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帝都あやかし屋敷の契約花嫁  作者: 江本マシメサ
第二章 契約花嫁は、戸惑いながらも輿入れする
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契約花嫁は、山上家のあやかしと出会う

 山上家の馬車は外観は地味であったが、内装は絢爛豪華けんらんごうかであった。

 窓枠や羽目板は金の精緻せいちな細工で縁取られ、革張りの座席に落ち着いた風合いの床が張られており、走っても振動があまり伝わらない。上等な馬車だ。


「あ、そうだ。結婚したんだから、まりあの隣に座ろう」


 突然名前を呼び捨てにされて、まりあはギョッとする。

 両親に送り出された瞬間から、まりあは装二郎の妻となったのだからおかしな話ではないが。

 普段、異性と触れ合うどころか、話すことすらはしたないという教育を受けていたのだ。

 夫婦となったからと言って、すぐに受け入れられるものでもない。


 装二郎はどっかりと、まりあの隣に座った。

 先ほどよりも、白檀の香りを強く感じる。やはり、線香用とは異なる、甘さが強い香りだ。

 使用人が服に香でも焚いているのだろうか。趣味がいいと、内心思う。

 せっかく夫婦となるのだ。好きな香りについて、把握しておきたい。勇気を振り絞って、聞いてみる。


「あの、あなたのその香り――」

「すう、すう、すう」

「は!?」


 我が目を、耳を疑う。

 装二郎は、腕を組んで眠っていたのだ。

 馬車がガタガタ揺れても、微動だにしない。いったいどういう体の構造をしているのか。

 それよりも、花嫁を迎えた瞬間に眠る夫なんているのか。

 まりあは昨晩、緊張してあまり眠れなかったというのに……。


 自分だけ意識しているようで、馬鹿みたいだと思う。

 まりあも腕組みし、装二郎の屋敷に到着するのを待った。


 帝都の一等地に位置する山上家の屋敷。

 馬車の小さな窓からは、屋敷を囲う塀しか見えない。どこまでもどこまでも、黒い塀が続いている。


 馬車が停まったのは、立派な門の前。その瞬間に、装二郎は目を覚ます。


「ん、ついた?」

「みたいですわね」


 先に装二郎が下りて、まりあに手を差し伸べてくれた。半分以上目が閉じているこの男の手を取っていいものか、不安になった。

 逡巡は一瞬のことで、まりあは腹を括って装二郎の手を握る。

 思いの他、力強く引き寄せられて、地面に着地する。


「ありがとうございます」

「いえいえ」


 そのまま手を離さず、門を潜った。

 立派な松の木が並び、遠くのほうには離れが見えた。あれは、茶室か。

 どこからか鹿威ししおどしの音が聞こえたので、池もあるのだろう。

 続いて、満開の椿がまりあを迎える。この世のものでないような、見事な椿であった。


 しばらく歩くと、豪壮ごうそうな武家屋敷が見えてきた。

 これまで洋館で育ったまりあにとって、初めて足を踏み入れる豪邸である。


「今日からここが、君の家~」


 あくび混じりに言うので、気が抜けてしまう。

 名家への嫁入りなので、久我家の恥にならないようなふるまいをしなくては。そう思っていたのに、脱力しそうになる。


「――!?」


 ふいに、庭のほうから気配を感じて振り返った。


「まりあ、どうしたの?」

「何かが、こちらを見ていたような気がして」

「ああ、鎌鼬かまいたちじゃないの?」

「か、かまいたち?」

「そう。手が鎌状になった、鼬。うちで、庭師として働いているんだよ」

「あやかしが、庭師?」

「そう。我が家で働いている使用人は全員、あやかしなんだ」

「な、なんですって!?」 


 人間の召し使いはひとりもいないらしい。

 あやかしを匿っているとは聞いていたが、まさか使用人まであやかしとは。


「怪我が治ってからも、住み心地がよくて居着いてしまうんだよね。帝都の夜は危険だから、昔から山上家の者達は許しているんだ」


 本当にそれで生活できているのか。問いかけると、装二郎は何も答えずに「ははは」と笑いながら、引き戸を開く。

 まりあはごくんと、生唾を呑み込んだ。


 ろくろ首、一つ目小僧、口さけ女、火車などなど、世にも恐ろしいあやかしの数々に、出迎えられるのか。  

 まりあはそう思っていたが――想定外のあやかし達に出迎えられた。


『装二郎様だ~』

『装二郎様、おかえりなさい』

『なさい~』


 ふわふわとした毛並みの、たぬききつね達が、散り乱れてわらわらとやってきた。

 二十匹以上はいるだろうか。とてもあやかしには見えない。


「みんな、今日は、花嫁を連れ帰ってきたよ」

『花嫁!?』

『奥様!』

『奥様だ!』

「奥様じゃなくて、まりあってお呼びよ」


 まだ正式に装二郎の妻となったわけではないので、名前を呼ぶように言ったのだろう。

 紹介されたまりあは、戸惑いつつ玄関口を潜った。


『おくさ……まりあ様?』

『まりあ様』

『きれい……!』


 狸や狐は好奇心旺盛なのか、まりあの周囲に集まってキラキラとした瞳で見上げていた。

 正直な話、あやかしらしくなく、愛嬌のある犬のようだという印象だ。


「彼らはね、化け狸と化け狐なんだよ。化けを得意とするあやかしは、弱い。だから、利用されてしまうんだ」

「強いあやかしが、弱いあやかしを利用するというの?」

「うーん、違うかなー。まあ、その辺の話はのちのちということで」


 力を持たないがゆえに、化けの能力で生き延びる。その力を、悪用する存在がいるのだという。


 よくよく狸や狐を見たら、爪が欠けていたり、尻尾が半分しかなかったりと、完全な姿ではない。

 山上家の屋敷で療養したら、元の姿に戻るという。


 彼らを傷つけたのは誰なのか。装二郎はまりあに教えるつもりはないらしい。

 契約花嫁なので、山上家が抱える問題のすべてを語るつもりはないのだろう。


 わかっていても、なんとなく面白くない。

 と、そんなことを考えていたら、遠くからバタバタと足音が聞こえた。


 廊下を走ってやってきたのは、七、八歳くらいの子どもと同じような背丈のカワウソだった。

 着物にフリル付きの前掛けをかけている。


「あ、あれはなんですの?」

「彼女は、川獺かわうそのウメコ」

「ウメコ……」


 ウメコは狸や狐をかき分けて、まりあの前にたどり着く。


『どうもはじめまして、わたくしめは、お仕えするウメコでございます』

「ど、どうも初めまして」


 ウメコはまりあ付きの召し使いらしい。


『昨日来たばかりの新参者ですが、よろしくお願いいたします』

「嘘だよ。ウメコは千年くらい、山上家に仕えている熟達した召し使いだから」

「そ、そうですの」

「ウメコ、たまに嘘をつくから騙されないでね」


 ウメコは片目をパチンと瞑り、『川〝嘘〟なだけに!』などと戯れ言を口にする。

 山上家で匿うあやかしの数々は、まったく恐ろしくない、どこか親しみのある存在だった。


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