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帝都あやかし屋敷の契約花嫁  作者: 江本マシメサ
第二章 契約花嫁は、戸惑いながらも輿入れする

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契約花嫁は、身なりを整える

 まりあは遊びにやってくる狐や狸の頭数分の鞠を胸に抱え、一気に投げる。


「そーれ! 取っておいでなさい」


 狸や狐達は、大喜びで鞠を追いかけていった。

 一匹につき一個の鞠が用意されているので、喧嘩にはならない。

 鞠を銜えて戻ってきた狸や狐の頭を撫でてあげると、心地よさそうに目を細めている。

 ああ、なんて愛らしい生き物なのか。

 一匹一匹抱き上げ、頬ずりする。


 と、毎日楽しく遊んで暮らしていたが、これでいいのかと、学習院時代に首席だった心の中に住む厳しいまりあに問いかけられた。


 狸や狐に囲まれ、モフモフ三昧。

 思ってもいなかった、新しい生活である。


 だが、いくらなんでもここ数日は腑抜ふぬけていた。

 装二郎を昼あんどんだと責めることはできない。


 このままではいけない。

 できることを、自分で探すべきなのだ。


 まりあはパンパンと手を打ち、ウメコを呼んだ。

 部屋の隅にある闇から、ウメコがぬっと姿を現す。


『はいはい、まりあ様、なんでしょうか?』

「百貨店にいきます。お供を、お願いしてもよろしくって?」

『もちろんですとも!』


 百貨店というのは、帝都の中心街に建てられた三階建ての大型商業施設である。

 三年前に開店して尚、人気を博しているのだ。

 異国の劇場に用いられていた洋風建築の佇まいは、帝都の人々を魅了している。

 そんな百貨店には、最先端の品物が集められているようだ。


 広い店内はたくさんの客を招き、一点でも多くの品々を売るための陳列がなされているという。

 開店当初、家に商人を招いて買い物をする華族の者達からは、品がないと言われていた。

 そんなふうに囁かれるのも、一時期ばかりであった。

 とある華族の夫人が、百貨店の買い物が楽しいと触れ回ると、一気に印象はよい方向へと傾いていく。

 そんなわけで、百貨店は華族達もこぞって出かける場所なのである。


 まりあは過去に数回、百貨店に足を運んだ。

 どちらも母と共に出かけたのだが、楽しかった思い出がある。


『うふふ、外出は久しぶりですねえ』


 ウメコは楽しそうに言い、帯から一枚の葉を取り出す。それを額に乗せて、くるりと回った。

 一瞬にして、ウメコの姿は二十前後の女性に転じる。

 目が細く、おかっぱ頭の姿となった。


「化けを、初めてみました」

『いかがでしょう?』

「人にしか見えませんわ」

『お褒めにあずかり、光栄です』


 着物とドレス、どちらで行こうか。

 数年前まで、ドレスは夜会のときのみ着用する正装だった。けれど今は、昼間用のドレスも売られるようになり、女性達の間で流行っている。


「ウメコ、ドレスと着物、どちらがいいと思います?」

『まりあ様の、お好きなほうをお召しになってくださいませ』

「うーん、迷いますわね」


 古い家柄の女性は、着物を好んでいる。もしも百貨店で遭遇したとき、まりあがドレスをまとっていたらどう思うか。

 現在、ドレスのほうが職人が少なく、高価である。ドレスをまとって出かけた先で山上家の財産を使い、贅沢な暮らしをしていると思われたらたまらない。


「着物にいたします」

『どのような柄にいたします?』

「あなたの柄を」

『わたくしめの……鼬柄、ではなくて、梅、ですね』

「ええ」


 庭の梅の花が、膨らみつつあった。もう、そんな季節なのである。

 つぼみが綻ぶ前に、先取りして着物の柄に選ぶのがいきなのだ。


 ウメコの手を借りて着物をまといながら、装二郎と出会ってからあっという間に結婚までに至ったものだと思う。

 きっと、一年なんてあっという間なのだろう。

 この期間でまりあに何ができるのか。まだ、はっきりとわからない。

 ここ数日屋敷から引きこもってばかりだったので、外に出たら何か思いつくかもしれない。そう思って、百貨店に行こうと思い立ったのだ。


 着物の上から羽織を着込む。最後に、装二郎から貰った銀の鈴を帯に結んだ。身なりが整った瞬間、一匹の狐が近寄ってきた。

 爪先が欠けた、大人しい性格の狐である。

 控えめな様子が愛らしいと思っていた一匹でもあった。


『あの、まりあ様、わたしも連れていってくださいませ!』

「あなたも?」

『はい! 襟巻きに化けますので』

「襟巻き……温かそうですわね」

『ほかほかです』

「だったら、よろしくってよ」

『ありがとうございます』


 狐はどこからともなく葉っぱを取り出し、くるんと一回転する。狐の顔付きの、襟巻きの姿へと転じた。

 ウメコが受け取り、まりあの肩にそっとかけてくれる。


「ふふ、本当に温かいわ」

『よかったです』

「あなた、名前はなんといいますの?」

『名前は、ないです』

「だったら、コハルにしましょう」

『わ、ありがとうございます!』


 パチンと、まりあの目の前で光の粒が弾ける。


「な、なんですの?」

『まりあ様、名付けの呪術が成立した証かと』

「名付けの呪術?」

『あやかしは、名付けた者に一生の忠誠を誓います。首に巻いたコハルは、まりあ様のあやかしとなったのです』

「なっ……! そ、そんなの、学習院では習いませんでしたわ」

『危険な呪術ですから、学校では教えないのでしょう』

「なぜ、危険ですの?」

『名付けが成功するのは、格下相手のみ。格上相手に名付けをしたら、喰われてしまうからですよ』

「そ、そうだったのですね」


 知らずに、まりあは危険な行為を働いていたようだ。

 ウメコに名前があるのだから、他の狸や狐にあってもいいのに、と軽く考えていた。

 ちなみにウメコの名付けをしたのは、千年前の山上家の当主。遺言で、子孫を頼むと言われたので、主人亡き今も山上家に残っている。


『弱いあやかしは、主人の死と共に消えてなくなります。強いあやかしは、主人が死んでもこの世に残るのです。あやかしが強くなるかどうかは、契約を交わした者しだい、というわけですね』

「なるほど。ウメコは、強いあやかしだったのですね」

『わたくしめは、根性で残っているあやかしの端くれですよ』


 千年も生きているのに、弱いあやかしなわけがないだろう。

 ウメコ得意の嘘だなと、まりあは思ったのだった。


「コハル、あなた、わたくしが主人で、よろしかったの?」

『はい! とっても光栄です。爪も、この通り治りましたし』

「まあ、本当」


 一時的に変化を解いて、爪先を見せてくれた。

 コハルの欠けていた爪は、きれいに治ったようだ。


『まりあ様、これから、よろしくお願いいたします』

「ええ、よろしくね」


 念のため、その辺を歩いていた狐に装二郎への伝言を託す。百貨店に出かけてくる、夕方までには戻る、と。


 何があるかわからないので、一応帯に呪符を入れておいた。

 あやかしの体を発火させる〝熾火おきび〟。

 あやかしを一時的に水の中に封じる〝水球すいきゅう〟。

 あやかしを地面に叩きつける〝天地あめつち〟。

 あやかしを吹き飛ばす〝下風おろし〟。


 あやかし退治に用いる、基本的な呪符である。 

 通常、人は適正属性がひとつしかないが、まりあは四大属性すべてに適正があった。

 そのため、呪符も火、水、地、風と四種類作り、操れるのだ。


「ウメコ、コハル、参りましょう」

『はい』

『お供しますっ!』


 玄関から外にでると、数日前まで盛りだった椿がなくなっていた。

 雪が降ったために、落ちてしまったようだ。

 落ちた椿に雪が降り積もる様子は、どこかもの悲しさを覚える。


 一見して美しく見えたので手に取ったが、中心部が腐っていた。


「まりあ様、庭師に、片付けておくように命じておきますので」

「ええ」


 門の前には、すでに馬車が用意されていた。

 馬車を操る御者も、よくよく見たら人ではない。化けた狐か狸なのだろう。

 口の端から、細長い舌が見えた。

 へびのあやかしだと、まりあは気づく。


「百貨店まで、お願いいたします」

『お任せあれ』


 馬車に乗り込み、ウメコが合図を出すと動き出す。

 百貨店に到着するまで、まりあはウメコやコハルと会話を楽しんだ。

 

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