」


明るくそういって、出て行こうとする。


「……あ、あの……アイラさん、待ってください……!」


ミオが言葉を絞り出すように俺を呼び止める。


間が空く……。


ベルがミオと顔を、目を合わせ、軽く頷く。


「……あの……私たちと、一緒に寝てくれませんか……?」


二人の気持ちを、ベルが言葉にする。


「……え?でも……いいのか……?」


「「はい!」」


二人の嬉しそうな返事が返ってくる。


「……そうか……じゃあ……遠慮なく!」


二人を抱き締めながら一緒に寝そべる。


「うふふ……。」


「えへへー……。」


二人とも嬉しそうにしてくれたまま、三人で丸まるように寝る。


みんな疲れていたのか、幸せで胸をいっぱいにしながら、あっという間に眠りについた――――。

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