夫婦のひととき
今日も今日とて、まりあは装二郎をたたき起こし、散歩に連れ出す。
こうでもしないと、彼は一日中日光を浴びずに、家の中で過ごしてしまうのだ。
のろのろとしか動かないため、まりあは装二郎の手を握り、ずんずん進んでいく。
「装二郎様、家の空気よりも、お庭の空気のほうがおいしいでしょう?」
「いや~、正直、まりあがいたら、どこの空気もおいしいな~~って思っているよ」
「そんなわけありません!」
「いや、あるんだな~、これが~」
脱力するような返答に、まりあはがっくりと項垂れてしまう。
「それはそうと装二郎様、もっとキビキビ歩いてくださいませ! そんなに遅かったら、日が暮れてしまいますわ」
「だったら、まりあが両手を引いて歩いてよ」
そう言って差しだした装二郎の手の甲が、赤く腫れていることにまりあは気づいた。
「装二郎様、手の甲が腫れているようですが、どうかなさったのですか?」
「ああ、これ? 寝ているときに、何かに強くぶつけてしまったみたい」
「まあ!」
なんて不注意な、と思ったが、寝ているときなので仕方がないのだろう。
「というか、枕元にぶつけて危ない物を置いているのですか?」
「香炉かな? 仕事道具だよ」
普段、香炉は肌身離さず持ち歩いている物なので、仕方がないのだろう。
「ただ、布で包んでおくとか、袋に入れるとか、対策はあるでしょうに」
「面倒なんだよねえ」
腫れた手をぷらぷら振りながら、装二郎は答える。
「大丈夫、大丈夫! そこまで痛くないから」
「それでも、冷やしたほうがよろしいかと」
「だったら、まりあがフーフーしてくれる?」
その発言に、まりあは心底呆れてしまった。
「フーフーで治ると、本気で思っているのですか?」
「うん。骨折もまりあのフーフーで治ると思う」
「治りません!!」
まりあは握っていたほうの手を離し、ずんずん進んでいく。
「ちょっ、まりあ、冗談だって」
「装二郎様の発言は、すべて本気に聞こえるんです!」
「ごめんごめん」
装二郎は生まれたばかりの小ガモのように、まりあのあとを付いていく。
追いついたかと思えば、まりあは突然しゃがみ込んだ。
「どうしたの? きつくなった? おんぶしようか?」
「違います。ノアザミを発見したんです」
それはトゲトゲとした葉がある、紫色の花を咲かせる植物であった。
まりあはノアザミをむんずと掴んで、そのまま根っこごと引き抜いた。
「わあ、豪快なお花摘みだねえ」
「お花摘みではございません。ノアザミの根っこには薬効がありまして、煎じると腫れに効くお薬になるんです」
「へえ、そうなんだ! よくそんなこと知っていたね」
「下町に暮らしていた時代に、勉強しましたの」
当時、まりあは家計を助けるべく、食べられる野草を探していたのだ。
そのさいに、ノアザミを知ったのである。
「ノアザミの若葉は天ぷら、和え物に、茎はきんぴらや味噌漬けにと、おいしくいただいておりましたの」
「えーっと、それは嘘ではなく?」
「ウメコではないのだから、嘘は言いません」
「そうだよね」
装二郎はまりあがかつて、その辺の野草を食べていたことに関して、心から驚いているようだった。
「まりあともっと早く出会っていたら、そんな苦労なんてさせなかったのに!」
「別に、わたくしはそう思いません」
「僕に一刻でも早く、会いたくなかったの?」
「いいえ、そういう意味ではありませんわ」
まりあは装二郎の腫れていないほうの手を握り、にっこり微笑みかける。
「過去の苦労が今、装二郎様をお助けできるかもしれないので、何事も無駄ではなかった、とわたくしは考えております」
「まりあ……ありがとう!」
装二郎は感極まった様子でまりあを抱きしめようとしたが、待ったをかける。
「治療が先ですわ!!」
「そ、そんな!」
そんなわけで、装二郎は屋敷に連行され、まりあから手厚い看護を受けたのだった。




