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サキュバスのユン

―――外から差し込む光で目が覚める。


――眩しい……。


それに……いつもよりも暑い気がする……。


起き上がり、支度を開始する。


すでに日は登り切っており、いつもよりも大分遅く目が覚めたらしい。


二人ともが起こしにきてくれないとは……。


さては……疲れてまだ眠っているのだろうか?


たまにはのんびり寝ていてもいいだろう。


そんなことを考えながら、食事を取りに向かう――。


――二人は、すでに起きていた。


朝食もとっくに済ませてしまっている。


すでに昼間の行動を開始している。


「――おはよう。ミオ、ベル。」


挨拶をする。

が、返事がない……。


洗い終わった衣類を二人で干している。


忙しそうな様子であったため、返事をする余裕がないからなのか、あるいはすでにおはようの時間ではないからなのか、聞こえなかったからなのか……まぁ、別にいいか……。




――二人ともずっと忙しそうにしていたため、今日は独りでギルドに足を運ぶことにした。


一人でもできそうな手軽な依頼を受けてもいいし、なにか情報収集をしてもいいだろう。


昨日のサキュバスちゃんがいっていた、襲われた町のことも気になるしな……。


ギルドに到着すると、昨日サキュバスとの和解に協力してくれた受付のお姉さんと目が合う。


「――あ、アイラさん!こんにちは!」


俺のことを覚えてくれていたようだ。


昨日はなんとも思わなかったが、まっすぐと伸びた背筋、ハキハキとしながらも礼節(れいせつ)(わきま)えた対応、印象のいい笑顔、さらにはスタイルもいい。


魅力的な女性だ。


「――あ、えっと……こんにちは。」


挨拶を返す。


「今日は、なにか御用ですか?」


「……いえ、実は特に目的があるわけではなくて……。」


それを聞くと、受付のお姉さんはさらに嬉しそうな笑顔になる。


デートのお誘いだろうか?わくわくするではないか。


「――なら、ちょうどよかったです!実は、昨日一緒にいらっしゃったサキュバスの方に言伝を頼まれていまして……少し、宜しいでしょうか?」


デートのお誘いではなかった……。


残念だ……。


昨日一緒にいたサキュバスというのは……ユンのことだろうか……?


「――あ、はい、もちろんです。」


昨日のことを思い出しながら、返事をする。


「そのサキュバスの方なんですが……どうやら、この町で働くことになったようで、もしよければ顔を出して欲しいと……。場所は、ここから少し行ったところの路地裏にある、サキュバスたちの経営するお店ですので、よければ行ってあげてくださいね?」


素敵な営業スマイルでそう促された。


「分かりました。時間ができた時にでも行ってみますね。」


「少し分かりづらい場所ですが、近くに看板も立っているはずですし、そこのお客さんの男性が近くにたくさんいるはずですので、割とすぐに見つかると思います。それでは、お願いしますね。」


そういい終わると、お姉さんは自分の仕事に戻る。


時間ができた時になどといってみたが、実は今は……時間がある。


もっと情報収集をしたいとも思うが……急ぎではないし、さっそく行ってみることにしよう。




「こんな道があったのか……。」


普段何気なく利用している通りの道に看板を見つける。


そこから一本、道を外れると……全く知らない場所だった……。


少し歩くと……なるほど確かに、数人の男性がこそこそ……いや、そわそわだろうか?そんな様子でうろついているのが見える。


「――あ、アイラさん!」


サキュバスのお店と思われる場所に近付くと、突然声を掛けられる。


いや、名前を呼ばれた。


元気で可愛らしい声だ。


振り向くとそこには……サキュバスがいた――。


「えへへ……昨日はありがとうございます!」


人懐(ひとなつ)っこい声でそうお礼をいってきたのは、昨日出会ったサキュバスのユンである。


おどおどとしたような雰囲気は抜け切れていないが、昨日に比べると少し自信にあふれた様子だ。


「あ、ああ……なんで名前を……?」


突然声を掛けられたため、そんな質問しかできなかった。


「えっと……ギルドのお姉さんに、どうしてもってお願いしたら教えてくれました!えへへ……。」


ユンは恥ずかしそうに答える。


可愛い……。


それにしても、俺の個人情報はいったいどうなっているのだろうか……。


まぁユンもどうしてもといっていたし……そもそもこっちには個人情報保護法とかも存在しない……盗られて困るような情報もないからいいといえばいいのだが……。


「そうか……今仕事の最中じゃないのか?」


「そうなんですけど……アイラさんがいたので、声を掛けちゃいました!」


なんて自由なのだろう。


羨ましい……。


「あの……よければこのあと……私と、少し出掛けませんか?」


「――え?でも今、仕事中なんだろ?」


「――大丈夫です!お店に入ってもらってもいいんですけど……そうするとお金と精気をもらうことになっちゃいますし……。」


ユンは言葉を濁す。


「でもやっぱり、急にいなくなるのはまずいんじゃ……。」


これはきっと、あっちの世界の常識が身に付いてしまっているせいだろう。


そんなことをいい、説得をしようと試みる。


「――いいんです!!えっと……ダメ……ですか……?」


はっきりと返事が返ってきたため、俺は少し驚く。


出会って間もないが、普段のユンからは想像もできない。


さらには上目遣いで可愛らしく、俺の様子を(うかが)うようにいわれてしまっては、拒絶もできない……。


「……分かった。……少しだけだぞ?」


「――やったー!ありがとうございます!」


そういうと、ユンは店の中にいた他のサキュバスに目を合わせ、それでお互い全てを理解したらしい。


ユンは俺に店から離れるように促し、左腕にしがみ付いてきた。


――柔らかい!!




いつも使っている大通りに出る。


ユンは俺の腕にしがみ付きながら、にこにこと俺の顔を見ている。


振る舞いは少しベルに似たところもあるが、ベルに比べると圧倒的な違いがある。


そう……――おっぱいだ!


ベルのものとは比較にならないほどに大きい――。


しっかりと腕にしがみ付いているにも関わらず、痛いどころか心地よささえ感じるのだ。


まぁ、そんなことをベルにいおうものなら、泣きながら怒られることだろう……。


俺は、ふと気づく。


これは……デートというやつなのでは!?


あるいは……アフターってやつなのか……?


なんのアフターなのかは分からないが……。


なんにせよ、サキュバスとはいっても、女の子と二人だけで出掛けるのはかなり久しぶりな気がする。


ミオとベルは、今頃なにをしているだろう?


相野さんは、一体どうしてあんなことに……?


一瞬そんなことが頭を()ぎるが、今はすぐ(そば)で俺に極上の幸福を押し付けてきてくれているユンのことを考えるようにする。


「どこか、行きたいところがあるのか?」


俺は、ユンに聞いてみる。


「別にないですよ?」


ユンは空かさず答える。


――ないのか!?


「……え?じゃあ……なんで……?」


「私は、こうしてるだけで充分なんです。」


予想していなかった答えだ。


「じゃあ……なにかしたいこととかは?」


おかしな質問をしてしまったかもしれない。


「だから、私はこうしてるだけでいいんですってば!」


嬉しそうにそういわれる。


そうこうしている間に、ギルドの前まできていた。


――せっかくだ。


「一緒に、なにか食べて行くことにしようか?」


「――はい!是非!」


揺るぎない肯定の言葉をもらう。


――ギルドに入り、適当な席に着く。


心なしか、周りの連中にチラチラとこちらを気にされているような気がする……。


まぁ、考えてみれば当然か……。


サキュバスと二人きりで食事にきているのだから……。




――サキュバスの主食は、主に精気だ。


男性から精気を吸っていれば死ぬことはない。


だが、人間と同じように食事をすることも可能というわけだ。


食べるということはもちろん、排泄もする。


サキュバスは男性の要望に合わせて、その排泄行為を楽しむ場合もあるという話も聞いたことがある。


様々な趣味趣向の男性の要望に応えられるように、そういった多少の融通が利く身体になっているのかもしれない。


――待っていると、テーブルにいくつかの料理が並べられる。


注文は、全てユンに任せた。


並べられた料理は……大量にチーズが乗ったピーグルのステーキ。


これは旨そうだ。


爬虫類のようなモンスターを乾燥させて焼いた料理。


水棲系の魔物と思われるものを、これまた焼いて火を通したと思われる食べ物。


それに、飲み物もなんだかドロッとしていて、甘そうな匂いをしているのだが……なんとも食欲をそそられないような見た目の料理ばかりである……。


一言でいうなら……グロテスクな料理ばかりなのである……。


サキュバスはみんなこうなのか?


あるいは、ユンがこういった食べ物を好むサキュバスなのだろうか?


料理が並べられると、ユンはパクパクと食べ始める。


俺はさすがに……手も口も気も進まない……。


「――食べないんれふか?」


俺の様子を見て、ユンは口をもごもごさせながらそんなことを聞いてくる。


「ああ、あんまりお腹空いてないしな……。」


そう答えた。


実際は、朝もろくに食べていなかったし、かなり腹ペコではあったのだが……これを食べる気にはなれなかった……。


「そうですか……おいしいのに……。」


ユンが残念そうにいう。


直後、ふとなにかを思い付いたような顔をする。


「――そうだ!仕方ないですねぇ……まったく……はい、あーん……。」


――なんてことを!俺の心を揺らしてくるんじゃない!


だがよりにもよって、一番グロテスクな料理の、一番グロテスクな部分を俺の口に近付けてきている――。


――くっ……これは!どうしようもないのか――――!!


「――あ、あーん……。」


下心に抗いきれずに俺が口を開けると、ユンは満足そうに笑う。


口の中に放り込まれたものを、吐きそうになりながらも咀嚼(そしゃく)する。


味は案外悪くないのだが、如何(いかん)せん歯応えが気になる……。


パリパリとしつつもぬちゃぬちゃとしたような……。


なんとか飲み込めるサイズまで咀嚼し……――飲み込む――。


――だが、強引に飲み込んだせいで、のどに詰まってしまう――――。


「――――だ、大丈夫ですか!?こ、これ、飲んでください!!」


――それかぁ!!まぁ、それだよな――!!


ユンは俺の様子を見て、ドロッとした、甘い匂いの飲み物を差し出してくる。


――まぁ、それしかないしな。


――仕方ないよな!!


「――ん…………ごくん。」


――ダメだ。


――まずい。


――これはまずい。


――そう、とてつもなくまずいのだ。


飲み込んでいるのか、吐いているのかも分からない……。


これも……味は悪くない……。


甘くて……まるであっちの世界のはちみつのようだ。


――だが、匂いが気になる。


なんなんだこの生臭さは……。


好みの問題なのかもしれないが、なぜこれが飲み物として成立するんだ――。


「――だ、大丈夫ですか?」


ユンが心配してくれる。


「だ、大丈夫だ……うぷっ……。」


「――ご、ごめんなさい!お口にたくさん入れすぎちゃいましたか?わたしってばはしゃいじゃって、つい……。」


微妙にズレてはいるが、ユンは本気で反省しているようだ……。


ああ……そんな顔しないでくれ……。


「いや、大丈夫だよ。俺も嬉しくって、つい(あわ)てて食べちゃったんだ。」


「……ホントですか……?」


「あ、ああ……。」


どうにか肯定する。


すると、ユンの表情が晴れる。


「なら、よかったです――。」


ユンは一拍置く。


その()が不吉なものであることにはすぐに気が付いた。


「――じゃあ……もっと食べてください!はい、あーん!」


「――おねーさーん!水をいっぱいもらえますかーーー!?」


近くを通り掛かった料理を運ぶギルドのウェイトレスさんに呼び掛けた――――。




食事を終え、一息付く。


もともと空腹だったこともあるのかもしれないが、食べたことによっていつもよりもかなり元気になった気がする。


身体も……少し熱い。


「あの……アイラさん。……このあと、予定は大丈夫ですか……?」


ユンがゆっくりと口を開く。


特に予定はない。


「ああ、他にもなにか、したいことでもできたのか?」


「……あの……アイラさんの、お家に行ってみてもいいですか……?えと、あの、ダメならいいんです!でも、もしよければ……アイラさんがどんな所に住んでいて、普段どんなことをしているのか見てみたいなって……――えっと……やっぱり、ダメ?ですよね……?」


ユンは自信なさげな、遠慮した様子でそう口にする。


そんな風にいわれてしまっては……断れない。


――可愛いしな。


俺は、少し考える……。


「……分かった。いいよ。でも、昨日一緒にいた二人……ミオとベルもいるからな?」


家に行けば他にも人がいるということを、念のために伝えておく。


「大丈夫ですよ。」


ユンはそう返答した。




家に着くと、ミオは夕食の支度を始めていた。


ベルもそれを手伝っている。


今日の夕食はなんだろう?


美味しそうなスパイスの匂いがする……。


「――ミオ、ベル、ただいまー。」


返事はない。


「今日はお客さんを連れてきた。二人も知ってると思うけど……昨日会ったサキュバスのユンだ。」


家に入り、二人に客人を連れてきていることを伝える。


二人は帰ってきた俺の方を見る。


「あ、いらっしゃい……。」


先にミオが反応する。


「どうぞ。ゆっくりして行ってくださいね?」


ベルが続く。


二人はこういうところはしっかりしている。


礼儀正しい女の子だ。


「もう食事の支度ができますので、食べて行ってください。」


ユンに向かって、ミオがそんな言葉を投げ掛けてくれる。


「――あ、ありがとうございます!いただきますね!」


ギルドで結構食べたはずなのだが……ユンも結構食べられる方なんだな……。


ベルの手伝いで、テーブルに食事が並べられる。


「ユンさんはどうぞそちらへ。」


ミオがいつも俺が座る場所へとユンを促す。


テーブルを見ると……一皿足りない……。


「……あれ?一つ足りないぞ?」


「そんなことありませんよ?」


ミオが答える。


――まったく、おちゃめさんめ――。


――さては、お客さんのユンの分を数に入れてないな?


ミオはこういうところ天然だからな。


仕方あるまい。


「いやいや、今日はお客さんがいるだろ?」


「はい、それがなにか……?」


――あれ?もしかして、数え間違えたか……?


……いや……確かに三人分しかない……。


そして心なしか、一人当たりの量が多いようにも見える……。


「――いや、やっぱり一つ足りないだろ?」


「そんなことありません。私とベルさん、ユンさんの分です。」


うん、なるほど……確かにお客さんの分は数に入っているようだ……。


と、なると……。


「――俺の分は!?」


泣きそうになる。


「――なにいってるんですか?あるわけないじゃないですか。突然お客さんを連れてきたりしたら足りなくなるのも当然です。」


ミオは淡々と答える。


うむ、一理あるな……。


確かに、急に客人を招いた俺もいけないのかもしれない……。


ただ、四人分に分けることは可能なのでは?


「――じゃあアイラさん!ここに座ってください!」


嬉しそうに料理を待っていたユンが、なにかを察したのか立ち上がり、俺に座るように促してくる。


「あ、ああ……。」


ユンに促されるまま、そこに座る。


「――よいしょっと。」


そんな声とともに、あろうことかユンは俺の膝の上に座る。


「これでいいですよね?」


――なにがいいの!?


結局皿の数に変わりはないんだが!?


「えへへー。」


ユンは嬉しそうに俺の顔を見てくる――。


ミオとベルは呆気に取られて呆然としている……。


「さて、じゃあ、食べましょう!」


まさかのユンが仕切りだす。


ユンはさっそく、スプーンで料理をすくい上げ……。


「はい、あーん。」


俺の口へと運ぶ。


「あ、あーん……。」


成すがままに口の中へとパクっと入れられてしまう。


「――美味しいですか?」


ユンは満足そうな顔で聞いてくる。


美味しいに決まっている。


美味しくないわけがない。


ミオが作ったのだから。


「ああ、うん、美味しいよ。」


そう返事をすると、ユンは嬉しそうな顔をするが、あとの二人からは強烈な殺気を感じた。


「足りないなら、私とアイラさんで一緒に食べればいいんですよ!」


えへへと笑いながら、ユンはそんなことをいう。


居心地が悪い……。


にも関わらず、ユンは俺の膝の上でずっと上機嫌だ。


ミオとベルの様子には気付いていないのだろうか?


ユンは自分の口にも料理を運ぶ。


「むぐむぐ……んんー……まずくはないですね……。」


ミオの殺気が一段と強くなり、俺に向けられる。


「はい、あーん。」


そんなこともお構いなしに、またもやユンは自分の口へと料理を運んだスプーンで次のひと口をすくい上げ、俺の口へと運ぶ。


「アイラさんはこういうのが好きなんですね?じゃあ……私も美味しいです!」


嬉しそうにそんなことをいう。


張り詰め、飽和していた食卓の空気が臨界点に到達し、ミオが無言で立ち上がり、そのまま退出してしまった――――。


「……どうしたんでしょう?お手洗いですかね?」


ユンは不思議そうにいう。


いつからかあわあわとしていたベルも、それに続いて退出して行く。


俺はというと……そんなユンに合わせて食事を済ませる。


それ以外、どうしようもなかった――――――。




食事を終え、ユンは今度は寝室へ行きたいという。


普段俺が寝ているのはどんな場所か見てみたいというのだ。


サキュバスと人間の生活はそんなにも違うのだろうか?


まぁ、見せるくらいいいだろう。


減るもんじゃない。


ミオとベルの姿は見当たらなかったが、そのままユンを寝室へ連れて行く。


先に部屋へ入り、続いてユンが入ってくる。


――パタン……。


扉の閉まる音が聞こえた。


ユンも部屋に入ったのだろう。


「アイラさんは……いつもここで寝ているんですね?」


「そうだよ?こんなの見ても楽しくないだ……!?」


振り返りながらいいかけた瞬間、ユンが飛び付いてくる。


俺は仰向けに押し倒され、そのままユンに馬乗りになられる。


ユンは俺を見下ろし、下をペロッと出して舌舐めずりをする。


ここまで艶めかしい顔を、俺は見たことがない。


俺はこれから、一体なにをされてしまうのだろう?


「――それじゃあ……いただきますね?はい、ばんざーい――!」


ユンはそういい、俺が着ていた服をあっという間に剥ぎ取ってしまう。


そのまま倒れ込み、俺の身体へと顔を密着させてくる。


ユンの体温と髪の柔らかさが心地いい……。


「――ひっ!」


俺は突然のことに、そんな引きつった声を上げてしまう。


なんとユンは、俺の身体を舐め始めたのだ。


「――ちょ、ま、ホント待って!ダ、ダメだってば、やめ、やめて、ほんとやめっ!」


むず痒いような、心地いいような、くすぐったいような……そんな感触をユンの顔が届くあらゆる範囲に感じ、変な声が出る。


「――だ、ダメだってば!ほんと、ダメだ――!」


抵抗するも、ユンはがっしりと俺の身体にしがみ付いている。


「――んふふ……んあ…………こんなになっちゃってるのに、なにがダメなんですか?」


ユンは身体を起こし、俺を見下ろして怪しく笑い掛ける。


「嘘付いちゃダメですよー?」


そんなことをいいながら、うりうりとその柔らかなお尻を擦りつけてくる。


「――だ、ダメだってば、ホント、ダメだ!!あーっ!――あーっ!!」


ユンはお構いなしだ。


再び倒れこみ、今度は唇を重ねてくる。


――瞬間。


――バタンッ!!


扉が勢いよく開く。


「――だ、大丈夫ですか!?」


俺の叫ぶ声が聞こえたのか、ベルが入ってくる。


「――た、たしゅけ……れ……。」


力なく、ベルに助けを乞う。


遅れてミオも入ってくる。


表情は見えなかった……。


「――あ、ダメですよぉ?いいところだったのに……もう少しでもっといいことできたんですから……。」


ユンは二人の姿を確認すると、そんなことを呟いた。


その表情(かお)は昼間の愛らしい無邪気な表情とは違い、打って変わって別人のように、発情したような艶めかしい表情だった。


これがサキュバスの表情というやつなんだろうか?


そんな表情をしているユンではあったが、このサキュバスの少女に悪意がないのは、今日一日ずっと一緒にいた俺が一番分かっている。


誰かを酷い目に合わせてやろうとかそういうものではなく……まさしく『サキュバスという種族の本能に従っている。』


とでもいったところだろうか。


「いい加減にしてください……。」


かなり小声ではあったが、ミオの重々しい声が聞こえた。


「……え?」


その声と重い空気に俺とユンが反応し、ミオの方を見る。


「――もう、いい加減にしてくださいって……いってるんです!!」


髪を振り乱しながら、ミオは大きな声を上げる。


顔は見えないが、怒っている――。


――いや、泣いているようにも見える。


すごい迫力だ。


なにかいい返そうものなら、感情に任せ、本気で刃物でも投げ付けてくるかもしれない……。


そういう迫力だ。


ユンもその迫力と危機的な空気を察知したのか、慌てて飛び退く。


「――はうぅ……!ご、ごめんなさーい!」


そんなことをいいながら、いそいそと家を出ていった……。


――そして俺は……取り残された…………。


どうしたもんか……。


ギャルゲであれば、デッドエンドかハッピーエンドルートへ続く二択の選択肢でも出てくるのだろう……。


だが残念ながら、こっちのこの世界はそういう世界ではない。


「……え……ええと……。」


なにをいっていいか分からず、そんな声が出てくる。


「あ……あの……。」


ベルがなにかいいかける。


だが、それをいうよりもミオの方が早かった。


「――いい加減にしてください!!他の女の子に目移りして、鼻の下伸ばして!そんなにエッチな格好した女の子がいいんですか!?挙句の果てには昨日会ったばかりの女の子と遊び回って、私たちの家に連れ込むとか!!家の中でもずっとイチャイチャイチャイチャと!いったいなに考えてるんですか!!?わたし……もう知りません!!!」


――そ、そんなことねーし……鼻の下とか伸ばしてねーし……。


そ、それに、べ、別に遊び回って連れ込んだんじゃなくて、付き添ってただけだし……。


などと考えたりもするが、当然口にはしない。


殺されかねん――。


ミオは大分(だいぶ)いろいろと考え込んでしまっていたようだ。


いや、我慢していたのだろう――。


それが今、この時をもって爆発したといったところだろうか。


目からはぼろぼろと涙が零れ出ている。


いつも穏やかなミオがここまで感情を(あら)わにしたのだ。


相当に堪え兼ねたのだろう……。


ここは……素直に謝るべきだ。


ま、まぁ、確かに、サキュバスの女の子に積極的に接されて浮かれていたのは事実だしな。


「――ごめん……すまなかった……。」


ミオはいいたいことを出し切ったのか、はたまた俺の謝罪を聞いて少し落ち着いたのか……そのまま、背を向けて立ち去っていく……。


ベルはそれを追い掛け、ミオを(なだ)める。


その声が……遠ざかっていく――。


最近はあっちでもこっちでも、女の子に嫌われてばっかりだな……。


俺は虚無感のようなものに襲われ、ぼうっとしてしまう……。


それが少しの間だったのか、しばらくの間だったのか……それすらも分からなかった――――。




フリーズしていた頭がようやく動き出し、ゆっくりとだが考えが浮かび始める。


「……よし、とりあえず……風呂に入ろう――。」


身体の汚れを落とし、頭を切り替え、一旦落ち着くためにも風呂に入ることにする。


薄情といわれてしまえばそうかもしれないが、いつまでも落ち込んでいても仕方がない。


――風呂に入り、湯を浴び、ゆっくりとする……。


温かいお湯が身体の力を抜き、頭の中でもいろいろなことを断片的に思い返し始めていた。


――そんな時だった。


「――あ、あの……。」


風呂の外から、ベルの声が聞こえる。


――驚く。


久しぶりにちゃんと話し掛けてきた気がする……。


「――べ、ベル!?な、なんだ?ど、どうした――!?」


慌ててしまう。


考えは至らないが、とりあえず聞いていた。


「……入りますね?」


――なるほど……。


質問の答えにはなっていないが、入ってはくるらしい――。


風呂の扉が開くと、湯気ではっきりとは見えなかったが、バスタオルで身体を覆ったベルのシルエットがうっすらと見えた。


気のせいか、そのうしろにもう一つ人影が見えた気もしたのだが……入ってきたのはベルだけで、扉も閉めていた……。


気のせいだったのだろう。


ベルは浴室に入ると、身体を洗い始めた。


俺はその間ゆっくりと風呂に浸かり続ける――。


ベルは身体を洗い終わり、湯に浸かる。


それと交代で、俺は身体を洗う準備をし始める。


そこまで、特に会話はなかった……。


――なぜ入ってきたのだろう?


気にはなるが、身体の汚れを泡で落とし始める。


上半身を洗い終えた頃だった……。


――ザバァ……。


湯が動く音がした。


ベルが浸かっていた湯から出たのだろう。


身体が温まって熱くなったのかもしれない。


構わず身体を洗っていた俺の隣に気配を感じる。


「――よいしょっと……。」


そんな声とともに、なんとベルは……俺の膝の上に座る――。


「――――え?」


急なことに、おかしな声が出る。


「えへへー……。」


そんな俺を他所(よそ)に、ベルは俺の膝の上で甘える子供のように俺の方を振り返って笑い掛けてくる。


「……こう、したかったんです……。えへへ……。」


ベルは恥ずかしそうにしながらも嬉しそうだ。


邪魔になるのか、バスタオルを解く。


そのまま俺の両腕を、自分の腹を抱き締めるような形になるように導く。


「――み、見ちゃダメですよ?」


無茶をいうな――。


いや、まぁ、いくら少し上からの視点だとしても、ほとんどなにも見えないんだがな……。


もう少し膨らんでいれば……いや、髪が短ければ見えてしまっていたかもしれない――。


「――温かいです……。こうやって抱き締めてもらうと……私の全部をアイラさんに守ってもらっているみたいで……安心します――。」


にへへと笑いながら、そんなことをいう。


「……ああ、ベルは……俺が守るよ。」


俺がそう返すとほぼ同時に……風呂の扉が開く――。


――バスタオル姿のミオが入ってきた。


ミオは無言のまま、簡単に身体の汚れを流し、そのまま湯に浸かる。


「――あ、あの!わたし……アイラさんのこと大好きですよ!」


呆気に取られていた俺をベルが自分の方へと呼び戻す。


俺もだ。


「――じゃあ私、先に上がってますね!」


俺がいうよりも先に、ベルはそういって風呂を出ていった――。


――俺は、洗いかけだった身体を洗う……。


――洗い終わり、湯に浸かっているミオを見て、風呂を上がることにする。


「――じゃあ、俺もう上がるからな。」


一応ミオに一言声を掛けると、ミオが慌てた様子になる。


「――え?ま、待ってください!一緒に入って……入りませんか?」


なぜか言い直した。


まぁ、ミオの頼みだ。


少なくとも……今日は断るわけにもいかないだろう。


「……分かった。」


俺は、湯船に向かう。


「――えっと……ごめんなさい!私、身体を洗いますね?なので……待っていてもらっても……いいですか?」


ミオは申し訳なさそうにいう。


もちろん、断るつもりはない。


「――じゃあ、先に浸かってるよ。」


「はい。」


俺が湯に浸かるのと入れ違いになり、ミオはいそいそと身体を洗い始めた。




――もう結構な時間、風呂場にいる気がする……。


意識もぼんやりとし、少し眠気もある……。


そんな(もや)の掛かった視界で、身体を洗うミオを見る。


綺麗な髪、魅惑的な身体……出るところは出ていて、スタイルもいい……。


むしゃぶり付きたくなるような身体というやつだろうか……。


肌も白くて綺麗で、胸や尻も情欲を誘われる……。


甘そうな身体だ……。


実際にむしゃぶり付けば、本当に甘いのかもしれない……。


――そんなことを考えている間に、ミオは身体を洗い終わり、こちらへ向かってくる。


「……では、失礼しますね?」


「ああ、いいよ。」


ミオもさすがに照れくさいのか、最低限のやり取りをする。


「――ん?……いや!ミオ!どうした――!?」


ミオの顔は外側を向いている上に風呂には湯気も充満している。


顔はよく見えないが、赤らんでいることはほぼ間違いないだろう。


いや、それよりも……ミオは俺が浸かっている上に、重なるように上から座ってきたのだ。


俺の身体には、ミオの背中が寄り掛かっている――。


――柔らかい!これは……柔らかい――!


「――え、えっと……ダメ?……でしたか……?」


行動は大胆だが、言葉は遠慮がちに聞いてくる。


――いや、ダメではない!ダメではないけど……!


「――いや、ダメじゃ……ない――――。」


俺もさすがに照れる……。


「そう……ですか……。」


赤らんだ顔のまま、柔らかく笑ったように見えた。


――しばらく、沈黙が続く――。


「――――あの……私、嫌だったんです……。他の女の子とアイラさんが……仲良くするの…………。」


先に口を開いたのは、ミオだった。


なんの脈絡もなくいい出す。


「――いえ、ベルさんのことは好きですし、サキュバスのあの子も事情があったみたいですので……仕方ないのは分かってるんです……。それに、ああやって困ってる子を助けちゃうアイラさんも、もちろん好きなんです……。――でも……やっぱりアイラさんが取られちゃうんじゃって……私も、たまにはアイラさんと二人っきりで……その……いろいろと……えっと……仲良くしたいんです――。」


ミオは途中から涙声だった。


そのせいで言葉が出てこなかったのか、あるいはどう表現していいか分からなかったのか……理由は分からないが、ミオの言葉は少しじれったく、はっきりしなかった……。


なにか気の利いたことをいおうと考える……。


「――私……大好きなんです。アイラさんのこと……大好きなんです!だから……たまには、私も……もっと甘えさせてください……。そうじゃないと……寂しいです……。」


だが、俺が口を開くよりも早く、ミオは素直にそんなことをいう。


「――もちろんだ。いつでも甘えてこい。」


笑い返しながらそういい、ミオの身体をそっと抱き締めた――。


余韻に浸る――。


「――あ、あと、他の女の子、いっぱい連れ込んじゃダメですからね?」


ですよねー……。


突然思い出したようにいうミオに、心の中で反省せざるを得なかった――。


ここ最近の空気と違って少し柔らかくなった空気で、俺もミオも柔らかい表情のまま風呂を出る。


ミオが先に出て、俺もあとを追うように脱衣所に出る。


ずいぶんと長風呂をしたようだ……。


頭がフラフラする……。


このままここで眠ってしまいたい……。


それにしても、ミオの身体は……本当に綺麗だな……。


このまま、押し倒してしまいた……――――。


――――俺の意識は……途切れた――――――。

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