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帝都あやかし屋敷の契約花嫁  作者: 江本マシメサ
第一章 没落華族令嬢は、あやかし公爵に見初められる

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没落華族令嬢は、嫁いでいく

 とうとう、輿入れする前日となった。

 神前式は行わないようで、何もしない状態で装二郎の妻となるのだ。

 式をすると悪しきあやかしが花嫁の顔を覚え、連れ去って行くらしい。そんな謂われがあるようだ。

 白無垢に憧れはなくはないものの、連日起こるあやかしが起こした殺人事件を思い出し、ぶんぶんと首を横に振る。

 危険な芽は、小さなものでも摘んでおく必要がある。

 結婚してからも、軽率な行動は取らないようにしなければ。

 改めて、山上家の花嫁になるにあたり、足を引っ張ってはいけないと思った。


 両親と過ごす最後の夜――ささやかながら、おかずをひと品増やしてみた。

 焼いたイワシに、サトイモの煮っ転がし、豆腐の味噌汁と、それから白米。

 これでも、没落した久我家にとってはごちそうなのだ。

 かつては、食べきれないほどの料理が食卓に並んだ。それも、過去の栄光である。


「肉の一切れくらい、買えたらよかったんだけれどなあ」

「お父様、畑のお肉があるではありませんか」


 まりあは豆腐の味噌汁を父に差し出しながら言う。


「それもそうだな」


 これまで、こうやって家族が食卓に揃うことは稀だった。

 父は毎晩のように会食に招待され、母も婦人会の付き合いがあった。

 まりあが独りで食事をするのも、珍しくなかったのである。

 食事の品数は減ったものの、家族で和やかに過ごす時間は増えた。

 だからといって、没落がよかったものとは言えないのだが……。


 食後、まりあは手作りの寝間着を両親に贈った。


「わたくしの着物や浴衣を解いて作ったものです。お気に召していただけたら、嬉しいのですが」


 母には豊かさを象徴する雪模様の着物を使った寝間着を、父には長寿、夫婦円満の意味がある鶴と、厄除けの意味合いを持つ麻の葉模様の着物を合わせて作った一着を贈った。


 ふたりとも、寝間着を広げて嬉しそうにしている。頑張って作ってよかったと、まりあは心から思った。


「まりあ、私達からも、贈り物があるんだよ」

「え?」


 ちゃぶ台の下から、ベルベットのリボンが巻かれている大きな箱が出てきた。

 愛情という贈り物をこれでもかと受け取っているのに、これ以上何を与えるつもりなのか。


 両親はキラキラとした瞳を向けている。早く開けてほしいのだろう。

 ベルベットのリボンを解いて、蓋を開いた。

 中に入っていたのは、純白のドレス。

 胸部分にはレースと真珠が縫い付けられ、袖や裾にはフリルがあしらわれた瀟洒しょうしゃな一着である。


「え、これは……!」

「婚礼用のドレスらしい」


 母の故郷で着る伝統的な婚礼衣装だという。

 純白のドレスにはまっさらな気持ちで新しい人生を歩むという意味と、花嫁を愛する者達の気持ちが込められているようだ。


 なんでも、ドレスの形だけ洋裁店で作ってもらい、縫製とレースや真珠を縫い付ける仕上げは父と母、それからアンナの三人で行ったようだ。


 家族の愛が、これでもかとこもったドレスである。


「まりあは着物も似合うけれど、ドレスも似合う。自信を持って、着ていくといい」

「お父様、お母様……ありがとう、ございます」


 まりあはドレスを胸に抱き、世界一幸せな花嫁だと思った。


 ◇◇◇


 翌朝――まりあは三か月もの間生活したあばら屋から、山上家へと嫁ぐ。

 純白のドレスをまとって。

 半分寝かかっているようにしか見えない装二郎が、花嫁を迎えにやってきた。出会った時と同じく、白檀の香りを纏っていた。

 ふと、思う。よくよくかいでみたら、線香の白檀とは異なることに。


「きれいな花嫁さんだ」

「他人事のように言って。今から、あなたに嫁ぐのですけれど」

「そうだったね」


 寝ぼけているのか。

 寝不足ならば、無理に来なくてもよかったものの。


 召し使いしか来ないものだと思っていたのに、当主である装二郎が直々にやってきたので驚く。手紙に書かれてあった「会いたい」という言葉は、本当だったようだ。


「もしかして、ここまで歩いていらしたの?」

「まさか!」


 山上家の大きな馬車は、自宅前まで入ってこられなかったらしい。大通りで待っているという。 


「さあ、ご両親にお別れを」

「え、ええ」


 両親は眉尻を下げ、まりあを見つめていた。今にも泣きそうである。

 まりあの涙は、昨日のうちに涸れ果てていた。ここでは、流れなかった。

 泣きながら嫁ぐなんて、不安に思うだろう。だから、笑顔を浮かべる。


「お父様、お母様、これまで、お世話になりました」

「幸せになるんだよ」


 母はまりあをぎゅっと抱きしめる。

 抱き返したあと、母は小さくなったと思った。

 否、母が小さくなったのではなく、まりあが大きくなったのだろう。


「お母様、お父様を、よろしくお願いいたします」

「ええ」


 母からそっと離れたあと、装二郎はまりあの肩をそっと抱いて思いがけないことを口にした。


「何があっても、彼女のことは、絶対に守りますので」


 その言葉に、両親は深く深く頭を下げたのだった。


 こうして、まりあはこの瞬間から装二郎の妻となる。

 果たして、これからどうなるのか。

 それは、神のみぞ知るのだろう。 


 馬車は動き出す。善きあやかしを匿っているという、山上家のお屋敷を目指して。


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