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帝都あやかし屋敷の契約花嫁  作者: 江本マシメサ
第二章 契約花嫁は、戸惑いながらも輿入れする

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契約花嫁は、百貨店で買い物をする

 三年前――百貨店が完成したさい、まりあの母は感動のあまり涙を流した。

 かつて生まれ育った国にあった劇場そっくりだと。

 白亜のレンガを積み上げ、漆黒しっこく切石きりいし隅石すみいしを縁取るように組んだ建物は、美しい造形を額縁に収めるように仕立てられていた。

 左右対称の均衡のとれた外観を持つ百貨店は、三年経った今、帝都を象徴するようなものだと誰もが認めている。

 時代の最先端をいく品々を大々的に売るために、建設費を惜しまず異国の建築技術を取り入れて作った創業者の、発想の大勝利と言えるだろう。


 出入り口には、左右に獅子の石像がどっかりと鎮座している。

 その間を通り抜けると、信じがたいほど高い天井を大理石の柱が支えていた。

 磨き抜かれた床はいつもピカピカで、従業員はいつも笑顔。

 洗練された空間が、広がっていた。


『はわー、ここが百貨店ですかー』

「ウメコは、初めてですの?」

『はい! 山上家の奥様にお仕えするのは、二十五年ぶりなんです。このように侍るのは、本当に久しぶりでして』

「そう、でしたのね」


 ウメコが前に仕えていたのは、亡くなった装二郎の母親だったのだろう。

 その当時の山上家を想ったら、胸がぎゅっと苦しくなる。


『まりあ様、本日は何を買われるのですか?』

「反物を」

『売り場はご存じですか?』

「ええ。二階だったかと」

『では、行きましょう』


 螺旋階段を上がって二階を目指す。

 周囲の女性達は息が上がっていたようだが、まりあは平然としていた。庶民生活をするうちに、体力がつき、足腰も強くなったのかもしれない。

 いまだに、炊事や洗濯によって荒れた手は治らない。そのため、人前に出るときは絹の手袋がかかせなくなっている。


『まりあ様、どうかなさったのですか?』

「いいえ、行きましょう」


 ここにはかつて、久我家が懇意にしていた呉服店がある。そこを目指した。

 種類は多くないが、品よく反物が展示された店舗の前で立ち止まる。

 初老の店主が、まりあの存在に気づいてハッと肩を震わせていた。


「いらっしゃいませ、まりあお嬢様」

「お久しぶりです」

「ええ、本当に」


 今日は本店が休日なので、店主が百貨店の従業員として出ていたようだ。

 没落したはずの久我家の娘が、上等な着物をまとって現れたので驚いているのだろう。


「もしかして、ご結婚をされたのですか?」

「ええ」


 店主は祝いの言葉を述べたあと、それ以上結婚について追及してこなかった。ホッと胸をなで下ろす。


「本日は、何をご入り用でしょうか?」

「男性物の、寝衣しんい用の反物を、探しにきましたの。いくつか、見せていただけますか?」

「かしこまりました」


 一度、昼間に寝ぼけ眼の装二郎と遭遇したことがあった。彼はなんと、高価な着物から寝間着に着替えずに、眠っていたのだ。

 なぜ着替えないのかと尋ねると、どれが寝間着かわからないと。

 信じがたい気持ちになったのと同時に、寝間着の一着や二着、作ってあげたらいいのではと思いついたのだ。


「こちらの綿の生地は、吸水性がよく、肌触りもやわらかで、寝間着にぴったりかと。夏は涼しく、冬は暖かいですよ」  


 用意してくれた反物のうち、いくつか選んで購入した。

 支払いの手続きは、ウメコがしてくれる。品物は屋敷に直接届けてくれるらしい。


 装二郎への贈り物の支払いは、装二郎自身が行う。

 まりあ自身、自由に使える財産は持っていないので仕方がない話ではあるが。深く考えたら複雑な気分になる。

 寝間着作りはまりあが行うので、その点を喜んでほしい。


 他にも、夏に着る単衣を数枚仕立てるよう注文しておいた。

 箪笥に用意されていた着物は冬から春に着るものばかりだったので、新しく仕立てなければならないのだ。


 反物の配達先が山上家というウメコの書き込みを見て、店主は目を丸くしていた。

 ただそれも一瞬のことで、すぐに表情は無となる。


「また、買い物にきますので」

「お待ちしております」


 まりあは呉服店をあとにする。

 続いて向かった先は、子ども用の玩具を取り扱う店。そこで、狸や狐と遊ぶ道具を選んで購入した。


 気づいたら、五時間も百貨店で買い物をしていた。

 昼過ぎに家を出たのに、窓から空を見上げたら太陽が傾きつつある。


『最後は、まりあ様のお買い物ですね。何を購入されるのです?』

「わたくしは――」


 特に、ない。

 必要な品物は、すべて屋敷に用意されていたから。

 だが、何を買ったのかと装二郎に聞かれそうだ。


 ふと、すぐ傍にあった店に展示されていた日傘が目に付く。

 フリルがあしらわれた美しい意匠だったが、仕込み刃付きと書かれていた。

 女性用の武器は非常に珍しい。

 まりあはすぐに手に取ってみた。刃がしこまれているとあって、普通の傘よりも重たい

 店主がやってきて、奥で説明してくれた。

 柄を左に捻ると、細身の刃がすらりと出てくる。これは異国から輸入された品らしい。

 刃は刀ではなく、レイピアと呼ばれる片手剣だという。

 不思議と手に馴染むそれを、まりあは気に入った。購入を決める。

 装二郎に何を買ったのかと聞かれたら、日傘だと答えたらいい。

 何が起こるかわからないので、護身用の武器を持っていたほうが安心だ。

 日傘はそのまま持って帰る。

 店主に会釈し、店をあとにした。


 もう日没も近いので、今日は帰ろう。

 そう提案しようとしていたところに、背後から声がかけられた。


「あなた、まりあさんじゃない?」


 振り返った先にいたのは、見知った中年女性だった。

 品のある松葉柄の着物をまとっているのは、まりあの元婚約者雄一の母親、絹子だった。


「お久しぶりね。元気そうで、何よりだわ」

「え、ええ」


 学習院時代、絹子とはよく喫茶店に行って珈琲を飲んだ。

 年の差はあれど、不思議と話が合う、良好な関係を築いていた。


 婚約が破棄されてからは、疎遠となっていたのだ。


「あの、少しだけ、お話しできるかしら?」


 どうしようか、迷ってしまう。装二郎には夕方までには帰ると言った。

 帯に挟み込んでいた懐中時計を取り出し、銀の蓋を指先で弾く。

 時刻は十六時過ぎ。微妙な時間帯である。

 けれども、もう二度と、このような偶然はないだろう。

 親しくしていた相手である。一度、話をしておきたかった。


「では、少しだけ」

「ありがとう」


 百貨店にある喫茶店で、話すこととなった。


「ここのチヨコレイト、とってもおいしいのよ」

「噂になっていましたね」


 珈琲のように飲むチヨコレイトは、異国から入ってきたばかりの新しいものであった。

 母親と飲もうと思っていたところに、久我家が没落してしまう。

 一度は諦めていたが、飲めるなんて。

 いつか母親と飲めたらいいなと、ひっそり願う。


「ごめんなさいね。雄一が、酷いことをして」

「いえ、華族の結婚は、愛を永遠にするためのものではありませんから」


 絹子はずっと、まりあのことを気に懸けていたらしい。何か支援ができないかと、滞在先を探していたが、見つけられなかったと。

 帝都でもっとも歴史ある洋館に住んでいた久我家の者達が、下町のあばら屋に住んでいたとは夢にも思っていないだろう。


「でも、山上家の当主様と結婚できて、よかったわ。どうか、お幸せに」

「ありがとうございます」


 絹子と別れ、家路に就く。

 百貨店を出てきたときにはまだ太陽は地平線より上にあったが、馬車に乗って走り出すと、辺りは暗くなっていく。


「遅くなってしまいましたわ」

『ですねえ』


 夜、装二郎は何をしているのか。把握していない。

 まりあが帰ってきても、姿を現さないだろう。

 ただ、彼はいったい何をしているのか。謎は深まるばかりである。


「ねえ、ウメコ、旦那様は――」


 質問を投げかけたのと同時に、不思議な音が聞こえた。

 りぃん、りぃん。

 澄んだ、鈴の音である。

 帯に結んだ鈴が、音を鳴らしていたのだ。

 これは、悪しき存在が接近したさい、周囲を浄化するものだと装二郎は話していた。 

 ぞくりと、悪寒が背筋を走る。

 何かが、接近しているのだろう。


「いったい、何ごとですの!?」


 馬の嘶きが響き渡る。

 馬車の車体は大きく揺れて、まりあは窓枠に体をぶつけてしまった。


 ウメコや、まりあの肩で襟巻きに変身していたコハルは無事だった。

 いったい何が起こったのか。

 窓を覆う布を避けた瞬間、まりあは悲鳴を呑み込んだ。

 ガラスには、血が飛び散っていた。

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