おねだり
太陽の光が柔らかく差し込む午後――まりあは縁側に腰かけ、手にした鞠を庭に向かって思いっきり投げた。
それを、狐や狸のあやかし達が追いかけていく。
まりあが全力で投げた鞠は、三十米突は飛ぶ。
広い庭で、大捜索となるのだ。
あやかし達が楽しげに鞠を探しに行く間、まりあはウメコが持ってきた茶と茶菓子を味わう。
『まりあ様、こちらは〝ひとひら〟という、桜の花びらを模した和菓子でございます』
「あら、すてき」
薄紅色に染めた練り切りを、桜の花びらに見立てているようだ。
形は花びらだが、全体はふっくらしていて可愛らしい。
口に含むと、優しい甘さが広がった。
「おいしい」
ウメコがいると思って呟いた一言であったが、すでにどこかへ行ってしまったようだ。
少しだけ、話し相手になってくれてもいいのに。
だが、この屋敷には最低限の使用人しかいない。ウメコも多忙なのだろう。
茶を飲んでひと息ついていたら、ちりん、ちりんと鈴の音が聞こえた。
鞠の中に入っている、鈴の音だろう。
もう、鞠を発見したあやかしがいるようだ。
いつもより、早い。
鞠を銜えて草陰から飛び出してきたのは、黒く小さな子狐。
ぽんぽんと鞠のように跳ねながらまりあのところへやってきて、最終的に膝の上に跳び乗る。
撫でてくれとばかりに、頭を垂れていた。
手を伸ばしかけたが、触れる前にハッとなる。
おそるおそると問いかけた。
「……装二郎様?」
『えー、なんでバレたの?』
「いえ、黒狐のあやかしは、いなかったので」
『そうだったねえ。僕、あんまり化けが得意じゃなくって』
子狐への変化も、難しかったらしい。
まりあの膝の上に座ったまま、苦労を語っている。
「あの、装二郎様、そのような姿で何をなさっているのですか?」
『まりあによしよししてもらおうと思って』
「そんなの、言ってくだされば、いつでもしますのに」
『そうだったんだ! いや、なんていうか、人の姿では恥ずかしいような気がして』
普段は飄々としている装二郎だったが、変なところで恥ずかしがり屋だった。
まりあは思わず、空を仰ぐ。
夫が、可愛すぎるのではないか、と。
『あのー、それでまりあ、よしよししてくれる、かな?』
「もちろんです!!」
まりあは力強く返事し、優しく装二郎の頭を撫でる。
首回りは揉み込むように撫で、顎の下は指先でかしかしと掻くように撫でた。
気持ちいいのか、装二郎は目を細めている。
最終的に、まりあは装二郎の体を抱き上げて頬ずりした。
『ウッ、まりあ。さすがにそれは、恥ずかしすぎる』
「夫婦なのですから、恥ずかしがる必要はあるのですか?」
『じゃあ、こういうの、僕がまりあにしてもいいの?』
装二郎がまりあを抱き寄せ、頬ずりする。想像しただけで、恥ずかしい。
まりあは、装二郎の体をそっと膝に戻した。
「装二郎様、満足なさいましたか?」
『うん。最高としか言いようがない』
「それはようございました」
穏やかな午後、夫婦はのんびりとした時間を過ごしたのだった。




