修羅場
「――――あんた!!また浮気したの!?ふざけんじゃないわよ!!もういい加減にして!!二度目はないっていったでしょ!!」
森に向かう途中、道沿いの家から女の声が聞こえてくる。
「また私のいない間に!!――殺してやる!!!あんたを殺して私も死ぬ!!」
泣き声のような、怒鳴り声のような……なんにせよ、これ以上ないってくらい興奮している声だ。
――バタンッ!!
少し先の家の扉が、ものすごい勢いで開く。
布一枚……いや、ベッドのシーツだろうか?
ベッドのシーツで身体を隠した女が、声の聞こえた家から逃げるように出てきた。
それに続き、上半身裸の男が慌てて外に出てくる。
勢い余って、外に出るや否や扉の前で尻もちをつく形になっていた。
「――や、やめろって!これは違うんだって!誤解なんだ!昨日一緒に酒を飲んでて、酔って帰れなくなったっていうから……。」
なんてありきたりないいわけなんだ。
そんなの自白しているようなもんだぞ、尻もち男よ。
どうやら、よくありがちな……妻が留守の間に他の女を家に連れ込んで夜な夜ないいことをしたまではいいものの、朝までその幸せの余韻に浸りつつ眠ってしまい、そこに予想と外れて妻が早く帰宅してしまった。
とでもいったところだろう。
家から出てきたもう一人……刃物を持った女の怒りは益々膨れ上がる。
「……うるさい!!許さない!!――殺してやる!!!」
女はいい放つとともに、間髪入れずに刃物を振るう。
――スパッ!
「――う……ぐぅ……。」
痛みに男は顔を歪める。
どうやら、右腕を切られたようだ。
「――許さない!!!」
女は涙を流しながらも、全身の力の全てを一撃に乗せ突き刺す。
――――ズブッ!!
「うっ……。」
腹を刺された男は一瞬呻き声を上げ……倒れる。
そのまま、絶命したようだ――。
「―――いやあああああ!!」
近くにいたベッドシーツの女は、信じられないものを見たといったように悲鳴を上げる。
男が死んだのを見たベッドシーツの女は、走って逃げ去ってしまった……。
――止める間もなく、あっという間のできごとだった。
いくら他人事とはいえ、目の前で死んだ人間を、殺した人間を、放置しておくわけにもいかない。
「……えっと……大丈夫ですか……?」
我ながらダサい一言だ。
大丈夫なわけがない。
男に裏切られ、その感情のままにその男を殺害した。
そんな女性が、大丈夫なわけがない。
だが、一瞬にして起こったできごとに呆気にとられていた俺は、そんな一言しか出てこなかった。
男は、完全に絶命している。
「――う……ぅぅぅ……。」
男の腹から刃物を抜いて立ち上がった女は、袖で涙を拭き号泣し続けている。
その女は、背を向け、家の中へと戻っていく……。
――カラン……。
女が右手で持っていた刃物が地面に落ちる。
「――う、腕が……動かない……?うわぁぁぁん――――!!」
男に裏切られた悲しみからか、殺してしまった罪への意識からか、突如腕が動かなくなったことへのショックからか、家の扉の前で、男を殺した女は大声を上げて泣いている。
――そう、これがこの世界における人殺しをした際のデメリットだ。
いや、そもそも人殺しにメリット、デメリットという言葉を使うこと自体もどうかとは思うが……。
殺した側は、殺された側と同じ損傷を負う。
殺したからといっても、自害でもしなければ死ぬことはないが――。
例えば、目を刺して人を殺した人間の場合は、失明したり、常に目に痛みを伴ったりするようになる。
今回のように、腕を傷つけたり腹を刺したりして殺した場合には、生きている限り、それと同じ場所に痛みを感じ続け、その部位の臓器が機能しなくなったり、壊死して切り落とさなければならなくなったりする。
それ故に、今回のような殺害は本来起こり得ないというわけだ。
人を殺せば、殺した人間は死ぬよりもつらい思いをし続けることになるのだから――。
またそれは、周りから見ても人を殺した人間だということが一目で分かることにもなるだろう。
要するに、人殺しをした人間は世界から死ぬよりもつらい罰を与えられることになる。
それ故に、人は人を殺さない。
殺さないし、殺せないというわけだ。
男を刺した女は、泣きながら家の中へと戻って行き、刺された男は自警団のような連中にギルドへと運ばれていく。
ギルドは、医療業務などのあらゆる業務を担っている。
クエストや依頼以外などでも、困った場合にはギルドに行けば大抵なんとかなるようになっている。
また自警団というのも、組織として存在しているというよりも、自警団として活動したいような個人連中が集まって結果的に自警団として機能している。
世界には本当にいろいろな人間がいる。
「――さて……森に向かうか。」
俺は衝撃的な光景を前にして沈んでいた空気を変えようと口を開く。
「ミオも俺のこといきなり刺したりしないでくれよ?」
空気を和ませようと冗談っぽくそんなことをいってみる。
「……フフフ……アイラさんが浮気しなければそんなことしませんよ?」
ミオは笑顔で返答する。
笑顔で……。
笑顔のはずなのに……。
なぜだろう?
雰囲気が怖い。
笑顔が……怖い。
「――さ、さてー、じゃあゴブリン退治に向かいますかー。」
怖かったので、俺はすぐに話を逸らす。
「「はい」」
ミオとベルの二人は、明るく返事を返してくれた。
読んでいただきありがとうございます。
ここまでが序章、プロローグのようなものになっています。
ちなみに
ミオは下屋則子さん
ベルは佐藤聡美さんで脳内再生しながら書いているので
もしよければ試してみていただけたらと思います。
この作品の世界をこれからも楽しんでいってもらえると嬉しいです。