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帝都あやかし屋敷の契約花嫁  作者: 江本マシメサ
第二章 契約花嫁は、戸惑いながらも輿入れする

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契約花嫁は、暇をもてあます

 正直、戸惑う感情が心の大半を占めている。

 けれども、笑顔で祝福してくれた両親のためにも、山上家当主の花嫁として立派に役目を勤めあげなければならない。


 鼓舞させた意気込みだったが、初っぱなから折れそうになる。


「じゃあ、僕はこれから眠るから」

「はい?」

「何かわからないことがあったら、ウメコに聞いてね」


 装二郎はそう言って、ひとり家に上がっていく。灯りのない廊下の闇の中に、呑み込まれていった。


「あの、ウメコ。あの人は、いつもああなの?」

『いえいえ、今日は調子が悪いのでしょう』


 絶対に嘘だと、まりあは思った。


 ◇◇◇


 山上家の屋敷は、全体的に暗い。

 床や壁が真っ黒だからだろう。窓も少なく、太陽の光はあまり差し込んでこない。そのため、昼間でも薄暗い。

 夜を生きるあやかし達が生活しやすいように、このような造りになっているようだ。


 案内されたまりあの部屋は、装二郎の私室から遠く離れた位置にあるとウメコは言う。

 通常、夫婦の部屋は近くに設計されているものだが。

 ここは一風変わったあやかしを匿う山上家。常識は通用しないのだろう。

 ふすまを開くと、異国の文化を取り入れた和洋折衷わようせっちゅうの内装にまりあは驚く。

 床には毛足の長い絨毯が敷かれており、猫脚の円卓と長椅子が中心に置かれていた。

 続き部屋となった寝室を覗くと、天蓋てんがい付きの寝台が置かれている。

 箪笥たんすには、着物だけでなくドレスも収められていた。

 まりあが何不自由なく暮らせるように、さまざまな品を用意してくれていたようだ。

 周囲にうるさく言われて、嫌々渋々いやいやしぶしぶと花嫁を迎えたのかもしれない。

 それでも、心配りの数々はたいへん嬉しいものであった。

 山上家の花嫁として頑張ろうと、今一度思い直したまりあだった。


 それからまりあは、山上家の花嫁として新しい生活を始める。

 通常、華族当主の妻となった女性は、社交に勤しむ。まりあの母も、そうだった。

 異国風に〝サロン〟と呼ばれる場所に客を招き、紅茶を飲んでいたのだ。

 アンナが作る洋菓子を食べながら飲む紅茶は最高だった。今となっては、遠い日の記憶である。


 一方で、山上家に社交へ誘う手紙は届けられない。

 ウメコに聞いたところ、山上家は社交をほとんどしないと。それは、噂話として囁かれていた。

 実際にそうだと知れば、納得するしかないだろう。


 嫁いで早々、することがなくなってしまう。

 暇をもてあましたまりあは、狸や狐を部屋に招いて遊んであげた。

 無邪気なもので、まりあが作った布の鞠を投げると、嬉しそうに追いかけていくのだ。

 あやかし達は獣臭さはいっさいなく、頭や首回りに触れるとふかふかとやわらかい手触りであった。

 まりあ様、まりあ様と言って懐いてくるので、ついつい可愛がってしまう。

 ただ、傷ついた姿を目にすると、いったい誰がこのようなことをと、腹立たしい気持ちになった。


 夕食はまりあ一人分だけ、部屋に運ばれてくる。 

 あやかしは食事を必要としないようで、ひとり寂しく食べるのだ。


 装二郎と顔を合わせるのは、朝食の席だけ。

 あくびばかりしている夫の前で、黙々と食べるのだ。


「まりあ、不自由はない?」

「ええ、ございません」

「そう」


 会話も、毎日一言、二言交わすだけであった。

 まりあの両親は仲睦まじいので忘れていたが、華族の夫婦のほとんどは政略結婚。その関係は冷え切ったものが多いという。

 装二郎はまりあを気に懸けてくれる。それだけでも、いい夫と言えるのかもしれない。


 本邸には、当主とその妻、子どものみ住むという。

 子どもは成人したら、家を出て行く決まりがあるらしい。

 当主が亡くなったら、次代へ爵位と役目が引き継がれる。

 つまり、装二郎の父親は亡くなっているということなのだ。

 母親については知らない。相手が話さない限り、聞かないようにしている。

 爵位を引き継いでから五年もの間、装二郎はこの暗い屋敷で独り暮らしていたという。

 正確にいえば、あやかし達もいたわけだが。


「そういえば、狸や狐達が、君にたいそう懐いているようだね」

「ええ、まあ」

「怖くない?」

「まったく」

「よかった」


 装二郎は安堵したように、やわらかく微笑む。

 どきんと、胸が大きく跳ねたが――装二郎は「さ、寝よう」と言ったので我に返った。


「あなた、毎日毎日眠いっておっしゃっていますけれど、夜は何をなさっていますの?」

「何って、夜は眠るものでしょう?」


 正論であるものの、昼間も寝ている人が言うと説得力がまるでない。


 相変わらず、装二郎は寝てばかり。見事な昼あんどんっぷりである。

 華族は不労収入で暮らすので、なんら不思議ではない。けれども、昼夜逆転してしまう生活はどうなのかと、まりあは疑問に思ってしまった。


「あ、そうそう。必要な品があったら、御用聞きになんでも頼んでいいから。品物を選びたいのであれば、商人を呼んでもいいし」

「はあ。特に不自由はしておりませんが」

「謙虚だねえ」


 謙虚、なのだろうか。よくわからない。

 幼少期より、両親が用意したものを受け取り、暮らしてきた。

 自分から何か望むことは、めったになかったように思える。

 欲がない。

 ある日、父親はまりあにそう言った。

 それは、褒め言葉ではないなと感じたのを覚えている。

 そんなまりあだからこそ、貧乏生活に耐えられたのかもしれない。


「あ、最近は、外で買い物するのが流行っているんだっけ?」

「え? あ、ああ、そう、ですわね」


 学習院時代、週に一度あった外出の時間、文具店や菓子店に行き、買い物をするのを同級生は楽しんでいた。

 まりあも、楽しかったという記憶が残っている。


「だったら、まりあも出かけてくればいいよ」


 一緒には行ってくれないらしい。

 百貨店などで、夫婦が仲睦まじい様子で買い物している様子を見かけていたが。

 この結婚は、愛がない契約で結ばれたもの。

 共に長い時間を過ごさないのは、当たり前なのだろう。


「気を付けて、行ってきてね」

「ええ」

「絶対に、夜になる前には帰ってくるんだよ」


 急に、声色が真面目なものとなったのは、まりあは顔をあげた。

 装二郎はいつものどこか抜けた表情でなく、ピンと張りつめたような顔でまりあを見つめている。 


「夜は、危ないからね。見回りが巡回しているとはいえ、毎晩のように事件は起きているから。まりあは善いだから、わかるよね?」

「え、ええ」

「特に、年若い女性が行方不明になっているようだから、明るい時間でも気を付けて」

「わかっております」


 そういえばと、まりあは思い出す。

 山上家の当主が、迎えた花嫁候補を連れ帰り、血肉を啜っているというもの。

 どうしてそのような噂が流れていたのか。

 ただ、火のない所に煙は立たぬ、という言葉もある。


「まりあ、どうしたの?」

「あ――いいえ。お言葉、痛み入ります」


 契約を結んだ以上、まりあは装二郎の支援なく暮らせない。

 詮索するようなことは止めよう。

 そう、自らに言い聞かせた。


「あ、そうだ!」


 装二郎は懐を探り、何かを取り出す。それを、まりあに差し出した。


「これ、あげる」

「なんですの、これは?」


 それは、赤い紐に結ばれた銀色の鈴。

 ただの鈴のように見えたが、鳴らしても音が出ない。

 まったく重さを感じない、不思議な細工であった。


「それは、邪祓いの鈴だよ。鈴の音は、周囲を浄化する力があるんだ」

「でも、こちらは音が鳴りませんが」

「悪い存在が接近した時だけ、鳴るんだ。これは肌身離さず持ち歩いて、もしも鈴の音が聞こえたら、大人しくしているんだよ」

「わかりました。お心遣い、感謝します」


 深く頭を下げ、部屋から辞した。 

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